▼わたしは世俗から脱落したって誰ひとり困りゃしない位置にいるので最悪死んでしまえばいいが、わたしが愛するすべての人と物と価値観はそうではないので、クソがよ、と心底からイラつくことの多い今日この頃。クソがよー。なにかしら弱みや脆さのある他者を踏みつけにして、自分だけ良ければ、と半笑いで言うような挙動をあらためてちゃんと憎んでいきたいもんです。もちろん自分にも許さないよう戒めていきたいもんです。ハーもう。
▼またひとつ加齢を重ねた事実にォンォン(声にならない声)なりつつ、さほど実感もあるでなし。不調はまあまあ多く、心が身体に追いつかない、というマフィア梶田の言ばかりが身にしみてる。死ぬほどの不調はないので、まあまあな感じで次の一年をやってきたいなー。
昨年辺りは、まあ本当に人として死んでまして、みずからが何かことばを発する行為にさえ強い不信を抱いてたから、せめてそこまではいかんようにしたい。なんというか、誰かに何かを伝えることばさえ失くした感覚に包まれていたのだよな。ほんの些細なのに各方向で悪く作用する出来事に起因して、それがある種の緘黙状態につながって、ドン底に転がってった自覚がある。メンタルのアレもコレもなんでもダメージに直結する自覚がどんどん強くなってるので、まあマジで気をつけねば。
▼現状もお話を書いては消して、消して書いてをやってるが、想定読者がいないと緊張感がかけらもなくなるのだなー。ひとまず暴れて爪痕を残したい。もしくは誰かに読んでほしい。そういう欲求で輾転反側しなくなると、胸底に生まれたビジョンを追いかけてフラフラ徘徊するだけになるようです。そんなんで大丈夫なんだろうか。一向にわからん。承認欲求も大事って話が脳裡をよぎる。
いやー、でもマジでそろそろドロップしたい。とりあえず何かしらを吐きだしたい。ゲーしたいのにできないときと似てるわこの心地……。
▼ここ最近買った本。
買った本についてヤンヤ=ヤンヤと言うのも久々になるくらい良い本をそんな買えてない。こりゃ必須と思う本は、こと新刊だとあんまなくて、それはおおむね実物を手にとる機会の少なさが影響しておりますな。いかんせん行きつけの大型書店がなくなったのがよくない。残存してて仕事帰りとかに行ける書店ときたら、どこもSFとか人文書とかの在庫を全然持ってないんだもの。ままなりませぬ。
・漫画
異世界ありがとう8/荒井小豆・ジアナズ
黄泉のツガイ10/荒川弘
ROCAコンプリート/いしいひさいち
秘密法人デスメイカー1/鰻田まあち
ようきなやつら/岡田索雲
波よ聞いてくれ12/沙村広明
銀河の死なない子供たちへ/施川ユウキ
バクちゃん1~2増村十七
生活保護特区を出よ。4/まどめクレテック
黒い淀みのヘドロさん1/模造クリスタル
・書籍
最恐の幽霊屋敷/大島清昭
ブレイド/メル・オドーム
タリスマン上下/S.キング&P.ストラウブ
イラクサ姫と骨の犬/T.キングフィッシャー
歴史修正主義とサブカルチャー/倉橋耕平
問い直す差別の歴史 ヨーロッパ・朝鮮賤民の世界/小松克己
仮想の騎士/斉藤直子
J.G.バラード短編全集4/J.G.バラード
変人のサラダボウル1~8/平坂読
ホメイニ師の賓客上下/M.ボウデン
80年代!/前田タケシ
月光とアムネジア/牧野修
ウは宇宙ヤバイのウ!2 天の光はすべて詐欺/宮澤伊織
ジャグラー/山田正紀
未来獣ヴァイブ/山田正紀
オカルトの惑星 1980年代、もう一つの世界地図/吉田司雄 編
