過去ログリスト
 古くなったログはどんどんしまっちゃうので、なんかの単語を見てグーグルとか外部リンクから飛んできた場合はリンク元から確認できる当該日付を探してくだされ。
2017.09-12
2018.01-032018.04-062018.07-092018.10-12
2019.01-032019.04-062019.07-092019.10-11
2020.03
2021.032021.5-62021.07-082021.12-2022.12
 Feb.6.2025 / Web clap
なんかいろいろワーーーーーッてなってるところに風邪を引き、静かめに生活している今日この頃。おまえいっつも風邪引いてんな! ひいてます……。そういうことで体力が落ちるとすぐ眠くなるし、なんかやっても得することないから、デジタルデトックスも兼ねて瞑目中。そんなことやってたら寝て起きてまたすぐ寝て、一度も外出せず……というので二回くらい休みが潰れた。先だって。破滅的。
ちょっぴり利便性を、と思ってログページにもweb拍手をくっつけてみることにした。この形式のサイトにしてから十年以上経つのに今更?! いや、まあ、気づいたときにやるのが大事だと思うので……。
拍手にお返事。
 >>HK15さん
 どうもどうも、読んでくだすって感謝ッ。
 美意識を反映できてるかはさておき、伍藤っぽい内容にはなってるのかなーとは思います。
 そこそこの文字数使って何が何だかよくわからんアレではあるものの、やりたいこと自体は当代風に寄せた超伝奇に落ち着くんかなァ(疑問形やめな)。もうちょっと細かく言うと、ハーカウェイとか古川日出男とかがやるような年代記めいた長い戦いを、超伝奇の色で、下手っぴなりにやれたらって考えてます。真っ当に付き合った日には、アホちゃうかこいつ、と言いたくなるようなの。
 まあ、アレですね。本格的に動くまでは、あっそ、ふ〜ん、というくらいの感じでお待ちくだされ。いまはまだ全然イキフン皆無ですが、うまくいけばニュルッとでてくると思うのでね。嘘っこ冷戦史っぽさとか。ベトナム戦争超伝奇バイオレンスとか。そういうのが。たぶんね。
GQuuuuuuX=フリクリじゃんね〜っていうキャッキャから日をおかずして、ピロウズが解散しちゃった。かなり寂しい。こないだも書いたことの繰り返しになるけど、子ども時分にオルタナ/グランジの恰好良さを教えてくれたバンドだった。同時に、はじめてこのバンド大好き!と思って自分でCDを買ったバンドで、厳しい時期の救いになってくれたバンドでもあった。まあ、ライブ参加できてたわけじゃないけど。よく聴くのは中期だけど。全然良いファンでいれはなかったのだけど。それでも、という気持ち。
 でも、メンバーが欠けることなく見送れてよかった気もする。
 どんな靴を履いてても歩けば僕の足跡、とはONE LIFEの歌詞だけど、これからもお三人さんの足跡はつづいていくもんな。それが途切れずにいてくれたら嬉しい。齢食って、もっとジジイになって、なおもロックをやっててほしい。
 最後のライブツアーに参加できてたら、というのが好きなりの悔いだな。せっかくわたしの地元にあるライブハウスもめぐってくれてたのにねー。仕事を言い訳に座視してきたが、そういうのは本当によくない。この繰り返しが人生なのかもって思っちゃった。ヤな人生だな。もうちょっと外向性を意識しなさい。ハイ……。
 Jan.24.2025 / Web clap
拍手にお返事。
 >>イワクギさん
 どうもどうも、毎度ありがとうございます。放置しまくりですが一応帰ってきました……。
 個人サイトは日々マイナー概念に後退してってますね。一時期はpixivへの不信感などを因として個人サイトが再興隆しそうな気配もチラつきましたが、気づけば雲散霧消しててさみしい限りです。みんな気軽かつ雑に作ってほしいです。ほめぱげを(死語)。
 ともあれ、イヤんならない範囲で自分に鞭を打ちつつ、またやってきたいと思います。
機動戦士Gundam GQuuuuuuXがとても面白かったという話。というよりは半分くらいフリクリの話。
 フリクリと出会ったのは発売時リアルタイムである1999年というド世紀末のことで、スタイリッシュがあんな一塊になったものを浴びたことはなく、それがまたThe Pillowsを通じたオルタナギターロック/グランジとの第四種接近遭遇ともなったものだから、このタイミングについては、まあ死ぬまで忘れないと思う。当時、まだ小学生だったわたしは面倒な事情でほぼ登校しておらず、家ですごしていた長い時間のうち、かなりの大部分を費やしてたんじゃなかろうか。何回も何回も、台辞を記憶しちゃうくらいDVDを見返してた。漢字をあんま読めずいまより語彙も知らない子どもだったので、特典リーフレットを辞書引きながら読んだ。なんなら一巻特典なんかは解説テキスト(いま思えばサブカルくさすぎる文体で解説になってない)が好きで、意味も読みとりきれてないのに写経までしてた。アニメの画面やウエダハジメによるコミカライズの模写もした。親からかっぱらったポータブルCDプレイヤーで、四六時中、サントラVol.1を聴きまくってた。
 その後も、齢を重ねるあいだにもすごい回数を見返して、続編を僭称するものにブチキレてきたので、ひとしおを通り越した思い入れがある。マッキーこと鶴巻和哉の作るものが、あらゆるアニメのなかでもっとも好きなんじゃないかな。それこそより長く触れて良くも悪くも影響を受けた庵野作品よりも。
 そういう人生バフがかかっているので、GQuuuuuuXもとんでもなく楽しかった。
 ガンダム自体は昔それなりに好きで、幼い頃からひと通り見た結果、ファースト/第08MS小隊/Gガンが大変お気に入りというぐらいのスタンス。ついでに言えば近来のはほぼノれていない。水魔女をドロップアウトして以降、Netflixへの反感もあって復讐のレクイエムさえ見れてない。それぐらいの温度感なんだけど、見てて心拍数が異様なくらいにあがっちゃった。えらい久しぶりの感覚で、こういう心地になることがまたあるんかとだいぶ驚かされた。その驚きは映像作品……というか映画に勝手に絶望して手に汗握んなくなった昨今だったから余計でもあるんだけど。
 内容は、まあ、良い意味でかなりフリクリだったな! 庵野秀明による歴史改変にしてシン・ガンダムである前半に対し、後半は鶴巻和哉によるフリクリ・ガンダム。後半だって真面目にガンダムしてる膚触りは確たるものなのだ。変質した終戦から五年を経て描出されていく算出される環境、生活、立場――どの感触もガンダムである。なのに、あまりに見知った別領域(GAINAXY...)の色調とレイアウトが援用され、一発でマッキーの絵コンテとわかる映像がずかずか展がり、楽しい絵がグリグリ動き、榎戸節のことば使いが重なるから、頭が気持ち良いパニックを起こしていた。
 考えてみれば、それこそ序盤に挿入される主人公のモノローグまでそれっぽい。
「すごいことなんてない。ただ当たり前のことしか起こらない」
「コロニー生まれのわたしたちは、本物の重力も、本物の空も知らない。もちろん、本物の海も」
 生きているその世界の、みずからを縛りつけているモノを語ることば。おそらくはマッキー&榎戸タッグのクセみたいなもの。
 そんなモノローグを唱えるマチュちゃんが、フリクリの主人公であるナオ太と同じく平穏な日常の内側でくすぶり気味なのと同時に、いつかハル子じみた大暴れ女になる可能性を秘めた女の子なのは笑った。でも、日常の重力に縛られて「すごいことなんてない」とうそぶく小学生とは違う。破天荒なSF宇宙警察破廉恥破壊魔お姉さんに手を引かれ、ほんのいっとき閉塞を飛び越え、瞬く間に過ぎ去った秋の季節とは違う。なにせ、大人と子ども――行動できるコストとむこうみずなメンタリティの中間地点にいる女子高生だし。「平穏な暮らしを偽物と感じていた」女子高生は契機ひとつで、自分のために宇宙へと、自由かもしれない無重力へとスッ飛んでいけちゃう。クランバトルの非日常へと逸脱してく流れが、ヤバい女になっていくことを充分に予期させる。それが愉快。物語の序盤も序盤とあって、出自はおろか、家族関係や身辺についても断片化された描写があるのみだから、そこらが浮かびあがって人物像の見どころが増えることさえ楽しみ。
