最近よかったもの
◆小説:ウィンドアイ/ブライアン・エヴンソン(新潮社)
◆小説:グランダンの怪奇事件簿/シーバリー・クイン(論創社)
◆小説:アンチクリストの誕生/レオ・ペルッツ(筑摩書房)
◆小説:木島日記 もどき開口/大塚英志(角川書店)
◆小説:ザ・ビデオゲーム・ウィズ・ノーネーム/赤野工作(KADOKAWA)
◆小説:完璧じゃない、あたしたち/王谷晶/(ポプラ社)
◆小説:U/皆川博子(文藝春秋)
◆小説:ダ・フォース/ドン・ウィンズロウ(ハーパーコリンズ・ジャパン)
◆小説:お布団とその先生(小学館)
◆小説:ネクタリースと灰の花束(randam_butter)
◆人文:ペンタゴンの頭脳/アニー・ジェイコブセン(太田出版)
◆人文:ボディ・スタディーズ/マーゴ・デメッロ(晃洋書房)
◆人文:東京湾諸島/加藤庸二(駒草出版)
◆人文:自死という生き方/須原一秀(双葉社)
◆人文:アメリカ超能力研究の真実/アニー・ジェイコブセン(太田出版)
◆人文:ファッションフード、あります。/畑中三応子(筑摩書房)
◆人文:死者を弔うということ/サラ・マレー(草思社)
◆人文:バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ//稲葉千晴(成文社)
◆コミック:男爵にふさわしい銀河旅行速水螺旋人(新潮社)
◆コミック:二匹目の金魚/panpanya(白泉社)
◆コミック:ゆるキャン/あfろ(芳文社)
◆コミック:凪のお暇/コナリミサト(秋田書店)
◆コミック:売野機子作品集/売野機子(白泉社)
◆コミック:メランコリア/道満晴明(集英社)
◆コミック:てるみな/Kashmir(白泉社)
◆コミック:愛と呪い/ふみふみこ(新潮社)
◆コミック:空電ノイズの姫君/冬目景(幻冬舎)
◆コミック:ララバイ・フォー・ガール/松崎夏末(祥伝社)
◆アニメ:リック&モーティ
◆アニメ:ポプテピピック
◆アニメ:宇宙よりも遠い場所
◆アニメ:メガロボクス
◆アニメ:ひそねとまそたん
◆ドラマ:ゲットダウン
◆ドラマ:オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック
◆ドラマ:ブルックリン・ナイン・ナイン
◆ドラマ:ストレンジャーシングス
◆ドラマ:パニッシャー
◆ドラマ:オルタード・カーボン
◆ドラマ:私立探偵ダーク・ジェントリー
◆ドラマ:HAPPY!
◆音楽:異次元からの咆哮/人間椅子
◆音楽:Heaven Upside Down/Marilyn Manson
◆音楽:Somebody Better/Blackhoney
◆音楽:MISSION/NONA REEVES
◆音楽:サタデー・ナイト・クエスチョン/中島愛
◆音楽:透明ランナー/ロボピッチャー
◆音楽:666/HAL FROM APOLLO '69
◆音楽:bite/LEO今井
◆音楽:Fix neon/LEO今井
◆音楽:VLP/LEO今井
 Sept.17.2018
能登麻美子さんがご結婚&ご懐妊されたそうで、もう拍手喝采。末永く幸せにあってほしいものです。
ウェブ拍手にコメントつくこと滅多にないし、返信不要とあっても返信する容赦のなさを発揮していく。
 ネクタリース販促成功やったぜ。かなりしみじみとしたテイストが好きなお話なので、そういうの好きな人に少しでも伝播していけばうれしいです。そしてお歳暮はお気持ちだけでも嬉しおす……と思いますものの、常に飢えておりますのでありがたくお待ちしております。えへへ。あとまあこのログはあれですね、月ごととは言わずとも、上半期下半期みたいに分けてぇなとは……思ってますね……昔のサイトみたいな、というコンセプトから外れない範囲で。あれですよね、一ページが長ったらしいサイトとかそんなない気がするので大事にはしていきたい。感覚を。
委員長こと月ノ美兎のあわあわした感じが好きだったりする。活動開始から半年を経て、いまだ焦りが挙動不審につながる感じ。そしてあわあわが口疾なトークに挟まり、同席しているVtuberがキャラクター像でもって隠匿している中の人像を、キャラクター像を損なわない範囲で呼び出してしまう、という点。トークの得手不得手以上に、人柄(物言いがテキトーだったりさらにあわあわしたり)で、しかも偶発的に演出されるものだな。キャラを演じることの雑さと捉えるのは簡単だけど、キャラ/中の人のそれなりの曖昧さが好ましい。にじさんじ周辺の人たちはこの辺りの曖昧さが魅力的に思えて、そういう意味では、わたしが好きな声優さんのラジオにも似ているな、とか。
 言ってみれば田村ゆかりの乙女心症候群なんかが、パブリックイメージと内面との境界線の綱渡りって感じで好きなんだけど、まあそういうたぐいの話。いたずら黒うさぎの頃から一貫してるのすごい。
 あと全然関係ないけど、でろーんこと樋口楓ちゃんの「アハー↑(笑)」や「アハーハハハ」という笑いかたの愛らしさ尋常ではないな。最近はかざちゃんが特に好きでそっちばっかだったのだけど、やっぱりみんな楽しい。
買ったり。
 異人館の妖魔/井上雅彦
 生権力の思想/大澤真幸
 龍のグリオールに絵を書いた男/ルーシャス・シェパード
 日本奇僧伝/宮元啓一
 白夜の爺スナイパー/デレク・B・ミラー
 内務省/百瀬孝
 サーカスの娘オルガ2/山本ルンルン
 Sept.10.2018
フリクリオルタナを見てきた。アニメの感想を長々と残す必要はさほどないと普段は思っているんだけど、フリクリだけは別って気分になっている。人生の根っこなだけに、思いの丈をクドクドやる。。。
 結果から言えば、不安ではあったけど最終的に恨み言の連なるような作品ではなかった。上村泰監督が必死にフリクリを組み立てようとしてるし、瞬間瞬間の単位で区切っていけばいいとこだっていくつもあるから。でも、手放しに良い続編だ、やったね、と喜べもしない。きっと、「フリクリオルタナ」でなく、ただ「オルタナ」とだけ題がついてたら違和感がなかったのかも、と思う。タイトル通りの別の形をした(オルタナティヴ)、もうひとつのフリクリでないフリクリなんだから。狙いとしては続編ではなく、おそらく上村泰リミックス楽曲、または別ジャンルによるカバー楽曲てノリなんだよな。例えば劇エヴァが本当の終りを迎えるべく動きだし、下準備として二〇〇七年むけに再構成したの「序」で、それがセルフカバー楽曲としてキマってたみたいに、進化形(プログレ)をやる前に、二〇一八年のきみにフリクリを知ってもらいたい、と改めて用意されたもの。なにせ、フリクリだって九〇年代の産物だものね。
 九〇年代。90s。バブル経済がダメんなって、いとうせいこうが「噂だけの世紀末」のリリックで唱えたようなちょこんと閉塞した世紀末感に乗っかって、教義っつー設定をくっつけまくったオウム真理教のメディア的隆盛とカルト的凋落はもとより、五島勉が70sに仕掛けてから終末観に長く尾を引くナンタラダムスの大予言に終わりやはじまりを仮託する感じまで漂ってた時代(その向こう側にY2Kも重なったりしてたっけ)。バブルの狂騒のあとの息苦しさにピリついていたり、それにアゲインストしたり……みたいな、幼子として過ごした自分から振り返ってみてもなんとも言いがたい空気を、エヴァを経由したのち、エンジンの轟音とギターの唸りで破るようにして二〇世紀最後の春に生まれた。そこに通底してるのは岡崎京子とか、それこそ貞本義行とのコメンタリ本であるフリクリックノイズで鶴巻監督が名前を挙げてるものを引くなら、大人計画の演劇や、古谷実、安達哲の空気感。見かけで言えば、キャラデザではハル子があの頃の広末涼子をイメージソースとしてたりするし、そしてまた安野モヨコ云々て話もあるけど、それもまあザ90sという。ちなみに安野モヨコは岡崎京子の元アシであり、大塚英志のことばを借りるところの「岡崎のようなタイプの漫画家」だった。為念。またマミ美とか、カナ/ペッツ/ヒジリー/モッさんという女子四人の、かなりイマっぽさを強調したデザインや性格造形と比較してみると、可愛さのベクトルも閉塞のしかたも時代感の違いがすごいと思う。あとはフリクリにおいて「工場(プラント)」だったアイロンが、「ショッピングモール」として置かれ、シャッター通りやロードサイド感でファスト風土が意識されてるのも、時代感の差だろうな。残念ながら、モールというステージとしては使われてないし、ほとんど活かされれてない象徴だけど。
 オルタナの質感は、そういうわけで「もろもろの要素を改訂しつつフリクリをもう一度」というのが意識されているように見えた。全体を通して各要素を切り貼りして、見やすいよう再構成しまくってるし、最後の最後まで変奏曲でありつづけるから、フリクリを見てきた人なら、パッと見だけで要素を分解できるほどわかりやすい。やりかたとしてはホラーゲーム「SIREN」シリーズの現状における最終作、ニュートランスレーションに近い。あれは第一作のこみいってあちこちに散らばる時間軸を一本に整え、理解しやすい筋の1クールドラマとして再解釈してるのです。だけど、そこにあるのはバカ(Fooly)でもないし、カッチョ良い(Cooly)でもない、振り切れてない物語なんだよな。無茶振りされた仕事にがんばって取り組む生真面目さが、トリビュート盤に入ってるあんま上手じゃないカバーみたいな様相さえ呈してる。
 切り貼りは切り貼りなりに大真面目で、兎角わかりやすく整理することに腐心してる。 ハル子はやはり「光域宇宙警察フラタニティvsメディカルメカニカ」という対立のもと、地球を真っ平らにするというメディカルメカニカの意味不明な計画と戦うエージェントとして現れる。ごくごく基本的なところはフリクリと同じ。ただ敵対構造が第一話からはっきりしめされてるのが、大きな差になってる。フリクリにおいて、本筋としての実相が提示されてくのは第四話――全体の尺の半分を消費して、特殊入管のアマラオが登場してから。決定的な情報が絞られ、あるいは取り囲むサブカル的情報が過多となり、故に読み取りづらくどんなジャンルかと指定しきらず「こういうアニメです」としか言い切れない(なので雰囲気アニメとか言われてしまうこともある)テイストが強かった原典。それと違い、知らせるべき情報は知らせようと試みて、SFアニメの構図を前面に押しだしてくる。藤子・Flash・不二雄なSF(スコシ・フシギ)要素として日常にいきなりブッこまれ、やがては日常を食い破ってSF化させていくメカと違い、今回は人工島やロケット発射、火星移住計画とか露骨な設定も早々と出てくるしね。わかりやすい。
 この切り貼りは関係性のアレンジにもむかい、中心にあったナオ太の「恋」からいたる「好きのつぶやき」を、カナの「友情」からいたる「大好きの叫び」にしている。気づかなかった/気づけなかった感情を自覚して、それに素直になるのを根っこの部分で通じさせている。でもそれが効果的かというと、そううまくあってはくれなかった。まずもって、ナオ太とハル子という二人の駆動因である「恋」は、取り替えがたやすくないくらい大事だった。ナオ太は特別なことのない日常をブチ壊してくれる年上の女に恋をし、でもハル子は本当に愛着があって本当に本当に本当に欲しいもの――宇宙海賊アトムスクをメディカルメカニカから救い出し、手に入れるため、他人のことなんて道具としか思ってない。アトムスクを救う手段としては、ナオ太の頭に開いたN.Oチャンネル(四次元ポケット的なやつ)が必要となる。だから、可愛がってみたり感情移入が生じたりしても、上手にいなして「使う」。この傍若無人なアレコレにナオ太は振り回されつくし、ときに思いこみで増長し、ときに自意識をコテンパンにされ、それでもやっぱり好き。そういう関係が、多数あるサブプロット(小学生の恋やらオトナも大変すよな話やら)までも牽引してことさら大きな意味をなし、メタファーをかましまくって、「直接性」を避けながら独特の、恋がはらむ性的な空気感をも醸造していった。オルタナはそういった駆動因を特にいじらないまま、「友情」へ置き換えることで、ハル子という存在のつながりが、ひどく曖昧になってしまっているんだよな。恋してしまう相手でなく、通りすがりのお姉さんでしかない。劇中での動向自体、カナの周辺に現れてはちょっかいを出してを繰り返すのに尽きていた。ハル子が絡んだらどうなるか、を考えても、どうして絡むのか、まではそれほど意識されていなかった。そしてなにより、ハル子も何かへの愛、あるいは執着と表現していい感情を抱いていないことも大きい。アトムスクの不在によって、行動原理には一貫がうかがえなくなってる。飄々としてても内心では何かを必死に追い求めている人との軸がない。ただそれだけで。収奪の戦いと噛みあって螺旋を描きながらお話の回転軸をなすべき、フラタニティvsメディカルメカニカのそれも、今回は本当に単純な対立構造でしかないから、どこか迫真性を欠いてる。この上手じゃない、破綻寸前の感じの構成が危ういったらないのだな。
 そんなだから、オルタナのハル子自身も、どこまでも脚本に踊らされて見える。怪物然として好き勝手な、おのれにだけ筋通して、愛着をしめしてくれる誰かまでも醒めた眼で見ている、物語すら振り回す残酷な女――そんな女なのに、個人としての内実が伴わない、道具としてのキャラになってしまっていた。これは正直、かなり寂しい。こと第三話と第四話。前者でランウェイを歩くハル子はキメキメだし、後者でバスケ部にコーチとして居座りあまつさえダンクしちゃうハル子の姿はかわいい。でも、そういう動向にいたるこの女らしいと納得できる理由は見えないし、無意味な(業務上にせよ感情上にせよこうやってきたいとの欲求とうまくリンクしてこないかたちでの)大迷惑もらしくない。どうしてここでそういう振る舞いをしてるんだろうか。そう思うばかりで、話のわかりやすさと裏腹に、説得力は追いついてきてくれない。何かを望むから暴れるし、奪うし、ひどいことを平気でする。ジコチューさに自分専用の倫理が見えるのが、ハル子だと思うんだけど。結局、最後までただ仕事を遂行するだけ。
 他のキャラ周りでも描写に問題はあって、いちばん露骨なのがペッツの家庭環境かもしれない。フリクリにおけるニナモリの家庭がベースにされたそれは、しかし原典を真似ない別のやり方をしようとして、失敗している。ベースとなるニナモリがフィーチャーされるのはフリクリ第三話――ナオ太をオトナな同志と見る委員長だったのが、ひと足先に大人ぶることから脱することが主題のお話。このお話を進める過程ではニナモリ家のなかに渦巻く不和が描かれてるのだけど、そのやり方はシリーズ序盤からの言動や態度の積み重ねに、父親(マバセ市市長)と不倫してる子守りも兼ねた秘書、ゴシップミニコミ誌、自分が可哀想な環境にあると大勢の前でバラされる、劇で主役をやる自分を見てほしい、という情報で輪郭をつけていくものだった。直接には家庭が出てこない。それを三十分以内でテキパキすませる手順がうまかったんだけど、オルタナでは直接性に頼り、壊れた家庭環境をカナに直視させてしまう。さらに演出がフリクリ第四におけるサイコホラー風のシーンを薄く引用していることで、もう不協和音がすごい。よろしくなさに問題の処理しきれてなさもからまってきて、わたしは手際良く処理してくOVAならではな尺管理も見たいんだが……と、強く思わされてしまう。そうした印象へさらに拍車をかけて間伸びをさせてしまうのが、岩井秀人による、台辞まわしとしても、会話劇としてあんまり煮え切らない脚本。岸田國士戯曲賞とってる人なのに! フリクリで脚本担当だった榎戸洋司による、語呂の良さや連想でことばをパカパカ重ねて、調子よくどこかへ転がされていくようなテンポ(それこそ松尾スズキ演じるカモンがつらつらとよくしゃべるシーンとかわかりやすい)とまではいかずとも、もうちょっと良い感じになっててもよかったんではないのかね。と、歯ぎしりさせる脚本の人は、どうやら最終的にどっか行ってしまい、監督や新谷さんがギリまでがんばって手直しを加えてったような様子なので、まあ、大変だな……。
 演出の手際に関して言えば、リリカルさに反して、the PillowsのPVとして成立するレベルのカッチョヨさによる楽曲の挿入を、全然上手にマネできてないのもまた不満ではある。LITTLE BUSTRERSで締めたい感じにまあ様式としてやりたくなるわなって理解はおよぶし、その曲を持ってくるの良いね、と思うシーンはあるけど、絵に挿入するタイミングや、声優さんの演技/バックの音楽とそれぞれ音の振りかたがハマってないとこはそれなりに多い。Fool On The Planetとかはちょっとよかったけどね。アニメーションとして演出される快楽に目を移すと、女子高生を主人公に据えて求めたリリカルさと、これをやりやすくする地に足ついた演出の重視もときどき足引っ張ってた。絵としては過度におとなしく見えてしまう部分が誘発される。大仰な絵面やアクションを用意するときの間合いと尺度調整にしても、いびつで、そこでこの大きい/小さい絵を入れると緩急が微妙ではあるまいか、と感じるシーンがいくつかあった。アイロンをめぐるシーンがそうだし、そいつをそこに?という敵キャラの配置もそうなんだけど。第一話のバトルシーンでの巨大感を煽る敵とかレイアウトなんかは、もっと効果的な使いどころあったんじゃないのかな……。アマラオの代用キャラ――神田のワーキングスペースである、特殊入管の監視モニターとかを引用した部屋のデザインが「漠然としたSF空間」みたいな作りになってるのも、ちょっとどうかと思った。巨大モニターのレイアウトとかディテール、もうちょっと整理しないと恰好良くならんのさ。
 総じて、ちょっとずつ足りない部分がたくさん集まってしまったことで欠けの多い作品になっとるな、という印象が強いな。それでも好きな部分だっていくつもある。四人組は描写の掘り下げにめっちゃ過不足を感じつつ、一人一人をかわいく思えたし、そんななかでカナの意図せず同調圧力かけちゃう調子や、それに怒ったり、誰かを大事にしたりな感触もよかった。ちょっとした仕草。カナ/美山加恋によるモノローグに、ナオ太/水樹洵を想わせる瞬間があって、ああ、と思いもした。キャラではペッツがいちばん好きで、三白眼気味でソバカスあるのとか、ジャージに赤コンバースとか、吉田有里の演技(未確認で進行形の真白ちゃんの面白声しか知らないので驚いた……)とか、内面に落ちている影とか、もう。正統派とは言いがたい愛らしさに弱い。前述したFool On The Planetなんかも、友だちがまともに引き止めることも叶わぬまま去ってしまったあとの日々に、海辺でのシーンにてかかる、というのがたまらない。大切に思ってても、ここから去るしかなかった友だちへと叫ぶ、どこかやりきれなさを残すエンディングだって、意外と嫌いではない。
