最近よかったもの
◆小説:クオリティランド/マルク=ウヴェ・クリング(河出書房新社)
◆小説:怪奇日和/ジョー・ヒル(ハーパーコリンズ・ジャパン)
◆小説:怪談のテープ起こし/三津田信三(集英社)
◆小説:地獄に堕ちた者ディルヴィシュ/ロジャー・ゼラズニイ(東京創元社)
◆小説:黄金列車/佐藤亜紀(KADOKAWA)
◆小説:レイコちゃんと蒲鉾恒常/北野勇作(光文社)
◆小説:神戸・続神戸/西東三鬼(新潮社)
◆小説:わざと忌み家を建てて棲む/三津田信三(中央公論新社)
◆小説:乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…/山口悟(一迅社)
◆小説:おやすみ、東京/吉田篤弘(角川春樹事務所)
◆人文・エッセイ他:すべての女性にはレズ風俗が必要なのかも知れない。/御坊(WAVE出版)
◆人文・エッセイ他:ドライブイン探訪/橋本倫史(筑摩書房)
◆人文・エッセイ他:感情天皇論/大塚英志(筑摩書房)
◆人文・エッセイ他:「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に実在したので10万字くらい書けて紹介する本/山下泰平(柏書房)
◆人文・エッセイ他:怖い女 怪談、ホラー、都市伝説の女の神話学/沖田瑞穂(原書房)
◆人文・エッセイ他:アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した/ジェームズ・ブラッドワース(光文社)
◆人文・エッセイ他:裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち/上間陽子(太田出版)
◆人文・エッセイ他:女の鎧、着たり脱いだり毎日が戦なり。/ジェーン・スー(文藝春秋)
◆人文・エッセイ他:明治 大正 昭和 不良少女伝――莫連女と少女ギャング団/平山亜佐子(河出書房新社)
◆人文・エッセイ他:昭和・平成オカルト研究読本/ASIOS(サイゾー)
◆コミック:リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー/アラン・ムーア、ケビン・オニール(ヴィレッジブックス)
◆コミック:ファイアパンチ/藤本タツキ(集英社)
◆コミック:泥の女通信/にくまん子(太田出版)
◆コミック:あした死ぬには、/雁須磨子(太田出版)
◆コミック:スキップとローファー/高松美咲(講談社)
◆コミック:自転車屋さんの高橋くん/松虫あられ(リイド社)
◆コミック:映像研には手を出すな/大童澄瞳(小学館)
◆コミック:鬼滅の刃/吾峠呼世晴(集英社)
◆コミック:キマイラ天龍変/伊藤勢(徳間書店)
◆コミック:女子高生の無駄づかい/ビーノ(KADOKAWA)
◆音楽:新青年/人間椅子
◆音楽:THE ROAD: PART II/UNKLE
◆音楽:MY MIND MAKES NOISES/Pale Waves
◆音楽:SIREN/サウンドトラック
◆音楽:Black Boots/鬼頭径五
◆音楽:Low Down Gambler/鬼頭径五
◆音楽:夕焼けロック/上田現
◆音楽:SUPERSALT/呂布カルマ
◆音楽:FNCY/FNCY
◆音楽:TOKYO LUV EP/FNCY

旧ログ
 過去ログはどんどんしまっちゃうので、外部リンクから飛んできた場合はリンク元から確認できる当該日付を探してくだされ。
2017.09-12
2018.01-032018.04-062018.07-092018.10-12
2019.01-032019.04-062019.07-09
JUNE.29.2020
ツイッター凍結から一ヶ月半。何度か異議申し立てをしてはいても全ッッッッッ然反応ないし、さすがにアキラメムードが漂ってきた。これでダメなら公開垢を作り直すことはないかもだな、とか思ったり。凍結すると誰をフォローしてたかもわからなくなっちゃうし(嫌がらせじみた処遇だ)、IDを憶えてなくて新たにフォローのしようがない人も多いからな。
ここんところは写ルンです風カメラアプリのHUJIと、そしてそれで撮った深夜散歩中に深更の明るみを写真垢にポイポイ投げこむのが再マイブーム。
定額給付金を出すと決めるまで異様に渋った反動か、振り込みはめちゃ早かったな。早速いろいろ買いこんでる。特に音源で欲しかったヒプホプ。聴きたいものがリリースされたら聴きたい期間だけSpotify登録つーのを一時期よくやってたから、サブスク系から離れたいまも、油断すると買い惜しみが発動しちゃうのよね……。加えて心底欲しい音源以外になかなか手をつけないタイプだから、こういうときこそと思って勢いをつけてる。
 現状はFNCYがもっともお気に入り。80〜90sチックでいて、恰好良さとラブリーの同居した感覚好きなのだよな。アルバムとEPをなにかやるときのメインBGMにしてるし、珍しくグッズや配信ライブのチケット買うレベルでハマっている。
ツイター凍結解除の気配があるでなし、薄ぼんやりと本読んだり、推しVTの配信眺めたり、音楽聴いたりの日々が主軸のこの頃。読書はほぼ脳デフラグで自分の好きを再定義しようがテーマというかなんというか(これ前も書いてなかった?)。過去に自分が触れ、好きだったにもかかわらず蔑ろにしちったライトノベルを読み直し中だったりする。ことトリニティ・ブラッド。懐かしい。一桁年代角川スニーカー文庫。あのレーベル、ある意味では青春なのよね……初読ラノベからして総理大臣のえるだし……。
「特殊な処断任務をとりおこなうドタバタ捜査官」
 と、いうような設定が自分の手癖になじませてェ……と心底思うくらいには好きなんだけど、その趣味性のベースの土台は何かとしばらく前に考えてて、トリニティ・ブラッドに登場する教皇庁国務聖省特務分室(Ax)だわこりゃと強く強く想起したのが、読みはじめる直接要因になった。なんせリアル中二の頃、伝奇を意識するより前の時期に超好きだった……。いや、超好きなくせに全巻読みきってはいないんだけど。R.A.M.(短編シリーズ)/R.O.M.(長編シリーズ)ともに、最後の一冊にいたる前で止まってしまったのだな。吉田直の急逝にかなりのショックを受けて。そんで、そのまま読むのやめちゃったん。とはいえ根っこには残っていまにいたるわけだし、自分の創作物でも捜査官モノをやったことだし、つーこって読み直してる。