 相棒となるシュウジくんは、といえば、ハル子の自由さとマミ美のアンニュイというダブルヒロインの厄介な部分を具え、内面の見えない男の子だったからもっと笑った。もはや、それはいいのか、と眼を疑わざるを得ない、無茶苦茶さで言えば庵野秀明のカヴァーをしのぐセルフカヴァーじゃんこんなの。そんなことがガンダムで生じるもんなのか? 生じるんだな……。
 そこに嘆かわしさとかは一切ない。自分がかつて楽しんだけど、一定段階で頭打ちの感を覚えてた宇宙世紀を未知領域へと押し広げそうで、ただただ期待だけがてんこ盛りになっていく。なにより、嬉しいのですな。愛するものを作った人自身が、再構成のなかから本当に新しいものを生みだそうとして、それを掲げる瞬間に立ち会えたのが。フリクリと同じくらい好きなれる予感。マッキーの新しい看板になる予感。それぞれが胸をどついてきたし、本放映が楽しみすぎる。
以下、雑感は折りたたみ。小ネタ笑ったよねとか、言うて良くないところもあったよねとか、そういう話のメモ。折りたたみタグってこういうときマジで便利だな! 今回は多用しちゃう。 ・マブダチ的なニュアンスとMAVという戦術をかけあわせることば遊びもこれまたマッキー&榎戸っぽいよなー。タッくん/ターミナルコアとか。あとはトップ2で特殊能力に「トップレス」の語をあたえるような。たぶんトップ2も見返すとあいつうじる部分があるんだよな……。何周かした程度なので忘れてる部分が多い。記憶力が弱い。
・モノローグも、フリクリだけでなくトップ2を見返すと(以下略)。あっちはたしかノノでなくラルクのだったような気がしなくもないけど。
・どっかにすっ飛んでった武器の軌道を予測して攻撃に転化する。クランバトルで描かれたこのトリッキーな戦いかたも、マッキーアニメっぽくてキャッキャしちゃったな。腕利きのアニメーター、すごいわかりやすいところで今石洋之や吉成曜や西尾鉄也らによってグイグイ動かされてたフリクリのアクションを、無重力へと縦横無尽に拡大し、加速度を乗せた感じ。それでいてファーストガンダム的な止めの絵で速度を可変してくる。映像としての快楽指数がかなり高い。いや見たまんまな感想だ。
・コロニー内に侵入してきたソドン強襲揚陸艦が「中央の空」という奇妙な空間にいる光景がすごいよかった。ああいう奇景を見れることにSFの視覚的意義はある。
・再解釈奇形化したMSが恰好良い。ザクの膝関節周りからスネへのシルエットやバーニア類の配置とか、もはや海外オタクが好んで描きそうなたぐいの造形。ガンダムの頭部バルカンがリファインされ、演出上、弾道の描写とともに大活躍してるのも好き。目標との交戦時、頭がグリッと背後にも動いちゃう気持ち悪さは無類。一年戦争のクライマックスで、そういうメカを用いた特殊作戦としての拠点突入をやってたのも、特殊作戦らしい特殊作戦ってあんまりガンダムで見てこなかっただけに面白かった。ただガンキャノンを四つ眼にするのはやりすぎ……。ギャグとして不愉快になるかどうか、かなり微妙なライン……。
・後半の揺さぶりに反して、前半パートはさほど面食らわない。既存シチュエーションや止め絵の引用による作劇は、言ってしまえば後半と同じく既視感を用いた愉悦としての面を持ちつつ、さほどショックがない。退屈とまでは言わないけど、まあこんな感じすかね、ギレンの野望のプレイ……っていう。それでもわたしの感じた面白みを担保していたのが「ことば」だった。庵野は前半パートに関して、兎角、ワードを散らして世界観を組み立て、ジャーゴンで状況を囲いこむ説明台辞に尽くしている。ように思う。例えば、シン・エヴでいうと「エヴァの軍事転用を禁じたヴァチカン条約違反の代物ね。陽電子砲装備の陸戦用後方支援とお付きの電力供給特化型44Bのダブル投入とは」みたいなやつ。ドラマよりディテールで攻めこむスタイル。そしてわからせる気もあんまない(コミュニケーション手段でなく見るものを殴りつけるためのことば!)。それはまあ全日本一年戦争要約選手権みたいな約三十分の仕事だから、そうなってしまわざるを得ないという面もあるのかもしれない。思えば、こうした楽しさは近作であるシン系列の後半――ウルトラマンと仮面ライダーにも共通していた。映像としては退屈でぼんやりしてしまうのに、台辞による力場が牽引してくれちゃう。それはアニメとしてちょっと不健全かな、とわたしは思うので、まあ両立してほしいよね。
・米津玄師が好きじゃない(婉曲表現)ので主題歌もヤダげー……と事前に覚悟していたけど、むしろ良い方向に作用してた。音数の多いきらめくような音が「キラキラ」の高揚感を見る側にさえ付与する。一方で、NOMELON NOLEMONと星街すいせいの挿入歌は致命的なまでに相性が悪かった。いくらか後ろに引っこませるための音響処理を貫いて、会話劇に、効果音に、よくないかぶりかたをしてしまっている。女の子がしゃべっている場面で女の子の曲を流すことの弊害。特にNOMELONはひどい。振り返ってみると、The Pillowsの曲をインスト、ボーカル曲ともに高頻度で挿入するフリクリは、奇跡的なバランスのうえにあったのだな。音のレベルをていねいに処理してたから聴き取りやすいのも当然あるだろうけど、さわお兄やんの声だから会話劇に衝突しなかったんだなって……。NOMELON好きだから、余計にウワー……と思ったのでしたとさ。
最近聴いてる音楽もろもろ。ここ半年弱、なんとはなしにデスメタルとデスコアの波が再来してた。キラキラした高BPMのよりは、重厚な低BPMが好きなのかも……と気づいてからダウンテンポ・デスコアをホーントよく聴いてる。ブリストルサウンドの好みでもあった傾向が強まってきてる。メタルに関しては、その昔、キャンドルマスとかおドゥームに軽くハマってた影響もあるのかな。
 と、いうわけでこのところのお気に入り音楽を並べていく。長いので以下折りたたみ。
 The Halo efffectは1stアルバムから引きつづき、かなりのド直球で攻めてくるメロデスで聴きやすいですな。Dark TranquilityでもVo.を張るスタンネの他、元In Frames人脈なので安定も安定の恰好良さ。それなりに昔からあるおいしい町中華のお店に行くみたいな、穏やかな気持ちになれるので好き。スタンネはこの脇でゴシックロックバンド――Cemetary Skylineもやってるし、ほどほどに振り幅を作る器用さが面白い。
 ダウンテンポ・デスコアが好きと明確に気づかせてくれたのはこのDistantだったり。何年か前、1stをはじめて聴いたときはさほどピンとこなかったんだけど、近作にいくつか触れたらだいぶ印象が変わった。ブルータリティ一辺倒の作風ではなく、より強靭に、RIFF CULTの記事からことばを借りるなら「インダストリアルな」硬質さを強めたサウンドが刺さったんだろな。テクニカルさ/エレクトロニクス/シンフォ趣味を高水準でまとまってる。一個前のアルバム、Heritageとかかなり聴きやすい。個人的には上に貼った曲がお気に入りで、シンフォなイントロから白兵戦で血みどろの剣戟を重ねるような展開が入り、それが厭味にならない。あと最新作Tsukuyomi:The Originも良し。前作よりは血みどろな風情でありつつ、人を寄せつけない極悪さよりはおたく好みする恰好良さが前にきてるように感じるのが不思議。
 全然関係ないけど、PV見るとメンバーがみんな良い人そうなのがちょっとオモロい。あとどことなくオタクっぽい。いまは販売終了しちゃったみたいだけど、Torturous Symphony配信記念っぽいロンTとか、R-18Gかわよイラストってな風合いのアートを貼っつけててマジで良かった。ほかにもベルセルクmeetsセラムン風Tシャツとか。
 いまライブで見てみたい数少ないバンドのひとつ。ボーカルの人はたまに日本に遊びに来たりしてるみたいなので(インスタに載ってた)、そのノリでどうかひとつ……。
 The Last Ten Seconds of Lifeはもうただただブルータル・ドツキ=アイな曲が欲しいときに聴いてるやつ。オタク的なものとは違う、やったらめったらにオトコ臭いサウンドが気持ち良い。ある意味ではThe Halo Effectと同じように、ストレートなものを聴きたい気持ちを思い切り蹴っ飛ばしてくれるやつなのですね。