 N.Oチャンネルという「空間を超えて届く力」で、遠くへ去ってしまった、もう二度と会えないかもしれない大事な人へ投げかける叫び。
 それが彼方に届いたかなんてわからない。
 でも、あなたが大事だし、あなたがいたから来れたこの場所、この瞬間を、大事にしたい。
 わたしは遠くに行けないけど、ここにいて、ここで生きているから。
 そんな風にわたしは受け止めて、結末を見ていた。大人だけど子どもだし、子どもだけど大人だし、そんなよくある修辞に引っつかまれたどちらでもあれるグラデーションから、「自分らしさ」を感得する感じ。「つづいてほしい毎日」に、体面なんて気にせず手を伸ばす感じ。フリクリも大人ぶる子どもたちが微妙な圧力のなかで身構え固執していた状態から、それをほどき、結末へいたる。変奏曲として、やりたいことはわかった。で、また悪口に戻ってきてしまうのだけど、そこに持っていくまでの手順や演出にそこそこという以上に問題はあるわけで、それで大丈夫なのかと言われたら、まあやっぱ普通に大丈夫じゃあないんだけどね。ただ、これをよりキッチリした作りで観たかった……と思う辺り、やっぱまあ、嫌いじゃあないのだなって。
 しかしまあ、なんだ。そもそも続編をどうこうしようのない作品を鶴巻監督以外にやらせたらこうなるよ、やる側も困るよ、という図だな。本当に。まったくもって。本広は要反省。そして戦い抜いたスタッフさんたちはお疲れ様でした。プログレも観には行くぞ。むこうのがオルタナの数十倍、不安だけどな。
ところで、わたしがフリクリにおいてめちゃくちゃカッコいいと思っていた部分には、小道具があって。ハル子の愛車であるべスパ。とんでもない扱いを受けるリッケンバッカーやギブソン。マミ美のオリンパス製コンパクトカメラ。タイアップになるかなと思ったら全然だったウィダーインゼリー。終盤でクソマズいカップラーメンと引き合いに出される麺づくり。そのあたりの、鶴巻監督言うとこの「ありもの」を借りてくる、実写寄りな感じというか、地続きな感じというかにカッコよさを憶えた。それはのちのち、村上龍とかがやる商標とか固有名詞を直言するスタイルへの愛好にもつながってく。
思い返せばファスト風土云々て、フリクリがリリースされた二〇〇〇年から連載されてたやつなんだよな。まあ、時代ですな(便利なことばだこと)。
十二日付記――ちょっとばかし日本語変になってるとこ、コトバタラズなとこがあったので文章を整理した。落ち着いてからの日記の追記というのはあとだしジャンケン的な良いのかこれ感があるけど、こう思ったんだってメッセージであり、またセラピーもどきとしてのメモでもあるから、行動難度が上がらないレベルでは正確にしておきたい、みたいな。しっかし、お話を記すのもだけど、日記のうえに書き下す行為の事実を点検していくような感じはいくらか良い効果があるよな。認知療法的な。あと、それ自体は別に嫌いではない。九〇年代という時代。
 Sept.08.2018
巷説百物語を読み返してる。百鬼夜行シリーズは十代の頃の消費のしかたが黒歴史だしいろいろ思い出すからいささか触れがたいんだけど、巷説百物語は大丈夫っぽい。このまま未読だった後〜西までの三作も読んできたい。
フリクリオルタナが公開になった。事前の印象がどうにせよ、わたしは向き合わなければならず、何故ならフリクリ無印がリリース当初からの付き合いで他のどんなアニメより愛着が強いからなんだけど、そのこと考えてたらこの一週間くらいひどく情緒不安定になっちゃった。向き合えるのか。本当に。思い返せば屍帝国ではひどく惨いなと自分でもヒくくらいズタズタの有様を呈してたけど、それ以上のズタズタにならんといいが。。。
先だって公開されたRE2クレア編の動画をよく見てる。精神安定をうながさんとばかりに見てる。
『バイオハザード RE:2』とてつもなくリアルな“G生物”と戦闘!【実機プレイ】
 昔のパブリシティよろしく、G第1形態との戦闘が惜しみなく明らかにされてるのがちょっと懐かしい。それを知るのがファミ通でなく電撃オンラインなのが隔世の感あるけど(小中学生の頃は毎週買ってた)。REエンジンのおかげで肉は黒々とぬめつき、眼玉はグリグリ動き、汚らわしさのディテールがより細かくて楽しい。眼の充血具合に変化が見られて、ダメージに応じて濁るゲージ代わりの表現なのかなとも思った。クレアもちょいとミシェル・ロドリゲス気味な造形がかわいい。ステージとなる下水処理水なんかも、単に狭くて平坦な印象だった旧2に対し、多少拡大した構成にしつつ視野を塞ぐ回廊にしてあるアレンジメントをしてある辺り、近頃のバイオシリーズらしいな。
 サバイバルホラーの質感へ直結する操作に、改めて気づく点もあった。今回は旧来的なクイックターン――人物が画面ごと背後へ転回する、4以降では馴染みの動作が廃止されてるようなんだけど、それは追いすがるゾンビから身を背ける直観的な回避行動を導入するためのものかな、と個人的に認識してた。体術も廃止された分のアクティブさ(この手のアクティブさのバランス調整はナイフや手榴弾によるとっさの防御行動からもうかがえる)。ところがプレイに注視してみると、それだけには限らないっぽい。追手をかわしつつ行き先へとカメラを転じたとたん、そこにまたしても敵が……という恐怖感の演出も兼ねてるのではないかな。レオン編の閉所を駆けずる光景と照らしあわせると、知覚に枷をかける部分が感じられる。闇への演出もそうだけど、アクションゲームの加速度からアドベンチャーゲームへの速度に転換しているのがうかがえて好きだな。
 武装も今風解釈を経ると趣深い。M79グレネードランチャーを背負い、手許にイングラムM11短機関銃との図。時代と趣味性から察するにニューヨーク1997辺りからの影響なのだろうけど、旧2で80sチックな放熱シュラウドを装着していたM11が、本作では剥き身になって、しかも拳銃同様に両手で据銃してる。元の要素を残しつつ、考証しなおす。大変良い手付きです。クレアの初期装備らしき拳銃が弾数の多いブローニングHP自動拳銃から、M642風のリボルバー拳銃になってるのもなかなか。
 楽しみすぎて珍しく予約しちった。
 Aug.26.2018
お手伝いも終わったし、ここのところは自分の作業のために引きつづき資料の読みこみをしてる。と、上辺で言いつつ実情がどうかといえば、読むかたわらでひたすらドールズフロントラインやってる。
 脳の一次声豚野を能登麻美子さんで育てた人間だもんで、可愛らしい子を演じてるのを見るとひたすらに触れつづけてしまう。思えば十五年近く前に、地元FMで明け方のごく短い枠に入っていた角川サウンドシネマにおける「成恵の世界」アニメ放送前特番を聞き、心底から震えて以来の長きに渡るLOVEにございます。これを聞いたのちに原作を読み、SFも本格的に嗜みだしたので人生ベーシックな出会いだわ。しかもあのとき耳にした能登さんにかなり近い声色でUMP9を演じているもんだから、もう、しかたない。しかたない、いつの間にか誓約を結んでいても。
 しかし、なんだな、能登さんだけでなく中原麻衣さんの9A91演技に可愛らしさを見出したり、どちらかといえば十年くらい前にメインで活躍した声優さんに耳を傾けがち。齢がにじむ(九十年代〜一桁年代趣味)。近頃の声優さんも好きながら、やはり十代で熱中して触れたあれこれは大きく響くね。
買ったりわたなびから献本もらったり。
 アホダラ帝国/キャシー・アッカー
 裸体の森へ 感情のイコノグラフィー/伊藤俊治
 ネクタリースと灰の花束/井上雑兵(randam_butter)
 バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ 海軍情報部の日露戦争/稲葉千晴
 夜明けの旅団1/片山ユキヲ
 改変歴史SFアンソロジー/坂永雄一、曽根卓、伴名練、皆月蒼葉(鴨川書房)
 学校の怪談 口承文芸の研究/常光徹
 暗天街幻想奇録/壺也
 ララバイ・フォー・ガール/松崎夏末
 東京大学「80年代地下文化論」講義/宮沢章夫
 Ordinary346 1+2+3/渡辺零(渡辺書房)
 夏コミ本体には行っていないものの、打ち上げには参加したので、友だちにお願いして本はちょっとだけ入手してる。
 土壇場で情報を知って買ってきてくれ〜とお願いした「ネクタリースと灰の花束」がすこぶる好みだった。黄昏の色合いが静止し、しんとした終わりの堆積していく世界で、学校生活と、実態も奥行きもない戦争の日々を過ごす女の子たちを描く連作短編集。百合というか、女の子ソーシャルというか、シスターフッドというか。「宇宙よりも遠い場所」とか「ニーア・オートマタ」あたりと近い味わいだなーと思った。表紙と扉絵を担当してるフミヨモギさんが本ッ当に好きなんだけど、お話が氏の描く漫画と通じる、静々として、ちょっと寂しい雰囲気を有してるのが良い。てらいのない穏やかなリリシズムが漂う。
 仲良し四人組が全四話で一人ずつ描かれてくんだけど、ことノッポで気弱なイチゴちゃん回好き。もはや劇中には実像が残されていない母親≠ニいう存在への憧れを抱く子。この子と、年長者ながらどこか頼りないフワフワポヤポヤ加減のちびっ子先輩、サヤちゃんの接しかたで、なんとも心が締め付けられてしかたない。初対面でいきなり膝に乗る距離感のなか、イチゴちゃんはずり落ちないようとっさに腕を回し、サヤちゃんは居心地の良さを告げる。このシーンが生まれながらに欠落した関係の輪郭へと触れるようで、もう……。他のお話も楽しく、やはり強く思わされるのは「宇宙よりも遠い場所」。ネクタリースもあのアニメの四人組もそうなのだけど、「誰かと誰か」だけで完結せず、「誰もが誰か」とのつながりをもって魂が動いてく。本自体は70pほどだから手短にさくさくと進められてはいくものの、その手つきが良い。
 それと並行して、躯体に意識を転送することで稼働させる機動兵器――Dローダーに乗って戦う場面もあるのだけど、描写がバトルモノというよりは、どちらかというと従軍記めいた筆致なのもお話のテイストに合ってたな。お茶会のような笑い声、鋼と鋼がすれあい軋んでさえ貫かれる、アンビエント・テクノの音色が似合う静謐さ。あるいは、筋肉少女帯のアルバム「月光蟲(1990年)」に収録されてた「少女の王国」も似合うか。お話/アートワークの両面から超ラブリーな本だからマジでマスト(ZINで委託されてるそうな)。
 フツーのご本では「バルチック艦隊ヲ捕捉セヨ」が、まだ読みはじめたばっかだけどめっちゃ面白い。タイトル通りに対露諜報戦の本なんだけど、名が知れてる陸軍は明石元二郎の策謀でなく、海軍軍令部第三班周辺の動きが描かれた本。後書きいわく(後書きから先に読むタイプ)、陸軍による諜報活動は幅を広げすぎて参謀本部も管理しきれてなかったらしく、情報も少なく、著者が前書いた明石の本ではナンカモロモロヨクワッカンネーってな感じだったそうな。未読だからどんなんだったのかだいぶ気になる。そのうち買う。転じてこっちの本では、やはり苦戦しつつもいろんなとこを取材でめぐって、ディテールに目配せしてく。まず最初からして電信(テレグラフ)技術による通信と伝達、ちょいこみいった敷設権とかの話からスタートするんだけど、それがまた楽しいかぎり。そこから無線通信や、帝政ロシアの有する艦船の調査、お雇いスパイ、日英同盟で極秘裏に供与された暗号技術、それの用法をまずった外務省が情報筒抜けになってた話などが連なってく。横たわる問題としては、やっぱお金と時間の話がインパクトでかい。百年分以上の文化的隔たりがあるから、現代とはコスト感覚がほぼ別次元で、たとえばヨーロッパから日本への電信で八時間以上かかり内容的には平均一三・六ワードでイコール三十三万円を払わにゃならない、というのがすごい。速度が遅かった時代だってのを加味して、本文に添えられている世界単位の通信網図を見ると腑には落ちる。ここらを調整していくと、スチームパンク方面(サイバーパンクに食い殺された歴史改変としての、と但し書きはつくけど)になってくな。思えば、たかだか十数年前ですら通信料は高価かったし、わたしは世代的にケータイの利用料でそれを垣間見ているわけで、そこを慮っと二一世紀式の加速すげー。コストの話だと、オデッサで黒海艦隊関連のために外国人スパイ一人の運用に月百万以上をかけたりしてるけど、これはまあ、いまでもそこまで違和感ないか。オタク設定の面で使えるなーっていうのは日英同盟周辺で、やっぱり諜報協力があるって話は心に火がつく。なんとなくそうなんだろうな、と思ってお話の踏み台として使ってた情報がまんまちゃんとそこにあったとか……。他にもめっちゃ使える情報の嵐。まだまだ読んでる途中だけど、情報量にニコニコしちゃうし、作業上の有用性がすごい……。
そろそろログの整理をしたい、と言ってからそこそこ経つ。そろそろやりたい。一ページが流すぎんだよこれ。
 Aug.03.2018
ライブに行く予定を仕事で潰され心死んだのち、腐っててもしゃーねぇと作業潜航してた今日この頃。主に渡辺書房の手伝い。人にちょっかいを出すのを好む性状が故、自分で書くより向いてるな、と少し思った。
と、いうわけで宣伝。
 コミックマーケット3日目・東ラ45bにて頒布予定の「Ordinary346 (1+2+3)」で、引きつづき校閲のお手伝いをしております。今回は総集編ということもあり、作品をさらにソリッドに、恰好良くする加筆修正においてもフルパワー協力させてもらった。総調整箇所およそ約三〇〇。ちょっとした言い回しの調整が大半ながら、ことによってはお友だち関係にヒビを入れかねん量だよなこれ……。
 ともあれ。
 同性愛描写では、より魂の温度がにじむよう。
 戦闘シーンでは、より細かい動きがなめらかに通るよう。
 拷問の質感では、より潤む血肉で背に嫌悪感を登らせるよう。
 そんな風に意識し、もろもろ提案をさせてもらった次第。1+2+3は性描写のある新規エピソードを収めることもあり、手触りとしてはドラマシリーズとR15指定の劇場版総集編くらい差があると思う。本自体はR15通り越して成人向けだけど(自主規制が大事なので商業よりレイティング感覚が厳しい……)。映像作品で例えるなら、わたしの提案はポスプロの編集に引っかかるたぐいで、ことによると戦闘シーンでは顕著かもしれない。人物の挙動がバキバキと映えるよう文章や語順に修正案をつけ、以前手伝った際は見落としていた不鮮明さにも提案を加えていった。あとわかりやすいところでは芸能人異常殺し屋枠との戦闘で、中ボス戦風だしせっかくだから少し異常描写を増やしてみては……とのコメントとともに、残虐描写の提案を入れたり。のちにここの描写が大幅に追加されたとの報を見たときはすこぶる笑った。細かい点がどのような取捨選択のもとで修正されたかは頒布まで渡辺さんの胸三寸ながら、全体を通して低温鋭角(ソリッド)加減はかなり強化されているはず。女の子同士の情動に関するところにも耳許で囁くがごとくちまちまとアレしたけど、そこはシリーズの醍醐味なので、口をつぐんでおく。お楽しみ。ちなみに真面目にやったそれらの点とは別に、拷問関係のシーンなんかは道具の扱いや損壊状況、反応と細かいとこを突っつくのに非常な楽しさがあった。こうしたほうが骨に響くと思うよ(拷問対象と読者に)、と言いつづけるやつ。いかんせんイーライ・ロスの「ホステル」の愉快流血や「マルドゥック・ヴェロシティ」での拷問された遺体の検死が好きなんでね……渡辺さんもわたしも……たがいのマイナスのチカラをかけあわせたことだし、血みどろのプラスになっているといいな……。
 そんなこんなで未読の人はもちろん、既読の人も、またさらに勢いの増した本として楽しめるようになってるのは確実。
 コミケに行く人はぜひぜひお立ち寄りください。
 通販予約もはじまっているので、行けない人はこちらをチェック・イット・アウト(カタカナ発音)。
 以下は、新規追加エピソード――「幽霊(スプーク)」の初稿を先んじて読んだ人間としての感想。いざ読むまで委細を知りたくない人はスルーされますよう。「幽霊(スプーク)」は、劇中最強の殺人者、東京という諜報戦の発火点を見下ろす三船美優がついに登場し、この一話のために今回は成人向けとなっている。内容としては四巻からはじまる新たな戦いへの布石でありつつ、まあ、こう、なんだ、ノリが諜報&性暴力版「呪怨」(マジで)。見るなのタブーを破った女のもとに、あたかも黄泉醜女のような幽霊が訪い、呪いを刻みつけるような性暴力でボッコボッコにする。圧倒的な力でねじ伏せて犯す。当事者のキャラが身を委ねるねじれた心の動きが描かれてなお、その質感にはそこそこの嫌悪感が湧くのだけど、でもそれに反してちょっとした描きかたに大変好ましさがあるのですわ。性器に異物をねじこむ描写へ、男性器/男性性を安易に投影しない。当事者間、女×女で完結した関係としての、邪魔っけなものを透かさない描写。百合厨としてなんか嬉しいものがあった。個人的に、ただ直接的なだけ、卑猥なことばを言わせるだけの濡れ場が本当に嫌いで、鄭重に処理しようとする手付きでアンサーをもらったような気分がしたというか。
 単なる肉のぶつかりあいでなく、ぬめついた破滅をはらむ心の熱に堪らないものがあるので、そういうのが好きな人も楽しみにどーぞ。あと本当に、三船美優が呪怨の伽椰子みたいで面白いのでな。
