Sept.17.2018
能登麻美子さんがご結婚&ご懐妊されたそうで、もう拍手喝采。末永く幸せにあってほしいものです。
ウェブ拍手にコメントつくこと滅多にないし、返信不要とあっても返信する容赦のなさを発揮していく。
 ネクタリース販促成功やったぜ。かなりしみじみとしたテイストが好きなお話なので、そういうの好きな人に少しでも伝播していけばうれしいです。そしてお歳暮はお気持ちだけでも嬉しおす……と思いますものの、常に飢えておりますのでありがたくお待ちしております。えへへ。あとまあこのログはあれですね、月ごととは言わずとも、上半期下半期みたいに分けてぇなとは……思ってますね……昔のサイトみたいな、というコンセプトから外れない範囲で。あれですよね、一ページが長ったらしいサイトとかそんなない気がするので大事にはしていきたい。感覚を。
委員長こと月ノ美兎のあわあわした感じが好きだったりする。活動開始から半年を経て、いまだ焦りが挙動不審につながる感じ。そしてあわあわが口疾なトークに挟まり、同席しているVtuberがキャラクター像でもって隠匿している中の人像を、キャラクター像を損なわない範囲で呼び出してしまう、という点。トークの得手不得手以上に、人柄(物言いがテキトーだったりさらにあわあわしたり)で、しかも偶発的に演出されるものだな。キャラを演じることの雑さと捉えるのは簡単だけど、キャラ/中の人のそれなりの曖昧さが好ましい。にじさんじ周辺の人たちはこの辺りの曖昧さが魅力的に思えて、そういう意味では、わたしが好きな声優さんのラジオにも似ているな、とか。
 言ってみれば田村ゆかりの乙女心症候群なんかが、パブリックイメージと内面との境界線の綱渡りって感じで好きなんだけど、まあそういうたぐいの話。いたずら黒うさぎの頃から一貫してるのすごい。
 あと全然関係ないけど、でろーんこと樋口楓ちゃんの「アハー↑(笑)」や「アハーハハハ」という笑いかたの愛らしさ尋常ではないな。最近はかざちゃんが特に好きでそっちばっかだったのだけど、やっぱりみんな楽しい。
買ったり。
 異人館の妖魔/井上雅彦
 生権力の思想/大澤真幸
 龍のグリオールに絵を書いた男/ルーシャス・シェパード
 日本奇僧伝/宮元啓一
 白夜の爺スナイパー/デレク・B・ミラー
 内務省/百瀬孝
 サーカスの娘オルガ2/山本ルンルン
 Sept.10.2018
フリクリオルタナを見てきた。アニメの感想を長々と残す必要はさほどないと普段は思っているんだけど、フリクリだけは別って気分になっている。人生の根っこなだけに、思いの丈をクドクドやる。。。
 結果から言えば、不安ではあったけど最終的に恨み言の連なるような作品ではなかった。上村泰監督が必死にフリクリを組み立てようとしてるし、瞬間瞬間の単位で区切っていけばいいとこだっていくつもあるから。でも、手放しに良い続編だ、やったね、と喜べもしない。きっと、「フリクリオルタナ」でなく、ただ「オルタナ」とだけ題がついてたら違和感がなかったのかも、と思う。タイトル通りの別の形をした(オルタナティヴ)、もうひとつのフリクリでないフリクリなんだから。狙いとしては続編ではなく、おそらく上村泰リミックス楽曲、または別ジャンルによるカバー楽曲てノリなんだよな。例えば劇エヴァが本当の終りを迎えるべく動きだし、下準備として二〇〇七年むけに再構成したの「序」で、それがセルフカバー楽曲としてキマってたみたいに、進化形(プログレ)をやる前に、二〇一八年のきみにフリクリを知ってもらいたい、と改めて用意されたもの。なにせ、フリクリだって九〇年代の産物だものね。
 九〇年代。90s。バブル経済がダメんなって、いとうせいこうが「噂だけの世紀末」のリリックで唱えたようなちょこんと閉塞した世紀末感に乗っかって、教義っつー設定をくっつけまくったオウム真理教のメディア的隆盛とカルト的凋落はもとより、五島勉が70sに仕掛けてから終末観に長く尾を引くナンタラダムスの大予言に終わりやはじまりを仮託する感じまで漂ってた時代(その向こう側にY2Kも重なったりしてたっけ)。バブルの狂騒のあとの息苦しさにピリついていたり、それにアゲインストしたり……みたいな、幼子として過ごした自分から振り返ってみてもなんとも言いがたい空気を、エヴァを経由したのち、エンジンの轟音とギターの唸りで破るようにして二〇世紀最後の春に生まれた。そこに通底してるのは岡崎京子とか、それこそ貞本義行とのコメンタリ本であるフリクリックノイズで鶴巻監督が名前を挙げてるものを引くなら、大人計画の演劇や、古谷実、安達哲の空気感。見かけで言えば、キャラデザではハル子があの頃の広末涼子をイメージソースとしてたりするし、そしてまた安野モヨコ云々て話もあるけど、それもまあザ90sという。ちなみに安野モヨコは岡崎京子の元アシであり、大塚英志のことばを借りるところの「岡崎のようなタイプの漫画家」だった。為念。またマミ美とか、カナ/ペッツ/ヒジリー/モッさんという女子四人の、かなりイマっぽさを強調したデザインや性格造形と比較してみると、可愛さのベクトルも閉塞のしかたも時代感の違いがすごいと思う。あとはフリクリにおいて「工場(プラント)」だったアイロンが、「ショッピングモール」として置かれ、シャッター通りやロードサイド感でファスト風土が意識されてるのも、時代感の差だろうな。残念ながら、モールというステージとしては使われてないし、ほとんど活かされれてない象徴だけど。