 Humanity's Last Breathは、メタルに限って言えばここ十年くらいでもっとも激ハマりしてるかも。つべでBlood SpilledLabyrinthianをはじめて聴いたときに一発でやられ、バンド体制を確立してからのアルバム三作品をすぐさま買っちゃった。どれも最高なのだけど、こと現状最新アルバムであるAshenは聴いてるだけで背筋が総毛だつ。黙示録を奏であげる手腕が驚異そのもの。正気を打ち砕かんばかりのブラストビートとダウンチューニングした暴虐ギター、そして悪魔的というよりは神話的なデス声の背後で、禍々しい音響の奥行きが、どうにかしてる音圧で渦巻き、あまりにも最高なのですね。暴力というか、邪悪。そして死。これこそ本物のSEAKAI NO OWARI。
 アルバム全曲好きなのだけど、特にお気に入りなのがInstill。ブルガリア民謡風のクワイアを背景色とすることで得た、シンフォメタルとも異なるエキゾチックな重みが超絶恰好良い。デス、ブラック、シンフォの良いとこどり。Bloodborneのサントラと通ずる不穏さを大量に抱えこんでるから、そういう面でも好みにバッチリハマったのかもしれんな。ジャケットも再誕者の降臨っぽいし。ちなみに調べたら、過去にダークな世界観のネトゲでサントラ仕事をしてたようで、それっぽいテイストもちょっと納得。
 四月には初の来日公演が控えてて、これも楽しみ。ハマってうわー来日しないかなーとか言ってた一、二ヶ月後にいきなり来日情報が飛びこんできたときには本気でビビった。啓示か? 啓示です。即限定チケット予約しました。ありがとう。
 最後に来て唐突に流れをぶった切ってTHIS TIMEをおいておく。しばらく前、仕事中(CD屋というじき消失するであろう虚業についているのです)に大昔のサンプルCDを漁ってるときに見つけてハマったやつ。温度差がすごい。90年代から00年代にかけて子ども時代を過ごしたからか、どうもバブリィ、トレンディの残響としてのJPOPに弱いんだよな。マスに消費行為を求める価値観。それに突き動かされていた文化。まだギリで凋落を知らない時代。醜さも多々塗りこめられていた世紀末ではあったにしても、本当に時代のうわべでしかないとはわかっていても、まだ残されていた賑々しさと多幸感が好きだった。こういう男女デュオって特にそういうものを感じる。カズンなんかもそう。まあなんだ、個人的にはシティポップというノスタルジーの彼方にあるものとして聴いている。
 どういう聴きかただよ。
 と、おおむねCentury MediaとUnique Leaderの周辺をグルグルして、SLAM WORLDWIDEも聴いてるような感じ。ここらのつべチャンネルで新着動画を流してると、放っておいてもなにかしら発見があるので楽しいのだこれが。
つらつら考えてたら、高校生くらいのときはDragon Forceを聴きまくってたことを思いだした。ちょうどInhuman Rampageがリリースされたのと、ゲーム音楽っぽいメタルにハマっていた時期。悪魔城ドラキュラっぽいからって理由でMoi dix Moisとか、同系のV系バンドをよく聞いてたのもこの頃か。ゴシック/シンフォス/ピードメタルの複合に弱く、The Prophetって曲とかたまらんかったのだわな。懐かしい……。
書いてるものを全然載せないテキストサイトってのもどうなんでしょうね。どうなんだろうとは思うけど、まあ分量が微妙、かつ載せられるだけの区切りがついてないから載せられないのが実情にございます。つねに何かを書いてはいるが、それがかなり先に書くだろう部分の調整を気晴らしにやってるようなていたらくだから、そりゃねェ……。
 そんなことボヤきつつお試し版を載せてみるアレ。
 べつだん新規でhtml組むほどのもんでもない。たぶん本格的に載せてくとしたらカクヨムかなろうだし。けど日記ページに置くにしては、新書30p分くらいとそこそこ長い。そんななんで折りたたんでおきます。また折りたたんでる! ちなみに手直し前提の内容なので、誤脱とか変な部分は多分にある。気がする。
骸燭都市TOKYO:Arc1=dnim(お試し版)  Arc1:dnim


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 どこまでもつづく暗がりは、あたしが寝起き気分でよたつくのを抜きにしても窮屈に見えた。病院風の廊下はベンチやら手すりやらのお気づかい精神(ホスピタリティ)を取っ払い、曲がり角ばかりめだつ構造を、不気味な圧力で満たしていた。空調のうなりに加圧された静けさは膚を押さえつけんばかり。低輝度の常夜灯はどれも間遠くて、ちっとも闇を明かせない。
 どこまで来たかの見当なんてとっくに狂わされてるし、まして出口がどこかなんてさっぱりだ。まだまだ悪夢の延長線上にいるってことなのかね。
「こっちにくる二人一組なんだが」
 と、不意に背後から男の声に耳打ちされ、
「前衛の始末はおたくにまかせても……」
 いきなり云われて動けるなんてレアケースだ。さいわい、あたしは動ける側だけど。
 間もなく、重い靴音が闇を揺るがした。これを合図にして、こめかみの裏側ではなかば無意識な警戒心の火花が散るものだから、小さなため息をこぼしてしまった。五官に経験則が流れこみ、想像力の炸薬を化合して、次なる行動の発火に身体を備えさせた。それはつまりは暴力の予感。角を曲がりくる歩哨を迎えてやろうと、あたしは大股で踏みだした。
 ネコ科猛獣(フェリダエ)さながらに夜気をまとう。
 リノリュウム張りを踏む音までごく密やかだ。
 視野のまんなかに、土偶のようにまるまっちい重武装のシルエットをとらえた。急激に高まる心拍が胸から分離して意識を加速させた。
 気配を隠しきれず、懐中電灯の光芒に探られてもそれはそれだ。あたしは黒い流体となりきった足つきで闇に身を翻した。見咎められた時間は半秒にも満たない。非常ベルの赤光だけが膚をなぞるあいだも、第六感は絶えず脳神経を発火させていた。想像しつくした可能性の枝分かれから、最適な足さばきを選びぬき、不規則なジグザグ軌道で視線を切り刻み、十メートル近い間合いを一気に半分まで切りつめた。猛獣じみてシンプルな不意打ちは動揺を誘った。ただし、むこうもこの道(・・・)のプロだ。制止しようとする手がむいたと思えば、泥沼でもがくようにねばついた圧迫感に勢いを削がれた。
 いましも身体中を押しとどめようとする感触の正体は、遠隔動力(テレキネシス)だろう。あたしをこんなとこに押しこみやがった連中が定義する、異数転換戦闘術(アノ=マニューヴァ)とやらの一種だ。
 まっこうからかまう義理はない。あたしは掌中の重みをブン投げ、高貴な金管楽器めいた直線形の、優美なまでの円運動で歩哨の腕を打ちすえた。障壁がほどけるや、唖然とした表情が丸見えの間合いに踏みこんだ。前のめりな勢いを跳躍、そして回転の原動力に変えて、ばたり、とスカートの悲鳴とともに脚をたくみにしならせた。
「んにょらッ」
 と、猫のような掛け声で飛び廻し蹴り(グラン・フェッテ・ソテ)をくりだす。狙いはごく浅めに、われながら精確に顎先のほんの数ミリを蹴り抜いた。
 あたしは減速していく感覚のなかで着地し、
「一丁あがり。ぐっすりお寝んねしィよ」
 昏倒した図体を受け止めてやろうとしたが、外見よりも重くてへたりこんでしまった。全身を包むもこもこした防護パッドはもろ頑丈そうで、撃ちあい、殴りあいをするなら脅威そのもの。だからって本気で息の根をとめにかかるのも気乗りしない。そんな気分を優先できるくらいには運動神経が戻ってるようで、ちょっぴり安心した。
 うかがいをたてるように、こつり、とブーツの踵を叩くのはさっきブン投げた金管だ。夜明けのオクターヴ。大仰なお名前のついた得物を拾いあげ、革の負い紐(スリング)を腕にからめた。鉄と木からなる造作はずっしりするくせに、なぜだか持ち重りせず、強く握ると手首にわだかまる手錠の触覚的残響が失せた。これもまた安堵のなせるわざなんだろう。あたしがあたしたる膚触りがよみがえるにつれて、身体は軽くなる。
 と、背後で弾ける風音に、ついと振りあおいだ。男はいつ歩み寄ったのか、眉間に小難しげなしわを刻みつけて、差し伸ばそうとしてためらった掌を睨んでいた。その肩に担ぐのは歩哨の片割れだ。はじめの宣言通りにやっつけたらしい。
「手を貸す暇もなかったな」
 男は残念そうに云ながら、おろした荷物からあたしの獲物の手首まで、順々と結束バンド(タイラップ)をかけていく。手慣れている一方で、なんだか妙に気遣わしげだ。
「お気持ちはサンキューちゃん」
 と、あたしは自信満々のVサインを顎にあて、
「あたしの必殺技、ご覧になった? 細かく云うと上段強キックベースなんだけど」
 男は戸惑い気味にうなずいて、