 まずはR.A.M.から読んでるのだけど、これがやっぱ面白いのだわ。スニーカー文庫とあって展開はわかりやすさ重視なれど、ジュブナイル的な気配を残しつつ往時の超伝奇に寄った語りや、結構容赦のない設定が、いまでもしっくりくる。特殊技能を有した執行官の集う秘密機関。秘密調査のための派遣。大規模テロルの阻止。政争の気配。それらがどんどん盛りつけられていくし、必要とあればサクッと場面が切り替わっていく手際の良さも学ぶものがある。ソードダンサーことユーグ・ド・ヴァトーを主人公とした連作シリーズに触れ、これがいちばんが好きだったと思いだし、しかもいまも一切変化のない好きこれ〜との気持ちは湧いてきたのは笑った。仇討ちがため、所属している機関から離れてさまようエピソード。しかも主人公が刀遣いの無口無愛想イケメン。こういうのが露骨に好きなの、三つ子の魂なんとやらなだなホント。ただ主として感じ入る楽しさは趣を変え、当時のシリアスで重厚との認識も裏返り、いかにも軽やかな筋運びにウキウキするのは、やはり齢食って読み手としての質が変わってんだな、とか。それ自体は一巻につき一話、五〇ページ程度の連作短編でしかない。軽くて当たり前。だから、もっとディテール欲しい……と読んでるうちに欲張っちゃう気持ちの生じる部分もあれど、アクション映画的に先へ転がしていくノリに感心しきり。それを語る文体も、ソードダンサーでは特に菊地秀行直系の部分を持ちつつ、ベースにしてるだろうものより、圧倒的に読みやすく調整してるとわかるのが楽しい。
 若くして亡くなられたことがつくづく惜しい。何事もそうだけど、自分より長生きしてほしい人ほど先に去ってくのはつらいでございます。その残光を心に受けながら、わたしも自分にできることをもうちょいちゃんとやれたらいいな、と考えたりしてしまった。いやぁ、それにしても読み終わりたくない。RAMを四巻まで読むにつけ、ザクザク読み崩しちゃういまのペースだと結実しない終焉がすぐそばにあると感じられて、寂しさがいや増すばっか。あるいはこれに耐えることも、十年以上を経てのお弔いとなりましょうか。いやはや。
もいっこ小説の話。吉田篤弘作品が好みの作家だと気づいてから、新しめのから旧めのまでちょっとずつ読んでる。どれも日常モノの延長で、軽い幻想小説……というか、都市型メルヘンをやってるのが性にあう。急かさずのんびりと語られる、日常に混じった小さな不思議や異物。日常において重視しがちな速度とコストからちょいと逸脱した感覚。あるいは逸脱したことがルール化され、はたから見ると奇矯な日常。お話としては、そういう変テコに身を任せるものが多い。彩りとなる小さな奇想、または綺想は、当然のような顔で居座って、それに接してる人も当然のような顔であつかい、もちろんたまになんじゃそらと思案顔をする人もいる。謎めいている。かといって、解決されたりはしない。解決よりか、変なことへの観察行為を楽しむ遊びというか、謎の周りを、ぐる、と一周して眺めてみるような読み味が持ち味なんだと思う。それこそ、その感覚を突きつめたかのようなチョコレート・ガール探偵譚という作品もあるし。ふとしたきっかけから、戦前の映画を、ネットで検索せずオフラインの情報の数々から探っていく遠回りノンフィクションね(つってもまだ読んでおらず瀟洒な装丁を手許において次のお楽しみ枠に入れてる)。
「コストパフォーマンスを突き詰めると、人は死んでしまうしかないんですよね。人が生きていることが一番コスパが悪いので。人間が生きてるって感じるのは、コスパが悪いときですから」
 と、言ったのは菊地成孔であるけど、それに通じる読み味だと思う。もちろん、コスパを考慮してあるものもそれはそれで快感があるけどね。それこそトリニティ・ブラッドの短編なんか、速度の快感に寄っていると思う。それとは真逆の、つかみどころがない迂回路をうろつくことの風情は、あるいは森見登美彦の幻想京都にも相通ずるとこもあるけど、どんちゃん騒ぎからごきげんな様相が生じる氏の作風と違い、静けさが徹底してる。凪いだ夜の静けさ、と言えばいいかしら。実際のところ、そこが読者として抱く愛着の最たるところだったりする。最初におや、と思ったのはご多分に洩れずつむじ風食堂の夜で、次に台所のラジオおやすみ、東京と、作を追うにつれ折々で腑に落ちた。どの作品も陽のもとだけでなく夜に息づく人がいることへの肯定が色濃く、愛おしい。
 台所のラジオは題がほのめかすようにラジオ、飲むこと食べることがモチーフ。ここに収録されている、「マリオ・コーヒー年代記」という短編がいちばんの好み。駅ナカのカフェで飲むミルク・コーヒーと、それを作るバリスタ=マリオとの縁が交錯する人生の話で、特に大きな物語の動きはないくせに、読んでるとなんだか心が浮つく。深夜営業のカフェが登場するのだけど、浮つく心地の多くはその描写によるとこが大きい。「無数の映画の断片をつなぎ合わせたような感じ」と表現され、入り組んだ店のなかには無数の大小様々なテーブルが並び、夕方五時から午前三時まで営業するうちの、十二時頃がいちばん賑やかな店。この店で何かドラマが起こるわけではないし、登場するのもたった三ページ足らず。そこに灯された光が、心のなかにある夜気をにじませて快いこと……。
 おやすみ、東京は何冊か読んだなかで飛び抜けて良かった。これも別段、大したことが起こる本ではないのだけど。映画会社の小道具調達屋、タクシードライバー、悩み相談ダイヤルのオペレーター、電話回収業、深夜食堂のスタッフ、名探偵、小さな映画館のスタッフ、古道具屋――と、午前一時の東京で都市生活を営む人々のすれ違いやつながりが結びつく。言ってしまえばただそれだけ。でも、さまざまな夜の縁が多方で交錯していく光景が良かったりする。連作短編の交差点、と作者はあとがきに記し、その言にたがわず、十冊の(架空の)短編集の主人公たちが出会い、別れ、またつながっていく。そうした人々の眼を通して現れるちょっとした夜の情景同士が結びつき、織りあげられていく夜のグラデーションがなんともきれいなのだよな。昼と違うものを浮き彫りにさせる。また、昼見えるものをかすかに帯びる夢の切れ端のようなかすみでぼやけさせもする。ささやかな幻想に包まれた帳に生を営む。
 他にも、吉田音名義のBolero 世界でいちばん幸せな屋上なんかが、夜の感触をそっと挿入してきてよかったな。中学生の女の子が、家族ぐるみの付き合いをしている人の家から父親と一緒に帰るとき。午前一時。そこで見あげる、開花を待つ桜のほんのちょっとした描写。