バラード短編全集は四巻だけあとまわしにしてたら絶版になり、他の巻からだいぶ遅れて中古で入手した次第。カス転売屋の巣窟たるアマゾンにおかれましては値段が倍近くなっててびっくり。偶然にも安く買えてよかった……。まあそのうち読む。つか残虐行為展覧会の収録作は抜粋らしいし、本体も復刊してほしいところだな(全集が刊行され終わってから数年越しで言われてもよ)。
オカルトの惑星は安いのを見つけて即買い。
オカルトの帝国とあわせて読みたかったんだけど、いかんせん買いたくなくなる状態だったので超嬉しい。買えない値段ではないけど、さすがにちょっとね。
変人のサラダボウルはこのところお気に入りのラノベ。異世界から落ち延びた高貴な人やダメな人が、世界の隙間にワチャワチャと挟まり、順応したり変なノリで巻きこんだりして生きてく話。なにげにある種の難民モノとしてGQuuuuuuXの構成要素とかぶるところがあって、それが強く響いた感じ。それに、作風こそザ・ドタバタ日常系ラノベでそれはもうハチャメチャながら、「居場所を見つける」ということをずっと描き、平坂読が自分なりの文芸をやろうとしてるような作風がとてもよろしい。いまのところ唯一の続刊を楽しみにしてるラノベです。
ウは宇宙ヤバイのウ!は新刊超嬉しい案件。世界線をバラしてつなげる宇宙超技術で女の子になっちゃった宇宙ジェイソン・ボーンが、治安バカ悪宇宙の宇宙陰謀にたちむかう、いまどき珍しいスラップスティック・ワイドスクリーンバロックSFド直球の第二作。新装版は百合になっちゃんじゃーん!と喜び勇んで読んでからだいたい一年半。楽しく読んでた旧版があっさり打ち切られてからだと、もはや十二年……。ようやく読めた続刊なわけだけど、いや面白いんだわやっぱ。軽めに調整されていた第一巻から一転して文体はバルクアップされ、しょうもないギャグとSF設定をぶんまわす勢いも純粋に倍化してた。今回は「地球の意思」を陰謀論にハメた宇宙詐欺師と戦うのだけど、その犯罪としてのショボさ、というか正確に言えば卑近なディテールと大嘘の数々にだいぶ笑かしてもらった。はからずも、参政党なるカルト集団が陰謀論を脆弱性とする社会に乗っかってる現実とリンクしてて、笑っていいやら悪いやら。気が引ける部分はありつつ相当笑った。金儲けを裏に隠したカス思想にからめとられる典型が、お話と現実、両方で繰り広げられるとは……。しかし、その背後に控えるのが白モノてのはやっぱSFならでは(字面だけだと何のことやら)。他にも「イルカがせめてきたぞっ」をやりたいだけのしょうもないくだりとか、百合の形式を悪用してレズレイプわからせ(大変最悪な表現)しまくるのとか、あまりにもヒドくてウケる。面白くなるなら一旦やってみよう精神のかたまり。
そんな調子でほどよく下品でありつつ俗悪な作風にならないのは、今井哲也の挿絵と、後味がすっきりするよう調えられたお話作りのおかげかねー。Sukoshi Fushigi系日常が突如破綻して大事件に転がりこんでも、順応力とポジティビティで突破していく。暴力パートを挟んでも、凄惨にはしない。第一巻は対宇宙蛮族、かつ十年代初頭のノリもあって、第9地区風の暴力で悪趣味なくらい敵を殺しまくってたけど、今回は前述の「わからせ」を使うことでカバーしてる。殺さずに戦う、という安直さを回避するやりかたで笑いもとりにいく。それらが重なって、お話の拡大方向と速度を、映画版のドラえもんやクレヨンしんちゃんのような手触りにしてた。小道具もフジコ的だし。まあ良い小説というか、個人的には元気印SFの理想形です。もっと続刊読みて~。再来月には