以下どうでもいい話。ごく私的な印象だけど、Ordinary346には角川臭を感じる。KADOKAWAでなく角川。九〇年代末期からの数年間――少年エース本誌で、まだ多重人格探偵サイコが人気を有していた角川。大塚英志が「若い読者に届く速度」で、何かを送りだそうと踏み台にしてた角川。わたしがおっかなびっくりに恐怖を嗜む小学生としてそれを眺めてた頃は、Jホラーブームの真っ只中で、ホラー映画をコミカライズする「Horror Comics」枠があった(たしか表紙がマーメイドっぽい紙質で独特な手触りだった)。また九八年からはホラー漫画誌「ザ・ホラー」が刊行され、スパンとしては少しあくけど「ケイゾク」や「トリック」とホラー寄り演出(もっというとデヴィッド・リンチ風だが)をする堤幸彦ドラマのコミカライズなんかもしていた。「トリック」のコミカライズは、「ザ・ホラー」で「わてら祟られ三姉妹」を連載してた西川淳が担当していたっけか。そこになんとなくあったのは、終わっていく/始まってく時代の中で殺伐さ、過激さが消費され、角川というでかい装置に及んだあとに搾りだされた、ポップで商用にくるまれたような猟奇性というか。スプラッタと隣接した暴力描写と、死のディテールに関する猟奇趣味をあっさり盛りつけてくOrdinary346の手つきに、あれと似たにおいを感じる。もちろん、Ordinary346は進行形の物語だし非実在でしかない。けど、あの時代の内側にあったら角川からノベライズやコミカライズが出てそう、みたいなことを思わせるものがある。とか、そんなこと思った。
ドラマ版多重人格探偵サイコ(なにげに三池崇史作品であったな)で台詞に出てきたの、危ない1号と危ない28号のどっちだっけか。中学生時分にあれ見て、それはなんぞな〜とネットで調べたところドギマギし、折よく薬理凶室のアリエナイ理科ノ教科書が出るとの情報を見かけ、アマゾンで買い(当時からアマゾン頼りなの悲しい)数年遅れでゆるゆると鬼畜系にはまった記憶がある。連想で思い出した。そして薬理凶室のくられ氏が今年の星雲賞で受賞してんだから、時代の流れとは恐ろしいもんでありまする。
一方、現在は脳が莫迦んなるほどバーチャルライバーにドはまりしとる。詩子お姉さん、委員長、でろーん、えるちゃん、かざちゃん、モイモイが辺りメイン。もーかえみとカップリングが特段に好きすぎアワアワ。作業BGMと食事中鑑賞枠をにじさんじ周辺が占めて久しい。珍しく自作中カップリング以外の概念が思考の中心に来てる……今季は特にアニメを見てないこともありDETHドップリ……こうなるとわかってたからなるべく触れずにきたのに……不覚……。そうですよねYoutuber文化圏じゃなくてラジオと生主文化圏でしたねわたしね……と震えてしまった。まだ震えてる。三つ子の魂三千世界までも。
 July.04.2018
あっという間に七月。物が腐りやすい季節……というか、水出しで作った茶がボトルのなかで腐りやすい時期だ。飲んだらすぐしまう癖つけたい。
メガロボクスがよかった。最終回周辺で、ことにすごい勢いで駆け抜けていく作劇に早い早い早いと眼を白黒させつつ、ジョーと勇利のたどりついた「あした」には愛おしさを憶えずにいられなし。自分が観たかったバトル物を通してのプラトニックなBLに触れられたのでお腹いっぱい。
物を作ってみる作業のなかで、いまやってることと別件でアイデアストックが埋まると精神衛生にいい。前々から思案してる明治スチパン超伝奇のバカっぽいネタが思い浮かびちょっとごきげんです。まーた「可能性」が世界を変質させる、みたいなやつかいってそれだが、そのうちちゃんとした形にしたいな。細かい資料をちょこちょこ集めてて、そのおかげで非大戦期の日本軍、SIS以前の諜報体制なんかにも少しは眼が回るようになってきたし、近未来モノとは別な楽しさも抱えこめてる。やりたいことばっか増やしちゃって……とおのれに惑乱の芽を見いだすものの、ただただ無為に過ごすよりは何かしら作業をしているほうが腐らずすむんで地道にやっていきたい。
頂いたり買ったり。
*ヨハネの黙示録/小河陽
*ファシスト的公共性 総力戦体制のメディア学/佐藤卓己
*フランシス・ベイコン・インタビュー/デイヴィッド・シルヴェスター
*特別指名手配/タイムライフ
*怪異古生物考/土屋健
世界の果ての庭/西崎憲
ヨーロッパ史における戦争/マイケル・ハワード
CIAの秘密戦争 変貌する巨大情報機関/マーク・マゼッティ
東京府のマボロシ 失われた文化、味わい、価値観の再発見/宮崎隆義 他
*東京近郊スペクタクルさんぽ/宮田珠己
空想東京百景(V2)/ゆずはらとしゆき
空想東京百景(V3)/ゆずはらとしゆき
幽霊世界/アンソロジー
 先日、誕生日だったのだけど家族からシカトされた(その後時間差で祝われた)のにむくれて、祝ってッ……われがここにおることをッ……と、叫んでジタバタしてたところ、各位がすごい勢いでプレゼントをくれた。ありがたい。本やぬいぐるみやお菓子や干し肉や調味料や、といろいろ飛んできてエヘヘとなった。人にプレゼントを投げるのは良い文化。忘れないためいただきものにはアスタリスクつけとく。他にもシャンプーとトリートメントもらったりした。髪の毛から爽やかな香りがするとそれだけで幸福感が湧く人間なので、もう風呂入るのが楽しくて楽しくて。あとメグリム・ハルヨさんがゆがんだ肉を描く画家の本と干し肉をセットでくれたの、めっちゃウケたね。サイレントヒル感。
 空想東京百景、出た事実とそれに言及した事実を完膚なきまでに忘れており、三年越しでついに買った。知らんかった……と思い感想を検索したときに手前のツイートが出てきて少し笑った。再始動だったようで、きっとこのお話の「向こう側」が続刊として並んでくはずだったんだろうな、との趣で完全沈黙してる辺りが寂しげ。売れなかったんだろうな……(作者いわく諸事情で凍結されてるとか)。殺し屋序列上位での争いをメインにして集大成と称してるから、これはこれで一旦完結しているのだろうけど。
 June.20.2018
マイメンの一人、篠塚陣さん(a.k.a.かつしー)がカクヨムにて、
 Spiegel del Guerrero
 というシュピーゲル・シリーズ二次創作小説の連載をはじめました。
 テスタメント完結後、プリンチップ社残党の暗躍するメキシコを舞台に、バイオレンスガールとCIAエージェント、メキシコ海兵隊特殊部隊が戦いを繰り広げるお話です。
 プロットを読まさせてもらったんだけど、これが結構な愉快案件。先ごろまでネメシス誌に連載されてたマルドゥックのスピンオフ「マルドゥック・デーモンズ」にて裏方でかかわっていた、麻薬博士(メキシコ麻薬戦争に通暁してるとはいえ字面があまりにもひどい!)の通称をもつ人の書くお話なので、味わいもばっちしです。わたしの書くお話を読んでくださる人にも楽しいと思うので、是非覗いてみてくださいね。
 はじまって早々に人が死ぬしな。というかプロローグ時点でもすでに人がばったり死んでる。
身の回りの人間がどんどんお話を書くようになるの、嬉しいし楽しいことだな。サイバーパンク会と称してつるんできた宅のほぼ全員が何らかの形で物を作ってる。近しい趣味性のものが増える増える。篠塚さんはこいつで第二回冲方塾に殴りこみかけるらしいから、がんばってほしいねホントにね。
 June.17.2018
Mush Dashというアプリゲームにハマっている。要は横スクロールアクション風グラフィックの音ゲーなのだけど、ビジュアル面がパンティ&ストッキングwithガーターベルトにおける錦織敦史とポップンミュージックから直系のポップデザインなので、アレが好きなクソ宅の伍藤はがっつりと心をもってかれてしまった。いやポップンやってないけど……流行ってた小学校〜中学校時分はガンシューと縦シューの人だったから……。そんななのでリズムゲーとかほとんどはじめてなれど、簡単操作でペチペチ遊べる。律動による快感は結構たまらないものがあるし、それにたやすく乗せてくれるので、あれだ、昔あったRezってゲームに近い。ちなみに推しキャラは、パンストにおけるストッキングのようなビジュアルのマリヤ嬢。本当は不良少女verのリンが超好みながら、キャラ解放まで先が長いことおびただしい。いやでも、二四〇円でこうも遊べるんだからいい時代だわ。
あとリメイク版バイオ2の体験版ウォークスルーが公開されてたので見た。なんだか想像していたよりもアレンジメントがずっとずっと上手で、バイオ6〜7ラインの上手な引き継ぎが感じられる作りなもんだから、二十年の時を越えて心が子どもに戻って息を呑んでしまった。
 ラクーン市警警察署が基本デザインを維持しつつ実際的な建築と見えるよう小ぢんまりと再構成され、各所を封鎖するシャッター、死者が割った窓、即席のバリケード、アンブレラの金による影響なのか真新しい武器管理室……とそれぞれの空間が真実味を帯びてる時点で、妙にどぎまぎしちゃった。あまりに見知っているから恐れも何もなかったはずのステージも、生活感と死臭をこめながら暗澹の底に落ち、見知らぬ夜にとっぷりと浸かることでやたらおどろおどろしくなっている。殺され尽くされ、穢されたトポス。所内右翼の廊下なんて、旧作ではあれほど明明としていたくせに重苦しい闇が凝固して、レオンはマグライトを差しむけながらさまよい、ときに照明の機微が作りだす影に惑わされる。そういううまく見通せなさで恐れさせる質感はリメイク版バイオ1/0/7の経験をうまいこと利用しているな。やりかたはどれも胸に響いて、あ、現状の技術だとここまでできるのか、と嬉しさで目が潤む。感動。およびドライアイ。再構成はまた、ADVとしてのお使い要素の過度な部分を省きつつ、空間を堪能させるパターンも織りなすように見え、本当に良い作り。ホラー演出にしても、見当の狂う閉暗所で追いつめられる嫌さや、出会いたくないものに出会う予感がおなじみでありつつ上手になっている。リッカーが間接的に現れる瞬間――窓の外、這う姿が横切って何事かと不安がらせるところも引き継がれててよかった。
 ゴア描写の強化もすごい印象的。海外版バイオ7ほどではないにせよ(あれはちょっとアンモラルすぎる)、引きちぎられた内臓や、屍体の裂傷がさらす肉とか結構強烈。もとより2では下半身をショットガンで撃つと下肢が吹き飛び、上半身だけで這いずってくる、とのアクションはあって、これをアップデートしている感じ。肘を撃ては腕が、膝を打てば足がちぎれて転ぶ。顔に散弾をあてれば肉がずろりと削げ、異様な姿が際立つ。絵面がゾンビモノとしておぞくてキマってる。そうした状況に臨むレオンも再解釈され、衣装が防弾ベストをうえからかけるタイプになってて印象的だった。それでいて所持する拳銃がVP70であったり、劇中で使用されるラップトップが絶妙にでかく分厚かったり、と小物が古臭いのもいいバランス。リサフランク420感。
 システム面では、心電図がダメージを食らったさいにリアルタイム表示されるのがいまっぽかったな。細かいところではガンパウダー調合による弾薬調達や、ゾンビの侵入を防ぐ窓への板張り、消耗品としてのコンバットナイフと各作品のいいとこどりっぽい。ディテールの整理がうまくいっていればバイオシリーズに輝く名作になると思うから、制作がんばってほしいな。絶対買うから。
 と、ひさびさにゾンビ絡みに対して強く思うのでありました。
 June.14.2018
N代官殿、ビーフジャーキー受領いたしました。ごちそうさまです。昔っからビーフジャーキー好きなんすよ……無限に食べてしまう……。
先日、友人らと何年かぶりにカラオケに行った。久々すぎて喉が歌いかたを完全に忘れてて、あ、こんな当たり前だったことですら身体感覚として失われるもんなのか、と愕然とした。声が全然でない。たくさん歌ってスッキリしたので、またほどほどに一人カラオケ言ってみようかな、とかなんとか。
あの頃の良さ……と懐古を嗜む年長者の感覚がわかるようになってて、それはきっと、自分が愛していた時代がかすれ、遠のく、寂しさに耐えようとしての反発行動なんだろうな、とかここのところよく思う。何事も耐えがたきは寂しさというか。しかも寂しさに弱い人間なので余計に。
 と、思いましたのは、古めの小説アンソロを漁ってたら表紙に強いノスタルジアを感じたからであります。あとはPS1/SS〜PS2辺りのゲームを振り返る遊びをしてたら、テクスチャや、それ以前にジャケットデザインとかでうめいちゃった。野暮ったさ、時代感覚を洗練が遠のかせる感じ。改めて直視して比較すると変節でクラクラ。DTP以前の時代に刊行された雑誌の切り抜きを見ても、同じような反応は起こる。その一方で、カプコンがTPS方式のバイオ2リメイクを公式発表し、いまとノスタルジアの境目を溶かすいい具合なクラクラも味わった。バイオ2は発売時から後年の暇潰しまで、レオン・クレア/裏・表と何十周もプレイしたゲームだからたまらんね……。
来年は隻狼、バイオ2、ゴースト・オブ・ツシマ、デビル・メイ・クライ5と期待できるゲームが沢山。ここのところ生きるモチベーションがかなり低下しているので、これらをよすがとして適度にがんばって生き延びたい。しっかし、和風ブラボな新作がでるとかホント因業よね。
買ったり。
 中世賎民の宇宙 ヨーロッパ原点への旅/阿部謹也
 東京の下層社会/紀田順一郎
 幻想の地誌学 空想旅行文学渉猟/谷川渥
 ファントム・コア/韮沢靖
 ピンカートン探偵社の謎/久田俊夫
 明治東京風俗語辞典/正岡容
 異端審問/渡邊昌美
 最近買ったもので主要なところ。明治周辺を舞台にした超伝奇に気がむいてて、いつかやれたらいいなぁと思い、ちょこちょこ本を買ってる。あとは単に近代がブーム。買ったものに含めてないけど、いまちまちま制作中(頭がずっとぼんやりしてるので本当にちまちま)のものの強度をあげたくて、中世ヨーロッパにおける死者/亡霊のありかたの変化を紐解く本を読んでいて、これが結構面白い。「サガ」の時代の死者たちがゾンビみたいだったり、それがキリスト教の布教で変異したり、しかしそのなかに網目を残していたり。お話にネタをうまく反映させられたらいいな。
 May.29.2018
kashmirのてるみながいままで読んでないのが不思議なくらい好みにあうお散歩漫画だった。もっというと架空路線乗り鉄漫画なのだけど、それはさおき。東京であって東京でない都市空間からその近郊の町々、そして現実にあるものをアレンジした異形の架空路線を、猫耳生えちゃった女の子が旅していく。存在しているものを存在しないものが蚕食してくる。その心地を楽しむ漫画なのだけど、異景っぷりがすごい。第一話からして高尾山へ行くだけにもかかわらず、その蚕食っぷりがすごい。不条理なディテールが集積に集積を重ね、ねじまがった景色を車窓に見る。車内には何故か、曖昧な死臭が漂う(ちょっとねこぢるっぽい)。かわいい第一印象が変わり果てて、でもそのちょっとした旅路は呑気であり、主人公のミナちゃんは平然として、ぽやんとした顔に浮かぶのはおおむねご機嫌な表情。でもそこには「終わりらしい終わり」は排されてることが多く、宙ぶらりんのまま、歩いていく道筋が見る見るうちに変わって、狂って、それを修正できずにいきなり焦りを突きつけてきたりもする。お座敷列車の列車という形を超えて無限定かのように続いていく座敷を行く足取りや、秩父へとむかったら帰り道がどんどんおかしくなって、もう完全に見失ってしまう話があり、かなり直接的にそういうのをやってくる。わたしは夢を見るとき、さっきまで歩いていた道が消えて別の道に通じて(夢のなかでは納得してしまう)、どんどんと無関係なところへとつながっていくパターンに出会いやすい。その感覚とかなり親和性があるのですな。悪い夢と楽しい夢を行き来するのを、起きながらにして感じられるのがめちゃくちゃ面白い。panpanyaと合い通じそうなことをやっていそうと思ったら、読んでみるとまったく違うウロウロ感。panpanya作品は夢見心地のようで、実のとこ、話の筋やオチがそれなりにきちっとしている。理詰め、とまで言うと大げさかもだけど。
 もちろん夢心地だけでなく、超大規模構造物として形成された成田空港や、未来に座する秋葉原の下層に埋もれた過去、臨海交通手段の「ゆりくらげ」、超々高層化した箱根山頂駅、といった、SFと幻想が合体した話や絵も良い。それにクトゥルフネタの怪奇幻想回もある。わりと小説読みにもむけられた想像力の重なりあいだと思うな。V林田による架空路線解説のテキストコラムも、なかば掌編小説としての色合いを添えているし。
 森見登美彦。ミエヴィル。このラインの楽しさだな。全体的に。
 そもそもの読むきっかけは鶴田謙二・panpanya・kashmirの対談。そこで景色を描くことに対する態度や楽しさを語っていてとても気を引かれたのでした。やはりこの作品も架空景観を歩む楽しさにガロ系のニューウェイブ感をたたえてるのかな、と思ってたんだけど、本当に手触りの違うこと違うこと。絵にしても、panpanya作品は美大出(芸大だっけ?)の手つきに赤瀬川翁や考現学に通じる裏打ちがある一方、てるみなの想像力は、どっちかというとジャンルとしての装飾が強く、そしてまた描かれる世界の質感は逆柱いみりの風合いが近いかもしれない。逆柱いみりはpanpanyaと個展をやっていた、との情報を加味しても、ミニチュア的な遊びがだいぶね。
同じく楽園絡みで出ているぱらのまも面白かった。というかkashmir漫画を読んだのは中高生ぶりくらい? 昔、○本の住人を読んでいた記憶はなくもない。当時より眼鏡っ子大好きっ子だったが故……。
 May.12.2018
お絵かき供養。雑絵なりにお気に入りな山本ルンルン風&panpanya風バニヤンちゃん。fgoよくしんないけどバニヤンちゃん好き。

違国日記が本当に良い。槇生ちゃんが良い。別に強い大人ではないし、人見知りは人見知りだし、むすっとした顔をしがちだけど、でも眼はそらさないし、どうすれば悪い方向にいってしまわないかって判断や、何に真摯でありたいかは思うとなしに知っている大人。母でないし、姉でないし、友達でないし、恋人でもない。面倒見のいい先輩みたいな、不思議な関係。
「感情の整理がつききらない」みたいな感情が好きらしい。それから微妙に気まずい間とか。落ち着ききらない中間部分、というか、そういうものを何かを書く上で制御できるようになったらきっと楽しいのだろうな。
 May.11.2018
宇宙よりも遠い場所を見た。空っぽで踏み出すことにもためらう子が何かに突き進んでいく姿、他人との接しかた、遠ざけてしまう態度、そして何かと折り合いをつけていくことの描写、そういうもろもろにやられてしまい後半ではただでさえガバガバな涙腺をよりガバガバにされてしまった。パッキンが超ゆるんだ。
前使ってたきしめんケーブルのイヤホンがダメになってからiPhone付属のイヤホンを使ってたのだけど、さすがに厳しいのであたらしいの買った。Ziofenのやつ。アマゾンでセールやってて千三百円だった。値段のわりに音の解像度がそこそこで、エイジングなしでこれなら充分ってなもの。