 夜の帳。張りつめる夜。それは憂愁で世界を塗り潰すだけのものではないし、寂しさだけが張りつめる時間でもないんだ。と、そっと語りかける気配が行間から聞こえてくる作風が、胸になじむことこのうえない。COVID−19による静けさを経たから、というのもあるかもだけど。コロナ禍云々、と世間が騒いでた時期にも深夜の散歩……つうか徘徊ですけども、それはつづけていて、そのときの夜はいかにも異質だった。人通りも車通りはまったくなく、どのコンビニの前を通れど人影はない。下手をするとコンビニが深夜営業をやめている。いつもより断然灯りの少ないマンションやアパートの窓。遠く、どこかから車の走る音が聞こえてることもなく、午前何時だろうと呼吸しているはずの夜が窒息していた。あのなかをうろついたちょっとあとに読んだから、息づく夜への肯定に感じ入るものが、余分にあった、というか。そんなこんなでこれから追っていきたい作家をまた一人、増やせてよかった〜とか思ったのでした。
買ったり。
 歴史としての音 ヨーロッパ中近世の音のコスモロジー/上尾信也
 昭和・平成オカルト研究読本/ASIOS
 *怪異の表象空間:メディア・オカルト・サブカルチャー/一柳廣孝
 *「姐御」の文化史 幕末から近代まで教科書が教えない女性史/伊藤春奈
 感染症の近代史/内海孝
 精神医学の歴史/小俣和一郎
 じつは、わたしこういうものです/クラフト・エヴィング商會
 被差別部落の真実/小早川明良
 性風俗シングルマザー/坂爪真吾
 レックレス・プレイヤーズ メイキング・オブ・カウボーイ・ビバップ/佐藤大
 *消えた心臓・マグヌス伯爵/M.R.ジェイムズ
 女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。/ジェーン・スー
 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題/ジェーン・スー
 よい戦争/スタッズ・ターケル
 スーパーナチュラル・ウォー 第一次世界大戦と驚異のオカルト・魔術・民間信仰/オーウェン・デイヴィス
 *ゴーストリイ・フォークロア 17世紀〜20世紀初頭の英国怪異譚/南條竹則
 フェッセンデンの宇宙/エドモンド・ハミルトン
 女子高生の無駄づかい1〜3/ビーノ
 監視国家 東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆/アナ・ファンダー
 最後の竜殺し/ジャスパー・フォード
 自転車屋さんの高橋くん2/松虫あられ
 *繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ/デール・マハリッジ、マイケル・ウィリアムソン
 *マタギ聞き書き:その狩猟民俗と怪異譚/武藤鉄城
 *'80sガーリー雑誌広告コレクション/ゆかしなもん
 幻綺行/横田順彌
 おやすみ、東京/吉田篤弘
 チョコレート・ガール探偵譚/吉田篤弘
 針が飛ぶ/吉田篤弘
 トリニティ・ブラッド Canon 神学大全/吉田直
 トリニティ・ブラッド Reborn on the Mars1〜6/吉田直
 トリニティ・ブラッド Rage Against Moon1〜6/吉田直
 路上観察 華の東海道五十三次/路上観察学会
 学校の怪談大事典
 日本奇談逸話伝説大事典
 なんかもう気力でねーーーーーーとうめくほかない様相を物欲でカバーする悪癖が祟って本買う勢いがわけわからんくなっている。買った物を直近のしか把握ができてない。阿呆の所業であります。と、言いつつお誕生日プレゼントに頂いた本だけはしっかり把握し、アスタリスクをつけている。友人各位マジでいつもありがとう。他にもビーフジャーキーやドクターペッパーをもらって大変ハッピー。まあそんな調子で日々本は増えており、CDを処分して本用スペースを作ったにもかかわらず、一ヶ月とせずに完全に埋め尽くされてしまったね……。恐ろしい話であります。いやしかし、面白い本が手許にたくさんやってきて嬉しいな。
 いま読んでる「姐御」の文化史明治 大正 昭和 不良少女伝と近いテイストでなかなか善き。専門外……とまでいかずとも本職の研究者ではない著者ゆえの弱みも共通し得るものの、それでもひとつにまとまっていないものに輪郭をかけてくれる記述のありがたみがすごい。女卑前提の社会のなかをかいくぐってきた人たちの生は、読んでて女子主人公のお話を書く上で考えてることに良いバフをかけてくれる。
 ヨコジュン先生の幻綺行なんかは刊行情報が出てからずっと気にしてたんだけど、果たせるかな良い本でありました。入手しづらい作品をわりに豪華な仕様の文庫で再刊してくれるのありがたい。表紙からして古本リスペクト。他の作品もそうだけど、竹書房のSF/FT枠文庫がブッこんでくる作品は背を統一せず、それでいて手のこんだ装丁にすることで小さなソフトカバー単行本という趣に満ちてて超善き。中身にいたってはバロン吉元の挿絵まで再録というサービス精神にニコニコしちゃう。作品としては押川春浪の明治モノとは少し違う風情を漂わせ、どちらかといえば小栗虫太郎や香川滋の秘境探検に寄った猥雑な語りをしてて(実際解説でも二者の名前は挙がっている)、こういうノリもやるのねっつう発見があった。言うてヨコジュン先生の作品を網羅的に読めてはいないだけに。怪異が横溢する探検行はソノラマ文庫から刊行されてたR.E.ハワードの短編集、剣と魔法の物語を思い出す部分もあり、まあ嬉しいの重ねがけですな。連作短編なのでノンフィクションのあいだに挟んでつまみ読みしてるんだけど、ちょい贅沢な気分になる。これ、無事そこそこに売れて高値ついちゃってる他の中村春吉シリーズも刊行されると良いな……。
May.14.2020
ツイッターのアカウントが凍結されてしまった。目下のところ、理由は不明。不誠実なことに、ツイッターとはそういうことを黙ったままでいるし、問い合わせたところで平気で何日も待たせるのだ。イヤったらしいことに。どうにかこうにか通常運転に心を戻すか、と思っていた矢先の出来事。同人誌をドロップしたことで、それが完全か不完全かは脇に置くとして燃焼感に襲われており、体調面、精神面ともに低空飛行気味であり、そこにきての嫌がらせじみた凍結となればもうどうにも。いやはや。
と、愚痴っててもしゃーないし、こちらでも宣伝をしておく。
