Aug.10.2021 |
---|
▼まだまだちょいちょいいろいろと心の落としどころが難しく、どころか気候もしんどくてバテバテ。しんどい。 しんどいしんどい言いつつ脳髄をごま油の抽出作業並みにひねり、先月末、るるちゃんにファンレターをだした。最初で最後のファンレター。しっかりお手紙を書くなんて久々ってのもあり腕がもうヘロヘロになり申した。思いそのものは、当然のことながら、先月のヘラってる(相当ヘラってる)ポエムと微塵も変わらないな。最後に残るのはいつだって祈りでございます。元気で、笑顔でいてほしい。 ちなみに心は現状もヘラったまま(もとに戻って……)。 そんなこんなでウンウン言いつつ、まあ身体でも動かしとらんとやってらんねぇやって夜も一緒に重なっておりました。もとより散歩は好きなれど、気をまぎらわすようにして距離が伸びてる。雨が降らず体調も落ち着いていれば、五キロから十キロくらいを二時間前後かけてトボトボ歩く。しんどいしんどい言ってたのがこのときだけは嘘になる。あちこちに覆いかぶさる夜の色を眺めてみたり。寝静まった住宅街や草いきれのにおいを嗅いでみたり。暗くにじんだ景色に心のむかう先のなさを重ねてみたり。別段たいしたことを考えるでなし、ラジオや推しvの配信(まちゅかいや774.incのみんなは深夜にぴったり)を聴きながらほっつき歩いてると、脳が適度に疲れて、いきなり祈りのかたちが鮮明になることもある。落ち着く。 それと、歩きまわってるとちょっと痩せてきますわね。さすがに。この季節ともなると夜更けでもしこたま汗かくし、単純にこれがいちばんカロリー消費に有効よなってのを感じ入った。まあ健康になる分にはよし。 ▼同語反復が好きなので何年かに一回書いてるけど、大槻ケンヂの「恋とはなんでしょう?(神菜、頭をよくしてあげよう収録)」とゆーエッセイがめちゃくちゃに好きでございます。と、言うよりか、大事と言うほうがただしいか。そこに書かれた価値観をとても大事に思う。でも、元気でいてくれればいいか――好きな人への愛着から所有や執着を削ぎ落としたあとに残る、この祖型みたいな気持ちが、大事なものとして胸のなかにある。それはまた恋に限らずに心のなかでつながりあってる。と、電書で買って読み返しつつ思ったのでした。 始まる前も終わった後も、相手の幸福のみを願う。 恋とは、そういうものであるのかもしれない。 わかんないけど。 そう締めることばには多くのことが集約されてて、深々としみいる。もっとも、誰かとつながりあうことをどこかしら稀釈して、俯瞰するような視座ともなるわけで。その善し悪しは場合によってちょっと変わる気もするんだけどね。 ▼昔コパンというお菓子が大変好きだったのを思いだした。いま突発的に。カットしたバゲットをミニチュア化したようなしょっぱいラスク。コパン、コパン、小さくたって一人前〜ってCMソングをなんとなく憶えており、動画検索したら懐かしさにあてられて笑ってしまった。あれのガーリック味が絶妙な塩加減でよござんした。あれの影響でバゲット好きになったのよな。気づいたら終売してたし久しく存在を忘れてたくせに、想起したとたん大事なものに思えてくるのアホっぽくてオモロ。 ▼買ったりもらったり。 *何かが後をついてくる/伊藤龍平 赫のグリモア1〜5/A-10 極東事変3/大上明久利 *国際通信史でみる明治日本/大野哲弥 うたかたエマノン/梶尾真治 カジシンの躁宇宙+馬刺し編/梶尾真治 時の”風”に吹かれて/梶尾真治 夜獣街/川又千秋 空漠/北野勇作 最初にして最後のアイドル/草野原々 *明治史研究の最前線/小林和幸編 *妖怪学新考/小松和彦 岩元先輩ノ推薦1/椎橋寛 明治風物誌/柴田宵曲 新訂版コナン全集1〜4/ロバート・E・ハワード 魚社会/panpanya *戦前尖端語辞典/平山亜佐子 デビルサマナー 葛葉ライドウ対死人驛使/蕪木統文 *民俗地名語彙事典/松永美吉 思いあがりの夏/眉村卓 司政官 全短編/眉村卓 はやり神と民衆宗教/宮田登 大東京三十五区 冥都七事件/物集高音 闇の鶯/諸星大二郎 作りたい女と食べたい女1/ゆざきさかおみ *一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門/吉田悠軌 サンセット・ヒート/ジョー・R・ランズデール 青鞜の女・尾竹紅吉伝/渡辺澄子 今年も各位に誕生日プレゼントいただいちった(六月のことなんで結構スパンあいてるね貴様)。