このところあまり散歩に行けていない。午前をまわって人のいない時間帯から朝にかけて動くのだけど、そこに雨が重なり、でなくとも作業疲れでバッタリいきがち。もったいない。相変わらず住宅地というか、商店や飲食店や大きな道が挟まりながら住宅地がずっとつづいてく場所が好きで、これは動けるなってタイミングだとそういうとこをよくウロウロしている。街灯の夜光もそう多くない空間。完全に寝静まり、散歩やジョギングをする人もほぼいないうら寂しさが遠くまでつづき、コンビニの前に通りがかっても通り過ぎればまたすぐ静けさが戻り、新聞配達のカブがすれ違い、自販機の明かりがボンヤリと顔をのぞかせる。自然に隣りあわせた闇はこごるけど、作り物がどこまでも伸びてく場はなんとなくそうでないことが多い。人の形作る場だけあって何らかの光は用意され、ほのかな反射で薄く透ける感じ。独特の澄んだ(別にきれいとかそういうことでもない)空気がある。そこを通り過ぎていく心地が楽しい。見渡せば青くつづく信号機が……と唄ったのはキンモクセイだけど、あの歌みたいな、ガラスっぽい夜の闇を見る心地に弱い。どこまでもつづいてく家々というようなものが好きなのは、幼い時分、東京は赤羽に住んでたからなんだろうな。生活においてはあまりいい思い出がないけど、同時に忘れられない景色もたくさんある。もうかすれてしまった景色の群れ。ときどき通りがかるけど駅前や商店街、小売店の面影はほとんど失われ、まあ去ったのがちょうど二十年前なのでそういうものだよな。当時は駅の近くに住んでて、商店街から反転して北、または東へ行くと密集してここがどこだかわからなくなる家並みがあり、そこをぼんやり行くのが好きだった。観察より途方に暮れる感覚を楽しむ。母親と夜の散歩をして、高台から夜光を見下ろした記憶もある。結構不良な親だったので遅い時間の徘徊をよくやっており、夜や途切れない家々、人気のない道、皓々と光っている自販機、夜遅くのコンビニでの買い食いなど、影響としてはあんまりにも強い、と、いまなんとなく感じた。
 よくよく考えてみれば、いまのもろもろの遠出にしても眼に見えるものを楽しんだりしつつ、根っこにあるのはどこまで行くんだこれは、という途方に暮れる感じかもしれない。キーボードを叩いていたらうろつきたい気持ちが高まってきた。住んでる地域はおよそ起伏に富んだ地勢がないし、まああれだな、そのうち赤羽をウロウロしたい。
買ったり。
 身体の中世/池上俊一
 エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実/アニー・ジェイコブセン
 未解決殺人事件/タイムライフ
 違国日記2/ヤマシタトモコ
 よっしゃブコフオンラインでエリア51安価争奪に勝利!と、沸いた少しあとに値段が落ち着いてきてると気づく悲しさよ。でも三百円ちょっとだからいいや。トゥルークライムシリーズの本も一緒に買えたし。いやしかしこのシリーズにも本当にハマってしまってて、やはり超伝奇的というか、闇に葬られるべき裏面史みたいなものには弱いんだなって実感させられています。まあ自分の原点だもんな。そもそも超伝奇らしい超伝奇への入り口が中学生時分に刊行のはじまった新装版ヴァンパイヤー戦争で、同時期にMGS3でも冷戦闘争史みたいなものを切り開かれているだけに。機密が解除された資料に基づいて発掘されていく後ろ暗い時代のテクノロジーや策謀はワクワクがかぎりないもんだけど、この趣味性を別にしても、合衆国戦後史の裏でおかしな計画が動きまくっていた事実は面白い。冷戦の闇のなかで打ちたてられては消え、または巨大な碑となった技術や計画――と書くとフィクション的だけど、それが実行されていたという楽しさですね。先だって読み終わった「アメリカ超能力研究の真実」も、その時代なりのスケールで信じられた超能力を、がんばって国防研究に利用しようとして上滑りする人々が面白かった。
 May.07.2018
以前記したねこたろさん案件が公開となりました。カワイイ! パ氏によるファンアートやハルヨさんによるデザイン案ラフ(密かに載せておりました)とあわせて、是非ご覧くださいね。下のリンクから見れます。
 真夜中ハ純潔:画廊
 May.05.2018
思ったより早くラップトップが届いたので環境設定を整えている。整えているのだけど、Win10のワンテンポ遅れる操作感にはそこそこ面倒をかけられて、どうも作業の収まりが悪い。ウェブブラウザ上で表示されるお話の字詰めはWin7の火狐で表示されるのを基準、前提としてたのだけど、解像度の影響なのかなんなのか想定より少ミリ単位で狂うとこにも不満がそこそこ残ってしまう。cssとhtmlで調整のしようもないのでちょいションボリ。しかたないから変化の少ないIEでやってるけど、これにしても太字強調と字詰めに合わせるタグがうまくいってないし、なんだかなぁ……というような今日この頃。変なとこに拘泥するスタイルだと痛い目みるもんだ。
そんなヒィコラしてる伍藤を人道支援してとばかりにゲドティアFUNVOXとか称するアマゾンウィッシュリストを運用中。昨今、patreonだのFantiaだのpixiv FUNBOXだのがなにかと流行ってっから便乗すっぞオラァッ!という次第にございます。時代と寝る男、伍藤潤。なんでもアマゾンギフト券を使うと匿名で送れるらしですよ、ハイテク時代ですね。
 ゲドディアFUNVOX
テキトーに言ったら意外と送ってくれる人がいて嬉しいから成功体験活かしちゃうぜ、みたいな部分は否めない。あと肉が突如送られてくる光景がめっちゃ面白いんだもんよ。
 Apr.28.2018
よほどついてないらしく、いま使っているラップトップが半分死んでる。というより一度死んで蘇らせてまた死んだので、もう反魂の術じゃコラ、と無理をして再復活させていまこのログを書いてる。使い慣れた環境を完全リセットしちゃったんで死ぬほど不便……。そんな状態とはいえせめて代替品が届くまでの二週間、がんばって駆動しててほしい。
 思えばこのラップトップ、それなりの真面目さでお話を書きはじめた時期のちょいあと、2011年前後に購入したもので、耐用年数としてはぎりぎりなのかもしれない。それより前、ゾンビ物書いてた時期は、まだ液晶ディスプレイと本体が一体化したけったいなデザインのPCを使ってた覚えがある。実家からもらってきたやつ。放熱にまったく信頼がおなくて、夏場はよく過熱からのシャットダウンを起こしていたのだけど、いま思うとよくあれで文章を書けていたなと感心してしまう。話は戻って現状のは、たぶんお話を十本くらい書いてる計算なので、まあそこそこ仕事をしてくれたかも、とは思いつつ、貧乏性なので、少なくともおニューが届く二週間後までは死なせはせんぞーッみたいな気持ち。うまいこと生きてくれ、よろしく頼む……。
Nullさん、拍手ありがとうございます。手癖丸出しな猫猫冒険をお楽しみいただけてたら、毎度のことながら幸い至極。前向きが感想が出てくるような出来になってたらイイナ〜。あとねこたろうさんのお話も一緒に楽しんでいただけたら、けだまフレンズ冥利に尽きます。
恋愛とかシスターフッドとか、さまざまな関係性を百合と認識して触れているけど、それっていうのは粗雑かしらん、とちょっと考えた。考えただけで別に善し悪しとかはない(今更区別する気もさほどない)。
買ったり。
 宅飲み残念乙女ズ2/コナリミサト
 サトコとナダ3/ユペチカ
 コナリさんのギャグノリがすんげー膚にあう。凪のお暇は夏に刊行予定らしいので、めっちゃんくっちゃんに楽しみ。
 Apr.26.2018
回線復活し、やはり支払いは忘れずやっとくものだな〜と思った。まずもって早めに支払いをしておく努力をしろ。
夜明け告げるルーのうたでボロ泣き。弱いところをひどく刺された。もろもろ腑に落ちるものがあるので、ceybabyですーんとなってる時点の自分に観せてあげたい。
四月二三日にウェブ拍手でキャットボーイズの感想をくださったかた、ありがとうございます。ログのほうにも目を通している人かはわからないし、レス不要とはあったけれど、お礼だけでも。こうした形で感想をいただけることがそれほどないタイプの人なので嬉しいです。えへへ。
買ったりもらったり。
 別式3/TAGRO
 ファッションフード、あります。/畑中三応子
 ヨーロッパの現代伝説 悪魔のほくろ/ロルフ・W・ブレードニヒ
 お話を書いたお礼にということで本を二冊もらってしまった……。ありがとうね、ねこたろにゃん。大事に読ませていただく。そもそもは某案件のこちらからのお礼として書きはじめたお話だったのだけど、なんか逆転してしまったので、このお礼はいずれ青心的に……(ちゃんとしたクトゥルフ物をそのうち書けるといいな)。某案件に関してはそのうち公開されるだろうと思う。ご期待あれ。
 TAGROさんの別式はキャリアに残るレベルの傑作オルタナ時代劇だと信じて疑わないけれど、ひどい苦境にたたされているらしくてファンとしては心苦しい。恋情デスペラードもそうだけどポップ路線オルタナ時代劇は厳しいのか。伍藤のサイトに来るような人はたいがい好きだろう内容の漫画なので、ポップな絵柄と暗暗としたところにおかれがちな感情や嫉妬、勘違いのやり取りが好きな人は是非是非読んでください。
 兎角、あっさり人を殺す軽々としたノリのバイオレンスやいまっぽい言い回しの交錯する時代劇なのだけど、そのお話の中心にあるのは「女子会」で、そこに鈍感女や勘違いしい、仇を追う男の娘とそれぞれ人間関係をもつれさせやすい子が集まっているのがミソな漫画。人間関係の留め金となって、ふとした瞬間の穏やかじゃなさをほどいてくれる人がいる。でも、これをひとつ失くせば、簡単にひびが入ってしまう……との微妙な距離感の描写が、TAGROさんが描いてきたものの延長にあって非常にたくみ。主人公のことを自分本位で喋る女としたり。その友だちの屈折が苦しかったり。男の娘は裏があっても出しきらず。そしてこれを察して方向を変えさせることに聡い、まともな眼差しをもつ人ばかりが先に消え、こじれやすい人だけが残っていく。少しずつ何かが失われ、寂しくなっていく。仲の良い女の子コミュニティがゆっくりと、血が重ったるく染みついた陰に落ちてく。剣士として負った、あるいは女として負ったさだめが、覆いかぶさって楽しい時間が崩れ落ちていく。はじめに提示された破滅をめざして。そういう心地がすごい。
 あと、過去に活劇特化の話を描いてたわけでないのに、本作においては剣戟を恰好良く作っるのも恐ろしかったりする。鬱陶しい男どもが斬殺されてく光景をバカバカ描く。鎧袖一触、ゴミはゴミ。それでいて一対一のやり合いは、手違い一手が挟まれたら死ぬ斬りあいを、丸っこくて可愛い絵柄と絡めあわせ、どちらがどういう順序をもって制するか読ませない手の重なりをやってくるからもう。おまえ……。
 もうあれだ、本当に色んな人に読んでほしい。なにより伍藤がいまのノリになっているのはTAGROさんの影響が結構大きく、別式にいたってはもう好きなテイストの集合体みたいな漫画なので、この超かっけーやつには大成してほしい。本当に。
Plastic spectreを書いたあとだったか、別式を読んで本気で衝撃をうけたのを思い出した。ほぼほぼ伍藤のやりたいことやってるじゃんこれ、という。ちょっと驚いたねあれは。
 Apr.19.2018
ヨッシャー、もろもろ終わったしネット配信でアニメたくさん見ちゃうもんねー!と、思ったものの、プロパイダ代の支払いタイミングをまずっていたせいで回線が止まり、大変しんどい今日この頃(このログは人ん家でアップロード)。
「Cat Boyz 2 cat」というお話を書きました。MYMENの一人、ねこたろうさんのクトゥルフ神話超伝奇サーガのサブストーリーで、うちのお話の子らもちょっと出てくるクロスオーバーです。まあ内輪受けっちゃ内輪受けだけど、いつもの伍藤だな、という内容にはなってますのでよかったらご一読ください。
よそさまにあててお手紙を書くには字が下手すぎる、と懊悩した果てにペン字を練習しはじめてそこそこたつけれど、あまり上達が見られず、もうちょっとがんばらねば……と思ったりもしてる。がんばりてェ、、、
panpanyaさんの日記で知って以来、ちょいと気になっていたグヤバノジュースを粉末タイプで入手した。ちょうどWebの短期連載で「グヤバノ・ホリデー」という紀行漫画を描いているからタイムリーですね。ちなみにモノはTANGというシリーズのグヤバノ版で、一袋につき一リッターのタイプ。Amazonで現品一点限りだった。
 これがまた直截な言い回しでは褒めにくいおいしさで、味はたしかに伝え聞く通り、桃と梨が近しい。といってそのものでもない。すこぶる甘い桃と梨っぽさの中間に得体の知れない何かが忍びこみ、飲んでる最中はなんだ……なんだろこれ……これはもしや……いややっぱ違うな……なんだこれ……と疑問符がついてまわる。鼻に抜ける風味も薄くボンタンアメっぽさを含み、風味をたしかめようとするたびにあたらしいフォルダが脳内で作成されつづけていく。おいしさを間接的にたしかめ、しかし答えは見つからない。あと粉タイプだからかやたら成分が沈殿しやすく、その見ための不穏さときたらこれ作ったのつい一、二時間前だよな……と心配になってしまうありさま。
 できれば常備しておきたいくらいの味なのだけど、いかんせんAmazonでも品切れ&非表示になってしまって、追加を入手できないのが悲しいところ。調べたところによるとフィリピン本国?ではサンキストもグヤバノを出しているらしい。飲みたい。というか、生のやつを一度食べてみたいもんだね。
買ったり。
 GATAPISHI/新井煮干し子
 黒い時計の旅/スティーブ・エリクソン
 宅飲み残念乙女ズ1/コナリミサト
 魔法少女サン&ムーン 推定62歳/サメマチオ
 アメリカ超能力研究の真実 国家機密プログラムの全貌/アニー・ジェイコブセン
 オフィスハック/本兌有・杉ライカ
 忍殺が低調、乱歩パロがあまりにもあんまりな出来、ハーンが思ったより脱力系、との傾向が見える最近だったけど、ここにきてオフィスハックがきちんと愉快な企業内異能力スパイ小説をやってて猛烈な引力で引き戻されてしまった。こういうの嬉しい。語感のおふざけっぽさに頼る語りに飽きて久しく、お話として、文章として面白いものをくれと願っていた矢先だったから……。オフィスハックは、おおまかなところとしちゃ大規模化した企業を舞台に、ゲーテッド・コミュニティ化を経て、部署ごとの行き来にも困難をきたすほどに閉ざされた環境に潜入する人事仕分け部隊の治安作戦というのが本筋。
 設定のツイストはいつものことながら、一シチュエーションに絞ったやりかたは、シリーズものとしてはお初か。ここら辺に抜かりはなく、忍殺とは別ベクトルのサラリーマンあるあるが装飾としてとりついている辺り、抜かりがなくていい。主人公が激詰めされるとこからの開幕は、忍殺的カリカチュアと、アーこういうよくいままでよく殺されず生きてこれたなってな人間いるよね、というそれっぽさがあいまって読んでてそこそこ嫌な気分にしてくれる。そういうのをやれる程度には地に足をつけていて、お話の核となる企業の隙間を突く造反のそれっぽいチャチさ、うざったさも見事。しかもこの背景に異能力者が暗躍し……という安直にして単刀直入なやり口と文体が、冒険小説/ハードボイルドに近接した作風にだいぶマッチしてて楽しかった。ディテールや質感の語りがものを言う時代超伝奇であったハーンにおいて、投げ捨てるような文体は解離気味(これは作品としての明らかな瑕疵)だったけれど、オフィスハックではマッチしてる。確実に。
 そういう語りをもって描かれる、敵勢力圏内と呼んで相応の他部署のオフィスに侵入していく行程も、異能スパイモノと労働環境をめぐるアレンジに手抜きがない。手順を省略するために異能力――主人公の標的に気配を同期させて動くストーキング能力なんてモロ――をもって、鍵のかかったドアを突破していくところとか、オタク臭い心性をやったら刺激してくれる。敵勢力の牛耳るフィールドにしても、縄張り意識とビルの構造上の問題で立ち入りがたいフロアだけでなく、「地図にないオフィス」とかつっこんでくるから笑ってしまう。インテリジェンス物チックな趣味性に響く。そういったたぐいのくすぐりは武装なんかでもまた露骨で、備品の拳銃はグロック18cオートを基礎に3Dプリントしてテプラが貼られ、ジョン・ウィックパロ風情の防弾衣服もでる始末。そこに装備の「指さし確認」を重ねてくるから、もう、ちょっとこうなったらたまらないじゃないですか。これはダラダラつづけず、三冊くらいで完結すれば本兌&杉としての代表作になると思うのだよな。不満があるとすれば、単行本サイズと不似合いな文章の質感か。改行が多い文体は文庫のほうが映えるんだよね。
 サン&ムーンは魔法少女と終活を組み合わせた素敵な漫画だった。近々生まれる孫の顔を見る前に命を落としたくない、と願う余命三カ月のお婆ちゃんと、それを手伝う親友という二人の元魔法少女の友情のお話。魔法のコンパクトを使うことでかかる一種の不死がつらく、痛みをともなわせ、「生きることと死ぬことを選ばせる」構図がすごい。そんななかでいろいろと決着をつけていく。物的にも。心的にも。それでいて魔法をただ呪いとして湿っぽく描くでもない、前向きで小ざっぱりとした語りが好み、、、
 Apr.06.2018
精神的に折れて拗ねていた。
近頃何してるかっつーとギフト用短編小説を書いてたり(かれこれ二ヶ月半)。難産。あと、思うところあり、気分転換とばかりにあるお話を改訂したり。どうなる。
またしてもバーチャルユーチューバーの話。ふとした拍子に人形劇系異世界Youtuberという存在を知ってしまい、あ〜〜〜〜〜〜〜と変な声が出た。こういうひねったものにめっちゃくちゃ弱い。
人形劇系異世界Youtuber 高い城のアムフォ
 人形劇が好きで、中学生の頃は唐突にウワー今日学校休むわ!となって、平日の朝っぱらから教育テレビでがんこちゃんやバケルノ小学校ヒュードロ組を見たりしていたから、ムベナルカナといえばムベナルカナ。あとニョッキとかジャム・ザ・ネイルハウスが好きだった。後者はストップモーションアニメだし、夕方枠だけど。なんにせよ、手作り感のある映像と現実から少しだけ逸脱した時間の流れというものがとても好きでありました。それがアムフォさんにもつながっていて、これは本編第2回のお便りでも言及されてるんだけど、実際、NHK教育的雰囲気が色濃く、エポックメイキングと懐かしさの中間にある。アムフォさんたら可愛らしくて、呪術師にして「もう貴族ではない」ことから姓をもたないという人物像もなんとも良い。どこかおっとりとした声色で、架空言語をとつとつとしゃべる様子ももはや……ド直球を食らいすぎていっそ悔しい……。