 伍藤潤個人の名義での、初となる同人誌、「明治本朝獣異草子 幻霧抄」の通販がはじまっています。原型となった中編であるところの「玄霧忌譚」を古今本朝獣異草子に寄稿してから約二年――DLC的な中編相当のエピソードを追加し、倍以上のボリュームでの再登場。
 表紙の装画はメグリム・ハルヨさん、装丁・DTPは大戸又さんが担当してくださっています。装画、装丁、ともに超伝奇小説っぽさを追求し、朱の小口塗りも施されることで類稀なる強烈な仕上がりとなっております。
 また、本作のリリースと同時に「古今本朝獣異草子」も呪符エディションで再販がかかっている。
 どちらも良い超伝奇本なので、そのテの小説を好む諸賢がお手にとってくだされば幸いこの上ない。
自分の書ける超伝奇って何かしら。ただ誰かを殺して踏みつけながら進むだけではないお話って何かしら。そんなことを考えながら、ここ一年ちょっとくらい、ずっとこのお話に打ち込んできた。分量自体はたかだか十五万字ぽっちなれど、「自分なりに」を考えることでずいぶんと時間がかかってしまいましたね。正直、論理展開や手直し、文章のかたちとか、しくじって忸怩たる思いを抱く部分はある。それでも、やっちまったねぇ!の気持ちをいまは遥かに上回って、良い超伝奇長編小説になったと思っている。一旦自分の手許を離れ、読み手のもとに届くことでその思いが強まっている。この人にお話を届けて笑ってもらえたら嬉しいって人に届いた。それどころか、自分の視野の外にいる人が楽しんでくれたり、それに間接的に読ませていただいた感想で「最高」と言ってくれた人もいた。本当にありがたいことだと思います。
と、書くのがいまの自分には精一杯。本当であればネタバレにならない範囲で自己解題でもやろうと思ったのだけど、やはり気力が追いつかない。そもそも昨年からつづくいろいろがあり、そこにきてチマチマと溜まるストレスに凍結は完全にトドメ。どっと疲れてしまった。解除されるといいな、凍結。げどうアカウントがないだけで精神衛生に悪い故。
Apl.17.2020
世間もヤバいがわたしもヤバい。例年よりもヤマイダレにやられ、風邪っぽい重めの症状に殴られて鬱傾向も強まり、しばし完全ダウンしてた。意識がはっきりせず、仕事中もうまくことばが出ずってのは久しぶりだし、前駆として日本語を思うように記述できなくなった時点でヤバみに気づくべきだったのかもしれぬ。揚句、何か書こうと思ってから一瞬で時が過ぎ去ってましたね。
 現状は回復傾向にあるから、さっさと元気になりたい。
 と言って気軽に元気であれる世相ではないのが悲しいね。
体調が回復したら赤羽徘徊をしたい、と企てて鬱状態をしのいでたんだけど、どうやら無理らしい。駅前周辺の風景を、それはもう大きく変えるだろう都市計画について読んだのがしばらく前のことで、それから何度か行くタイミングを逸して、揚句のこれ。風景の連続性を完全に失くしてしまう前に行けたらいいな。好きな街が見知らぬものとなるのは悲しいことだから。
そんなご時世なればこそ、バイオハザードRE3を超絶大変楽しんでた。届いたその日のうちにクリアしちゃうくらいには楽しんでた。心身ともに参ってたんで救われました。DBDのパロかよ……とプロジェクト・レジスタンスなる情報にだいぶヒいてたもんだけど、あれが嘘のよう(現金な性状)。
 詳細情報が公開された段階で原典通りではないことは表明していたけど、果たせるかな、アレンジはかなりのものだった。アップデートとディテール強化のRE2に対し、ほとんど作り直しと言って差し支えないね。まず説明をザックリ省いて放りだす旧3の作劇を回避してたのからして当世風って感じ。冒頭のジャンル映画っぽいニュース映像や搬送される謎の生物兵器〜ってなムービーはプラスの意味でB級回帰。そのあとで1の事件を経て、ジルが組織的な裏切り、白眼視のもとで密かに捜査してたら、引っ越しの間際になってまた事件が……と段階を踏んで混乱のなかに放りだすのも、きれいにキマってたな。襲撃から逃れた先で市民がゾンビから逃げてる図はかなり心地良い。
 それをやるためにラクーンシティを再構成するのは、相当に大変だっただろうな……。そもそもラクーンシティは考証が甘いためにかなり異様な造形――製薬企業による企業城下町で、かつ都市空間に大都市圏を思わせる部分があり、なのに人口は十万人くらい――をしてて、しかも市内地図を見ると立地はかなり手狭だったりする。たぶんだけど感覚的には縮尺は十倍、住民数も三〜四倍くらいあるべきなんだよな。プレイしてて強く感じたのは、そうした手狭な全体像はいじらないまま走りまわるための動線を配していく難しさだった。例えば序盤におけるネメシスとの接敵イベントなんかは、半径数百メートル以内をグルグル動きまわるだけと言っても良い。それをただ狭苦しいように感じさせず、生活感も残しつつ迂回路を作ってく努力のおかげで、「ラクーンシティを歩いてる」との実感があるのは良かった。もちろん、もっと広く行ったり来たりできればもっと良かったんだけど。
 旧3の弱みとなるシナリオもしっかり見直ししてあった。アンブレラ社が派遣したバイオハザード対策部隊(UBCS)のオペレーターと協力して脱出するとの背骨を正して、贅肉になるイベントを削ぎ、ウィルス/ワクチンと関連した新規イベントで筋肉をつけてる。そもそも旧3のストーリーは陰謀や状況の核に触れる要素が欠け、「脱出する」との目的意識に頼りきり、そこに傭兵稼業やウィルス感染で大味な枝葉をつけてた。これを全体的に修正するのはただしく、そして危ない綱渡りよね。実際、変更点をけなす評は多く見当たる。贔屓目に見ても力技なとこはあり、第二主人公であるカルロスの親友を登場して即射殺されるモブ扱いに降格してるのとか、もとの関係性が好きなならいまいちなのも当然だろうと思う。個人的には相当笑ったし、あの作劇だとあそこくらいしか配置するとこねーよなってもんではあるんだけど。また、新規イベント――医師の救出作戦がために、ワクチン開発の主体をめぐってアウトブレイク周辺がパラレルと化しちゃうとこも考えもの。アンブレラの研究員による罪滅ぼし。これはこれで悪くはないし、もちろん、ラクーンで起こった物事は主人公=個々人が観測した主観でしかない。一種のブラックボックスと言ってもいい。だから変更も問題はなかろう、とは思うのだけど、なんかやっぱあつかいが可哀想。これはまあマーヴィンの感染シーンもそうか。なかなか折り合いをつけるのって難しいよなー。いっそ、これが布石になってアウトブレイクを再構成したリメイク版が出ればいいな……とか思ってしまう。REシリーズの作りでアウトブレイクを、しかも友だちとの探検をやれたら相当に素敵だろうな。