オモロあるいは役だつ本ばかりありがてェかぎり。明治史、民俗学周辺でまたちょっと頭が良くなりますわ。あふふ。なんつうか、こう、学究の視点がやっぱトップ・オブ・トップにオモロですわな。 カジシンは地味に波がきてる。身構えずに読んで楽しいSF作家の一人としてカジシンがいて、読みたい期は定期的にやってくるんだけど、今回は波こそ穏やかながらもブームと呼べる勢いはある。心にぴったんことハマるのな。たぶん心がリリカルになってるせい。エマノンの未読だった巻とあわせて日々の癒やし枠って感じ。なんか第二世代作家は構えず読むと脳が癒やされる傾向強いな、不思議と。何となく頭のなかにあるSFっぽいSFだからかしら。第一世代だと小松左京と眉村卓辺り。 ブックオフ漁りでは葛葉ライドウ対死人驛使を百円で入手できたのが最近のぶっちぎり戦果。あとはハワードの新訂版コナン全集やサンセット・ヒートを、それなりの美品かつ安く入手できちゃって驚いたり。今年もわりと古本運がいい……というか古本運だけがよくないか、わたし。生きてていささか不安になります。嘘。めっちゃ不安になる。 あとあれだ、青鞜の女・尾竹紅吉伝を手頃な値段で入手できたのもスゲー嬉しかったな。尾竹紅吉は和ブラボを長編に再構成してるとき、主人公である墨洲ちゃんを書くにあたってちょっと参照した人の一人で、どこか野趣や猫っぽさを感じさせる眼差しが印象的で気になる人だった。一時期ながら平塚らいてうと恋仲だったのもモチーフと重なってた(和ブラボは百合でないにせよ同性愛者が主人公だったから)。本当なら書いてるあいだに読めたらなおよかったんだけど、高望みは叶わぬもんでこのタイミングに。つっても面白い本に変わりがあろうはずもなし。まだ最初の数十ページながら、尾竹一枝が尾竹紅吉となるまでの流れを描く、筆者の思い入れもあって生き生きとした筆致はかなり楽しい。最序盤で引かれる「私はこの眼だけはあくまで私だけのものだといふ気が強くします。父も母もかつて知らうとしなかつたもの考へたことがないことをこの眼は知らうとしてゐるやうに思はれます」との自己認識にあるような人柄が鮮やかに浮き彫りにされてく。わちゃわちゃした性格ながら人気のあった学生時代。鞜を読んでブチあがったテンションをらいてうへの手紙にこめちゃう猪突猛進ぶり。らいてうに会えたはいいけど頭がバグって本音を言えず、必死になって手紙を書くさま。しかも、らいてうに愛着を持たれ、愛嬌ものだから可愛がられるし本人もモテるのが好きだから、あっちゃこっちゃに出没してた、とまで記される様子。なかなかに素敵というか、そのラブリーな性状はお話の主人公的なのな。そんな語りがつづく辺りを読み終り、もういくらか進むとスキャンダル関連、そして青鞜社を去るまでの話となるようだから、ちょいと心が重い。それでも読まざるを得ない。 漫画は赫のグリモアがめちゃくちゃ心にヒットしたな。そもA-10先生(数少ない先生呼びしちゃう漫画家さん)の描くエロ漫画が昔から好きで、嗜好に恐ろしいくらく影響受けまくってるレベルなんだけど、その前提を裏切らず、もっともっと早くに買って応援してりゃとマジ後悔してる。 ひいばあちゃんから謎のペンと遺産を継いだ女の子が、お屋敷の謎空間に幽閉されてた赤ずきんを名告る少女と出会い、これを契機に、世界がつむぎゆく「歴史」を守るための戦いへと巻きこまれていく。と、ゆーよーに話のお膳立ては例のやつという風情で、基調となっているスタンスも魔法少女モノのそれ。じつに「それ」なのだけど、風呂敷を広げていく作法がめちゃ良かった。なんせ、そのやり口には異能バトル/伝奇性/諜報畑の気配が濃くにおいたつんだから。 往古の時代にて世を滅ぼそうとした異形――魔獣なる存在を封じこめた魔導書と、それを濫用しようとするものたちとの戦い。主人公である若葉は期せずして果てなき戦いに接し、ひいばあちゃんの死のまつわる真実を知るためにも、超法規的封印執行組織・ 外部に展開する 伝奇性を表出させる仕込みも素敵なのな。まずもって先に挙げた第二次世界大戦における暗闘からしてそのひとつ。