ときときチャンネルも文庫化されるし非常に楽しみ。
これは、まあ、あんまりよくない読みかたかもだけど、宮澤伊織氏がやってるSF仕事には伊藤計劃と同じにおいを感じてて。もし伊藤計劃が生きて、変な遊びをずっとやってたらこうだったんじゃないか。そう思える恰好良さと悪ふざけの混合物を、よく書いてくれてるなって思いながら読んでます。楽しい作品を積み重ねながら、末永く戦っていてくれ……。
ROCAは同人版を持ってるけど、商業出版を祝してコンプリートも購入。安いしな。ポルトガル歌謡・ファドの歌手をめざす吉川ロカ(ポンコツ)と、実家が反社っぽい齢上同級生の柴島美乃(粗暴)。二人の数年間の友情。それに尽きる内容なのだけど、これが何度読んでも、よくもまあこんな素敵な百合を描いてくれちゃって、としか言いようがない、乾いたメロウさに包まれてる。ロカをささえる美乃さんが本当に良い。ヘッポコな天才を見守り、飛びたつときが邪魔されないように睨めつけ、必要なら暴に打ってでて、たまにロカ本人もブン殴る。そんな器用だか不器用だかわからない、たちまわりに人間を感じる。それに、その出自が故の、いじましい結末にいたっても。同人誌としては三冊めにあたる「金色に光る海」は、「花の雨が降る」同様に「過去」を補強するもの。二人の過ごした時間の密度はどんどんあがっていく。それでいて、最後は異国で歌うロカのエピソードで締めるのだけど、これがごきげんでいて剣呑な絵面でかなりよかった。これぞ最終回って感じ。といっても、いしいさんとしては区切りがついたあとのことも思い浮かんでるらしく、また続刊がでてくれたら嬉しいなー。
秘密法人デスメイカーはここ何年かで読んだ漫画のなかでも、マジの最悪案件ですこぶる笑った。特撮ヒーローに憧憬(ほぼ性欲)を抱いて地球にやってきた異界生まれ性病持ちニート教祖が主人公ってどんな作品だ。
こんな作品だ……。
全然まともな人がでてこない。まあちさんのことはブルアカ二次創作(全裸エイミ)で存じあげてたが、こんな読んでると公言しがたい芸風で商業デビューしてたとは……。最悪と言えば、なぜかジェフリー・ダーマー(アメリカ犯罪史に残る極悪殺人鬼)がお気に入りらしく、ちょくちょく例えで使われるのなんなん、と笑ってたら最近の連載分でご本人が登場してるのはあまりに最悪で笑った。アウトだろ。そんなバイオレントさと裏腹に、絵と言いまわしとの兼ね合いがやたらうまいのは作家性あって素敵なのでした。その漫画でしか使えないけど、パンチラインとしても視覚効果としてもイカす表現をかませるのあまりにも恰好良い。まあその結果として出力されるのは相当ゲスい人々の暴言なんだけど……。
▼GuuuuuuXが大団円を迎えてすごい嬉しかった。好ましからぬと言う人の気持ちもわかりつつ、まあまあ、全然オールオッケーじゃないですかと言える最終回じゃないかな。第11話の時点では、ちょっとこれはどうか……と疑義を抱く瞬間があり、それに応じるがごとく乱暴な部分もあったけど、しっかり引っくり返してくれた。事前に望んでたものである、身も心も重力を振りきって遠くにすっ飛んでく女の子の姿も見られたしね。しかし結果的に到達したのがマジでハルハラ・ハル子のような、境界を飛び越えてける女の域とは……。力強い。そして人を殺さずしてそこにいける、いかせられる話の麗しさよ。それから、ララァのくだりも思うところがあって嗚咽が洩れた。まったくまったく、感情を引っ張りまわしてくれちゃってもう。ありがとうございました。作品にここまでさんざっぱら振りまわされる視聴体験って、今後なかなか得られないだろうなー。調子いい時期のOVA産業みたいなものを毎週叩きつけられることもなさそう。本当にありがとうございました、マッキー。またなんかヤバなものを作ってくれ……。