 オルタナの質感は、そういうわけで「もろもろの要素を改訂しつつフリクリをもう一度」というのが意識されているように見えた。全体を通して各要素を切り貼りして、見やすいよう再構成しまくってるし、最後の最後まで変奏曲でありつづけるから、フリクリを見てきた人なら、パッと見だけで要素を分解できるほどわかりやすい。やりかたとしてはホラーゲーム「SIREN」シリーズの現状における最終作、ニュートランスレーションに近い。あれは第一作のこみいってあちこちに散らばる時間軸を一本に整え、理解しやすい筋の1クールドラマとして再解釈してるのです。だけど、そこにあるのはバカ(Fooly)でもないし、カッチョ良い(Cooly)でもない、振り切れてない物語なんだよな。無茶振りされた仕事にがんばって取り組む生真面目さが、トリビュート盤に入ってるあんま上手じゃないカバーみたいな様相さえ呈してる。
 切り貼りは切り貼りなりに大真面目で、兎角わかりやすく整理することに腐心してる。 ハル子はやはり「光域宇宙警察フラタニティvsメディカルメカニカ」という対立のもと、地球を真っ平らにするというメディカルメカニカの意味不明な計画と戦うエージェントとして現れる。ごくごく基本的なところはフリクリと同じ。ただ敵対構造が第一話からはっきりしめされてるのが、大きな差になってる。フリクリにおいて、本筋としての実相が提示されてくのは第四話――全体の尺の半分を消費して、特殊入管のアマラオが登場してから。決定的な情報が絞られ、あるいは取り囲むサブカル的情報が過多となり、故に読み取りづらくどんなジャンルかと指定しきらず「こういうアニメです」としか言い切れない(なので雰囲気アニメとか言われてしまうこともある)テイストが強かった原典。それと違い、知らせるべき情報は知らせようと試みて、SFアニメの構図を前面に押しだしてくる。藤子・Flash・不二雄なSF(スコシ・フシギ)要素として日常にいきなりブッこまれ、やがては日常を食い破ってSF化させていくメカと違い、今回は人工島やロケット発射、火星移住計画とか露骨な設定も早々と出てくるしね。わかりやすい。
 この切り貼りは関係性のアレンジにもむかい、中心にあったナオ太の「恋」からいたる「好きのつぶやき」を、カナの「友情」からいたる「大好きの叫び」にしている。気づかなかった/気づけなかった感情を自覚して、それに素直になるのを根っこの部分で通じさせている。でもそれが効果的かというと、そううまくあってはくれなかった。まずもって、ナオ太とハル子という二人の駆動因である「恋」は、取り替えがたやすくないくらい大事だった。ナオ太は特別なことのない日常をブチ壊してくれる年上の女に恋をし、でもハル子は本当に愛着があって本当に本当に本当に欲しいもの――宇宙海賊アトムスクをメディカルメカニカから救い出し、手に入れるため、他人のことなんて道具としか思ってない。アトムスクを救う手段としては、ナオ太の頭に開いたN.Oチャンネル(四次元ポケット的なやつ)が必要となる。だから、可愛がってみたり感情移入が生じたりしても、上手にいなして「使う」。この傍若無人なアレコレにナオ太は振り回されつくし、ときに思いこみで増長し、ときに自意識をコテンパンにされ、それでもやっぱり好き。そういう関係が、多数あるサブプロット(小学生の恋やらオトナも大変すよな話やら)までも牽引してことさら大きな意味をなし、メタファーをかましまくって、「直接性」を避けながら独特の、恋がはらむ性的な空気感をも醸造していった。オルタナはそういった駆動因を特にいじらないまま、「友情」へ置き換えることで、ハル子という存在のつながりが、ひどく曖昧になってしまっているんだよな。恋してしまう相手でなく、通りすがりのお姉さんでしかない。劇中での動向自体、カナの周辺に現れてはちょっかいを出してを繰り返すのに尽きていた。ハル子が絡んだらどうなるか、を考えても、どうして絡むのか、まではそれほど意識されていなかった。そしてなにより、ハル子も何かへの愛、あるいは執着と表現していい感情を抱いていないことも大きい。アトムスクの不在によって、行動原理には一貫がうかがえなくなってる。飄々としてても内心では何かを必死に追い求めている人との軸がない。ただそれだけで。収奪の戦いと噛みあって螺旋を描きながらお話の回転軸をなすべき、フラタニティvsメディカルメカニカのそれも、今回は本当に単純な対立構造でしかないから、どこか迫真性を欠いてる。この上手じゃない、破綻寸前の感じの構成が危ういったらないのだな。