 世界観の造りこみも面白い。アムフォさん自身の呪術師としての振る舞いもそうだし、民族音楽(音数が少なく純粋なテイスト)を踊ってみたとして描き、ゲーム実況と称して架空ボードゲームを淡々と解説し、と異世界のコントラストで静かな興奮をくれる。通底するのは、どこか中央アジア的で、でも無国籍なテイスト――あるいは、ナウシカ/シュナの旅/ICO/ワンダと巨像といった、静々とした景色をはらむファンタジー作品を思わせるというか。もちろん類型に当てはめる必要はないのだけれど、人形劇にかぎらず、メディアとして、近しい心地よさがある。
 もったいないのでちょっとずつ見ている。応援していきたい。
買ったり。
 東京ミキサー計画/赤瀬川原平
 ダ・フォース上下/ドン・ウィンズロウ
 大正幻影/川本三郎
 ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン上下/ピーター・トライアス
 たまご猫/皆川博子
 東京ミキサー計画はまさかの新品で入手できちゃって嬉しい。値段以上の良い本だった。ハイレッド・センターがおおやけを侵犯し、ときに密かなる大暴れを繰り広げる活動が凝縮され、初期衝動と熱意を赤瀬川翁はフンワリと振り返ってく。山手線事件とか宇宙の缶詰とか部分部分は知ってても抜けは多くて、それと同時に、ハイレッド・センターとしての活動は短くて、へぇ、と真顔で感心しちゃう。その期間でそれだけのことを。屋上からものを投げ落としてく「御茶ノ水のドロップ」なんかはまったく存じ上げませんでしたね。散らばったものたちを、時間を逆流してきたテルアビブ空港の亡霊、と表現して提示するのにちょっとゾワゾワした。他にも知らない人にモノ送りつけたりとかも無茶苦茶。こうした主だった活動は約二年で展開していき、終端には千円札裁判がある。ここまでで四年。ほんと短い。なんとなく、渡辺書房で契約社員(手伝ってるときはだいたいこう自称してる)をやるようになって四年だよな……最近のモチベーション高下もまあ……そういう……なんてことを思案したり。
 ウィンズ郎は現代のダークサイドを舞台とする作家としちゃ極限まで突き詰められてる。ダ・フォースはその線で悪辣な世界観をやっているので楽しく、グッタリしてすぐ寝ちゃうのにがまんして上巻一気読みしちゃった。特捜チームの暴れん坊で高笑いしつつ、陰陰滅滅とした視線でニューヨークをえぐっていく、自分の読みたかったそれであるな、と強く思う作風。超大作の犬の力〜ザ・カルテルは多くの視点を行き来する年代記だったけど、こちらはいつもよりどっしり腰を据え、一人の男の破滅を描いてく超大作になってるのもいい。自分の義をなすために毒々しさに染まってる悪徳刑事が、クソッタレクソッタレと滅びのなかを突っ切ろうともがく。包んであるのはそういう陰鬱な饒舌さ。自分の望むこと、自分のやりたいことがはっきりして悪徳を噛みしめる人間が主人公ゆえ、失墜の勢いが苦しいったらない。それは当然のことながら麻薬戦争とは違うベクトルだから、犬の力やカルテルをプロローグ呼ばわりする下巻の帯にはファッキュー!!!!!!という思いが湧いてしまった。書店員の推薦文とかそういうのがそもそも好きじゃなのだけど、重ね重ねファッキュー。あと今回は訳が田口俊樹なんだけど、思いの外あってて嬉しい。いちばん好きなのは東江ないし峯村訳のそれだけど、ウィンズ郎作品であらためて強く感じる田口訳の小ざっぱり加減。漢字を平仮名に崩すときの閾値に、独特の心地良さ、かっこよさを感じる。下巻はゆっくり読んでく。
 あと来年には麻薬戦争シリーズの第三弾を刊行する予定らしく、さすがにヒデーなと思った。アートくん……。
 Mar.26.2018
恋情デスペラードが連載終了とのこと。暴力描写と愛らしさ、シスターフッドの描きかたが絶妙な作品なだけに超残念……。新章に突入とかそういう方向の話ならいいけれど、そんな都合良くもいかんだろうしな……。
久々にcssをいじりました。行間が微妙に狭くてルビがちゃんと表示されなかった人はどうにかなってるかな、と思わないでもないですが、細かいことはわからん。どうにかなってるといいですね。
バーチャルユーチューバーに不用意にハマってしまい、あ、声フェチだったなそういえば、と再認識している今日この頃。誰が好きかというとカフェ野ゾンビ子ちゃんと東雲めぐちゃんが好き。ことめぐちゃんは能登麻美子さんを中学生にしたような声質で、配信を見ていると自分で思っている以上に元気になる。まさかSHOWROOMのアプリを落としてまで見るようになるとは自分でも思わなかったよ……。ゾンビ子ちゃんはゾンビゾンビした見た目に反してスゲー普通の女の子っぽいテイストが好きなのだけど、直近の生放送が異様で笑ってしまった。締めにマクロスFのライオンを歌っていたところCGセットにパトカーが突っこみ、ロケットランチャーの弾が乱れ飛んで人間と銃撃戦を繰り広げながら、生き残りたい、と歌う.書きだしてみると改めて意味わからんな。最終的には処理落ちとボロボロのセットで終わって、フリーダム加減がすごく、Vtuberの動画をちょこちょこ見てはきたけど、さすがにここまで笑ったのははじめてというくらい笑った。いまいちばん応援してるVtuberです。
先日、よくつるんでる四人(ほぼ電脳軍事探偵3で書いてたマンズ)が、東京からはるばる北関東まで遊びに来てくれた。ワンルームにオタク四人がみっしり詰まってポプテピピック最終回を見て、突然のデスクリムゾンやら突然の蒼井翔太やらに驚愕しつつAC部ごっこに興じ、その後、布団に潜って修学旅行の夜のノリのまま仕事絡みの秘密の話やヒデー話などを聞くなどして笑いつつ、大変楽しい一夜を過ごした。
 鶴見線に乗りに行ったメンバー(小学生レベルの脳みそが詰まってる)でもあるので、この一夜で留まりもせず、翌日は一路、山梨へむかったりしましたね。富士山のベリービッグマウンテンぶりに茫然としたり、ゆるキャン△に登場したお店でほうとうを食べたり、ほったらかし温泉で一時間以上湯にとっぷり浸かったり、これまたゆるキャンに登場した温玉揚げを食べたり。酔い止め薬を飲んだうえでの車移動だったため意識がちょくちょく飛び、気づけば富士山が近くに見え、なんだかファストトラベル感があった。マップ移動という感じ(地図上にいくつも表示されている地点を選択してそこに飛ぶというフィールド移動をしないタイプのアレ)。意識と空間が分断されて遠いところへと直結される感覚は、電車だと慣れているのに、車だと不思議に思える。
 その後、ほったらかし温泉から見下ろした甲府盆地なんかは結構見ものでしたな。山に囲まれた平地に、ばらり、とレゴブロックを撒き散らしたような光景で、遠景に照る富士山と相まってスケールに強烈な狂いが生じ、書き割りっぽさがすごい。HUJIのフィルターを通したら良い感じにディテールが潰れて、箱庭ゲーの高地から見下ろしたような光景に。夜が張り詰めると一気に光の海となって淡い色のうごめきがあふれ、なのに街へ降りると閑散としてグラフィック表示量の限界があるから簡素な表示にしとくね、みたいな妙な落差での違和感を憶えた。もちろんその違和はまやかしでしかなく、ただ単に降りた頃には人通りが少ない時間になっていただけの話なんだけど……。温泉に入っている時間が体感よりずっとずっと長く、一時間を優に越えていたから、時の流れが感覚として破綻しているから生じた感覚なんだろうな。ひどいゲーム脳だ。

 ここしばらく臥せっていた分、ゲーム脳なことを言いつつも世界が多かれ少なかれみずみずしく見えた。今回のアレコレを計画した輪ゴムうま煮さん(a.k.a.先坂棗)には感謝。あと帰りがけに買った十個入り信玄餅で久々に信玄餅メーターがフルまで達したのでそれも善き哉。そんな週末。
 Feb.28.2018
調子悪く万事停滞中。幸先悪い!
一時期ゲーム実況を見るのが好きで、それを由としてここ八、九年くらいずっとニコニコプレミアム会員だったりする。そもそものことを思い返せばボルゾイ企画のゆめにっき実況にドハマりしたのが最初か。いまだ、ふひきーもとい稲葉百万鉄周辺の実況だけは見逃さないようにしている。
 そこから時を経て、名を改めても相変わらず仲のいい稲葉&がみの二人が再構築版ゆめにっきの実況をはじめてるのを見て、ちょっとというかだいぶ感動してしまった。もちろんゆめにっきがそんなことになってるのもウオーッていう感動があるわけだけど。つづきが楽しみなもののひとつです。というかゆめにっきのアップロードが2008年だから、稲葉はもう十年やってんのか……。気が遠くなる。十年一日とはよく言ったもので。
十年一日と言えば、昔めっちゃくちゃ好きだったWebラジオ「さよなら絶望放送」からも十年が経っている事実に絶望している。放送終了してからでさえ七年とか。 ウェブ上にブン投げてあるそれを聴くと懐かしさがこみあげるとともに、好きだった声優さんがご存命だったり、いまも変わらん関係があったり、ああキャスト陣全員好きだったなと思ったり、なんとも言えないものがある。あとやっぱ斎藤千和ちゃん好き。。。
買ったり。
 ハーメルンの笛吹き男/阿部謹也
 神話の話/大林太良
 死者の書・身毒丸/折口信夫
 傭兵の二千年史/菊池良生
 シンボルの遺産/フリッツ・ザクスル
 霧に橋を架ける/キジ・ジョンスン
 ナジャ/アンドレ・ブルトン
 火の起源の神話/J.G.フレイザー
 マッド・サイエンス入門/堀晃
 文豪怪談傑作選 三島由紀夫集 雛の宿/三島由紀夫
 宇宙像の変遷/村上陽一郎
 卒業とか引越しのシーズンが目前だからか、よく行くブックオフのちくま&講談社学術文庫の在庫が妙に充実してた。SF小説や冒険小説が異様に充実すると、ああ、ご同輩の読み手が鬼籍に入られたか……などと勝手にシンミリしてしまうけど、教養系統はそうでもないもんだな。線が引かれた本を何冊も見つけると気分的にはより軽い(そんなもん売らんで捨てろと言う話だけれど)。なんにせよ、それなりのコンディションのものをフレイザー以外、すべて百円で買えたんだからありがたい。いやこれを百円コーナーにぶっこみますか……と静かなる感嘆符をつけたくなる本がちょこちょこあって驚かされ、ザクスルは見つけた瞬間などは体が三センチくらい跳ねたよ。
 Feb.11.2018
ワハハ、元気元気!と言っていたところ、重めの風邪をひいてダウンしてた。精神的にも随分と落ちてメールチェックとかを放ったらかしにしてたため、各方面への連絡が滞ってます。ゴメンナ。遠からず返します。
先だって、友人五人を誘って組んだお散歩隊で神奈川に通るマイナー路線・鶴見線沿線をうろうろしてきた。やはりそこそこの人数でフラフラするのは楽しい。
 写真を撮るのにはアイフオーンのアプリ、HUJIを使用。面倒くさてサイズ指定で小さく表示させてるから、気になる画像があれば画像だけを表示とか拡大とか努力をしてほしい。本音を言えばCSSの使い方を忘れてしまい、まあなんだ、許してくれ。久々に行った鶴見周辺――前回は十年ちょい前にいろいろイヤんなって&閉塞感取っ払おうと家出したときに行った――はだいぶ変わっていたものの、いなたい空気感だけは変化なし。遅めの時間に行ったこともあり、傾ぐ陽射しがその気配を増していた。安善の人気がない工業地帯、在日米軍燃料基地の空気感は都市辺境という感じで、切り抜かれたような静けさ、空白があった。途中、ドラム缶が明らかにFPSの対戦ステージ用フィールドみたいな積まれかたをした敷地に出会い、これFPSじゃん、FPS!と叫びだす瞬間があり、大変笑った。ああいう撃ち合いするためだけみたいな配置のドラム缶、実在するのだな。
 そこからさらに行くと、途切れたフェンスのうちから路上を横切って引かれた線路。広大な敷地でまばらに並ぶ建築のむこう、きれいに狩られた芝のうえで西陽をうけるジェット燃料――JP8の表示がなされた緑の燃料タンク貨物車も見えた。なんでも横田に運ばれるやつらしい。この辺りの景色は米軍が絡む超伝奇っぽい(さすがに軍関連施設なので撮ってない)。なんかオカルト機密物資が偽装されて運ばれてそう、と同行してたねこたろうさんと言いあったりなんだり。あと施設内のテニスコートで一人、ひたすら玉をパッコンパッコン打ってるあんちゃんがいたのも米軍っぽかったな。
 引き返したあとは徒歩移動で通りかかった公園で遊具を見つけ、ワハーッと大声を上げながらブランコを漕ぎまくる、シーソーで臀部を強打しまくる、伐採されて放ってあった丸太を担ぎ彼岸島! 彼岸島!とゲーゲー笑うなどの奇行におよび、いや大人でも狂うときは狂うなとご機嫌になった。同時に、およそ三十メートルほどを隔ててベンチでLOVE…していたカップルに申し訳ない気分にもなった。大暴れ。オトナコドモ×五。
 夕飯を食べに行ったフーターズではお酒+体力消失によって軽く寝落ちしてたので、思い返すとホントに子どもっぽかった。

日本現代怪異事典をのんびりちょっとずつ読んでる。怪談、都市伝説、洒落怖から採集された話を大量に保存する試みはすごい偉いなぁって思わされる良い本です。放っておけば着々と失われ、そうでなくてもかすれていく、時代感覚や年齢的文化圏を恐怖へ反映させた語りが一箇所に集積された形。それというのは、やはり読んでて考現学的趣味性を刺激される。なかなかに心地良い。
 笑ったのは伊集院光の創作怪談――赤いクレヨンが掲載されていたことで、考えた当事者が意図せぬ形で拡散して、創作と都市伝説の間隔を行き来した果ての不思議な感覚がある。もともと伊集院光は噺家、しかも怖がらせる話の構造に強い関心がある人で、一時期、そういうのを考えては人に話すのがブームだったという。似た話題で「お祓い」というシステムの構造、その扱い方に言及したこともあるけど、まあこれはあんま関係ないな(この話自体は観念の操作として膝を打つ部分があり、事典内では心霊写真もあつかっているから考えようによってはかすめなくもない)。で、そうした流れがあってテレビ番組のプロデューサーだかからの注文で作り出したのが、赤いクレヨンだという。この語りがなんの因果か怪談本における「友人が体験した話」として転載されていき、ある日、それを伊集院光自身が読んでびっくりした……。と、そういう顛末が深夜の馬鹿力で話されていた。転じて都市伝説となり、果ては日本現代怪異事典に載ってるんだから、噂話が伝播していくことの面白みがある。
 そういうのと別に、狂女系列やばばあ系列の凶暴なキャラクター造形が多いのは、山姥からの系譜なのかな、とか思いを馳せるのも楽しいな。項目自体は一千以上とあるし、ここまでの本が二千いくらで買えるのはすごい。現状、都市伝説に対する網羅性のある本は少ないし、人文系の出版社がこういうのを堅苦しくなりすぎない装丁で出してくれるのは、もう、なんだ、ありがとうというキモチ。
買ったり。
 少年とオブジェ/赤瀬川原平
 ゆるキャン1/あfろ
 完璧じゃない、あたしたち/王谷晶
 ヒグマ 増補改訂版/門崎允昭・犬飼哲夫
 ふたりモノローグ3/ツナミノユウ
 フューチャー・イズ・ワイルド/ドゥーガル・ディクソン
 欺かれた男/ロス・トーマス
 神が忘れた町/ロス・トーマス
 黄昏にマックの店で/ロス・トーマス
 八番目の小人/ロス・トーマス
 二匹目の金魚/panpanya
 妖魔と二剣士/フリッツ・ライバー
 アタマが悪いのでお散歩だつってるのに集合してから一時間半くらいブックオフに入り浸り、二冊ほど重めの本(ヒグマとディクソン本・各二百円)を買ってしまったりしていた。散歩に荷物を増やすんじゃあないよ。
 panpanyaさんの新刊は必読。商業出版において五冊面となる本作では、奇想よりも路上観察趣味に強く焦点をあわせ、エッセイにおける赤瀬川原平翁へのさらなる漸近が見られて興味深い。学校への登下校ただそれだけを、セルフルールを適用した歩みで、こうも楽しく描き出せるか、との転換は愉快。こっちの足から、とかそういうのはやりがちだよね。わたしもいまだに横断歩道や歩道の白線だけ踏むのやりがちだ。かと思えば、交通ルールという外部からの規定にがんじがらめにされ、捻転しちゃった思考が町中の一定区画からの脱出を阻む、強迫観念としてはバラードやエヴンソンに近接した奇想チックな話もあり、この辺はそれこそ赤瀬川エッセイがときに覗かせる神経質な視線も見いだせる。堪らん。なんだろう、こう、赤瀬川翁好きな人はpanpanyaさん好きだろうし、panpanyaさん好きな人は赤瀬川翁好きだと改めて思うんだけれども、どうか(年代的な隔絶もあってか検索してもあんま引っかかりませんねさすがに)。さておき。作ること。思案すること。お話としては、そういう「工程の中間」に強い関心がむけられたものもあり、また改めて本人が「紙の本で手にとって欲しい」と願う辺りに、物体/素材への愛というか執着というかが久々に色濃い。さすがに本人が装丁までやってるだけあるよね、と改めて。カバー下のテクスチャがアルミサッシにはまった窓ガラスなのもよかった。しかも星模様の入ったやつ。毎度のことながら、こういうのに嬉しくなってしまう……。ちなみにわたしは「つづれ」タイプの窓ガラスを妙に好ましく思う。昔々、幼い頃は冬の時期になると何故かつづれの窓に舌先を当てて冷たい感触を感じるのが好きだったんだよな。なんだったんだあれ。
赤瀬川翁の本を読んでないものまできちっと読んでみよう、と思いたって再発掘なタイミングに来てるのだけど、よくよく考えてみればあの人が亡くなってから、もう三年以上になるんだよな。いまだに亡くなったという感覚が曖昧模糊としている。というか、寂しさはありつつも、何かを創る人が消えてしまったあとにありがちな、何かが絶えてしまったという感覚がない。冗談でも何でもなく、いみじくもpanpanyaさんがその息遣いを継いでモノを作っているからだろう、と思う。直接につながりのある人ではないにせよ、魂の根っこや枝葉において相通じるものを持つ人が楽しい作品を作っている。受け継がれていく何かを感じられる。素晴らしいことよな。