▼マッキーの仕事に満足した一方で、ナベシンのLAZARUSがあまりにも厳しかった……。わたしはアニメに対して「人々が(はたから見てると面白い)コミュニケーションをとってる光景」を求めてて、そうした劇の性質と併せて激しいアクションを見たい、とのスタンスをとってる。片っぽが良ければそれで満足ともいかない。それで言えば、まあ褒めようがなかった。
総じて、カウボーイビバップ劇場版「天国の扉」により良い音楽とありきたりな要素を足して、楽しい空気を引いて、テレビシリーズに引き伸ばして、結果的にサイズダウンさせたもの。それ以上でも以下でもない。
全体を通して、どこまでも、カウボーイビバップというナベシン式アウトローチームの微妙なセルフパロディでしかない。接続された単発エピソードにしたって、目新しくも、まして面白くもないものばかり。そこそこ期待を煽る第一話が終わると、ラストスパートに入る第九話にいたるまでのすべてが満遍なく退屈だった。どうしてここまで、と顔をしかめっぱなしになる起伏のない脚本が約二ヶ月分に渡りつづく計算ですな。わたしは配信で一気に見たからまだマシかもだけど、リアルタイムで見てこれをやられたら相当にこたえてたんじゃないか。
なんというか、プロット消化とキャラクター描写のバランス感覚がひたすらに変なアニメなのだよな。まずもって、ミッドサマー+ブレイン・スクラッチ(ビバップ第二三話)を雑に足しただけのえらいくだらない話(第六話)で、限定的な尺を無駄にするのが変。
そのわりに、ラザロチームの人物描写が不足したまま話が進むのも変。不足加減はかなりのもので、それこそ公式サイトの人物紹介に乗ってる情報さえ、各人物の振る舞いから乖離していた。特に顕著なのがアベルかな。AIなのではないかと噂されるほどに冷静沈着、と言われても、ちょっとそうは見えない。普通の頭が良い穏やかおじさん。主人公であるアクセルにしても人懐っこさはさほど表れておらず、クリスも銃のあつかいがさほどうまく見えないし、エレイナも別にコミュ障くさくなくて、ハーシュもまた怒らせると怖そうというか不機嫌な人でしかない。ダグとリーランドはわりとそのまんまかな。それでも各人のやりとりを見てて、基本設定がうまくからんでなかった。
ちょっとしたセリフ。人間関係の良し悪し。そういう積み重ねをていねいにやっていけば成立しようものなのに、あまりやらんのだよな。ノリの良い掛け合いや決めゼリフが途中から増えても、その時点で物語はかなり進んでて、いや、もっと早くやれよ、となる。近藤司の脚本担当回なんかはそこら辺のこなれなさがあってグンニョリしてた。そんなだからナベシンが脚本をやってる終盤で、仲間がいるのって良いかも、みたいなことをアクセルに言わせても説得力には欠けてしまう。だもんで、最終回を見終わったあとには、なんかポケーッとして良い人そうな捜査チーム、という印象だけが残った。
人物描写の粗さに加えて、チームメンバーたちの内面(薬物を使用した過去とか)をちゃんと掘り下げるプロットを用意していないのは、結構すごいのではないか。いやまあそのすごさは悪い意味でだけど……。前半エピソードの冒頭で各人物のモノローグを入れて、それが本編の動向にリンクしないのはさすがに驚いた。ビバップの次回予告をお尻から頭に置き換えただけやんけ。