「ああ、景気のよろしいこと。感心でござるよ」
「でしょ。久々にやったけどうまいことキマるもんだわ。自分でも驚き桃の木」
「さっきまでのフラフラ千鳥足はなんだったのか」
 呆れの比重を増やす口舌に乗る日本語は流暢だが、外人ぽさ(エキゾチズム)から逃れられない。同質性を好むこの国にあって、ほの明かりのなかでも白人とわかる顔だちは違和の塊だ。恐れがない振る舞いもそう。それがあたしの同類のように思えた。
「瞬発力は誰にも負けへんのでござるよ」
 とあたしは口ぶりを真似て、
「へたりこんで云うこっちゃないけど、無理してでも見せ場作った甲斐ありだ。せっかくだからお手々を拝借っと」
 男を支えにして身を起こした拍子、あやふやな平衡感覚で一、二歩とたたらを踏み、なんとかこらえた。男は思わしげに見返すと、ほのかな苦笑ごとそっぽをむいた。それから指抜きの革手袋に包んだ指の節を鳴らし、MA‐1ジャケットの袖をまくって云う。
「少なくとも、懸念事項はとっ払えてよかった」
「とおっしゃると」
「ちらっと疑わしい気持ちになったのでござるよ。おいらとは無関係の世界に生きてる、ごく普通のお嬢さんなんじゃないかって」
「そゆ云いかたされっと無関係でいたくなんね」
「否めん。さて、おしゃべりはまた後ほど。警備の動線が途切れたのがバレたら面倒でござるよ。手札をうまく切っても、敵地のまっただなかじゃ一瞬でまくられる」
 状況が状況だ。たかが一、二分の足止めだろうと惜しむ気持ちはわかった。まったくもってごもっとも、と本心から云いかけて震えに阻まれた。調子に乗った報いにせりあがるチョビ反吐(ゲロ)を飲みくだし、胸を抱えこむような腕組で腹中からの波状攻撃に耐えた。
 あたしはあがってくる吐き気をこらえ、
「ご、ごめんだけど、ちょい気分悪くなっれひらかもひれへん」
「走りながら吐けるかい」
 と男がポッケから引っ張りだしたのは、しわしわのレジ袋だった。声色こそ気遣わしいけどご無体すぎる。あたしはとりあえず受け取り、
「さっきの気遣いどこいったのォ……。ちっとくらい優しくしてっての、フラフラはフラフラで頭んなかに残ってんだから」
「おたく、間が悪いのでござるよ」
 面倒くさそうに云われちゃ返すことばもない。
 腹をさすって歩きだすと、行く手に落ちた闇がまたぞろ重く感じられた。眼醒めきらない脳神経は騙くらかされ、喩えとしても、現実認識としても見通しがきかなくなる。しかも、逃げ道を案内してくれるのが、隣りにいる助けに来たと云い張る男ただ一人ときた。どちらさんかもまだ訊いてないんだから、信頼をおいていいかはちょっと微妙な線だ。
 なんでこないなってんねやろ。
 なんで、なんで、なんで――問いかけて回答(こたえ)がないのはいつものことではある。
 とすれば、どんな態度をとるかもまた同じ。
 手がかりに行き当たるまで足を進めてるまでだ。あたしは、困ったときにはいつだってそうしてきた。もっとも、そうしてきたからお先真っ暗な陥穽(ドツボ)にはまりもするんだけど。


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 物事は定義によってはじまる。
 たとえば、光輝よあれかし(フィーアト・ルクス)のひとことが、世界の序開きとなるようにだ。
 時は一九八四年十一月。
 時刻は午後九時まであと十分。
 そこは東京都港区、品川駅界隈だ。
 都下二一区をして臨海三区とする分別のなかでも、品川区と港区は貧しい生活者が多い。だからか、十一月の雨に濡れた雑踏では、いじけた靴音が通奏低音となっていた。
 路傍の薄暗がりでは、にじんだ憂いをねぶりたがる亡霊がたなびく下水のにおいに乗り、ねじけて白々としたた笑みで道行く人々をついてまわっていた。しかしそいつらはとりつくどころか、誰かの背にすがれもしない。ときたま不思議と力強い靴音が雑踏を貫き、生気のスタッカートで瘴気を退けるからだ。誰が意図するでもない。つい一年前まで、この街には見られなかった、自然のなりゆきを超えた浄化作用だ。そんな拮抗のざわめきを繰り返してやまない街並みの、帰路につく黒山の乗客でごった返した国鉄東口から三区廓(ブロック)むこう、繁華街のはしに、古めかしいビルが座していた。雨水で暗く染まった壁の薄汚れた看板には、品川第二配給食堂の字が照った。
 地下一階、三百人を収容できる食堂は静まり返っていた。めだつ客は、すみの席で居眠りしている大女くらいだ。その卓上ではアルマイト食器からのぼる湯気が、夕餉をやりすごしたあとの静寂に揺れていた。女はおもむろに顔をあげ、窮屈そうにうめいた。やすりのような悪寒に背をこすられ、垂れ眼の奥にある蜂蜜色の瞳がすくんだ。
「ヴえァあッ」
 と、ドラ猫のようなあえぎが咽喉(のど)の底をこすった。
 眼窩の奥に明と暗がきしむ。
 調理場の奥からあふれてくる湯気が、蛍光灯の光で青白く濁った配給食堂。
 暗くとざされて、青いタイル張りの目地に水っぽい生臭さがしみた地下室。
 二重写しのネガがちらついた。それは日頃から世話になってきた景色と、いつか見た気はしてもなじみのない薄闇で、においも湿度も、まして明暗も両極だった。そのくせ、こちらこそが現実だと神経を引きあっていた。
 正気の手綱がゆるんで叫びそうになるのを、焦点をさだめていく意識が押し留めた。天井で明滅する蛍光灯に眼がちかちかした。夢の残像だ。いそがしさに刻みつけられた疲労困憊のみぞを、猛烈な眠気がなぞっているらしい。蛍光灯の光はまもなく落ち着いた。照れくさげな鼻息を洩らすと、お子ちゃまじゃあるまいし、と苦笑した。頭を大きく振れば、つややかな黒髪のウルフカットに潜む尼削ぎ(ヒメカット)の房が、オリーヴ色の頬を張った。
 女の名前はジェイ。
 それは当然、本名ではない。姓名を切りつめて自称しているが、全部あわせて五文字の漢字よりよほど似合った。なにせ見かけからして日本人――じつはこれも自称だが――離れして、野趣の彫刻刀で削りだしたようだった。
 齢の頃はおよそ三十前。美貌に類する顔つきを、底光りする眼が、堅気らしからぬものにした。黒シャツに包んだ筋骨の厚みはしなやかで、膚のうえには無数の入れ墨が、ヒエロニムス・ボスの描く地獄さながらにわちゃちゃと元気いっぱいにからみつく。まくった袖から伸びる腕では絵柄と幾条もの傷痕と混じって、荒っぽい過去を透かしていた。はなはだしきはあけすけにひらく胸倉だ。ブラで飼いならした砲弾型のセクシャル・ダイナマイトで、シルクの生地をぱつぱつに張らせていた。どっし、と主張している重みの、谷間に走る切創さえもなんとも誇らしげではないか。その持ち主である体躯とくれば、直立したら一八〇センチを越え、大台まではあと三センチというところ。
 さながら肉食動物の擬人化だ。かわいらしく振る舞いたがっても、ところどころがやけに頑丈そう。そんな風采を良識の秤にかけると、柄の悪さに傾くが、結局は喜怒哀楽が野放図な表情筋と眼つきで、のほほのほん、と険を削いでいた。
 いつでもどこでも場違い。
 しかし、なんとはなしに溶けこんじゃう女。
 隙間にぴったりはまる異邦人(ストレンジア)として、ジェイは暗がりを生き抜いてきた。さすがにいまは夢の後味に翻弄されて、やり手らしい精彩を欠くけれど。
 はわ、とあくびで睡魔を押しのけた。お盆のうえでは高蛋白シチューがぬるまっていた。一気食いするなら食べ頃だ。このタイミングを見送ると、今度は消化器にこたえるコッテリした軟泥になってしまう。濃すぎる味つけも高カロリーも気にせず、日々、これでもかとパクついてきたから完食の作法は知りつくしているのに、食欲は鳴りを潜めたままだ。先割れスプーンでかきまわしてみる音だけが、からからり、と能動的に響いた。
 備えつけのテレビに眼をやれば、くすんだ走査線が八チャンネルを照らしだす。
 逸見政孝が社会のうわずみを語る。ゆるやかに決裂した日米エネルギー資源会談。特別防備自衛隊による羽田護岸保安ラインでの演習。導入された最新型戦闘車両。おもしろくもない世事が、けだるい無関心の表面をすべり落ちた。
 ニュースを聞き流す。人の会話を聞き耳をたてる。タダ飯を食う。食堂ですごす時間は、一時期から生活サイクルに組みこんでからこちら、デ・ジャ・ヴュに見舞われるくらいに繰り返してきた。多いと週に六日は顔をだした。公営の印が捺された給食制度は、クオリティに眼をつむれば惜しみない。あらゆる公共掲示板を飾るチラシが告げるように、数多の特定被災者を中心として、成金の世にそっぽをむかれても、家がなくても、誰であれ利用できるのだから。ムカつくところもあるけれどものは使いようだ。