 Jan.15.2018
原稿作業のためにユンケル黄帝顆粒を飲むようにしてから調子がいい。絶無だった体力が常人レベルに底上げされているからだろうけど、気力ゲージが普段より若干長くなりメンタルとはフィジカルが生成する信号なのねーということを実感する。人間とて装置である以上、そりゃこういうの入れてりゃ動きもよくなるわな。と、思うと同時にどれだけ虚弱児やねん、とセルフつっこみしたくもなった。
ポプテピピックのアニメ版を楽しく観ているのだけど、ここまでやっていいのか、と瞠目を通り越して白眼をむくレベルの内輪ウケっぷりがホントすごい。普通は半分でもやりすぎだけど十割。ひどい。第一話から原作でやった声優ネタを引いて大塚芳忠&江原正士を配したり、二話冒頭でアフレコネタと本当にあった呪いのビデオネタの合成をやったり、AC部をねじこんでいたり、あまりにひどい。それでいてOPの造りをぱにぽにだっしゅ!で見られたようなグラフィカルなデザインにしてる辺り、キングレコードチックだし、実写を連ねるのもサブカルクソ女という語を好んで投げつけるに相応しい洒落っ気を含んでいる気がしないでもない。
 趣味性は電気グルーヴのPVなどでもお馴染みであるとこのアートディレクター、田中秀幸による諸作品――OH!スーパーミルクチャン(2000年・スペースシャワーTV)やLittle Village People(2008年・MTV)、あるいはもっと遡ってウゴウゴルーガ(1992年・フジテレビ)に近いというか。ネタを羅列的に放り投げては十割を言い捨てですませ、カラフルな石をぶつけるだけぶつけて特に感慨なく去ってくような作法はかなりミルクチャンぽく、その作法/文法には違いはあれ、その質感には正統派のにおいが染みついている。あれだ、ミルクチャンのピエール瀧脚本回風情ですね。それ以前に何が正統派なのかっつう話でもあるが。作風や手法の異なるものをシャッフルしつづけるやりかたなんかはウゴウゴルーガの風情があるよね。あるいはオムニバス形式でシュルレアレスティックかつ異様な映像を提示しつづける、というところで見れば、映像作家・石橋義正が監督したバラエティ番組――バミリオン・プレジャー・ナイト(2000年・テレビ東京)に近い部分もあるかもしれない。短いスケッチやショートMV、アニメを多用した構成で、デヴィッド・リンチのようなトラウマ/ショック、鈴木清順めいた世界観に志向したダークな味わいの番組です。ポプテピピックはこれをアニメ/ゲーム/映画に振り切った趣というわけだ。一貫して共通するのは異様さと倫理観の分離か。そういうところで考えると、やはりサブカルメディアとしてそこそこに正統派なのかもしれない。メディアは語源をmediumとし、その意味は霊媒であるけれど、ポプテピピックも「憑いてる」感じがする。
 番組自体は放送局がMXなど限定されたもの、恐らく、ごく端的な私感にすぎないけれど、テレビ東京の日曜深夜枠に流れてたら最高だったのではないかしら、と思う。バミリオン・プレジャー・ナイトのトラウマや、一桁年代テレ東日曜深夜枠への強い愛着がそうした印象を強めて仕方ない。いやーリアルタイムであんなもん見ると、もう、こびりついちゃってしゃーない。
 それにしても、さよなら絶望先生やじょしらく、近頃では鬼灯の冷徹もそうだったけど、ここ十年くらいのキングレコードは内輪ウケというか楽屋ノリのアニメをよくとってくるな。わりとどれも好きです。ただリリース枠をこのハチャメチャなアニメでひとつ潰す、というのはなんか無茶苦茶だなと思う(小売勤務なので余計に)。
買ったり借りたり。
 ripple/青木俊直
 弦巻先生の作家生活/tacocashi
 大江戸恐龍伝1〜3/夢枕獏
 ラテンアメリカ怪談集/アンソロジー
 最近何を買ったかすぐ思い出せなくなる。部屋の各所にモノを分散させすぎ。ちゃんと管理する癖を取り戻したい。
 Jan.10.2018
先日書いたヨークベニマルはどこかイトーヨーカドーとネーミングが似通い、しかもロゴまで似てて、緑と赤のツートンカラーによるハトを使っている。このことからてっきり関連企業だと思っていたのだけど、どうやら一時期まで別企業だったそうだ。嘘だろ、あんなそっくりなのに。
 調べてみると出自からして違う。ヨークベニマルは戦後の一九四七年に紅丸商店として、イトーヨーカドーはより古く戦前の一九二〇年に洋華堂洋品店として創業している。ウィキペディアいわく、ヨークベニマルがイトーヨーカドー同様にセブン&アイ傘下となったのは〇六年のことらしい。吸収される以前からイトーヨーカドーの下位互換みたいな印象(ロゴからしていなたい色使いをしている)があったのだけど……。じゃあどうして同じロゴを……。と、あらたな謎が出たところで、七〇年代から業務提供をしていることがわかった。ふうん、と思うと同時に、洋華堂のヨーカとリンクさせるために、Yorkとつける無理やりさに笑ってしまった。もうちょっとやりようがあったのではないか。
 Jan.06.2018
和ブラ本の通販がはじまったそうですよ。是非ご利用ください。
 WALKING CHAIR通販ページ
簡単に伸ばせる古本クリーニングスキルツリーのうち、簡単に伸ばせる部分が一定まで達したことだし、ここらで一旦、できるようになったこととやりかたをメモしておく。別に衛生的なこととかそこまで強く気にしないならやる必要ないんだけど、いざやると結構楽しくなってしまうものだ。手を動かし、その成果が目に見えて、手触りだって明らかに変わってくることへの喜びがある。
 値札シール処理。必要なものはちょい伸びた爪、ティッシュペーパーないしトイレットペーパー。まず角から攻めて、紙面が破れないよう、傷をつけないように気をつけてはがす。接着剤が残っているなら指で軽くこすって一箇所に寄せ、塊状にしたら除去する。次に薄く痕が残る状態になったら人差し指にティッシュを巻いて、根気強く、でも力を入れすぎないように一〇〜二〇秒くらいこすってるとアラきれい! 最初このやりかたに気づいたときは楳図かずお作画の顔面になった。除光液や消しゴムはPP加工のない書籍にダメージをあたえがちだけど、こっちでやると負担が少なくてオススメです。ただ乾燥しきってカピカピになってるときは、さすがに……アーッて……なるね……(三省堂だかのバーゲン本とかヤバしと聞く)。
 汚れの除去1。必要なものはアルコール除菌スプレー、キッチンペーパー、ティッシュペーパーないしトイレットペーパー。キッチンペーパーに除菌スプレーを吹きかけて軽く拭い、ティッシュペーパーで水気を手早くとる。表面にPP加工の施されていない本、ちくま文庫や古い早川文庫のようなタイプは、古びてると一気に水気を吸ってしまうのでより手早く。これを古い漫画本なんかにやると、裏面への処理だけでもキッチンペーパーが真っ黒になったりして、ドン引きとゾクゾクする楽しさが併存した、なんか、こう、変なきもちになる。揮発による速乾性を考慮するとエタノールでもいいのかもしれない。
 汚れの除去2。必要なものはメラミンスポンジ、消しゴム。こちらの処理はPP加工の施されている本に限定。消しゴムをかけると黒いスレなどの汚れが落ちる場合あり。マットタイプのPP加工の施されている本の場合は、表紙によく水を切ったメラミンスポンジでガシガシやるとガッサリ汚れが落ちる。普通の艶出しPP加工の本も、表紙にざらついた汚れの層がついてる場合に効果あり。ただ、メラミンスポンジは汚れを削り落とすものなので、こすりすぎないようにご用心。
 小口の処理。必要なものは300番台の紙やすり。よっぽど小口のヤケがひどい本は、なんかペットボトルとかそういうのに巻きつけて、優しく削る。薄っすら削るだけで差がすごいのと単純に楽しい……けど、だいたいやる必要はない……あと手許がすごい汚れる……でも楽しい……。
 割れの処理。必要なものは速乾性の木工用ボンド、爪楊枝。爪楊枝の先で絡めとったボンドを割れた部分に薄く塗布して、閉じたときにページへあふれない程度に伸ばしていく。試しに軽く閉じて大丈夫そうならそのまま一日〜二日安置。
 表紙折れの処理。必要なものはアイロンとあて布。温度は低〜中温で、裏表にかけていく。上端のちょっとした折れ、潰れをいじるのにそこそこの効果がある。個人的には平凡社ライブラリーで効果を実感。背の上端が潰れちゃってる本も、いざやってみると意外とどうにかなったりして良ございます。
 だいたいこんなところ。古本をわざわざ修繕するとか貧乏くさいザマス、みたいな人がときどきいるけど、稀覯本とまではいかないまでも新品で決して手に入らない本は大事にしていきたいな……との思いがある。本当に。
デビルマンcrybaby観た。OVA全盛期のノリと湯浅政明監督のデビル合体によるデビルアニメだった。序盤〜中盤のエログロバイオレンス路線におけるきわどさは八〇年代〜九〇年代OVAを本当に彷彿とさせてくれて、映像体験としては嬉しい既知感を強く帯びる楽しさだった。換骨奪胎して、駆動因を置き換えていくことで「走ること」をメインに据えてる感じや、それにともなう疾走感も良い。デーモンとの戦いにしても風を切って走るような心地があった。「引き裂く」ことを筆頭に力任せのモーションを多用して、ビタビタとほとばしる血がどこか九〇年代劇場アニメっぽさをくれるのも、懐かしい心地よさというか。直近の作品で言うと、傷物語が同系の劇しさを有している。そういう血みどろさ近頃減ったな(あまり好まれないというのもあろうが)。一貫して用いられる性的描写がサイケデリックで、俗悪なまでのバインバイン感をこめてあるのも笑っちゃった。扇情的でありつつ異様な、奇妙にうねるグルーヴ感を帯びてる。グルーヴ感は湯浅作品ならではだけど、ME!ME!ME!的なエロで前面に援用するとひっどいのね、という痙攣的笑い。舞台も川崎市なだけに周辺の景観を引いてて、逆Y字構造をした河原町団地が出てきてたのも面白かった。ロケハンを感じる作りの舞台設計はとても好き。あと八話で、崩壊した渋谷で唐突に映画「回路」の投身自殺シーン、あるいは崩壊していく東京のパロディっぽいシーンが入ってたのとかも地味に好き。
 と、楽しんだのだけど、終盤でシュンとしちゃった。本作だと美樹の人物造形や演技が最近のアニメっぽく可愛くて、人間賛歌な叫びもこめてあるのだけど、これを終盤の前向きな駆動因としつつも、結局はわかりやすく転覆に使っててちょっと気が萎えた。マンガ史に残る語り草のあのシーンです。かわいい子(それも原典よりよほどかわいく輝かしく描いていた子)を血糊で染める、悪い意味で見慣れたものをこのタイミングで……とか思っちゃった。いかんせんデスゲームのしょーもなさをも乗り越えた十年代後半に、原典通りの、滅び、空しさの手触りを叩きつけられましてもという気分は否めない。もちろんそれを上回ろうと駈けるエモーショナルな部分の変奏はある。バトンを渡すこと。バトンを受け取ること。そういうテーマも転換として効いており、それはラストの飛鳥了にさえ言えて、いまならではの風合いで愛おしくもあるのだけど。引っかかるのは、そこから、一歩先へ、と行くことのなさだ。貞本エヴァの終盤を読んだときのような、なんか、そういう気分。芯の部分は良くも悪くも変わっていない、と。そもそも何が「進むこと」として「ただしいのか」は、漠然としてわからんけど、引っかかってしまった。
 つきまとうのは、ああいうエンディングに特有の寂しさ。それが正しいのだ、と、言われてしまったらそれまでなのだけど。それでも朽ち果てる物語はつらい。なんてことを思った……。ホント諸行無常が不得意だねきみ……。結局、見終わったあとにはカイバを見はじめたとさ。
飛鳥了がちょっと鈴木健也作画っぽいんだけど、サタンになったら完全にギャル子ちゃんな感じになっててちょっと面白かった。
 Dec.30.2017
昔、ガキンコであった頃なので大変古い話だけど、逢魔刻壱というエロ漫画家さんが好きで、こと最初の単行本、猫飯は折につけて読み返すくらいのお気に入りだった、というのを思い出した。なかでも「ALMOST HONEST」が好きだった。マフィアの殺し屋……というか使い走りのような仕事をするベレッタ遣いの女の子が主人公で、自分の所業が遠因となり壊れてしまった女の子と暮らしてる、というもの。百合です。最後の仕事ののちには足抜けを、と願いつつ馘首を切られてひどい目にあう、言ってみれば典型的すぎるくらい典型的な話なのだけど、この内容を記憶から掘るにつれて、読むにつけ書くにつけ好む様式に反映された影響の大きさにちょっと驚いた。女の子による殺し。女の子同士のセックス。大切なものへの贖罪意識。不幸せな出自の子がズタボロで未来を求める感じ。なにより、最後には半分死んじゃいそうになりながら、ヨタヨタと帰るべき場所に帰ろうとする感じ。百合でかつこれっておまえ、まんま同じようなのを自分の話でやっとるじゃねーのよ。
 自分が何かをやるうえでの芸風の色合いはどこに源流があるかなんて、そもそも好きなものを反映させるやり口だと油絵のように何度も塗り重ねていくようなものだから、大抵はきちんと探り入れるまでわからず、自分でも不明瞭になってしまうもの。ゴッホの絵にバッタが埋まってたのを百年以上経って発見という話よろしく、上辺を思い起こすだけじゃ何が眠ってようとわかったものではない。のだけど、とはいえ、これはさすがに思い至って笑っちゃった。フリクリなんかはもう相当に自覚的なわけだけど、それよりもだいぶだいぶ深い無意識レベルにある。これ系で好きな様式の源となると、これ以上はたどれない気がする。近いのでバズ・ラーマンのロミオ×ジュリエットとかあるけど。
 あれがやりたい。これがやりたい。そう思ってある程度好きな形に削り出せるようになったのはここ五、六年で、いやそれでも変な方向に舵切りやすいけど、兎に角、どうにかできるようにはなってきてはいて。こういう深いところに塗り込められた色が、いまになって活きてきているからなのかな、とかちょっと思わないでもなかった。
 と、つらつら書いてはいるけど、言うてお気に入りでも十数年前の話で、ツイターで書いたときはディテール間違ってたし恥ずかしくて消しちゃったね。さすがにこっちにメモするにあたって一応裏取りした。間違ったアレがエゴサで本人に引っかかると気まずい……とか考えてしまうのは、ツイターによる面倒な可視化時代ならではか。善し悪しだ。
と、いう流れで宣伝もどーよっつー話だが、年明けにboothで通販やると思いますので、機会がありましたらば是非。
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「玄霧忌譚」序盤10pくらいの試し読み
年齢確認が至極おざなりでエロ漫画を買えてしまう本屋、という以前に、最近は下手するとエロ漫画をおいてない(あるいはエロ雑誌しか取り扱ってない)本屋さえ多々あるもので、世知辛いなと思ったりしなくもない。いや買えてしまうのはよくないし、そもそも自分でスケベブック読まないんだけど。この感じはあれだ。以前住んでた家の近くにヨークベニマルというスーパーがあって、住んでた前後までは本屋やオシャレげな雑貨店が入っていた。ちょっと雑多なショッピングセンターの趣。そこから本屋や雑貨店がなくなって、おもちゃコーナーもなくなり、気づけば不毛地帯(というか本当にただのスーパーマーケット)になってたときの寂しさと近い感情を抱く。
てなこって、今年最後の更新です。来年も大変ふつつかだろうけどよろしくね。
 Dec.27.2017
和風超伝奇Bloodborneアンソロジー、「古今本朝 獣異草子」というイカついタイトルの本に「玄霧忌譚」を寄稿しました。12月29日(金)コミックマーケット一日目:東ぬ17b「ぬつへふほふ」にて頒布。
346所属アイドルちゃん主演ドラマのノベライズ、「Ordinary346」の三巻に本文協力(校正とか)しました。12月31日(日)コミックマーケット三日目:東の35a「渡辺書房」にて頒布。こちらもあわせてよろしくどーぞ。
玄霧忌譚……に限らず、獣異草子自体がだいぶ大変きわまりない案件で、そもそもおまえよく真夜中ハ純潔〜猫騎士であんだけヒイコラ言って泣き笑いで涎垂らす日々をすごしてたの忘れられたなっつう安直な参加状況だし、作業期間四カ月(実動はじめて一カ月)かよ……というタンクローリーとスペースシャトル輸送車が玉突き事故起してご近所まるごと火災で焼き消えるようなソレだったわけですが、まあなんにしても無事に完成までたどりつけてよかった。
 伍藤の担当分は、世は御一新も遥けき蒸気の時代。神秘な調べ事を担う献察庁が擁せし巡邏官――墨洲威吹は、潜入の命をうけて能登の地に身を馳せる。新宗教のうごめきをもって騒乱の兆す「押食村」。すべてを取り巻く魔性の霧に陰謀が渦巻き、祈りの連祷を闇に響かせる。この予感と過去が交錯する暗夜の果て、墨洲は何を見るのか。と、いうような感じの中編。八七頁。そこそこの長さに見えるけど、文庫に直すと百十ページ近いので寄稿のくせになげーーーーーい……としか言えない趣がある。大戸さんに好きなだけ書いていいですよアハハ、と言われたので、じゃあ好きなだけ書くねウフフ……と言い返し、調子に乗ってやりたいこと雑に詰めすぎた揚句のこの有様。前回から参加者数が減ってるのにページ数は増えてている。手癖で書けるとみんなページが増える増える。そして大戸さんは消費カロリー超絶な文体ですごいすごい(石川淳風文体が死ぬほど良いわけです)。
 あらすじで察せられる通り、伍藤のはいつものやつ。スチームパンク明治の隠秘学エージェントちゃん(レズ)がお手伝いの異人ちゃん(レズ)と能登へ行き、魔の巣食う封鎖区画に単独スニーキングする、ちょっと某ホラーゲームマッシュアップ気味な話。いつものすぎる……。そんな感じなので、いつものを楽しんでくれる人には楽しいかもしれない。小説としての出来は、ウーンな部分と不備が多々目につくけれど、楽しいお話にしたつもり。「きみに今度逢う日のために、ぼくはあたらしい歌を作ろう」とはピチカード・ファイヴの歌うところであるけれど、そういう気持ちでがんばったことに間違いはない。パヤパ・パヤパ・パヤパ・パヤパ・パヤパ・パー(デュークエイセス声)。
 なので、
 コミケ行く人、お手にとってもらえたら幸いです。
 コミケ行けない人、通販時にお買い上げくださったら幸い。
 興味ないっすわーって人、読んだら意外と面白いかもよ?