そんな調子で、ひねりがないままお話を羅列してくものだから、終始、「何をやりたい作品なのか」がよくわからなかった。薬物乱用をあつかった社会派ストーリー。テクノスリラー追跡劇。チームが活躍するアクション。独特のSF世界観。キャラに愛着を抱かせられる空気。たぶん全部に焦点を当てたかったんだろうけど、結局、どこにも焦点を当てたらいいかを、作品自身もわかっていないまま。そこそこ金をかけていることはわかる絵面でつめの甘い世界が描かれても、困惑しかないのだなー。
思うに、恐ろしく退屈、かつ整理可能であろう二話、六話、八話辺りのロスを減らして、その分の本編63分間を使えばもっとお話の魅力を煮詰められたんじゃないかと思う。後半で判明する、チームのメンバーはかつて偶然にもある場所に居合わせた、というただただ唐突なご都合主義も、語る順番を変えればうまく処理できたはず。そういう手続を踏まないままで、何故か前エピソードのクリフハンガー部分を冒頭に挿入して一分前後の尺を浪費するやつを終盤に二回もやるのだから、本ッッッッッ当にメチャクチャな配分だった。
礼節に欠けた物言いになるが、もし信本敬子が存命なら絶対にこうはならなかったんじゃないかしら。そして、ギャグっぽい雰囲気の話をやるなら、せめて横手美智子くらいは招集したほうがよかったんじゃないかしら。
他にもそもそもプロットの処理としてあんまりに雑な部分は多数あった。シンプルにヒドかったのは、序盤でホームレス集落に行ったときスキナー博士っぽい見かけのやつおるな、と思ったら、本当にスキナー博士だったというオチ。そこなんか仕込めやい! ただ見落としてただけとかアホくさかったぞ。
細かい演出にも文句はあり、今どき謎にピコピコシュインシュインと音をたてるスーパースゴイパソコンや、カチャカチャ音をたてて動く武装した人々は見てて苦しくなった。特殊部隊もカチャカチャ言ってたし……。そこらは序盤から見られた、あまり外挿をやってる感じのしない小道具の数々からも察せられたから、まあいいんですけど……。
さらに言えば、「動き」にまつわる演出のいまひとつさも引っかかっていた。
動き。
例えばアクションという「動き」。
チャド・スタエルスキ監修のアクションは、たしかに瞬間的な恰好良さを誇る。映画的であることを意識してコンテを切ってるなと思うところも多く、肉体の重み、そこから逸する軽やかさを、同時に感じられる作画は気持ち良い。第一話からしてパルクールでそれを表現していたし。ビバップのヴィランである東風、ヴィンセント、ヴィシャスをかけあわせたライバルキャラ――双竜が関連した部分でも、殺陣をしっかりやろうとしていた。キャラや殺陣、追いかけっこの作りは全部セルフパロディでありつつ、見映えは本当に良かった。でも、毎度毎度、盛り下がってきたしここらでアクション入れときますか~?とばかりに、雑なご機嫌うかがいとして挟まれるから、全然嬉しくないんだわ。物語上の情報量が薄いままに人物がしゃべり、ロケーションを移動し、アクションを挟む。その繰り返し。視覚的な激しさがあってさえ、物語としてのだるさは覆し得ない。ラストの双竜と決着をつける流れにしても、物語に引かれた感情の動線がつながりきらないから、ただザックリ戦ってザックリ決着つけただけに見えてしまった。そしてなにより拍子抜けしたのが、劇中で唯一、効果的に機能していた第一話アクションパートはチャド公監修のものではない、という点。ほならチャド公の仕事、有用性あんまなくない……?