 出入り自由だから、これまでのごく胡乱な生活の足がかりにもなってくれた。それはつまるところ隠秘学(オカルト)探偵と云えよう生活の、だ。
 声を大にできたものでもないが、ジェイは尋常ならざるトラブルの解決が大得意だ。まともに触れがたく解釈をさだめがたい脅威。ラテン語の秘されたもの(オクルトス)を由来として、ごく非公然なくせに人のそばで厄介な影を落とすもの。ジェイの眼はその範疇におさまる亡霊やらなにやら、曲禍霊(まがつひ)、と同業者が呼ぶところの忌まわしい存在を見さだめられた。それこそ辻にたたずむちょっとやそっとなら楽勝で追い払える。
 はじめてそうした日のことはよく憶えていた。
 かれこれ一年半ほど前、二一区にやってきてすぐのことだった。
 夕刻の都立家政でのことだ。先触れとなったのは黄ばんだ渦をはらむ辻風で、誘蛾灯のまたたくコンビニから、季節はずれの風鈴をさげた家の軒、人の行きかう踏切と順々にけぶらせていた。排ガスにしては長く留まりすぎる。汚らしく湿った色みに好奇の眼をこらすと、それは灰状のちりの群れだった。這うように流れる渦が腕をかすめたとたん、ジェイの背は鳥膚(さぶいぼ)にまみれた。その手触りときたら、硬直した屍体の指先という工合だった。
 眉をひそめるあいだも、薄片は踏切上で交差する街灯の光に吹きだまり、おぼろげな人影を脹らませた。誰もが気づかずすり抜け、直感が働けば脇へよけた。へたな似顔絵をかき混ぜたような眼鼻やら、本数も節の数もおかしな指やら、間延びした声なき声やら――好ましからざるチグハグこそが曲禍霊だった。見かけに胸はざわつくが、さほど興味をそそられるものでもない。ただ、害意があると話は別だ。人足が絶えた一瞬のうちに、セーラー服姿の小娘が通りかかってしまった。横眼をやってしまった。
 見るものは見られもする。些細な条理に則って、致命的なちょっかいをだす。大きな震えが足を止め、けたたましい警報の音と遮断器が降りてもまだ線路上にいた。通行人が呼びかけても青ざめた丸顔には届いていない。
 わずかな境界(さかい)が即席の異界に勾引(かどわ)かしている。
 ジェイは気づくと同時に遮断器をくぐっていた。小さな肩を力ずくで抱え、恨みがましく追いすがる亡霊に睥睨(メンチ)を切った。御国と力と栄えはかぎりなく。鞭打つように口をついた響きは覿面で、ゆがんだ像はよろめきざまの尻もちで砕け、踏切の外で電車を見送ったあとにはかけらも残さないのだから呆気ない。半べそで頭をさげる小娘をくしゃくしゃになで、おばけなんてないさを口ずさむ去り際だけが、そこそこに爽快だった。
 癖がついてしまったのだろう。この日からいくつもの曲禍霊を感受するようになった。路地裏に揺れる顔。宙から見おろす眼。背につきまとう足音。地場をもどくあれやこれやの原因は、一千万都市が根をはる黒く濁った脈にあるそうだ。
 人いわく、地球にはつねに生命エネルギーがめぐる。陰と陽、もしくは正と負からなるうねりの経路は大から小まで数知れず、密度の高い土地は人類史において繁栄の座として好まれてきた。これを隠秘学(オカルト)で龍脈と呼ぶ。東京という都市こそ、龍脈を都市計画の枠で囲い、恵まれた構造体とした結果なのだ。
 しかし、脈とは捕らえたそばからよどみだす。都市に息づいた人の思念は砂の粒よりも多く、絶えず脈の底に沈む。そうして堆積した負の念が生命エネルギーとやらに入り交じって曲禍霊となり、かさを増した形而上の汚泥としてあふれると、怪事件のもととなる。人さえいれば魔性にこと欠かず、大都市となればいよいよもってというわけだ。
 もっともらしいお題目だが、頭上に乗っかったのはごく最近だった。前に組んでいた相棒の受け売りだから持論でさえない。
 適当もいいところでもたびたびお声がかかった。自認する理由は最迅速でごきげんなところ。内情はといえばもっと単純で、余人のいやがるトラブルを看過(みす)ごせなくて、わざわざ首を突っこむアホさ加減が、胡散臭いあれこれに縁を結んでいた。
 長らくつづいたその奇特な生活も、じきおしまいと考えたら少しは名残惜しかった。最後にやろうと決めた大仕事が終わったあと、一旦だが、東京を去るつもりでいた。おセンチな鼓動が()つのは、いつもの面々が見当たらないせいもあるだろう。上等とは云えないこの給食所だが、悪いことばかりでもなかった。界隈のるつぼとなるここで、情けなかったり、情けなさを演じていたり、あの手この手で貧しさを乗りこなす人とも出合った。
 想い出にふけろうとして口角をゆるめたとき、それで、と女の声に遮られた。まるで頭蓋骨の裏側をじかに叩くような、妙な響きをもった呼びかけだった。
「なんてェ……」
 顔をあげると、女が対面に腰掛けようとしていた。身ぎれいな黒背広でたずさえる鈍色のお盆が不釣り合いだ。ちんまりした背丈と三つ編みが、女の顔つきを少女に見せかけた。鼻筋と眠たげな眼許は整いながら、どこか印象がのっぺりしていた。
 どなたさんでしたかしらね。半分ずつの驚きと疑いがぐるぐる巻きつき、間もなく、つい先ほど顔あわせしたことを思いだす。それでも黙りこくるジェイに、柔和な笑みを装って一言一句とたがわぬ問いが投げかけられた。
「それで、虚相寺(コソウジ)さんはどのような仕事をこなしてこられたんですか」
 おぼろげに脳裡を叩く声で、返答を待っていると気づいた。根拠なく信用してものを云いたくなるが、その眼からのぞく無感情が歯止めをかけた。卓上の奇妙な金管をいらう手つきのほうがまだ興味深げだ。
 小さな手は漏斗状の筒先からつや消しの真鍮色に這い、コノ印ニヨリテ汝勝利スベシ(イン・ホック・シグノ・ヴィンチェス)と語る細かな刻印、いましめる負い革(スリング)と指の腹でたどり、古めかしい布が巻かれた柄で止まる。奇妙な造り。しいてここに類型にあてはめるなら、(プティ)クラリネットの、とりわけエスクラリネットと似ようか。けれど優美なシルエットの仕上げはもっと図太い。そのまっすぐでいて入り組んだ造作を探りたくなるのもわからなくはなかった。姿形が意味するところは楽器のようでいて決して楽器ではないのだから、余計にだろう。
 輪胴式喇叭銃(レヴォル=バス)
 とどのつまりは鉄砲なのだ。どれだけとりあつかいに熟達していたって、それが鉄砲である、と判ずるには躊躇してしまうこしらえだった。
 その奇特さたるや、銃爪がどこかだって不明瞭だ。
 なんでこいつが握ってやがんだ、とジェイはだしぬけにいぶかった。ボストンバッグや楽器ケース、製図ケースと容れ物は取っ替え引っ替えしても、いつだって手近にあり、面白半分で人眼にさらすこともない。そんな代物をにぎにぎしている。
「それで、虚相寺さんはどのような仕事をこなしてこられたんですか」
 同じことばが三度、繰り返された。
 瘡蓋に爪を引っかけられるような忌避感が、ジェイの首筋にざわめいた。主語不在の鈎針を自分語りのふちにかけられて、引っぺがされる心地がした。
「要はそういう仕事の話ってワケ?」
 女の首肯が先をうながした。
 ジェイは眼前におかれた銃から眼をあげ、
「んなこと、なんでキミに話さにゃならんのさ」
「まだ少し眠気が残っておいでのようですね。つい先ほどまで、気前よく話すとおっしゃってくださっていたではないですか」
「んゥふ?」
「さほど難しい生きかたはしていない、とも」
「あたしなら云いそう――いや云うたか。申し訳ない、ぼんやりしすぎてた」
「いえいえ。とてもお疲れなようですから」
 女は微笑み、伝法な訛りの交じるジェイのことば遣いを訝しむでもない。言外の猶予に甘えて猫のように伸びをすると、ぼやけた見当がはっきりしてきた。依頼を委ねるにふさわしいかを一考したいと云われ、ここを面談場所にした。相手方はジェイの奇妙な経歴と仕事の質を、ジェイは振る舞いから依頼人の裏を、たがいに探りあうためで、怪しい手合とわかればすぐ断るつもりだった。名前は伊東と云ったか。
 こちとら運と勘だけは人一倍なんだから。そう思うと胸にある自認のうち、勘のほうが用心を唱えた。普段なら遍歴なんて面白みの埒外なのに、口先は不用意にうずいて、いまなら武勇伝だって楽しめそうだ。気がゆるむにしても度を越していた。
 ジェイは先割れにしがみつく味の素臭いダマを皿に落とし、
「真面目な話もちかけられて居眠りとか心証悪いったらないよね」
「構いませんよ、お忙しい日々を送ってられるようですもの。時間はたっぷりあります」
「そっちがそう云うなら。あとだけど、呼ぶときはジェイって呼んでほしいな」