 という宣伝なのでした。
買ったり。
 BLACK TIGER1/秋本治
 恋情デスぺラード5/アントンシク
 残穢/小野不由美
 書楼弔堂 破暁/京極夏彦
 アゼーフ/ロマン・グーリ
 予期せぬ結末1 ミッドナイトブルー/ジョン・コリア
 大砲とスタンプ7/速水螺旋人
 男爵にふさわしい銀河旅行/速水螺旋人
 U/皆川博子
 エヴァンゲリオンANIMA1〜2/山下いくと
 アフリカの印象/レーモン・ルーセル
ネトフリで配信されてるブライト観た。現代が舞台のシャドウラン・イン・LAPD。万事が万事、シリアスさのなかにギャグっぽい間を入れてくノリの軽さを秘めてて好き(ワンドの扱いのギャグっぽさよ)。ファンタジー文脈からの外挿を経たグラフィティとか、あとエアー作品でおなじみのろくでもなくサグいストリート描写も好き……オープニングとかロジックfeatラグボーン・マンの曲に合わせてそれが流れる図の良さよ。楠大典さんと能登麻美子さんの演技かわいい。ヴェロニカ・グゥ演じるエルフ殺し屋がアシメヘア振り乱して残虐ファイトするし、シグサワーMPXをバカバカ撃っててよかった。銃撃戦周りだと、振り向きざまの銃撃をスローモーションでゆっくり回しながら薬莢を飛ばし、TPSっぽい背中側へのアングルに回りこんでくところなんかも良い。超伝奇とかシャドウラン好きな宅は絶対、という感じの内容。デイヴィッド・エアー映画のなかで屈指の楽しさだし(通向けみたいなイヤさがないよ)、続編観たいな。たぶんエアー作品としても、ネトフリで金もらって作りましたという映画としても、かなり出来がいいと思う。前にうちの小説でもお世話になった化け学シャドウランナー、めんぢるちゃんいわく、シャドウランネタが良い具合とのこと。すごいミキシング。
この前、ふと買い直したよしもとよしともの「青い車」がサイン入りで嬉しくなった。古本ならではの喜び。
 Dec.21.2017
和風Bloodborneアンソロ脱稿した。久々に疲れで感情がない。がんばって校正したけどたぶんまた変なことになってる部分が多かろう、と思うと、少し滅入る。でも脱稿した。おつかれさまでした。詳細はまあまた後日。
 Nov.21.2017
アイフオーンの写ルンです風カメラアプリと聞いて「HUJI」を導入したら、写真よかPS4のフォトリアルグラフィックなゲームのキャプ画みたいになった。ピントのズレ。青みがかった色彩。このふたつが作用して、現実のテクスチャをショボい方向に補完してるんだろうな。画像をフルサイズ表示するとわかると思います。光沢を過剰にする部分もフォトリアルっぽく、ここ最近のゲームで類似したグラフィックとしてOutlastやバイオハザード7があげられるかね。これと「VHS cam」を使って夜の路地をウロウロしてると、バイオハザード7的に世界を認識する遊びができそう。いい大人が夜にごっこ遊びという光景は非常にヤバいものがあるけど。


 リアルを追求したテクスチャによって生み出される本物っぽさと、その本物っぽさが拡大してよく見たらそこまで本物っぽくない限界点、というのがあって、それが衝突してるこの不思議な感じ。現在のグラフィックという心地。独特の曖昧さで笑ってしまう。
 この味噌とかな。とろける味噌という語感の嘘っぽさに、ぼやけ加減も相まって、ゲームのステージ中においてあるアイテムっぽい強い虚構を見いだしちゃう。現実の延長線上を舞台にしたゲームという趣はとても好ましいもので、まあなんだ、めっちゃわかりやすいフェティッシュですね。たぶん、根本的なところは九〇年代終盤〜一桁年代前半。PS1時代のバイオハザードやパラサイトイヴやロックマンDASH、DCのルーマニア#203やブルースティンガーとか辺りのゲームのステージ空間やアイテムとかそういうのがある。あとは絶体絶命都市とか塊魂、結局一度もプレイできず大人になってからプレイ動画でオアーとなったジェットセットラジオもか。頭がガンガンに悪いときやってたゲームのテクスチャ、文字通り、質感がぴったりとハマってくる。
ヤマシタトモコの違国日記が尋常ではないくらい、自分の倫理観とか、願いとか、祈りとか、そういうのにパーフェクトかつマーヴェラスにハマる漫画で驚いて何回も何回も読み直してしまった。昔、Plasti Talkerという小説を書いたけど、あれで大事にしたかった何かを思い出した。ホントいい漫画。みんな読んで、という気持ちになる漫画は久々。
 Nov.8.2017
ヒールの高いブーツがほしい。
木島日記の完結編、あるいはひとつの大きな区切りになる「もどき開口」がとんでもなく面白く、そんで本を閉じるとともにひとつの時代が終わった、と心底から思った。そも中学生時分、月姫からFateへ……という時期に読んで本格的に非萌え方面の伝奇にハマるきっかけとなったのが木島日記だった。ちょうど文庫版が刊行された直後くらいだったかな? 当時から絶えず引きずってきた愛着なのでかれこれ十四年くらい? んで集大成として、もどき開口で柳田國男による仕分け、はかりごとが遂げられたからもう動揺。感激。本当に。と、いうのも、今作では自分が抱いてきた伝奇や偽史に対する感覚にむけた解答が、かなりはっきりとした形で記されている。終盤はそれへの問答がつづく。
「そもそも歴史に神話を接ぎ木などすれば齟齬が生じる」
 もう、この台詞に尽きる。
 日本には天孫なんつう異質なストーリーラインがある。わたしはかねてからこのストーリーラインに「設定臭さ」、「オカルティックな嘘の物語」という印象を強く抱いてた(別に大学で学んだりとかしてないので漠然とした印象)。同じく島国で王を戴く伝奇的にも便利なお国、イギリスと並べると、なんか王権の感触があんまりにも歴史ではなく設定臭い。そういうのがあるから天皇ネタとか好きなわけだけど、この漠然とした感覚にさっきの台詞を叩きつけられたからたまらない。最初に好きになったものが、十余年を乗り越えてきて解答をくれる嬉しさったらもう、という話。
 大塚自身は今年でこの手の仕事をはじめてから三〇周年らしい。名前を出せないゴーストライターやってた時期もあるらしいから曖昧だそうだけど、めでたい。東京事件のリテイクである東京オルタナティブとか、またいろいろお話関連が活発になってくみたいだから、改めて応援していきたいなー。あと「日本がバカだから戦争に負けた」がすごい面白そうなので、遠からず読んでいきたい……と思いつつ、これタイトルがあんまりにもあんまりだよな。内容的には角川と教養をあつかうもので、幼い頃から角川に踊らされてきたので必読なのだけど。恥ずかしい。字面が。
亡くなった人を何度となく心馳せても詮無いし、自分の心さえ慰撫できないけど、それでも、やはり伊藤計劃がもどき開口を読めずに鬼籍に入ったのは、残念でしかたがないと思う。もどき開口がはじまったのは二〇〇九年の四月。彼が亡くなったちょっとあとのこと。そういう意味でも、もどき開口は何かの、時代の区切りなのかもしれないな。
買ったり。
 木島日記 もどき開口/大塚英志
 輝ける闇/開高健
 中国たばこの世界/川床邦夫
 なんらかの事情/岸本佐知子
 ふたりモノローグ2/ツナミノユウ
 ネクサス上下/ラメズ・ナム
 gift/古川日出男
 サーカスの娘 オルガ1/山本ルンルン
 日本怪奇小説傑作集1/アンソロジー
 ブックオフの百円コーナーをウロウロして、シールべったりで汚れてる本を修繕するのが最近のマイブーム。処理のスキルツリーが業者並みになってきてる気がする。
 Oct.31.2017
散歩は好きなれど、だいたいはチャリンコに乗って深夜に溶けた景色を眺めてばっかりなので、空間への注視というのはわりかし隙だらけで、ちょっとしたものを見落としては改めて見てウワッと思うのがたまにある。ここんとこだと信号機ね。ぼうっと信号待ちしてるとき、ウワッ薄い……と凝視。気づけば分厚い信号機は消え、点灯方式が違い、薄い、庇もほとんどない、例のアイツばっかになってた。いつの間にだ。意識しないと見知ってたもんがどんどん消えてくな……なんてのを飲み物やお菓子でなしに思わされたのは久々。これが積み重なってくと、知っていた景色が何とも言いがたい異物になんだろな。そういや前、昔住んでた地域をチャリンコでウロウロしてて、よく行った駄菓子屋がほぼ消え去りだいぶ新しくフラットな風景に、ノスタルジーともつかない、見知ったものの作り物というような心地がした。新築で似たような家ばかり白々と並んでると、なんか雰囲気は知ってるはずなのに、やたらとフラットな嘘に見える。信号機はそのうち意識もしなくなって断片として馴染むんだろうけど、この町角の心地はどうだろう。いまのところは、うろついててあまり楽しくない(そもそもうろつくなって話だけど)。統一感できれいに均す風景はヨーロッパに顕著だけど、日本の、非観光都市で雑多な町となると、「柔らかい色をした真新しい郊外」というか、ふんわりしたひと塊になっちゃう感じ。揉みたての油粘土。あたらしいニュータウン感。町という空間を歩いてる気持ちのしなさ。そのうち古びるのかな。古びると、それはそれでまあ、好きにはなりそうな気が……。
そんなことを思う景観だけど、ちょっと区画から外れると壁に錆ついたマルフクの看板とか残ってたりする。町っぽいなって思う。
 Oct.26.2017
アトミック・ブロンド見てきた。ジョン・ウィック2で本気の置いてきぼりを食らってひどく、それはもうひどく滅入ってしまい、以来、アトミック・ブロンド観る直前まで三ヶ月くらい憂鬱をずーっと引きずってたので不安にもなりつつ、しかしこちらはすんごい面白かった。というのも、不安にせよ期待にせよデイヴィッド・リーチがJW1時点での共同監督だったからだけど、あの映画の褒めるべき点をおよそすべて継承している。つーか映像的な格調を拾いあげてアクション以外の美点を添えてたのはおまえだったのかーッ!との気づきを投げかけてきた。
 まず冒頭からレーガンの演説をブラウン管の荒さで映し、それを茶化す演出をラストまでの通奏低音に、東西を隔てる壁が崩壊直前にあるベルリンでの追っかけっこへとつながっていくところでテンションがガンあがり。その後も静謐な空気とチャカチャカした空気、聴取中の現在と潜入中の数日前、と静動をシャッフルしながら、機密奪還を目的に送りこまれたロレーン・ブロートンのスパイ活動が描かれてく。この過程が、事前に予告から受けとる印象と同居する、えらく実直で様式に対して真摯な態度を感じさせてくれて嬉しくなっちゃったね。もう。描出のスタイルに関して言えば、ジョン・ウィック1の美的感覚でスパイ・ゲームをやる、と表現していいのかもな。不透明なピースが用意されていて、現在の視点から過去を語り、あるいは語らず、徐々に輪郭を描いていく……というスパイ・ゲームのそれを、真面目にやってるから。アトミック・ブロンドはキャッチコピーや劇中のセリフで「誰も信じるな(トラスト・ノー・ワン)」とあるように、「欺瞞」が意外なほど真面目で、聴取する側=観客を煙に巻き、最後まで行動の駆動因が明かされないのもよかった。あと駆動因がバッカみてーなのもよかった(漫画感すごい)。
 登場する情報機関が五つ――英・秘密情報部(SIS)、米・中央情報局(CIA)、仏・対外治安総局(DGSE)、露・国家保安委員会(KGB)、東独・秘密警察(シュタージ)――と多く、勢力が入り乱れてちょいわかりづらく見える構図なのも、絶対にわざとだと思う。インテリジェンス慣れしてるとそんなでもないとも思いはするけど。これらの思惑が衝突し、情報戦、内通、内輪揉め……と見せかけた揚げ句、その果てできっちり引っくり返す手際はだいぶ見事。80sポップスをBGMにガンガン使うのも、SISエージェントを活躍させるためのファッショナブルな盛り上げと見せかけ、実はそれそのものがバイアスをかける欺瞞なのもよかった。どう欺瞞かは秘密。本編を見て、との気持ち。ここらの選曲はわかりやすいセレクトをしつつ、マンソンがミニストリのStigmata(88年リリース)をカバーした曲が入ってきてるあたりにオタク臭さがあって素敵に良い。単なるカバーでなく、嘘っこ80sポップス風アレンジなんだもの。
 劇中でなにより良かったのが後半での長回し。BGMなし、ひとつながり、泥臭い至近射撃とステゴロで敵勢力の排除を描く勢いがとても好みの琴線をキックしまくってくる。キュアロンのトゥモローワールドか、と突っこんでしまい、なおかつ心中でそれを軽々と乗り越えてった。戦闘に関しての描写はザコ対応こそ華美に見せかけ、なのにここにきて派手さの削がれた窮地になる。非常事態に追いこまれ、脱するために痛々しい撃ちあい、殴り合いをしいられる構図。主人公は徒手格闘のプロだけど、体格や体力の差で埋め合わされ、ゆえにズタボロの戦いをせざるを得ない。どうにか切り抜けたけど、ちょっと失敗してたら壮絶な失敗を遂げていた……と思わせる迫真性をあの長回しに寄せているとこで、なんかもう一京点をつけちゃう。脳の配線がちょっとこわれる。
 追跡者(ストーカー)を撒こうとタルコフスキーのストーカーが上映されている劇場で観客にまぎれ、映像をバックに至近格闘となる。さりげなくロレーンがCARシステム風の据銃をする。そういう文系茶目っ気もあるし、古きを解釈しなおすファッション・スタイルが服から下着までどれも可愛く、久々に根っから自分向けの映画を見れたなという気持ち。ちなみにわたしはベルリン到着時のパンツスーツ&ベストがお好みだな。
 唯一よくないとこは、ディテールの確認ミスか。冒頭、発端となるSIS要員射殺シーンがある――んだけど、ここで使用される銃に関しての簡単なプロファイリング・シーンで、明らかな間違いがあるんだよな……。実際に出てくるのはスチェッキンAPS(9ミリマカロフ弾を使う)。プロファイル中に映る薬莢の写真も、当該銃器で使われてるマカロフ弾。だけど、台詞上ではトカレフ(七・六二ミリトカレフ弾を使う)ということになっている。情報分析を取り扱う戦いとの建前があるだけに、こういうミスをしょっぱなからかますのだけはアーってなった。ミリオタ的同定のアレというよりは、他の部分への劇中リアリティを信頼するために……と、いう話。でもそれくらい。
 すんげー好みじゃん、と叫べる映画を観たあとは尋常じゃなく機嫌がよくなる。なるとはいえ、自分でもびっくりするくらいの機嫌。
買ったもの。
 魚舟・獣舟/上田早夕里
 Oct.14.2017
マイメンのパリングさんが真夜中ハ純潔 其ノ後の非常に素敵なイラストを描いて下すったので、是非ご覧くださいませ。嬉しいと照れ笑いが浮かんで仕方ない。アイフオーンのロック画面にしているので一日に何度かエヘヘとなる。
人間椅子の「異次元からの咆哮」を聴いている。緩急に富んだ前作から一転、ガシガシと突っこんでいくサウンドが元気な椅子って感じでよろしいのとテルミンの音が嬉しい(テルミンのフョンフョンした音好き)。個人的にはここにドゥーミィな曲がひとつだけあると嬉しいんだけどね。
Netflixに再加入したらリック・アンド・モーティに頭の天辺までハマッてしまった。シーズン2の最終回まで一気に見るくらい。カートゥーンがキてるのはアドベンチャータイム以来かな。基本ラインがバック・トゥ・ザ・フューチャーパロのSFバディ物で映画・芸能・音楽ネタがちょこちょこ突っこんであり、そこそこ下品でバイオレンスで人をバコスコ殺したりするわりに、妙に倫理的な側面がある。ひねくれた恰好良さに弱いねどうも。ED主題歌が各話で異なるのは洋ドラでお馴染み――なんだけど、趣味の良さがパーソン・オブ・インタレストに匹敵するのがたまらないですね異様に。インディー・ポップ/インディー・ロック路線多い。Chaos Chaos使ったり、重要エピソードの最後をBlond Redheadで彩ったり、シーズン2最終回にいたってはNINのHurtが流れる始末だもん。こういった種類の趣味の良さに震えちゃう感覚の根っこは、たぶんだけどATBアニメであるフリクリに通じてる。あれもRnMと同じくAdult Swimで放送されてたしな(十四年も前の話だが)。
 人物造形で堪らない部分が多い。主人公コンビにおいてアル中祖父=リックのヘッポコ孫=モーティに対する、ある程度は大事だ、との感覚が限りなく無自覚で、それにツンデレの戯画化って感じがしなくて良い。それを取り巻くのは機能不全家庭で大人になりきれない大人しかいないありさま。関係のもつれが解決したりもするけど、場当たり、即物的、日があけばすぐ元通りになりそうなのが好きなんだよな。ちょっとずつ重ねてけば解決はしそうだけど、本人らは別にそこまでする気ねーなーっ、て感じ。しかもセラピーやる回とかあってまたかー!!!!ってな。そういうところにもちょろっとフリクリっぽさを憶えて、まあそのフリクリっぽさが深く深くブッ刺さっている。「大人になりたい子ども」、「大人になりきれない大人」、「なる必要もなんも感じてない大人」。あれの影響で機能不全バッキバキだけどまあ楽しくブッ飛ばしていく、みたいなノリ好き。
 間違いなしの覇権アニメ。シーズン2の余韻に殴られてしまったのでシーズン3早く来て欲しい。ちなみにわたしの推しエピソードはシーズン1の「ケーブルテレビのアップグレード」、シーズン2の「ハイになれ」。
精神的不調が重なってあんまり映画を観てなかったんだけど、この頃はちょっとずつ観るようにしている。どうも気合を入れないと観れないね……映画にせよネット配信にせよ……。カール・アーバン版のジャッジ・ドレッド良かった。ザ・レイドを援用したような恰好良さバリバリ!というだけの、ゲーム脳的にゴージャスでデラックスな楽しさ。テーマ性とか以上に「バリバリ!」を意識しまくって、バリバリ以上でも以下でもない過激さはやっぱクるものがある。なによりボブカットの可愛い女の子ちゃんが出てると、どうしてもウフフ……となってしまう。ハイテク装備を用いる手っ取り早さに加え、ひとつの画面で発砲と着弾の完結している銃撃戦描写もご機嫌にしてくれる。こういう銃撃戦は実のところ恰好良い絵と編集にするのが難しく、そういう意味で上手きわまりないのが最近だとジョン・ウィックだったな。発砲/命中/薬莢落下、みたいぶつ切りではなく、放った銃弾が命中した刹那に薬莢が落下して音を立てる、みたいなひと塊感。大事ですね。実際のとこはそこまで緻密じゃないけども。