それから、ロケーション移動という「動き」。
遥か遠くのあちらからこちらへと動きまわるために、ビバップやスペースダンディには宇宙船という装置が登場していた。遠大な距離尺度のなかで乗り物を脚にして行き来し、さまざまな人、事件と出会っていく。ガジェットが作劇を通じて、どんな星であれ、宙域であれ、妙に遠いというなんとなくの地理的感覚を視聴者のなかに宿すものとなっていた。サムライチャンプルーなんかも、乗り物でなく
徒歩ではあるけど、三人で歩む旅路が狭くて遠い列島の地理的感覚を生じさせるものとなっていたっけ。もしかしたらもうそこに行くことはないかも知れないし、そこにいた人と会うこともないかも知れない。一期一会。孤独感。あるいは軽薄なまでのフットワーク。思いもよらぬ再会。人間が抱き、他者とのあいだに引き起こす感覚が、ジャンルに沿った世界観スケールとも結びついて、ドラマティックな物語の引き金となるように計らってあったように思う。それでLAZARUSはというと、宇宙船に代わって車を足として多用する他に、超高速鉄道ハイパーキューブが登場している。それらでロケーションを変えてくことが多いのだけど、悲しいことに良いほうに作用してないんだよな。アメリカのどこにあるかよくわからないバビロニアシティとか。バビロニアシティにある、みんながたむろしているアジトとか。ハイパーキューブが六時間でアメリカ・トルコ間をつなぐとか。数々の地理的構成を、ごく自由に、ただサクサクと、さほど不自由もなく行き来する描写が、地球というそこまで大きくはない尺度のなかで地理感覚をフラットにしすぎている。加えて、行って帰ってくるだけでドラマとして盛りあがらない作劇が、ロケーションをファスト化して、
土地の固有性を薄れさせてもいる。もちろん、劇中時間も放送期間も限られたタイムリミットサスペンスを描くなら、ファストトラベル(ゲーム的に言えば)で移動を省略したほうが利はあるかもしれない。それはたしかにあるのだけど、空間と空間をつなぐ幕間、世界がもうすぐ終わるかも知れない空気、土地の空気、終わりに向かってくびきを外された風景の気持ちよさまでも削いで、マジのファストトラベルにすることなくない? と、いう話。それがグローバリズムのゆがみとかそういうイジりになってるでもなし、スキナーという存在の抱く何かをたどる旅路としても、さほど魅力がない。美術は非常にきれいなんだけどね。その昔、007タイプの映画を腐す表現として、スケール感を求めてロケにばっか金かける映画だー!みたいなのがあって、それは物語上の意味もなくロケーションを拡大してくことへの揶揄だったと思う。結果的に、LAZARUSはそうした表現を体現してしまったんじゃないか、という。
なんか、考えども考えども、お話作りがあらゆる要素に悪い影響あたえてる。ベースの部分がしっかりしてれば、まあしゃーなしと流せたし、整合性をつけられた部分は圧倒的に多い……。なんか……。もう……。つら……。
というか、そもそも論として、監督本人があつかってる題材に全然興味なさそうなのがあまりにも苦しいんだよな。アメリカの薬物乱用問題(ちょっと昔だとザナックスとか近年ではオピオイドとか)を個人が演出するSF式黙示録に応用して、すわ社会派趣味で行くのか、と前のめりに見たら全然そんなことがなかった時点で、相当な肩透かしだった。なんだったんだ。
本ッ当に、良かったところ探しが難しい作品。いや、まあ、これを見たことで天国の扉終盤の「雨と解毒」という手段が、物語上の解決手段としてどれだけクレバーな演出であったか、かなり実感が湧いたのはよかったか。尺と必然性。いやこれでわかっても何も嬉しくないッッッッ……。
一応良かったとこも列挙しとくか。
良かったところ――普段やらない洋画っぽい演技をするキャスト陣、各種BGM、ダグによる近接格闘からのしゃがみベリー・トゥ・ベリー(第四話)、殺し屋・双竜による特殊部隊殲滅の作画とレイアウト(第九話)、双竜の損壊した記憶空間の前衛アニメ風演出、殴りこみにアポとるやつァいねェ!と突如ジェットさんみたいな振る舞いをするハーシュ。
以上。少な。
というわけでまあ多くの要素がうまくつながらんあれでしたね。
つーかマイナスな感想で何千字も使うのもどうかという話である。が、まあ思ったことをメモして、考えを及ばせてたらこうなってました。アフタートークを聞いてエー???と顔をしかめてたのも原因のひとつ。だとしてもこういうのじゃなくてお話をながなが書けよ。まあ、うん、はい。