「これは大変失敬しました、ジェイさん」
 ジェイは前歯をのぞかせる鷹揚な笑みで応じ、
「いいですとも、慣れたやりとりだから。どっから話しゃわかりやすいかね。どっからにししたって明快なとこはそんなないんだけど」
「じっくりとお考えになってください」
 と伊東に凝視(みつ)められた。
 ジェイは脳裡に残ることばの切れはしをつかみ、
「えっとだ。隠秘学とかいかがわしいやつのことさ、デフ――なん()うたかね」
「ディファレント・ダイナミクスです。略語としてはディフナミクス。日本語に落としこむと異数力学になります。形式化された超自然的現象、隠秘学(オカルト)超心理学(サイキック)などをひとところに引っくるめた名称です」
「それそれ。もう云ったっけ。あたしはそうゆんを蹴飛ばすんが得意なたちだから、探偵みたいな仕事とか請けてるっての。免状とか持っちゃないけど何回となしに、とか」
「多少の前置きと風の噂は。なんでも河童を退治したこともあるそうですね」
「そんなんが風に乗ってたまるかって」
 とジェイは天井をあおぎ、
「いやまあ、乗るくらいには軽率なことをしてきた自覚も、あるにはあるけどさ。素面で云うとほぼほぼ法螺(ふかし)にしか聞こえんよね。てかあれって河童だったんかしら、果たして」
「質問に質問で返されてもわかりかねます」
「それはそう」
「よければ最初からひとつずつ、順を追って、お聞きしたいですね。さわりを聞いただけで真贋を判ずるのが難しい。ですが、それが作り話でなければ、依頼をなしとげてくださるだけのかたとの保証になりましょう。謝礼は安からぬ仕事ですよ」
 金欲しさとも違うねんが。ジェイの内心をよそに、伊東の関心は薄緑のクラッカーに移っていた。胡桃印の三角成形をある細かく割って、齧歯類のようにかじる。見かけ通りのよそ者らしい不用心さだった。栄養たっぷりの武田ヘキスト青葉胡桃は、甘みにつられてパクついていると食物繊維過多で腹痛まっしぐら、というのが給食所通いの常識だ。
「話の腰折るうえに食べ終わってからでごめんだけどさ、それ、あんまパクパクいくとお通じが最悪んなると思うよ」
 ジェイが指さすと、伊東はぴたりと静止して手にしたばかりの二枚めを盆に伏せた。とってもショックと云わんばかりな素振りが、なんとなく前向きな感情移入を誘う。
「おや、おやおや、存じませんで」
「いきなし下半身(ビロウ)なハナシして悪いね。いやさ、あたしも前に調子こいて食ってヌンヌン唸るハメんなったもんだから。てかそちらさん、なんか子どもみたいって云われん? チビこいしやたら愛嬌が」
 伊東は露骨に眉をひそめ、
「いえまったく。そちらは軽率と云われませんか」
「辛辣ッ。けなしてんじゃねんだけどな。個人的には遺憾ながら、よく――稀にあるね」
「云い直しましたね」
「滅相もないよ」
 ジェイの眼は意図せず回遊魚のように泳ぎ、
「えっとォ、あのォ、横道にズレんとここらで本題いきませんか、本題のほうに……」
 身構えずに生きる性分に由来した反応だ。この手の気が抜けた不徳は、逐一リストアップすると心のノートがよれよれの筆跡で埋まりかねない。舌の根にはりついた気まずさを、笑いと唸りの中間で追い払い、記憶を反芻しようと眉根を寄せてみた。つるつるした脳みその数少ないひだを押し分け、記憶を一枚ずつ引っこ抜く。物語るとれば順序があるべきだ。誰にでもわかりやすい足痕をつけてきたわけでもないのだから。
 一年と四ヶ月前。一九八三年七月。
 出発点はどうたどってもその辺りだ。ジェイはかすれた年譜を読み、この食堂に通うようになったのが夏の盛りの頃であったことを想いだす。


 七月末のジェイはまずまずのアウトローだった。食い扶持にしてきた職歴の数々――賭博草野球のピンチヒッター、ストリップ劇場の代理踊り子、バニー喫茶の用心棒兼給仕、地下ボクサー――はどれも冗談すれすれ。東京に流れ着いてからずっとその調子で、その時期とくれば喧嘩稼業に明け暮れていた。とっかかりは気に入った洋食屋への恐喝(ゆすり)だった。チンピラに拳で反省をうながし、はじめにごはん代、お礼参りのときは財布を頂戴した。
 喧嘩師の利得は仕事場を選ばないことにあった。荒っぽい連中なら夜の盛り場のどこにでも潜んでいた。ジェイはそこから獲物を嗅ぎつけ、はん、ふん、と小唄まじりに表面張力をぶち壊しにできる。狙いめはなんといってもヤクザだ。財布は重め。面子ありきとあって、売った分を残さずお買いあげくださり、強面相手なら心も痛まない。理不尽にからまれる人を見かけようものなら喜んで加勢した。
 そろり、と近づいて肝臓をブン殴るか、顎に一撃をくれてやる。
 サディズムをもてあそうことなく、長い手脚でくりだす一撃必殺を基本手順にしていた。飛び廻し蹴り(グラン・フェッテ・ソテ)ジャイアント・スイング(ピルエット・ドゥ・ラ・モール)で躍動する日もあったが、それは乱闘欲求で浮かれたときだけにかぎる。そうして金なり服なりを奪って生計(たずき)とするのは強盗に紙一重だ。いや、紙一重とは自認にすぎなくて、実際のところは強盗そのものなのだが。
 仕事中は髑髏プリントの目出し帽(バラクラヴァ)をかぶったが、慎重さを重んじるのはそこだけだった。さいわい、逃走の勘どころは人一倍いい。ことがすんだらどこでも自分の庭のように突っ走り、塞がれた道だろうと三角跳びで乗り越えた。勢いばかりなのにお尋ねものになった前例(ためし)はなく、ここに人徳もあわさりゃ無敵だね、と自賛しちゃうくらいだった。
 もちろん、そんな無茶な稼業にも倫理はある。
 戦利(もらい)はかならず半分だけ。
 ぶんどるご無体は棚あげして、まるごとなんてご無体なまねはしない主義だった。
 稼ぎはもっぱら上々で、ツイていれば週の半分はいなせる額の食費になってくれた。食費は重大事だ。なにぶん、すくすく元気に育った長身は燃費が悪い。一日三食だと最低限には満たず、腹の虫が泣きだしたら黙らせる手段はひとつだけ。モグラは一日に体重の半分にあたる食事を欠くと餓死するが、似たり寄ったりのジェイは死活問題に直結しかねなかった。そうでなくてもコインランドリーに行き、銭湯で汗を流し、生理用品を補い、人生を(もと)めるだけで懐は心細くなるのに、腹ペコはお構いなしだ。
 転変に足踏みした日もそうだった。稼ぎの残りを洋食屋で盛大なごはんに化かして、財布をぺったんこにし、芝公園の木陰で寝転がっていた。東京タワー旧予定地というだけの芝生は広漠として昼寝にぴったりなのだ。
 蝉時雨のなかでうつらうつらする昼下がりに、一人の訪問者があった。
「ちょっとお時間、よろしいですか」
 呼びかけは遠慮がちで、藪睨みの眼はもっと素直に不安そうだった。
 ひょろひょろした上背に軍用ザックを担ぎ、住処で潰れたかたつむりのように頼りない、四十がらみの男だった。浅沼良樹。もらった名刺は大学の助教授とあったが、困窮者支援にたずさわるためにしばし休職中らしい。話を聞けば、近隣の野宿者が噂する無鉄砲娘のようすを見にきたとかなんとか。
「噂ってなんやの」
 寝ぼけた頭をかしげると、ぽろり、と思い当たる節がでてきた。七月のなかばごろ、ジェイはひと暴れ、もとい人助けをしていた。
 ことが起きたのは品川駅界隈だ。地場のなかではかけ離れた社会階層の分布図が重なりあい、とりわけ、飲み屋の多い繁華街は貧しさの周縁に軋轢を生みやすかった。西口の裏路地をぶらついているうち、ジェイが出交(でくわ)した不幸の力場もその典型だった。
 酔っ払った背広姿の群れが、われこそは主役とばかりにけたたましく笑っていた。おそろいの小躍りをたしなむ足つきはふらつき、そのあいだに垣間見える、百年かけて丸めた毛糸玉のような後ろ姿で、その間抜けきわまりない挙動が蹴りの予備動作とわかった。加減なしにぎらつく革靴。助けよりも許しを乞う喘鳴。どしがたいお遊びに背がざわついた。スイッチがはいりやすい傾向を、日々、それなりに反省してはいた。だが、こういう非対称性に見て見ぬふりをするのは論外中の論外だ。
 なんや楽しいことしてんねやったら、お姉さんも混ぜてェな。
 とびきり邪悪に笑いかけると、グー・チョキ・パーの三種盛りを総勢六人におみまいし、ゲロ拭き雑巾気分をご堪能いただいた。戦利品は現金を半分。それと社員証。最後に全員のパンツごとスラックスを引っぺがし、塀のむこうに放った。