買ったり借りたりもらったりしたもの。
 ごちそう探検隊/赤瀬川原平
 百怪祭 室町伝奇集/朝松健
 怪しい来客簿/色川武大
 イルミナエ・ファイル/ジェイ・クリストフ
 波よ聞いてくれ4//沙村広明
 戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係/アナスタシア・マークス・デ・サルセド
 アンチクリストの誕生/レオ・ペルッツ
 不死の人/ホルヘ・ルイス・ボルヘス
 ケガレの民族誌 差別の文化的要因/宮田登
 サトコとナダ1/ユペチカ
 Sept.29.2017
遠出をして「スイスアーミーマン」を観てきた。伍藤の推しであるポール・ダノが主演のマジックリアリズムでネクロテックでBLな映画。無人島で自殺しかけてた青年が、岸辺に流れ着いた屍体(噴出する腐敗ガスでジェットスキー化)とともに脱出、サバイバルの旅がはじまる。そんな話だけどこれだけだとわけわからんな。
 宣伝は明らかにコメディ路線で狙っているのに、中身はといえばミシェル・ゴンドリー風のきらびやかな演出やDIY感覚を帯びたサイレントヒル……という一言には尽くしがたいものだった。途中から予感はしていたものの、八割は笑いだけど、残り二割のエモーショナルな混乱で心の置き場が見つからなくなる。同じくポール・ダノが主演でわたしのお気に入りである「ルビー・スパークス」もそうだったけど、人生再定義系というか、ちょっとカウンセリング的。序盤からして、「人生って何?」と屍体ラドクリフに問われた主人公が、生のカタチ、意味、を再定義して語りかけていくシーンがある。屍体ラドクリフに「恋を追体験させ」たりするシーンとかね。それでいてギャグとしてはしょーもない感じでガンガンに攻めてくる――オナラにはじまり勃起にウンコ、ゲロやオシッコと直截な下ネタをブチこむし、屍体ラドクリフ関連だと口から水をバーバー噴出する流れはゲーゲー笑った。そもそも最初っから水っぽいオナラの音がブーブー言い、これは容赦ないくらい、大事なモチーフになっている。なんでもダノ氏のを録音したらしい。そうした作劇で前面に立つポール・ダノの演技も素晴らしく、まとわる迫真性や輝きはすごいし、それぞれのカットにおいて異様なくらいにかわいく、かなりわたし向きのバランス感覚。こと過去描写、バス内での後ろ姿や跳ねた髪の毛、そこから振り向く瞬間のかわいさたるや(それに瞬間ごとの眼の演技もすごい)。ラドクリフの死体演技も、首の据わらなさやしんなり具合がホントに屍体みたいで、ちょっと暗黒舞踏的な虚脱の制御すら垣間見えた。良い。とても変で面白い映画です。好き嫌いはバッツリわかれる。
 どうも心のカタチをめぐる物語、何かを見つめ直す物語に弱いな。というのも、半分はエヴァの影響で、もう半分はサイレントヒルの影響なんだろう。今回は後者の、こと2の意識をめぐる痛みや自罰、自傷性、妄想が露骨に響いてきた。結構共通した雰囲気のシーンもあるし、嘘偽りなく、サイレントヒル的だと思う。魂の暗がりをじっと覗きこみ、たまに撫でさする。そんな心地が嫌いになれない人は、単に面白い映画だなって笑う以上に、伝わってくるものがある映画だと思う。
「ポール・ダノはなんで普通の映画に出ないんだろうね……。気軽に見返せるものがないよ……」
 とは一緒に見に行った子の言。同感。いまだズーンてなっている。
 Sept.25.2017
あたらしいお話のプロットをガシガシ作って、早い段階から相応の量に達しているので嬉しい。とはいえ、最終的に半泣きで作ることは目に見えているのでご機嫌か、といえばそうでもないが。十三年くらいものを書く遊びをしてマジメにやりだしてから八年になんだから、そろそろ適度な作業量を覚えていきたい。
小中学生、ひいては高校生の頃まではFM、AMを問わずラジオをよく聴いていた。いまも聴いてるけど依存度が段違いだったように思う。こと深夜番組ね。聴き逃すと尋常じゃなく気落ちするくらい好きだった。
 と、いうのも、単純に楽しかったのもそうだけど、当時は家でこもってグータラする生活がつづいてて外部と接するものがあんまなかったからだ。家で茫洋としてると世界の半径が一気に狭まってしまう。行動半径が狭まると同時に、感覚も一気に削られるもんだな、と自覚するではないにしても閉塞感はあり、当時はネットも引いてなかったからなおのこと。携帯電話のiモード(しかも定額制じゃない)がせいぜいだった。そんななかで、東京の局から届くラジオ番組が、生活上の感覚というか視野というかを超えて、そこに実在してると感じられる世界の範囲を広げてくれてた。「遠く」を意識する趣が好きだった。そんな聴きだったから日曜深夜、放送が終了してフィラーが流れる瞬間に、この世が終わってしまうよな感覚がすごかったんだよな……。懐かしい。
 地方都市に住まうオコサマの、深夜の無聊をことさら癒やしてくれたのは「バツラジ」から「深夜の馬鹿力」への流れ、ネットと連動して遊んでた番組「IR3」、高校にあがってからは「ロケットマンショー」から「アーリーモーリーバード」への流れだった。まだradikoもない頃。最近はもうアニラジくらいしか聴いてないんだけど、いま思うのは一期一会なことだ。アニラジだと声優さんはあっちの番組からこっちの番組へと八面六臂なことが多いけど、パーソナリティさんや芸人さんとかだとそうはいかない。一回その番組が終わってしまうと、そこでバイバイとなってしまうのが寂しかった。強い喪失感を味わったのは「ロケットマンショー」で、深夜以外だと「柴草玲のイヌラジ」が最後か。
 また、喪失感が生じるくらいハマるラジオがあればいいんだけどな。
 その点で沙村広明の波よ聞いてくれはかなり最高なマンガなんだけど、うっかりしてたら四巻を買い忘れてた。読まにゃ。
体調が思わしくなくてあんま外出もしてないので、思い出に関することを記録するだけとなりがち。遠くへおでかけしたいもんだ。
 Sept.19.2017
「椎名誠の怪しい探検隊」がYouTubeにあがっていた。違法アップロードは良くないと理解していても、古い、ソフト化もされないようなテレビ番組があがってたりするとなんだか嬉しくなってしまう。なかでもスペシャル番組である、東京下町の水路をカヌーでさまようやつには釘づけになった。関心のある時期、フィールド、活動だし、しかも自分が生まれた年の番組なんだもの。あとシーナさんがめちゃ若い。
夜中、アイスガイを食べたい、と思うことが多い。先だって、前触れなく食べたいと思いたって調べたら、かれこれ何年か前に販売終了したらしいことがわかってしまったのが発端だ。二ヶ月ほどが近年まれに見るアイス消費月間がつづいてたので忘れていたけど、ここ何年かはアイス消費量が人生でもっとも少ない時期だと思う。好きだったものはそういう時期に消えるね。得てして。そんでないとわかると余計食べたくなる。
 で、アイスガイだ。小学生くらいの頃にはソーダ味のものを好んで食べてて、パピコ系統の封がしてあるけど中身は氷のジャリジャリした食感が強く、ガイと自称するに相応しい硬さだった。難点は半分も食べる前に溶けだした汁を吸いきってしまい、ほとんど味気ない氷になってしまうこと――要はチューペットと同じ現象が発生しやすかった。パピコはならないのにな。それをガジガジと噛んでンーッ……とおいしくなさをもてあそぶのも、わりかし好きだった。バリエーションを見ると見知らぬやつが結構いる。わたしが好んでたのはソーダ味で、あとはカフェオレ味も食べていた記憶は何となくある。画像検索をするとでてくるポンジュース味とか午後の紅茶味は認識の埒外で、わりと驚かされた。こういう好きそうな味があったのか、と思えど、消費物は後の祭りだね。
 調べてて楽しくなったのはデザインの古臭さだ。アイスガイ、それに次ぎよく食べていたアイスボックスのパッケージを見るとじつに古めかしい。色彩感覚、フォント感覚がいまに至るまでにどれだけ洗練されてきたか、という話だけど、九〇年代的色感はドキドキする。飲み物のパッケージデザインもキュンやごめんねとか、ああいうのはなかなか。エネルゲンなんかは変化がなくてすごいな。どの時代も独特であるにせよ、こと九〇年代は自分が子ども時分を過ごした時期だけあってノスタルジアに陶然としがちだ。二十年前。そこそこの昔なのに昔という気がせず、でも実質的なギャップを見ると驚く。書籍のデザインとかもそうだよね――と、古いものを調べるのが楽しいのと同時に、古本をそこそこに買う生活なので思ったりもする。
 古い&アイスつながりで思い出したけど、ファミマにあったガラス張りサーバーに入ったシャーベット的なものをプラカップに入れるやつも好きだったな。スラーピーというらしい。あと冷凍弁当の焼肉チャーハンが好きだったな、とか。速水螺旋人さんは昔、角バーガーの記事を書いてたけど、あれもなかなか……。と、この前のインターネットの話もそうだけど、こういう取り留めのないことを思い出したり、生まれては消えてくものをいまと比較する遊びは楽しくてしかたない。きりもないけど。
 ちなみに最近食べたアイスだとパピコ梨味がおいしかった。そもそも梨がすこぶる好きなので、この時期は梨味の商品が増えて嬉しい。
買ったもの。
 妖月の航海 王朝アラベスク綺譚/井上雅彦
 グランダンの怪奇事件簿/シーバリー・クイン
 A子さんの恋人四巻/近藤聡乃
 あたらしいひふ/高野雀
 ウォーハンマー・ノベル ドラッケンフェルズ/ジャック・ヨーヴィル
 ランボー全詩集/アルチュール・ランボー
 グランダン、昔悪魔の花嫁を買いはしたけどあんまり気が乗らなくて読まないままに失くしてしまったんだけど、短編集はだいぶおもしろい。パルプなアメリカン伝奇好きなんだな。再確認。
 Sept.9.2017
岡村ちゃんがDAOKOの楽曲をプロデュース、というニュースを見て飛びあがってしまった。どちらも好きなアーティストなのだけど、好きと好きが合体したらだいすきになってしまうのではないか。
続刊ありで最近も読む漫画も含め、よかったものを思いだせる限り書きだした。よかったの。だめなの。どちらも油断してると驚くほど忘れてしまう。記憶容量よりも、何かを読むこと、消化/消費することへのモチベーション、スタンスの変化が問題なんだと思う。作家やアーティストの名前がとっさにでず難儀するのが多いのも、たぶんそのせい。PCはデフラグ機能があるけど、人間の脳もそれが必要なのかも。思案や好きを整理しないとボンヤリに包まれ、質感どころか、それが入った抽斗も見失う。何事も意識的にやらずにいられるのがいちばん……だけど、やっぱ脳がゆるみ憂鬱にもやられてると、多少、気を張らんとですな。と、書いた翌日には忘れてそうなボンヤリ感(こえー)。
忘れると言えば、近頃、自分が触れていたけれど失われてしまってあとはゆっくりと忘れられていくだけの、「かつてのインターネット」に関心がある。管理人による削除。レンタルサーバのサービス終了。検索エンジン最適化による不透明化。そういった要因で視野から消えてしまった古いサイトとか。
 特によく思いだすのは中学生時分――二〇〇三年前後、その頃ですら古臭く見えたhtml手打ちバリバリによる、多重人格探偵サイコのファンサイトがそうだ。自分が見る数年前の、より一層に情報伝達速度が遅く、サイコ自体も前半戦で細かいネタ開示もそれほどされてなかった時期のサイトだと思う。原色バリバリで黄緑のフォントなんかを使っちゃうそのサイトは「ルーシー・モノストーンが実在するか」みたいなことを書いてて、最終的には曖昧なまま結論も出さずブン投げる、という雑なインターネット詩人的語り口が鼻についた。けどその感じが嫌いでもなかった記憶もある(なにせ中一、中二なので妙な気取りに弱い)。しかしいま、そのサイトを探したところで見つかるはずもない。ほぼ完全に失われてしまった記憶の断片。
 似たような感じで失われたページは無数にあって、調べ物をしてたら引きあたるような、記事だけが残って親ページはない、打ち捨てられた小説サイトとかもそうだな。インターネット・トマソンというか。伝達速度、処理速度が早まり、最適化に磨きをかけた検索エンジンはそうしたものを見えづらくしていく。それに商業性も拍車をかける。無駄なまとめサイト。無駄な質問サイト。キーワードの破片がかすってるだけの、ほとんど関係ない通販サイト。そういうのにまみれて消えゆく速度は、一時期よりずっと速まっているのでは。そう思うことが多い。ただでさえ、古いサイトのフワフワした曖昧な質感は思い出補正で引っ張って伸ばしやすい。ただでさえ得も言われぬ寂しさ、妙な愛おしさをこめやすいものだからモーきりがないよな。伝達速度が遅く、のんびり、フワフワとしてた時代に作られたページへ、反比例的に、余計に愛おしさが増していくばかり。思いを馳せるたびになんか頭の奥がツンとしてくる。
 伝達速度といえば、大塚英志が生みだしたルーシー・モノストーンという架空のカリスマをめぐるストーリーライン自体、物語消費論で語られているところの都市伝説云々という伝達される物語を実運用した、ある種の「速度」を取り扱うメディアミックスだったな。こういうのも過去同様の運用は不可能かもしれない。いまは伝達速度がきわめて速く、調べればあっさり答えがでてくる。まとめ。共有。それは検索すれば引っかかりやすいもんなんだよな。都市伝説は、こうした速度の煽りを食らいやすい。例えば、熊野古道で宙に浮かぶ鳥居を見た、という不気味なモチーフが近年にあるけど、いまではこういうのが洒落怖的質感でずっとモコモコした闇に包まれることはないわけだ――闇が伝播し、尾ひれがつくところまでいかない。増田感が九七年に作ったアート作品「音の居」だ、と判明しやすい。他の都市伝説にしたところで、実にあっさりと類似モチーフから「一定の形質」や元ネタが見つかってしまう。そうした手触りは明瞭なもんで、未知という暗がりを晴らしてスッキリさせてくれる。けども、同時に一抹の、これでいいのかな……という気持ちも湧くものだ(不可思議な暗がりも愛する人間としてはね)。
 わたしはそうした暗がりが幅を利かせられた時期を指して、「都市伝説が最後に在れた時期」との言い回しを使うことを好む。思えばそれも伝達速度と明白/曖昧の問題だ。言い回し自体はだいたい一桁年代初頭くらいまでを指してるんだけど、「わたしの好きな形」のそれっぽい都市伝説が在れたのは、本当に、それくらいの時期までだと思っている。それ以降のあっさりと真相に到達する術を手に入れた状態では、モヤモヤや暗さを前ほどは抱えられようはずもない、とか。この前刊行された木村いこさんの「夜さんぽ」でも、こうしたモヤモヤをあつかった回があったな。未知にドキッとしちゃう人には、きっとあるあるなんじゃないか(大変いい話なのだわこれが)。あるいは、こうした感覚をうまいこと転覆させて取りこんだ作品として「電脳コイル」があるな。
 まあ、なんだ。
 忘れていくことや、それ自体が存在することも耐えられない環境といったものに、消えてくことの是非はさておきて弱く、エモートの揺らぎを抱きがちという話。なんにせよ大事にしたい感覚ではある。ちなみに増田感のモニュメントは「kan masuda La Campana del Viento」で検索すると、ある程度しっかりした形を見られる。たしかにこれをふと見かけたら気持ち悪いな……。
 Sept.3.2017
「チャイナ・ミエヴィル トリビュートアンソロジー」が自家通販中だそうで。なんか通販分がガッツリ全滅しちゃったのでこりゃイカンと増刷したそうです。わりとちゃんと面白いと思うので、よかったら読んでみてもらえると嬉しいな。伍藤はCIAのなかに変な現象が出るからそれに対策せねば……という変速スパイ風味幻想小説を寄稿しています。
WALKING CHAIR通販ページ
 Sept.2.2017
日記のつけかた、というか雑言でも何かの感想でもない文章の書きかたをフツーに忘れてしまったので、なんとなくログをつけようかな、とか思いたった。別段、書く理由も目的もないけど。一桁年代への郷愁は確実にあり、だからウェブログサービスではなく、あえての手打ちhtmlでやるというワケ。
いろいろとりこんでて遅くなったけど、あたらしいお話はそろそろ載せます。気づいたら異世界転生ファンタジーになっていた。たぶんダークソウル3をやったのち、ポポロクロニクルを読んだせい。
買ったもの。
・ジョゼフィーヌ/ペネロープ・バジュー
・ラヴクラフト全集3/H.P.ラヴクラフト
・破船/吉村昭
 一旦飽きて売ったあと、アー、あれはさすがに……と後悔する本が多いのだけれど、ラヴクラフト全集は最たるもの。その瞬間瞬間の判断がいかにあてにならないかっつーハナシです。  と、言っても前に買ってたときすら五巻辺りで止まってた気がする。そもそも最初にクトゥルフ神話(長音よりフで止めるほうが好み)に関心を抱いたのは一桁年代も前半で、エロゲにおける伝奇バトルが隆盛してた頃、つまりはデモンベインのご時世なのでえらく時が経ったもんですね、との思いが強い。当時は中学生でニワカもニワカ。雑に周縁で触れてた子だったので、Bloodborneに傾倒して改めてきちんとハマり直したという感慨がある。
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