 そんなだから、オルタナのハル子自身も、どこまでも脚本に踊らされて見える。怪物然として好き勝手な、おのれにだけ筋通して、愛着をしめしてくれる誰かまでも醒めた眼で見ている、物語すら振り回す残酷な女――そんな女なのに、個人としての内実が伴わない、道具としてのキャラになってしまっていた。これは正直、かなり寂しい。こと第三話と第四話。前者でランウェイを歩くハル子はキメキメだし、後者でバスケ部にコーチとして居座りあまつさえダンクしちゃうハル子の姿はかわいい。でも、そういう動向にいたるこの女らしいと納得できる理由は見えないし、無意味な(業務上にせよ感情上にせよこうやってきたいとの欲求とうまくリンクしてこないかたちでの)大迷惑もらしくない。どうしてここでそういう振る舞いをしてるんだろうか。そう思うばかりで、話のわかりやすさと裏腹に、説得力は追いついてきてくれない。何かを望むから暴れるし、奪うし、ひどいことを平気でする。ジコチューさに自分専用の倫理が見えるのが、ハル子だと思うんだけど。結局、最後までただ仕事を遂行するだけ。
 他のキャラ周りでも描写に問題はあって、いちばん露骨なのがペッツの家庭環境かもしれない。フリクリにおけるニナモリの家庭がベースにされたそれは、しかし原典を真似ない別のやり方をしようとして、失敗している。ベースとなるニナモリがフィーチャーされるのはフリクリ第三話――ナオ太をオトナな同志と見る委員長だったのが、ひと足先に大人ぶることから脱することが主題のお話。このお話を進める過程ではニナモリ家のなかに渦巻く不和が描かれてるのだけど、そのやり方はシリーズ序盤からの言動や態度の積み重ねに、父親(マバセ市市長)と不倫してる子守りも兼ねた秘書、ゴシップミニコミ誌、自分が可哀想な環境にあると大勢の前でバラされる、劇で主役をやる自分を見てほしい、という情報で輪郭をつけていくものだった。直接には家庭が出てこない。それを三十分以内でテキパキすませる手順がうまかったんだけど、オルタナでは直接性に頼り、壊れた家庭環境をカナに直視させてしまう。さらに演出がフリクリ第四におけるサイコホラー風のシーンを薄く引用していることで、もう不協和音がすごい。よろしくなさに問題の処理しきれてなさもからまってきて、わたしは手際良く処理してくOVAならではな尺管理も見たいんだが……と、強く思わされてしまう。そうした印象へさらに拍車をかけて間伸びをさせてしまうのが、岩井秀人による、台辞まわしとしても、会話劇としてあんまり煮え切らない脚本。岸田國士戯曲賞とってる人なのに! フリクリで脚本担当だった榎戸洋司による、語呂の良さや連想でことばをパカパカ重ねて、調子よくどこかへ転がされていくようなテンポ(それこそ松尾スズキ演じるカモンがつらつらとよくしゃべるシーンとかわかりやすい)とまではいかずとも、もうちょっと良い感じになっててもよかったんではないのかね。と、歯ぎしりさせる脚本の人は、どうやら最終的にどっか行ってしまい、監督や新谷さんがギリまでがんばって手直しを加えてったような様子なので、まあ、大変だな……。
 演出の手際に関して言えば、リリカルさに反して、the PillowsのPVとして成立するレベルのカッチョヨさによる楽曲の挿入を、全然上手にマネできてないのもまた不満ではある。LITTLE BUSTRERSで締めたい感じにまあ様式としてやりたくなるわなって理解はおよぶし、その曲を持ってくるの良いね、と思うシーンはあるけど、絵に挿入するタイミングや、声優さんの演技/バックの音楽とそれぞれ音の振りかたがハマってないとこはそれなりに多い。Fool On The Planetとかはちょっとよかったけどね。アニメーションとして演出される快楽に目を移すと、女子高生を主人公に据えて求めたリリカルさと、これをやりやすくする地に足ついた演出の重視もときどき足引っ張ってた。絵としては過度におとなしく見えてしまう部分が誘発される。大仰な絵面やアクションを用意するときの間合いと尺度調整にしても、いびつで、そこでこの大きい/小さい絵を入れると緩急が微妙ではあるまいか、と感じるシーンがいくつかあった。アイロンをめぐるシーンがそうだし、そいつをそこに?という敵キャラの配置もそうなんだけど。第一話のバトルシーンでの巨大感を煽る敵とかレイアウトなんかは、もっと効果的な使いどころあったんじゃないのかな……。アマラオの代用キャラ――神田のワーキングスペースである、特殊入管の監視モニターとかを引用した部屋のデザインが「漠然としたSF空間」みたいな作りになってるのも、ちょっとどうかと思った。巨大モニターのレイアウトとかディテール、もうちょっと整理しないと恰好良くならんのさ。