 そんなキワキワなとこはありつつ、RE2同様に映画指向を挟みこんだ演出はそれなり以上に楽しかったな。特にダイアログ/ムービー内の仕草/視点切り替えで各キャラをちょっとずつ掘り下げてるの嬉しい。まずもって、主人公は感染しないのか、という点への小さなアンサーが好き。開始早々、ジルがゾンビ化の悪夢に見舞われ、眼が醒めたあとで部屋を見てまわるとベッドサイドに大量の薬が散らばってるし、手近なファイルを読むと発症はせずとも感染の予後に懸念があると描写される。ただ運良く発症を免れてるだけかも。この感覚が、ウィルス汚染でダウンする流れがはらむ違和感を軽減してて結構印象的だった。話の筋を知ってるからなおのこと。しかもその直後、襲撃を食らって過去作の主武装――サムライエッジを失ってしまう演出までつけてあるし……。なんでその武器を使わないのか、という理由付けにめちゃ弱い。手ぶらはマズいと遺体からグロック自動拳銃を拝借するくだりで、ごめんね、というつぶやきで感情を上乗せしているところも心憎い。カルロス周辺にしても、お話をシェイプアップするに伴い、第二主人公として最適化された造形なのが明瞭だったりね。弱い部分を残す元ゲリラの若者でなく、傭兵としての対応力、軽口に義理堅さをともなうあんちゃんとしてのそれ。だいたい初登場時からして、ジルを助けるべくロケットランチャーをブッ放し、しかもそれが旧来ファンにお馴染みのM202なのとか、もー過去作リスペクトの素敵演出ではございませんかよ。これでM202が隠し武器として登場することを期待しちゃった(普通にAT4でスンッ……てなったけど)。
 他にもシリーズを追うごとに少しずつ後退してた(そして近作で盛り返す)ホラー映画パロの趣とともに、敵キャラのあつかいを良くしてたのが嬉しかった。
 特にハンターシリーズなんか、造形と登場シチュエーションがすこぶるラブリーになってて嬉しかったな……。両生類ベースのγは、アンブレラ・ヨーロッパ支社がプロダクトを持ちこんだ、との設定だったのを、開発中止の憂き目にめげない研究員が勝手に飼育して、というクリーチャー系SF映画の道理に寄せてる点で相当アガった。ちゃんと研究施設とファイルまで用意してあるんだもの。下水道最奥に設営された研究室(どうやって機材搬入したんだ……)で読めるのマッドサイエンティストみにまみれたファイルとか、テンプレだけど笑っちゃう。造形にしても、成長しきらないオタマジャクシと人体の間の子めいたシルエット、粘膜質で嚢胞の浮いた外皮、退化した腕という鈍重そうな見かけに凶悪さを秘めてるのが控えめに言って最高。RE3ではネメシスとタメをはる造形だと思う。ヨチヨチ歩きで油断させつつ、歯列がぞろぞろと生え揃った口蓋をいきなり突きだしてくるインパクトたるやもう。これに関しては存在をまるごと省かれたグレイブディガーの特徴も掛け合わせてあるんじゃないかしら、と思ったりしなくもない。しかも即死攻撃をかます強キャラでありつつ、生物兵器としての汎用性ゼロなところもかなり好き。
 ハンターβのデザインも1に登場したαのシルエットに寄せる形で一新され、それでいてまったく異なるディテールで遺伝子操作のベースは違うとわかるようになってた。爬虫類風でありつつ、昆虫のキチン質を思わせる口周りと外皮。そもそも登場する病院自体が怖い作りになっているのだけど、そこで動線上に姿をチラ見せ、その果てでの1での初登場ネタもやっててだいぶご機嫌。
 ドレインディモスなんかも露骨に賑やかし要員から昇格してたな。状態異常も含め、かなり生理的イヤさ重視。専用ステージが用意されて、しかもそれが排泄物でも混じっているのか悪臭ぷんぷんたる腫瘍状の巣と化した変電所っていう。造形自体も、ミミック(デルトロのね)や1のキメラを思わせる生理的なイヤさが強まってて善き。なんか全体として一シチュエーションに絞った登場と演出の強化で印象づける、というやりかたがかなり前に出てたな。
 他にもブラッドの臆病者だけど良いやつとしての演出、バカ武器=パラケルススの魔剣とか、キャラや各要素をアレンジした演出の散りばめかたは良かった。RE2におけるアネット・バーキンみたいな、感情面に訴えかける演出はないにせよ。
 ゲームとしてのプレイフィールで振り返ってみると、それ自体はRE2よか短めと言ってもいい。くまなく探索、アイテムは逐一入手、敵もどんどん処理――と、それなりにじっくりプレイしても五時間前後でクリア。前作は初見で八時間前後だった憶えがある。これを考慮するとそれなりに短い。もちろん、それ自体が手抜きかっつうとそうではない(旧3と同様の前作アセット流用もこの場合茶目っ気だろうし)。ここに関しては構造上の違いが大きい。たぶん。レジスタンスとの抱きあわせ故の短さと断じがちだけど、アクションとしての精度を重視する作りのほうが、影響は大きいんじゃないかな。
 アドベンチャー性からアクション性へ。こうしたアップデート感覚は旧2〜旧3への流れと同様。それでいて旧3で半端だったアクション性の補強を、RE3はちゃんとやり遂げてるのがいいですな。緊急回避システムがプレイ感覚だけでなく、特殊部隊員であるジルの所作としてかなり合致してたと思う。プレイ感覚にしてもかなりアグレッシブ。ゾンビの動きを読み、相手が一人ならナイフでの制圧はたやすい。より脅威的な敵でも、回避直後の急所攻撃でノックダウンできる。さらに言えばネメシスによる追跡のさなか、ゾンビと接敵しても攻撃をかいくぐり、走り抜けられたりもできる。操作や回避タイミングも、SEKIRO辺りをプレイしてたような人なら気楽なレベル(少なくともノーマルモード程度は)。ナイフの破損。弾薬の損耗。被ダメージ。それらにビビって尻込みや遠回りをすることはそこそこ減らしてあった。
 そういうわけでRE3は、勢いよく突っ走っていける感覚に的を絞りまくった印象が強い。これはまたステージと構成にも連携している。と、いうのはどういうことかと言うと「さまようため」でなく、「通過していくため」の構造へ注がれる意識ですな。