存在してはならない影たちが確たる実像を得ようと跋扈する。歴史の闇に奇々怪々なるものを刻みつけ、世界を異化していく作法は基本中の基本たる楽しさよね。もうニッコニコになっちゃう。この辺に関しては近年だと速水螺旋人の靴ずれ戦線が他の追随を絶対許さない最高オブ最高漫画。お話の劇中においては、他にも赤ずきんがその前歴――ひいばあちゃんとやらかしてた闘争のさらに前――においてナチ党と契約関係にあった、とのほのめかしてたか。たった一コマ。そこに描かれただけで危うさを散らす手つきの良さよ。他にもまあ若葉が手にした武器をその補助線にするとこもあったしな。それから、特殊部隊全滅フィクションのノリもあった。後半戦において、対魔獣装備の特殊部隊を全滅の方向へと導く手つきは、いまだ語り種とできる「キャビン」の特殊部隊vs異形ズみたいな、ジャンルフィクションぽいワルさがあって笑った。それでいてただむごたらしくゴミ箱に蹴りこんだりはしないのがいいところ。「兵士」であれても「戦士」であれないものがむける、 そうした楽しさが、けれど結末にたどりつくことなく最終回を迎えているのがすごい悲しい。劇中世界が抱く力学。敵勢力のめざす先。旧い約定の実像。本当の戦いのなかでそれらも明かされるのだろう……と予期させる折り返し地点が、そのまま最終回になってるんだもの。どう見積もってもあと五巻あれば、どうにか完結できたと思う。そして、読んだ人の多くはそれを欲さずにいられない、とも思う。ラストのほうでは「始めに言葉ありき」や「知恵の実」が透けるモチーフで、世界観の背後を垣間見せてくれていたから、心に波がたたずにはいられない。そもそも昔からA-10先生のこと好きだったんだから、ちゃんと読んで、アンケート書いてればもっとつづいたのかも。何度となくそう思ってしまい、悲しさと申し訳なさが募るのでした。あゝ。 極東事変は買ってから約半月、まだ読めてない。「伝奇的なお話が大好き」という感覚に火を灯し直してくれたから自分にとって大事な作品であり、お話のカロリーがめっちゃ高いというのもあり、落ち着いたときに読もうと思ってたら軽く積みに入ってしまってる。大上さんの絵と話は消化不良にしたくねぇんじゃ……みたいな気持ち。さすがにそろそろ読みたい。マジで。 ▼お話関連の作業は常日頃やりつつ、いまのところわかりやすい進捗があるわけでもないのでひっそり言及。やりたいこと、やらなきゃならんことの地固めをずっとやってる。現状、十万字ちょっとのプロット派生物をいじっており、いやこれえらい面倒くさい構成にしちゃったな、と自分に呆れるばかり。話は単純なのにね。前提の提示もなしに単純なのにねとか言われてもって話ですがよ。ねぇ……。 |
July.01.2021 |
▼わたしは角灯片手に闇を迷うことしかできない。弱い火の手が照らす細道を頼りに、あっちへ行き、こっちへ行き、徒労に息をつくことばかりが生の大部分を占めている。抱くものの大半は諦念であり、それでもどこかあるような気がする柔らかな明るみを求めて、ずっと歩いていく。ときどき別の灯りの持ち主と肩を寄せあい、借りた光で自分の灯りだけだと見えないものを知る。それが好きだ。同じくらい好きなのが、ときとして出会う、腕に強い火の手を抱いた素敵な人を見つめ、その人のあとをついて歩くことだ。強い光はここにいたるまで届いて心を温めてくれる。その人が去っていった。わたしの前から去っていく理由に、憤怒と憎悪を呼び起こして闇を深くしようとする人々がかかわっている事実には強い悲しみがある。憤りだって重荷となるほどだ。でも、だからといってそいつらの求めるような苦痛に屈して、加担してやる必要はない。同じ土俵にたつ意味もさほどはない。あの人の抱えた炎は強く、わたしの角灯にその熱量をわけてもくれたからだ。暗闇に惑わされながらさらなる深みに引っ張られなくたっていい。角灯の光がいま照らしている、自分が歩くべき方向に行くべきだ――と、しばらくは癒えない痛みを抱えながらでも思う。わけあたえてもらった光はいつか弱まるかもしれないけど、消えることなく、ずっとわたしの角灯とともにあってくれる。本当に歩けなくなって足痕が終わるそのときまでは。いつか、見たことのある輝きとすれ違うときが来るかもしれない。そのときにそっと手を振れるように願い、祈りながら歩いていく。 |