 総じて、ちょっとずつ足りない部分がたくさん集まってしまったことで欠けの多い作品になっとるな、という印象が強いな。それでも好きな部分だっていくつもある。四人組は描写の掘り下げにめっちゃ過不足を感じつつ、一人一人をかわいく思えたし、そんななかでカナの意図せず同調圧力かけちゃう調子や、それに怒ったり、誰かを大事にしたりな感触もよかった。ちょっとした仕草。カナ/美山加恋によるモノローグに、ナオ太/水樹洵を想わせる瞬間があって、ああ、と思いもした。キャラではペッツがいちばん好きで、三白眼気味でソバカスあるのとか、ジャージに赤コンバースとか、吉田有里の演技(未確認で進行形の真白ちゃんの面白声しか知らないので驚いた……)とか、内面に落ちている影とか、もう。正統派とは言いがたい愛らしさに弱い。前述したFool On The Planetなんかも、友だちがまともに引き止めることも叶わぬまま去ってしまったあとの日々に、海辺でのシーンにてかかる、というのがたまらない。大切に思ってても、ここから去るしかなかった友だちへと叫ぶ、どこかやりきれなさを残すエンディングだって、意外と嫌いではない。
 N.Oチャンネルという「空間を超えて届く力」で、遠くへ去ってしまった、もう二度と会えないかもしれない大事な人へ投げかける叫び。
 それが彼方に届いたかなんてわからない。
 でも、あなたが大事だし、あなたがいたから来れたこの場所、この瞬間を、大事にしたい。
 わたしは遠くに行けないけど、ここにいて、ここで生きているから。
 そんな風にわたしは受け止めて、結末を見ていた。大人だけど子どもだし、子どもだけど大人だし、そんなよくある修辞に引っつかまれたどちらでもあれるグラデーションから、「自分らしさ」を感得する感じ。「つづいてほしい毎日」に、体面なんて気にせず手を伸ばす感じ。フリクリも大人ぶる子どもたちが微妙な圧力のなかで身構え固執していた状態から、それをほどき、結末へいたる。変奏曲として、やりたいことはわかった。で、また悪口に戻ってきてしまうのだけど、そこに持っていくまでの手順や演出にそこそこという以上に問題はあるわけで、それで大丈夫なのかと言われたら、まあやっぱ普通に大丈夫じゃあないんだけどね。ただ、これをよりキッチリした作りで観たかった……と思う辺り、やっぱまあ、嫌いじゃあないのだなって。
 しかしまあ、なんだ。そもそも続編をどうこうしようのない作品を鶴巻監督以外にやらせたらこうなるよ、やる側も困るよ、という図だな。本当に。まったくもって。本広は要反省。そして戦い抜いたスタッフさんたちはお疲れ様でした。プログレも観には行くぞ。むこうのがオルタナの数十倍、不安だけどな。
ところで、わたしがフリクリにおいてめちゃくちゃカッコいいと思っていた部分には、小道具があって。ハル子の愛車であるべスパ。とんでもない扱いを受けるリッケンバッカーやギブソン。マミ美のオリンパス製コンパクトカメラ。タイアップになるかなと思ったら全然だったウィダーインゼリー。終盤でクソマズいカップラーメンと引き合いに出される麺づくり。そのあたりの、鶴巻監督言うとこの「ありもの」を借りてくる、実写寄りな感じというか、地続きな感じというかにカッコよさを憶えた。それはのちのち、村上龍とかがやる商標とか固有名詞を直言するスタイルへの愛好にもつながってく。
思い返せばファスト風土云々て、フリクリがリリースされた二〇〇〇年から連載されてたやつなんだよな。まあ、時代ですな(便利なことばだこと)。
十二日付記――ちょっとばかし日本語変になってるとこ、コトバタラズなとこがあったので文章を整理した。落ち着いてからの日記の追記というのはあとだしジャンケン的な良いのかこれ感があるけど、こう思ったんだってメッセージであり、またセラピーもどきとしてのメモでもあるから、行動難度が上がらないレベルでは正確にしておきたい、みたいな。しっかし、お話を記すのもだけど、日記のうえに書き下す行為の事実を点検していくような感じはいくらか良い効果があるよな。認知療法的な。あと、それ自体は別に嫌いではない。九〇年代という時代。
 Sept.08.2018
巷説百物語を読み返してる。百鬼夜行シリーズは十代の頃の消費のしかたが黒歴史だしいろいろ思い出すからいささか触れがたいんだけど、巷説百物語は大丈夫っぽい。このまま未読だった後〜西までの三作も読んできたい。
フリクリオルタナが公開になった。事前の印象がどうにせよ、わたしは向き合わなければならず、何故ならフリクリ無印がリリース当初からの付き合いで他のどんなアニメより愛着が強いからなんだけど、そのこと考えてたらこの一週間くらいひどく情緒不安定になっちゃった。向き合えるのか。本当に。思い返せば屍帝国ではひどく惨いなと自分でもヒくくらいズタズタの有様を呈してたけど、それ以上のズタズタにならんといいが。。。
先だって公開されたRE2クレア編の動画をよく見てる。精神安定をうながさんとばかりに見てる。
『バイオハザード RE:2』とてつもなくリアルな“G生物”と戦闘!【実機プレイ】