 さてRE2がどんなゲームだったか、と考えると、さまよって探ることに重きをおいたゲームだった。舞台のベースは息絶えた警察署。辺り一面に闇の濃淡がしがみつき、死が横溢して、鼻につくのは血の錆くさい重みばかり。そんな空間を歩き、アイテムでいくつもの仕掛けを解きながら行ける範囲を広げ、ときにショートカットで思いがけないエリアをつないでく。たやすくは対処できない敵におびえながら、ときに警察署近傍の街区にも行き来して、脱出の道を求める。そういうバイオの原点に近い探索の怖さ、楽しさがプレイフィールの中心にあった。平林プロデューサーがメトロイドヴァニア型と発言していたのも、そういうのを強く意識してのことよね(そもそもバイオ1とてメトロイドヴァニアとジャンルが名状される前からそうした性質があった)。そして何より、狭めのフィールドに詰めこまれ、しっかり回収していく形式が、プレイフィールとあわせて長めなプレイ時間を担保していた。二周目以降は別として、一周目の速度はそれなりに抑えるように設定されていたように思える。
 翻ってRE3は、最初から最後まで走ってくぐり抜けていくことが重視されている。ステージは街路、ビル、変電所、地下、警察署――つまり目まぐるしく死の淵に転げ落ちていくラクーンシティの都市空間そのもの。目的を達し、あるいは敵に追われ、一度通過してしまえば二度と訪れない場所も多い。探索要素にしてもおさらい程度で、プレイヤーを悩ませるところはかなり減らしてあった。どんどんと時間軸/視点にカットを入れ、新しい武器を調達し、強敵をぶちのめしながら次のシチュエーションに突破していく。エイリアンからエイリアン2、ターミネーターからターミネーター2のそれみたいな、言わば二部作としての成立ですな。そういった性質の違いが速度を早め、プレイ時間を短くしている。これを認識、あるいは受け容れられるか否かでだいぶプレイ後の感想が変わるよね。わたしとしては、お話とシチュエーションにちゃんと整合性がとられてるおかげで、最終的に自分のなかに残った体感密度自体はRE2に勝るとも劣らないものになってる。アクション重視でありつつ、警察署や病院を探索するときのこわごわした雰囲気はバイオハザードとしての怖さを尊重した楽しさだしな。
 と、ここまで考えて思いだすのが、旧3ってバランスのよろしくない作品だったということ。たしかに元来はより多彩なシチュエーションを有していた。新聞社、薬局、時計台、公園、墓地。リメイクにあたって断片化、削除された空間は多い……んだけど、用意された演出意図やお使い要素がどうだったか、と問うなら、わたしの認識ではわりと楽しさが希薄だった。どちらかといえばプレイ時間の無理やりな引き伸ばしという面が強くはなかったかしら。道具を集めるための単純な行ったり来たり、というか。盛りこもうとしていた新要素――都市部全体を舞台としたバイオハザード、緊急回避、追跡者、ライブセクション――も噛みあいきっていなかった。それが二十年をかけて溶けあい本当の形になったんだ、という感慨深さが強い。
 そんな感じで善きの思いを連ねる一方、レジスタンスをやらなかったこともあり、高価ェよって意見には完全に同意してしまう。好きじゃないんだ、PvP。協力は好きなのだけど、他人とつっつきあうことにはそれほどの興味がない。だから、もっと安くてよかったよねって話。DLCで出せば……というのも、かなりわかる。あとはシステム上では、サブ武器の手榴弾があるにも関わらず即死攻撃への回避行動がオミットされてるのもいただけない。ロケットランチャーがM202じゃないのもいただけない(考証的に言えば焼夷ロケット弾とわかっていても)。
 でもやっぱバイオハザードの新作としては、やはりスゲー楽しかった。その空間が怖い。ゾンビが怖い。と、いうような状況は良いよね。
バイオにかぎらず、ホラゲーの魅力の軸を生活の残骸を駈けていくことにおいている。サバイバルすること、よりかお散歩が近いかな。感覚的に。どこかを歩き、探り、見てまわる行為。都市空間とか歴史感覚が扱われたメディアに眼をやるとき、「現実と地続き」なんて表現を好んで使いがちなんだけど、なんというか、現実の生活/風俗/風景が歪んだ図への執着が根っこにあるんだと思う。SIREN、サイレントヒル、零、夕闇通り探検隊、トワイライトシンドローム。世界観が好きなホラゲーを挙げると、一瞬でこの並びになるのもたぶんそういうこと。何らかの形で見知っているはずの景色が、真っ当でない理由で異化され、恐ろしいものに変わっている。そんな空間を怖気に濡れながら仮想的に歩き、感じる――という楽しさが、操作感覚と並んで重要になる。
 バイオシリーズも、当然、その一画になる。例えば一作目こそ館モノであり、造形や仕掛けは異質だったけど、舞台は現実の延長に転がっている断片の数々で構成されていた。日記や記録。小道具。それらの持ち主であったかも知れない生ける屍。人のいた、無残な形跡が残されたトポス。そういう現実の延長にあるリアリティは舞台がラクーンシティに移行することで強まり、それこそ旧2/旧3をリアルタイムでプレイした小学生の頃、芽吹きはすれど、まだ開花に遠い散策欲/探索欲を刺激されまくった。旧3の頃なんかはずっと家でおとなしくしてなきゃいけない事情があり、自転車に乗れないから友だちと遊ぶときもあまり遠くへ行けず、という閉塞的環境だったので、余計にかも知れない。RE2/3は、あの日のバイオが寄越してくれた感覚を、いまの自分に、いまのやりかたで突きつけてくれた。それだけですでに点数はつけられない作品なのかも。
RE3は細かい愛嬌が多いけど、ことUBCSの着用する装備が映画版バイオ2に登場するSTARSコスからの引用っぽいとこなんかは笑ってしまう。そもそも映画2のSTARSコスだって、バイオ1のクリスがモデル。ボケとしては二重になっているんだよな……なんか……すごい……。
Mar.05.2020
二〇二〇年ですってよ、という話を通り越して三月にぶっちぎっているにも関わらず、ログのひとつも更新しないのには道理があり、まあ個人誌出すための作業がつづいているからなんでございましたとさ。まあ、入稿したらぼちぼちなんか書きます……。あとRE3がひたすらに楽しみ……。
 Nov.14.2019
十年。十年というとまあ趣味嗜好はモチのロンとして、足の置き場が大幅に変わっていくこともあり、追いかけている小説、漫画、音楽、美術に関して好ましいと思う傾向だって、同系統ジャンルへの好みを保持していてさえ内部での評価軸が大きく違ってくるもの。そのこと自体、十年前には考えていなかったかもしれない。とはいえ、変わらず中心核にごく近いところにある好みもある。フミヨモギさんとゆー作家さんは、そのなかの一角だったりする。丸十年前のコミケで知って以来、ゆるやかに、しかし絶えず読みつづけてる作家さん。