 荷車代わりらしい台車にご老体を乗せて通りをでるあいだに、手負いの不信は恩義を、恩義は世話焼きを育んだ。どこが悪所場か――それこそ自身を痛めつけたような――を教えてくれたし、のちには秘蔵の缶詰やカップ酒までわけてくれた。藪睨みの先生なる呼び名も、そんな話題のなかに一度ならず混じっていた。
 ジェイは刺激の少ないバージョンで語りながら、語尾を疑問符のかたちに折り曲げた。この件かしら、と。浅沼は困り笑いでうべなった。
「まさしくその人がお聞きしまして。ここらの長老格で、おゴトさんというんですよ」
「めっちゃ素朴な疑問なんだけど、あの人ってジジババどっちなん。何回も面とむかってんのに、全然区別つかないんよね」
「さァ。誰も知らず、当人も教えてくれませんで」
「妖怪かよ。まあどこでも現れるしな」
「はッは、ひどいことおっしゃる。いや実際、ぬらりひょんに似ておられますね」
「キミもほどほどに失礼だな」
 そうこうと云い交わす語勢を腹の音が鈍らせた。浅沼は昼飯に買ったというアンパンを半分こどころか、三分の二で分けてくれ、中身は()しあんときたからジェイはまんまる笑顔になった。あんは断然、濾しあんにかぎる。
 咀嚼しいしい根なし草工合を口ずさむジェイに、それが癖なのか、浅沼は困り笑いを返した。感心していいやら悪いやらというリアクションだ。そして感想がわりに教えてくれたのが、特定被災者および困窮救済法の末端サービス――配給食堂と福祉宿所だった。どちらも日本のどこでもあり、都内となれば被災者数に比例して多く、民証(ID)カードなしでも署名さえすれば、少なくとも野垂れ死は避けられる。
「悲しいことに、安からぬ代償もついてはしまうのですが。人を計数化するのがよろしくない。いや、説法くさくてよくないですね、やめましょう」
「話題ぶった切んなら、せめてつづきが気にならんようにしィよ。どゆことなん」
 云いづらそうな口を割らせようと、三回、四回と浅沼の脇腹をつついた。
 いわく、民証(ID)のおおもと、個人台帳管理は効率化の欲望にしたがう。それが人を数字に変えたがるばかりか、福祉から人間みを省くことまで許していた。名前代わりに番号で呼びつけ、規格化された施策をたま授ける。世俗に代わって中指をたてる刑務所さながらのあつかいには、のちにジェイもへそを曲げることになった。
「この国はまだ幼いですからね。根をたどれば三十年前の特災にいきつく」
 特災。特例激甚災害。それは戦後を焼き払い、数百万世帯の営為を損なった未曾有の惨事だ。余波は二十年近くつづき、第十五次にまでおよんだ。
 幸いなるかな。途方もない被害にもかかわらず、復興の道はそそくさと舗装されていったことはよく知られていた。濡れ手にあわであった朝鮮特需を希望のよすがとして、生き延びた人々が奮いたった。あとをついてまわる現代史が訳知り顔でしめす通りだった。しかし、その実態は傷ついたままの他者を押しのける強引なものだった。
 支援政策が本格化したのは五〇年代もすえだが、これを(ささ)ぐ主体としての省庁には、さほど血が通っていなかった。昭和元禄の対症療法薬に選ばれたのは、被災者を社会へと帰すことではない。家族や職、自身の心やら、寄る辺を損なわれた人々の手はとられず、成長曲線を妨げないように福祉の枠に押しこまれた。ほどんど最低限の保証で病床に転がして、飼い殺しにしておくための策定だった。歴史とは盛者のみがこしらえるものとばかりに。そのくせ被災者を総ざらいに助けよう、と外面よく云い募った。
 長引くにつれて、多数派は腰かけた中流の座に偏見の敷布をかけはじた。支払い義務を果たせないのなら人権もない。困窮を抜けだす努力もしせず、のうのうと血税を食らうのは寄生虫だ。強気な論理でうとみ、そこに視差を埋める成熟はなかった。
 それが低きに流れりゃ牙もむこうよ、とジェイは思った。ありがちな暴行沙汰はたいてい三面記事行きだが、たまの人死で一面を飾る。
 むごいことづくしな世情と浅沼のお題目を鵜呑みにしないまでも、類する出来事に接してきた。おゴトの件を抜きにしたところで、だ。サラリーマン。がきんちょ。老人。粗暴らしからぬ人々が暴力を担った。誰もがこっぴどいくせに、どつくと憑きものが落ちたようにうろたえた。云い訳は似通って、自前かも怪しい悪意の符号を口走った。
 そんなつもりはなかったのに、と。
 ほならキミらどないなつもりやってん。
 ジェイは何度だって訊き、そのたびにしどろもどろの態度を見た。奇妙な時代精神の号令にしたがう少しずつの悪徳は、この街のどこにでも息づく。
 と、ジェイは一緒になって顔をしかめていたことに気づいて、振り切るようにして芝生に寝転がる勢いのまま、話を本筋に戻した。
「で、なんでヤだげな感想こみで教えてくれるの」
「それが銀の弾丸だからです」
「やおらかっけェ寓意じゃァん。祈りをこめるんなら、ことばの恰好だって大事になるもんね。して、その心は」
「不公平な場でも戦いかたはあるんです」
 と浅沼は照れくさげな唸りで口をこじ開け、
「建てつけの悪い制度も、足がかりたると知れば懐に隠す銀の弾丸くらいに使いでがある。他人に頼らないと決めた人にも、あがくための切り札を握っていてほしいんです。ただ命を手放すよりずっとマシでしょう。もちろん、わたしもできる手助けはします。それはあなたにも同じで、どこでも生き抜く根なし草魂の助けにもなるんじゃないか、と」
 節々が勇を鼓そうと震える声に釣られ、ジェイの口角もゆるんだ。宿なしたちが不器用なお人好し、と笑う調子が敬意を含むわけだ。しかし、根なし草の一言には首肯しかねた。なんとも理不尽なことに、自称してはいても人に云われるとムカつく。
 ジェイはぐっと膝を抱え、
「さりげなくいらん太鼓判捺しよったな。なんか、もっとこうカッコ良い表現をさ、頭良んだから思いついてよ。すねちゃうんだからねッ」
「そんな、根なし草って自分で云ってたのに。めんどうくさ――あ、本当にすねちゃった。ちょっとどこに行くんですかァ」
 ジェイは重心を後ろに傾けて、
「知らんプイッ」
 達磨状の運動で小器用に転がってはみたが、結局、芝生を十メートルほどいったところで街灯に背中から激突し、一口サイズの悲鳴を洩らしたのだった。


 どうにか浅沼からアーバン・サバイバリストの称号を絞りとった数時間後、今度は給食所の待機列で呆けていた。利用手順を聞いていなかったと気づいても時すでに遅し。先人を盗み見てお手本にしながら発券機とむきあったが、どうにかなろうとの楽観も、民証(ID)カードを挿したとたん、警告音に消し飛ばされた。十回もしくじれば発券が遠のくばかりか、舌打ちまで背を小突くものだから不貞腐れそうになった。署名でもいいことを思いだしてすごすごと列をはずれたとき、ジェイはいきなりを腕をつかまれた。
「ちょっとばかし借りるわよ」
 と、小柄な老女はカードをとりあげ、端末横のみぞをなぞるだけで認証された。磁気式と小回路(チップ)式で手順が異なると知ったのはまた後日のことだ。
「あなたはじめてなのね、こういうとこに通うの」
 そう云ってカード裏の記名欄に眼を細め、
「えいこちゃんは何を食べる?」
「できれば腹持ちがいいやつかなァ。あとよかったらジェイちゃんて呼んで」
「ならC定食ね」と老女は発券ボタンを押し、「いっそ腹十二分めの量よ、えいちゃん」
「いやAつうかJつうかですね」
「ほらえいちゃん、邪魔になるから行きましょ」
「話聞いてるゥッ?!」
 たぶん聞いてなかった。年寄りらしいマイペースに巻きこまれて、今度はカードと食券を握らされた。強引でも嫌味にならないのは、優雅に白い服と令嬢然とした声のふわついた趣のなせるわざだろう。配膳口でやけにずっしりしたC定食一式のお盆をうけとると、はじのほうで四人がけを陣どる、ぱりっとした黒シャツ姿の老婆に迎えられた。
 黒い老女はからっ風のような声で苦笑し、
「でかいのをナンパしてきたかと思えや女っ子か。なれなれしくしちまって悪いな。そのバアア、独り合点でペラペラしゃべってばたつくんだ」
「ババアにババアと云われたくないわ。困ってたから手伝ってあげただけじゃないのねェ」
「お気遣いされちったんだねェ」
 と、ジェイは考えなしのVサインで応じた。
 白いのが江戸川美代で、黒いのが万城目幸子――小鳩が大鴉とつるむように正反対のおばばたちだった。首にさげたお守りだけはおそろいで、量もカロリーも年寄りには過ぎたる一食分を分けあうから、角度によって姉妹にも夫婦(めおと)にも見えた。