 昔のパブリシティよろしく、G第1形態との戦闘が惜しみなく明らかにされてるのがちょっと懐かしい。それを知るのがファミ通でなく電撃オンラインなのが隔世の感あるけど(小中学生の頃は毎週買ってた)。REエンジンのおかげで肉は黒々とぬめつき、眼玉はグリグリ動き、汚らわしさのディテールがより細かくて楽しい。眼の充血具合に変化が見られて、ダメージに応じて濁るゲージ代わりの表現なのかなとも思った。クレアもちょいとミシェル・ロドリゲス気味な造形がかわいい。ステージとなる下水処理水なんかも、単に狭くて平坦な印象だった旧2に対し、多少拡大した構成にしつつ視野を塞ぐ回廊にしてあるアレンジメントをしてある辺り、近頃のバイオシリーズらしいな。
 サバイバルホラーの質感へ直結する操作に、改めて気づく点もあった。今回は旧来的なクイックターン――人物が画面ごと背後へ転回する、4以降では馴染みの動作が廃止されてるようなんだけど、それは追いすがるゾンビから身を背ける直観的な回避行動を導入するためのものかな、と個人的に認識してた。体術も廃止された分のアクティブさ(この手のアクティブさのバランス調整はナイフや手榴弾によるとっさの防御行動からもうかがえる)。ところがプレイに注視してみると、それだけには限らないっぽい。追手をかわしつつ行き先へとカメラを転じたとたん、そこにまたしても敵が……という恐怖感の演出も兼ねてるのではないかな。レオン編の閉所を駆けずる光景と照らしあわせると、知覚に枷をかける部分が感じられる。闇への演出もそうだけど、アクションゲームの加速度からアドベンチャーゲームへの速度に転換しているのがうかがえて好きだな。
 武装も今風解釈を経ると趣深い。M79グレネードランチャーを背負い、手許にイングラムM11短機関銃との図。時代と趣味性から察するにニューヨーク1997辺りからの影響なのだろうけど、旧2で80sチックな放熱シュラウドを装着していたM11が、本作では剥き身になって、しかも拳銃同様に両手で据銃してる。元の要素を残しつつ、考証しなおす。大変良い手付きです。クレアの初期装備らしき拳銃が弾数の多いブローニングHP自動拳銃から、M642風のリボルバー拳銃になってるのもなかなか。
 楽しみすぎて珍しく予約しちった。
 Aug.26.2018
お手伝いも終わったし、ここのところは自分の作業のために引きつづき資料の読みこみをしてる。と、上辺で言いつつ実情がどうかといえば、読むかたわらでひたすらドールズフロントラインやってる。
 脳の一次声豚野を能登麻美子さんで育てた人間だもんで、可愛らしい子を演じてるのを見るとひたすらに触れつづけてしまう。思えば十五年近く前に、地元FMで明け方のごく短い枠に入っていた角川サウンドシネマにおける「成恵の世界」アニメ放送前特番を聞き、心底から震えて以来の長きに渡るLOVEにございます。これを聞いたのちに原作を読み、SFも本格的に嗜みだしたので人生ベーシックな出会いだわ。しかもあのとき耳にした能登さんにかなり近い声色でUMP9を演じているもんだから、もう、しかたない。しかたない、いつの間にか誓約を結んでいても。
 しかし、なんだな、能登さんだけでなく中原麻衣さんの9A91演技に可愛らしさを見出したり、どちらかといえば十年くらい前にメインで活躍した声優さんに耳を傾けがち。齢がにじむ(九十年代〜一桁年代趣味)。近頃の声優さんも好きながら、やはり十代で熱中して触れたあれこれは大きく響くね。
買ったりわたなびから献本もらったり。
 アホダラ帝国/キャシー・アッカー
 裸体の森へ 感情のイコノグラフィー/伊藤俊治
 ネクタリースと灰の花束/井上雑兵(randam_butter)
 バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ 海軍情報部の日露戦争/稲葉千晴
 夜明けの旅団1/片山ユキヲ
 改変歴史SFアンソロジー/坂永雄一、曽根卓、伴名練、皆月蒼葉(鴨川書房)
 学校の怪談 口承文芸の研究/常光徹
 暗天街幻想奇録/壺也
 ララバイ・フォー・ガール/松崎夏末
 東京大学「80年代地下文化論」講義/宮沢章夫
 Ordinary346 1+2+3/渡辺零(渡辺書房)
 夏コミ本体には行っていないものの、打ち上げには参加したので、友だちにお願いして本はちょっとだけ入手してる。
 土壇場で情報を知って買ってきてくれ〜とお願いした「ネクタリースと灰の花束」がすこぶる好みだった。黄昏の色合いが静止し、しんとした終わりの堆積していく世界で、学校生活と、実態も奥行きもない戦争の日々を過ごす女の子たちを描く連作短編集。百合というか、女の子ソーシャルというか、シスターフッドというか。「宇宙よりも遠い場所」とか「ニーア・オートマタ」あたりと近い味わいだなーと思った。表紙と扉絵を担当してるフミヨモギさんが本ッ当に好きなんだけど、お話が氏の描く漫画と通じる、静々として、ちょっと寂しい雰囲気を有してるのが良い。てらいのない穏やかなリリシズムが漂う。