 この度、そのヨモギさんに装画で自作を彩っていただけました。至福! つーこって新作というよかいまの自分としての手付きでリトライした、いわゆる人外というジャンルに座する作品ができたよ、というお知らせです。
「ぼく」とお花ゾンビちゃんの話。
「spirits of the dead's good dream」
「わたし」と添い寝娘ちゃんの話。
「フミンさんとオネムさん」

 他者の眼差しは、当然のことながら自分とは異なるものです。まったくと言わずともきっと半分以上は異なる。そんな誰かが、わたしのなかにだけ、わたしの思考の一瞬のなかにだけほのかな描線の存在した幻を、観測し、筆使いでかたちをあたえてくれる。自分が見ようとしていたなにか。自分に見えていた以上のなにか。自分で意識できなかったなにか。それらが渾然一体となって、現出し、迫りくることの不可思議と幸福感ったらとんでもないよね。見れば見るほど、どちらも空間感覚がすごくて、そこにある生命も、生命ならざるものも、とてもとてもラブリー。「空間」はヨモギさんを好む大きな理由のひとつなだけに、嬉しくて震えてしまう。spirits〜のマリアンヌが見上げる、セコイア・デンドロンがそびえる夜空。フミンさん〜の娼館マリネラが建つ鉱石じみた街角の奇妙な高低差と、夜の奥へ伸びていく街の広がり。異なる眼差し(アングル)こころ(ペイント)で描かれながら、わたしがたまに夢に見る景色の、現実を真似ながら誇張されてたり表徴以外が削ぎ落とされてたりする奥行きに、どこか通じるものを見いだせる遠近感をもつから、見ていて不思議な郷愁がやってくる。恐ろしく素敵な絵ですわって心底思う。この心地に近い何かが読み手(あなた)に届いたら、あるいは読み手(あなた)がわたしの知らない何らかの心地を抱いてくれたらいいな、とも思う。
 眼差しの差異に関しては、自分に対しても言えるのかも。両方ともにベースとなった話を書いたのは何年も前……たぶん七、八年経ってるんじゃないか。フミンさん〜のベースとなったのを書いたとき、ヨモギさんのイラストにLOVE...の意匠を求めたり。なんとなしに書いたspirits〜をヨモギさんが気に入ってくださったり。斯様な流れから今回のコラボレートとなったとの次第があり、せっかくだから素敵な描線に見合う話にしたい……と思いリトライしたのだけど、当時とは眼差しに生じる色と距離感が全然違って驚いた。それも当たり前で、精神性でも手際でも当時とは大きな断絶がある。色恋やら、電脳軍事探偵やら、思いがけず通過してきたことがメルクマールとなる前の、若さよか幼さと呼ぶべきもので描かれているから、まあそりゃそうよね、なんて。そうした隔たりのむこうにある薄らぎやすい願いとか幻を、かき消えるものにしたくないな、との思いも見つけながら、いま一度自分も描線を重ねたのでした。それによってより愛らしく、よりあたたかな体温をもったものにできたんじゃないかな、なんて。
いやー、しっかしねー、もー、いざページに絵を埋めこんだらめちゃくちゃかっこよくて超びっくりしたよね(いきなりフランクになる語調)。腰抜けかけた。そして一旦アップロード作業を中座して転倒した(胡座組んでやってたので足が痺れてた)。フミンさんは鉱石調の危なっかしい大構造物もそうだし、ネオンサイン灯の飾りがさり気なくペンギンなのとか、湿気のある生活感をかもしだす色合いとか、まじまじと見てしまう。spirits〜は壊れた時計にからみつく蔦やお花と細かい意匠の拾い上げが美しくって。あとレトリックでもなんでもなく、運がいいと見れる夢のそれみたいでなぁ……。なんかもう何もかもスゲーので、マジ見てください。頼んだ。タノモーッ。と、絵をいただいたときにことばにできなかったものをことばとしておくのでありましたとさ。
買ったり。
 笑う大天使1〜2/川原泉
 北野勇作どうぶつ図鑑1〜6/北野勇作
 昔、火星のあった場所/北野勇作
 黄金列車/佐藤亜紀
 江戸の博物学者たち/杉本つとむ
 地獄に落ちた者ディルヴィシュ/ロジャー・ゼラズニイ
 変幻の地のディルヴィシュ/ロジャー・ゼラズニイ
 空電の姫君1/冬目景
 大ダーク1/林田球
 明治大正昭和 不良少女伝―莫連女と少女ギャング団/平山亜佐子
 夜の声/W・H・ホジスン
 わざと忌み家を建てて棲む/三津田信三
 忘れられた日本人/宮本常一
 パロール・ジュレと魔法の冒険/吉田篤弘
 ドロヘドロが終わり見えないのに疲れて一旦途中退場したくせに大ダーク買っちゃったんだけど、いや面白い。スプラッタノリで命のやり取りがありつつ呑気で緊張感がないのが面白すぎて何回も読んでしまう。火がついてボーボー燃えてる主人公のザハくんが慌てて走り回り、引火した他の人がどんどんボーボー焼け死んでくシーンとかめっちゃ笑ってしまった。赤塚不二夫時空。すごい勢いで命を狙われるし暴力的な人々がわんさかでてくるし、ザハくんがめざす最終目的も誰かを殺すことなのに、やってるのはステポテチーンなのんびり珍道中なのすごいな……。めちゃくちゃに強い人たちが妙に仲良く楽しそうに生活してるところもドロヘドロから変わらずって感じで嬉しい。ドロヘドロもなんだかんだでラストが気になっているし、月二冊くらいで買い直していこうかしら……。
 Oct.12.2019
飲むとひたすらウフウフ笑う以外なんにもできんくなるから禁酒してるんだけど、久々にほどほどに飲むと多幸感がすごい。そして幼児退行して甘ったれる感じになるのを再確認したので、なんかそれを自分で自分に突きつけるのヤだしまた禁酒しようと誓った。
買ったり。
 女学校と女学生/稲垣恭子
 怪奇探偵小説傑作選 青蛙堂鬼談 岡本綺堂集/岡本綺堂
 ウィッチャー1 エルフの血脈/アンドレイ・サプコフスキ
 ワールド・インシュランス1〜3/柴田勝家
 大潮の道/マイケル・スワンウィック
 聖痕/筒井康隆
 世にも奇妙な人体実験の歴史/トレヴァー・ノートン
 女学生の系譜 彩色される明治/本田和子
 どこの家にも怖いものはいる/三津田信三
 禍家/三津田信三
 異形コレクション 変身/アンソロジー