 仲良し四人組が全四話で一人ずつ描かれてくんだけど、ことノッポで気弱なイチゴちゃん回好き。もはや劇中には実像が残されていない母親≠ニいう存在への憧れを抱く子。この子と、年長者ながらどこか頼りないフワフワポヤポヤ加減のちびっ子先輩、サヤちゃんの接しかたで、なんとも心が締め付けられてしかたない。初対面でいきなり膝に乗る距離感のなか、イチゴちゃんはずり落ちないようとっさに腕を回し、サヤちゃんは居心地の良さを告げる。このシーンが生まれながらに欠落した関係の輪郭へと触れるようで、もう……。他のお話も楽しく、やはり強く思わされるのは「宇宙よりも遠い場所」。ネクタリースもあのアニメの四人組もそうなのだけど、「誰かと誰か」だけで完結せず、「誰もが誰か」とのつながりをもって魂が動いてく。本自体は70pほどだから手短にさくさくと進められてはいくものの、その手つきが良い。
 それと並行して、躯体に意識を転送することで稼働させる機動兵器――Dローダーに乗って戦う場面もあるのだけど、描写がバトルモノというよりは、どちらかというと従軍記めいた筆致なのもお話のテイストに合ってたな。お茶会のような笑い声、鋼と鋼がすれあい軋んでさえ貫かれる、アンビエント・テクノの音色が似合う静謐さ。あるいは、筋肉少女帯のアルバム「月光蟲(1990年)」に収録されてた「少女の王国」も似合うか。お話/アートワークの両面から超ラブリーな本だからマジでマスト(ZINで委託されてるそうな)。
 フツーのご本では「バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ」が、まだ読みはじめたばっかだけどめっちゃ面白い。タイトル通りに対露諜報戦の本なんだけど、名が知れてる陸軍は明石元二郎の策謀でなく、海軍軍令部第三班周辺の動きが描かれた本。後書きいわく(後書きから先に読むタイプ)、陸軍による諜報活動は幅を広げすぎて参謀本部も管理しきれてなかったらしく、情報も少なく、著者が前書いた明石の本ではナンカモロモロヨクワッカンネーってな感じだったそうな。未読だからどんなんだったのかだいぶ気になる。そのうち買う。転じてこっちの本では、やはり苦戦しつつもいろんなとこを取材でめぐって、ディテールに目配せしてく。まず最初からして電信(テレグラフ)技術による通信と伝達、ちょいこみいった敷設権とかの話からスタートするんだけど、それがまた楽しいかぎり。そこから無線通信や、帝政ロシアの有する艦船の調査、お雇いスパイ、日英同盟で極秘裏に供与された暗号技術、それの用法をまずった外務省が情報筒抜けになってた話などが連なってく。横たわる問題としては、やっぱお金と時間の話がインパクトでかい。百年分以上の文化的隔たりがあるから、現代とはコスト感覚がほぼ別次元で、たとえばヨーロッパから日本への電信で八時間以上かかり内容的には平均一三・六ワードでイコール三十三万円を払わにゃならない、というのがすごい。速度が遅かった時代だってのを加味して、本文に添えられている世界単位の通信網図を見ると腑には落ちる。ここらを調整していくと、スチームパンク方面(サイバーパンクに食い殺された歴史改変としての、と但し書きはつくけど)になってくな。思えば、たかだか十数年前ですら通信料は高価かったし、わたしは世代的にケータイの利用料でそれを垣間見ているわけで、そこを慮っと二一世紀式の加速すげー。コストの話だと、オデッサで黒海艦隊関連のために外国人スパイ一人の運用に月百万以上をかけたりしてるけど、これはまあ、いまでもそこまで違和感ないか。オタク設定の面で使えるなーっていうのは日英同盟周辺で、やっぱり諜報協力があるって話は心に火がつく。なんとなくそうなんだろうな、と思ってお話の踏み台として使ってた情報がまんまちゃんとそこにあったとか……。他にもめっちゃ使える情報の嵐。まだまだ読んでる途中だけど、情報量にニコニコしちゃうし、作業上の有用性がすごい……。
そろそろログの整理をしたい、と言ってからそこそこ経つ。そろそろやりたい。一ページが流すぎんだよこれ。
 Aug.03.2018
ライブに行く予定を仕事で潰され心死んだのち、腐っててもしゃーねぇと作業潜航してた今日この頃。主に渡辺書房の手伝い。人にちょっかいを出すのを好む性状が故、自分で書くより向いてるな、と少し思った。
と、いうわけで宣伝。
 コミックマーケット3日目・東ラ45bにて頒布予定の「Ordinary346 (1+2+3)」で、引きつづき校閲のお手伝いをしております。今回は総集編ということもあり、作品をさらにソリッドに、恰好良くする加筆修正においてもフルパワー協力させてもらった。総調整箇所およそ約三〇〇。ちょっとした言い回しの調整が大半ながら、ことによってはお友だち関係にヒビを入れかねん量だよなこれ……。
 ともあれ。
 同性愛描写では、より魂の温度がにじむよう。
 戦闘シーンでは、より細かい動きがなめらかに通るよう。
 拷問の質感では、より潤む血肉で背に嫌悪感を登らせるよう。
 そんな風に意識し、もろもろ提案をさせてもらった次第。1+2+3は性描写のある新規エピソードを収めることもあり、手触りとしてはドラマシリーズとR15指定の劇場版総集編くらい差があると思う。本自体はR15通り越して成人向けだけど(自主規制が大事なので商業よりレイティング感覚が厳しい……)。映像作品で例えるなら、わたしの提案はポスプロの編集に引っかかるたぐいで、ことによると戦闘シーンでは顕著かもしれない。人物の挙動がバキバキと映えるよう文章や語順に修正案をつけ、以前手伝った際は見落としていた不鮮明さにも提案を加えていった。あとわかりやすいところでは芸能人異常殺し屋枠との戦闘で、中ボス戦風だしせっかくだから少し異常描写を増やしてみては……とのコメントとともに、残虐描写の提案を入れたり。のちにここの描写が大幅に追加されたとの報を見たときはすこぶる笑った。細かい点がどのような取捨選択のもとで修正されたかは頒布まで渡辺さんの胸三寸ながら、全体を通して低温鋭角(ソリッド)加減はかなり強化されているはず。女の子同士の情動に関するところにも耳許で囁くがごとくちまちまとアレしたけど、そこはシリーズの醍醐味なので、口をつぐんでおく。お楽しみ。ちなみに真面目にやったそれらの点とは別に、拷問関係のシーンなんかは道具の扱いや損壊状況、反応と細かいとこを突っつくのに非常な楽しさがあった。こうしたほうが骨に響くと思うよ(拷問対象と読者に)、と言いつづけるやつ。いかんせんイーライ・ロスの「ホステル」の愉快流血や「マルドゥック・ヴェロシティ」での拷問された遺体の検死が好きなんでね……渡辺さんもわたしも……たがいのマイナスのチカラをかけあわせたことだし、血みどろのプラスになっているといいな……。
 そんなこんなで未読の人はもちろん、既読の人も、またさらに勢いの増した本として楽しめるようになってるのは確実。
 コミケに行く人はぜひぜひお立ち寄りください。
 通販予約もはじまっているので、行けない人はこちらをチェック・イット・アウト(カタカナ発音)。
 以下は、新規追加エピソード――「幽霊(スプーク)」の初稿を先んじて読んだ人間としての感想。いざ読むまで委細を知りたくない人はスルーされますよう。「幽霊(スプーク)」は、劇中最強の殺人者、東京という諜報戦の発火点を見下ろす三船美優がついに登場し、この一話のために今回は成人向けとなっている。内容としては四巻からはじまる新たな戦いへの布石でありつつ、まあ、こう、なんだ、ノリが諜報&性暴力版「呪怨」(マジで)。見るなのタブーを破った女のもとに、あたかも黄泉醜女のような幽霊が訪い、呪いを刻みつけるような性暴力でボッコボッコにする。圧倒的な力でねじ伏せて犯す。当事者のキャラが身を委ねるねじれた心の動きが描かれてなお、その質感にはそこそこの嫌悪感が湧くのだけど、でもそれに反してちょっとした描きかたに大変好ましさがあるのですわ。性器に異物をねじこむ描写へ、男性器/男性性を安易に投影しない。当事者間、女×女で完結した関係としての、邪魔っけなものを透かさない描写。百合厨としてなんか嬉しいものがあった。個人的に、ただ直接的なだけ、卑猥なことばを言わせるだけの濡れ場が本当に嫌いで、鄭重に処理しようとする手付きでアンサーをもらったような気分がしたというか。
 単なる肉のぶつかりあいでなく、ぬめついた破滅をはらむ心の熱に堪らないものがあるので、そういうのが好きな人も楽しみにどーぞ。あと本当に、三船美優が呪怨の伽椰子みたいで面白いのでな。
以下どうでもいい話。ごく私的な印象だけど、Ordinary346には角川臭を感じる。KADOKAWAでなく角川。九〇年代末期からの数年間――少年エース本誌で、まだ多重人格探偵サイコが人気を有していた角川。大塚英志が「若い読者に届く速度」で、何かを送りだそうと踏み台にしてた角川。わたしがおっかなびっくりに恐怖を嗜む小学生としてそれを眺めてた頃は、Jホラーブームの真っ只中で、ホラー映画をコミカライズする「Horror Comics」枠があった(たしか表紙がマーメイドっぽい紙質で独特な手触りだった)。また九八年からはホラー漫画誌「ザ・ホラー」が刊行され、スパンとしては少しあくけど「ケイゾク」や「トリック」とホラー寄り演出(もっというとデヴィッド・リンチ風だが)をする堤幸彦ドラマのコミカライズなんかもしていた。「トリック」のコミカライズは、「ザ・ホラー」で「わてら祟られ三姉妹」を連載してた西川淳が担当していたっけか。そこになんとなくあったのは、終わっていく/始まってく時代の中で殺伐さ、過激さが消費され、角川というでかい装置に及んだあとに搾りだされた、ポップで商用にくるまれたような猟奇性というか。スプラッタと隣接した暴力描写と、死のディテールに関する猟奇趣味をあっさり盛りつけてくOrdinary346の手つきに、あれと似たにおいを感じる。もちろん、Ordinary346は進行形の物語だし非実在でしかない。けど、あの時代の内側にあったら角川からノベライズやコミカライズが出てそう、みたいなことを思わせるものがある。とか、そんなこと思った。