 なんとなく寄った古本屋で岡本綺堂集を買えたの嬉しかった。これと同シリーズの横溝正史集がめちゃくちゃ良くて、ずっと欲しいとは思いつつ通販で買うほどでもないとの距離感だっただけに。綺堂作品自体はほかでちょっと読んだことはあるにせよ、青蛙堂鬼談はお初。面白いし、噺家のようでいて端正な文体のはしばしからこぼれでる冷たい気配みたいなものが心地良い……この達意にちょっと倣っていきたい。異形コレクションは見つけるたびにチマチマ買ってて、それも積もり積もって気づけばシリーズのちょうど半分はそろってた。願わくば、これに収録されてきた飛鳥部作品がどこかで短編集にまとまればー……みたいな気持ちがあるんだけど、まあ無理そうよな。飛鳥部さん自身、久しく作品を発表してないし。著作もアマゾンでことごとく高額転売の憂きめにあってるし。なんとも言えず悲しい話でございます。
 柴田勝家のワールド・インシュランスは、SF設定を乗せてやるマスターキートンという発想の勝利……と言えればよかったんだけど一巻を読んだかぎりでは想像の五分の一くらいの薄さで拍子抜け。サラッとしすぎているのだよな。第一巻では「超高額保険をかけられた瞳」との謎を用意して、その瞳の保持者である少女を守るための奔走が描かれる。けど、設定や描写、考証が凝っているような作りには特になってない。ひとつの軸=謎を用意し、その周りに普通のエンタメ要素、言ってみればアクション映画に順当な物事を配置していく作りは肩の力が抜けてて語り口も軽妙なんだけど、軽妙なだけで終わってしまってるのは、小説としてちょっと味気ない。逃避行/調査/対策/解決がポンポンポンポン、とアクション映画によくある流れで進み、解決していくことで、本当にサラッと終わる。保険引受人という主人公だけあって、被保険者状況を利用した嫌がらせで敵の足を引っ張ろうとしたりはするけど、それも面白おかしい方向に踏み外す手前で留まり、読んでて抑制の一語が頭に浮かんできてしまい、もっと踏み外したステップで奇矯な踊りを見せてくれ……頼む……という気持ちがそこそこ。もちろん、つまらなくはないんだけど、本編は二三〇ページくらいあるわけだし、そのなかでもっと近未来らしい、一歩だけ先のガジェットや嘘に振り回されたかったな。一巻だから遠慮してる、ということだと良いんだけど。同じように非物的な武器でもって敵の足を引っ張る戦いでは、冲方丁がマルドゥックの短編にて銃撃戦と並行してやったやつが面白かった、と連想したり。手出しできない場所にいる主人公と被保護者を突っつくための手段。逃げこんでるホテルの権利だかを入手して「そこは訓練場である」との法的基準を満たすことにより、襲撃を仕掛けてくる、みたいな。期待をかけていいものか、ちょっとひるみつつ二巻を楽しみにはしてる……寿命投資基金でディストピア化したルーマニアなる設定は、かなり胸に来るものがあるだけに。
 あとは先だって怪談のテープ起こしを読んだ流れから、三津田さんが作者と目されている忌録も読み、ちょっと三津田ブーム来てる。三津田モキュメントブームというか。忌録は作者の手癖スゲーッ(三津田パロとすれば真似ウメーッ)という感じで、もう笑ったよね。幼児の行方不明事件をめぐる資料群がほのめかすもの。最後に仕掛けてある読者にむけたトラップ。そこら辺はもう怪談のテープ起こしから直結してくるもので、いいタイミングで読んだなと思う。三津田さんがいつもやってることに近しくも、商業ベースにおくと怒られそうで、しかしいざやると超楽しい、電書でやったろ、みたいな文脈を感じたり。怪談のテープ起こしにしても、枠物語を上手にハックしてるの楽しい。奥行き不透明な奇っ怪さに間接的に触れていく話から、幽霊譚のクロスするサイコ・スリラー、都市伝説風ホラーなどなどの形態でフラグをガンガンたててく実話風ホラーを積み木のようにカツカツと積み重ねいった果てに、媒介を有した物語としてひとつの形に引き絞り、シフト式暗号(形式そのものは本当にごく単純なシフト式暗号)による呪詛的最後っ屁をかます。そのスタイルの恰好良いこと。暗号自体はおまえに呪いをかけたからな、という露骨な指差しでかなり笑っちゃった。スタッフロールとサービスを兼ねるいい塩梅のしょーもなさ。
 なんだろう、三津田作品の楽しさは、見るなのタブー的というか。解決や理解を試みることで禁忌を犯し、ドツボにはめられる読み味に心地良さがある。分断された文脈に意味をあたえ、つなぎあわせる。人間を人間たらしめてる想像という機能。怖気というこれから起こることへの予期。それらを読者の心中で運用させるし、状況によっては、読者が想像・想定しうる「他者への差別的な認識」まで薄っすらこみにして励起させるのが面白厭ン(これは三津田作品の可能性がある忌録にしても)。この感覚はたぶんブラボや、ブラボのバックに感覚援用として直接的語彙を使わずに控えているクトゥルフ神話にも通じているものだよな。作りにせよ、楽しみかたにせよ。認識することで理解しなくていいこと、理解しても糸の口の見えないことを理解し、それによる忌避感や怖気で正気を乱し、生じた揺籃を楽しむ、というような……。その揺籃にしても、ほとんど抜けるところは抜いたあとのジェンガみたいな、ギリギリ崩落を免れているところで止めてく手つきがヤらしくて良い。かつ、たまにそれを思い切り蹴っ飛ばしたりするし。実話風の作りとしては小野不由美の残穢なんかがありつつ、書き手としての性質が映像的であり、闇を手にこびりつかせてあり、這い寄る怪奇現象の鬱陶しさもネトッとしたものを秘めてるのが、なんとも堪らず。ドキドキしちゃう。昔読んだ刀城言耶シリーズがそこまで合わなくてつまみ読み程度に留まってたけど、これからガンガン読んでいきたい。現役作家、それもコンスタントに本を出すハマれるのはいいこと故。そしていまはこの流れからどこの家にも怖いものはいるを読んでいる。戸建ての家に潜む何かをめぐる最初のエピソードからして、嫌なほのめかしの塩梅がよく、民俗学的なルールづけがうかがえて楽しい……。
三津田さんのツイッター垢を見たらからかい上手の高木さんにドハマりしててめちゃくちゃ笑ったな。意外すぎる……。
この日記を書き終えてどこの家にも怖いものはいる読み読みに戻ったはいいけど、今現在は台風一九号のまっただなかにあって雨風の音がすごいから、なんかもう本から伝う怖気も一段とって感じ。感覚はたやすくひずむ。そこから恐れにディストーションがかかる。京極堂シリーズにおける呪詛の認識と心理的効果というものがすごい好き(中二ハート)なんだけど、それに通じる体感が色濃い。人間の心とはげに誤認識しやすきものよ……。
 鬱ウェーブ来てるときの体感とか、いろいろ書けようことも多いが、まあ特に意味もなく長くなるので省略。
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