ドラマ版多重人格探偵サイコ(なにげに三池崇史作品であったな)で台詞に出てきたの、危ない1号と危ない28号のどっちだっけか。中学生時分にあれ見て、それはなんぞな〜とネットで調べたところドギマギし、折よく薬理凶室のアリエナイ理科ノ教科書が出るとの情報を見かけ、アマゾンで買い(当時からアマゾン頼りなの悲しい)数年遅れでゆるゆると鬼畜系にはまった記憶がある。連想で思い出した。そして薬理凶室のくられ氏が今年の星雲賞で受賞してんだから、時代の流れとは恐ろしいもんでありまする。
一方、現在は脳が莫迦んなるほどバーチャルライバーにドはまりしとる。詩子お姉さん、委員長、でろーん、えるちゃん、かざちゃん、モイモイが辺りメイン。もーかえみとカップリングが特段に好きすぎアワアワ。作業BGMと食事中鑑賞枠をにじさんじ周辺が占めて久しい。珍しく自作中カップリング以外の概念が思考の中心に来てる……今季は特にアニメを見てないこともありDETHドップリ……こうなるとわかってたからなるべく触れずにきたのに……不覚……。そうですよねYoutuber文化圏じゃなくてラジオと生主文化圏でしたねわたしね……と震えてしまった。まだ震えてる。三つ子の魂三千世界までも。
 July.04.2018
あっという間に七月。物が腐りやすい季節……というか、水出しで作った茶がボトルのなかで腐りやすい時期だ。飲んだらすぐしまう癖つけたい。
メガロボクスがよかった。最終回周辺で、ことにすごい勢いで駆け抜けていく作劇に早い早い早いと眼を白黒させつつ、ジョーと勇利のたどりついた「あした」には愛おしさを憶えずにいられなし。自分が観たかったバトル物を通してのプラトニックなBLに触れられたのでお腹いっぱい。
物を作ってみる作業のなかで、いまやってることと別件でアイデアストックが埋まると精神衛生にいい。前々から思案してる明治スチパン超伝奇のバカっぽいネタが思い浮かびちょっとごきげんです。まーた「可能性」が世界を変質させる、みたいなやつかいってそれだが、そのうちちゃんとした形にしたいな。細かい資料をちょこちょこ集めてて、そのおかげで非大戦期の日本軍、SIS以前の諜報体制なんかにも少しは眼が回るようになってきたし、近未来モノとは別な楽しさも抱えこめてる。やりたいことばっか増やしちゃって……とおのれに惑乱の芽を見いだすものの、ただただ無為に過ごすよりは何かしら作業をしているほうが腐らずすむんで地道にやっていきたい。
頂いたり買ったり。
*ヨハネの黙示録/小河陽
*ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学/佐藤卓己
*フランシス・ベイコン・インタビュー/デイヴィッド・シルヴェスター
*特別指名手配/タイムライフ
*怪異古生物考/土屋健
世界の果ての庭/西崎憲
ヨーロッパ史における戦争/マイケル・ハワード
CIAの秘密戦争 変貌する巨大情報機関/マーク・マゼッティ
東京府のマボロシ 失われた文化、味わい、価値観の再発見/宮崎隆義 他
*東京近郊スペクタクルさんぽ/宮田珠己
空想東京百景(V2)/ゆずはらとしゆき
空想東京百景(V3)/ゆずはらとしゆき
幽霊世界/アンソロジー
 先日、誕生日だったのだけど家族からシカトされた(その後時間差で祝われた)のにむくれて、祝ってッ……われがここにおることをッ……と、叫んでジタバタしてたところ、各位がすごい勢いでプレゼントをくれた。ありがたい。本やぬいぐるみやお菓子や干し肉や調味料や、といろいろ飛んできてエヘヘとなった。人にプレゼントを投げるのは良い文化。忘れないためいただきものにはアスタリスクつけとく。他にもシャンプーとトリートメントもらったりした。髪の毛から爽やかな香りがするとそれだけで幸福感が湧く人間なので、もう風呂入るのが楽しくて楽しくて。あとメグリム・ハルヨさんがゆがんだ肉を描く画家の本と干し肉をセットでくれたの、めっちゃウケたね。サイレントヒル感。
 空想東京百景、出た事実とそれに言及した事実を完膚なきまでに忘れており、三年越しでついに買った。知らんかった……と思い感想を検索したときに手前のツイートが出てきて少し笑った。再始動だったようで、きっとこのお話の「向こう側」が続刊として並んでくはずだったんだろうな、との趣で完全沈黙してる辺りが寂しげ。売れなかったんだろうな……(作者いわく諸事情で凍結されてるとか)。殺し屋序列上位での争いをメインにして集大成と称してるから、これはこれで一旦完結しているのだろうけど。
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