 二人と相席していなければ、民証(ID)がすんなり通ったところで長居はしづらかっただろう。居並ぶ食卓は規則的だんまりに支配されて、居心地が悪いったらなかった。大昔のライ麦仕立てにも匹敵する硬いパンが相手とはいえ、むづぬ、と角っこを噛みきる音まで聞こえた。左見右見(とみこうみ)すると眼につくのは力なく伏した顔ばかり。こすれる息遣いと食器が、調理場の煮炊きが、テレビの吐くニュースが、ほぼ満席の地下空間に生ぬるく凝固していた。
「なァんかみんなして元気なさげ」
 と、ジェイはほとんど独言のように云った。
 幸子が食卓に片肘を突き、
「そらァよ、うちらは財布の都合で頼るが、全員がそうじゃない。被災で妙なモン見ちまって、気ィやられて、そいで寝こんじまってるのも多い」
「それに生発ジプシーもね」
 美代のつぶやきには耳なじみがなかった。紙コップに粉末ジュースを溶きながら、なんそれ、と訊けば幸子に鼻先で笑われた。
「最近の若い子はものを知らんね。見たまんま、フーテン頭かい」
「んだァ、おことばだな。風船みたいな子って云われたことはあるけど」
「意味は同じだ。まあなんだね、新宿での使い走りってとこさ。発電所だよ」
 なるほど、とジェイは小さくうなずいた。日本経済の殿堂はイケイケドンドン方式で増築中だが、それを支える図太い柱のなかでも、大規模発電設備を種銭にした売電事業は特大中の特大とされていた。年間発電量は二・七兆キロワット超。伝聞だけだと多いやらなにやらわからない数字が、年次ごと、途方もない額の外貨をわんさか稼いでいた。本拠地は列島の東西にふたつあって、その片割れが新宿地下の発電所というわけだ。安全性の高さをうたうにしても都心のどまんなかとは恐れ入る。
 規模を考えると人足なんていくらあっても足りないだろう。週刊誌の拾い読みで得た浅知恵のおかげで、世事にうといなりにもう一回はうなずけた。
「金払いは悪かないようだが、わりにあうかどうか」
 と、あてどない不機嫌が幸子の鼻を鳴らした。
「長くつづけるのは難しいみたいね。心労がひどいって。そうでなくてもすぐ身体を悪くするって。膝を屈したまま見かけなくなる子もいるし、他所さんに頼るってだけでひどく恐縮する子もいる。基本的人権ってやつの範疇なのにねェ。えいちゃんね、このクラッカーは食べすぎないようにね。お腹壊すから」
 と、美代はフラットな口ぶりとひとしい手際で青葉くるみを割った。ぐったりした雰囲気に慣れっこで、安での憐れみのぶしつけさを知りつくしていた。
 ありがたいご意見の横で、ジェイはパンを食らうサトゥルヌスの様相で高密度の生地と格闘していた。せめてもの湿りけにとシチューを舐めると、メニューもよくないように思えてきた。堅焼きパンとねばねばシチュー。緑のクラッカー。粉末ジュース。栄養補助の錠剤。人頭を効率でひっくるめるにしても餌っぽさはあけすけで、自腹であがなう夕食にあるような盛りあがりはちっとも感じない。まずくないのが救いかな、と内心でそうすっとぼけられたのは健啖な腹の持ち主なればこそだ。
 報われんもんだね、と幸子のぶっきらぼうな声に、えいちゃんはわたしらよか自由そうよねェ、とつづける美代が親しげに微笑んだ。
 夜ごとに顔をあわせているだけでも二人とは打ち解けて、そのうち行きつけの飲み屋に誘われた。品川西口界隈の狭い店だった。肩寄せあっての鯨飲にはジェイも呆れて、清酒を愛し、愛されもする酒豪ぶりが給食所通いの原因を見せつけた。それぞれ占い師だ屋台だと稼ぐのに、老いらくらしからぬ飲み代で溶かす、とは長い付き合いだという老店主の談だ。呆れたばばあだ、と店主が笑えば、うちらなしじゃすぐ潰れてたろうによく云うぜ、と幸子が吐き捨てる。そんな応酬の横で、にこにこ顔の美代が話し好きの度を増した。
「お幸ったら昔から口が曲がっててね」
 と云う美代に、幸子が酌をしてにやりと笑い、
「おまえと違って根はまっすぐなんだぜ」
「外面が曲がっちゃしようがないの。わたしたち、若いときはよく連れあいで暴れてね。お幸ってば悪党に負けん気でぶつかるから難儀したのよ。腐れ縁というのかしら、一緒に暮らすようになって長いけど、衰えたのは体力だけね」
「おかげで無駄なことをしゃべりもせなんだ」
 二人の息はぴったりだ。そりゃつがいに見える、とジェイはほろ酔いの頭で納得した。時計の針が夜更けへと歩むにつれて常連が集まり、得体の知れない大女に驚きながら、すぐ受け入れてくれた。比翼が運んできた子だよ――そう紹介する声が右にあれば、左では昔話のかげから武勇伝が掘り起こされた。闇市にぎやかなりし戦後から大暴れした女愚連隊、新宿の三羽烏で、二人は比翼と呼ばれた。だいたいそんな工合だ。当人が恥ずかしげにいなす過去の名残が、赤の他人であるジェイを身近に思ってくれたのかもしれない。でないと、二回かそこらお伴した程度で、居候する運びとはならないだろう。
 ことのなりゆきといえば、宴もたけなわのいきがかりだ。いいちこのオロナミン割りで酔気ハツラツになったジェイは、路上で膝を抱えたままぐっすりいきかけていた。
「寝るならおうちで寝なさいなったら」
 と美代に揺さぶられたジェイは横に倒れ、
「大丈夫。ジェイちゃん住むとこない人だから。どこでも寝れるから。おやすみ」
「なんも大丈夫じゃないねェッ」
 きれいにハモる声が眠る間際だと余計におかしかった。翌朝は見知らぬ部屋で眼を醒ました。熟睡の余韻に浸っていると美代が麦茶をくれて、ひと口飲むと、見るに見かねた幸子がなかば寝たジェイの手を引き、居室に泊めてくれるまでの顛末が頭に追いついてきた。この少々きまずいながらも優雅な朝が、一転してお説教タイムと化したのは、ちょうど福祉宿に飽きたところだったと口を滑らせたせいだ。
 若い女が棺桶ホテルに泊まるもんじゃない。
 なにより道っぱたで寝るんじゃない。
 幸子のお説教はつくづくごもっともだが、パッと見はよろしげだったのだ。
 あの棺桶ホテル、もとい福祉宿所は、区境の殺風景な再開発区にあった。二〇階層はなかなかに奇矯な造りで、なにしろあらゆる壁面にカプセル個室を鈴なりにしているから、遠くからだと鉄筋コンクリート造の果樹に見えた。部屋数は約千室。一人につき一室の貸与。中身もそれなりに清潔で、インテリアはつるつるして未来っぽかった。公知ポスターの能書きは、部屋ごとに替えがきく代謝建築様式(メタボリズム)の産物であることを誇っていた。
 まあ、この楽観的反応もすぐ裏切られたが。だいたいロビーの時点で妙だった。絆だの、感謝だの、希望だの、筆書きの標語をあちこち貼りまくって、やけに跳ねる墨痕が押しつけがましかった。そこにきて、無精ひげの男を二人がかりで組み伏せる職員に面食らった。発券中、聞くとなしに入浴規則違反と聞こえてきたが、たしなめるにしても上は警棒、下は床で頬を挟むのはやりすぎだ。しかも通りすがる利用者は、ジェイの渋面を不審がるときた。奇妙な従順さからして、ありふれた光景らしい。シリアスなトラブルはしょうもなく腐すべし、と心に決めているジェイはさらにムカついた。
 やァん、とわざと転び、全員仲良くこんがらがるには五秒で足りた。シャツの第三ボタンまであけて胸を揺さぶり、舌足らずに謝る。これで嗜虐の図と鼻の下がゆるむのだから大変チョロい。呆けたひげ面に、早よお行き、と顎をしゃくって場をおさめた。
 非暴力でやりすごしても後味はいまひとつ。二畳部屋は独房っぽい造りで、翌朝早くから追いだしにかかる点呼まであった。上層階の見晴らしはよかったが、窓に映える新宿の夜光は死にむかい燃焼する銀河のようにはげしく、見ていると頭痛がしたから、結局はカーテンでさえぎった。そして三、四日もするともろもろに腹がたって路上に戻っていた。
 そんな感想を云い訳に代え、来し方の数ヶ月の右往左往(うろちょろ)も白状したのだった。かかと落としやバックブリーカーで職員をシメたのもいづらくなった一因だが、そちらは聞こえが悪いので胸にしまっておいた。
 聞き終えた美代は楽しげに手を叩き、
「野良猫ちゃんみたいと思ったら本当に野良猫ちゃんじゃない。そうだ、ねッ、もし行くとこないなら、しばらくうちの子になりなさいよ。えいちゃんさえよければだけど」
「あらハートフルなお誘いですこと」
 放浪よりも楽しそうな提案に、ジェイは笑みの上で眉をぐいっとあげた。それから一拍遅れてわれに返り、幸子の険しい顔をうかがった。
「めっちゃワンマンなお気遣いでもあるよネ?」
「まともに考えりゃ勝手きわまる独り合点さね。本当に犬猫を拾うんじゃあるまいし。でも聞くかぎり、あんたは天辺から足先までまともじゃないだろ。フーテンすぎて放っときゃ野垂れ死にしかねんのもたしか」
「大変遺憾ながらもっともなご意見デスネ」
 全角度から刺さるド正論に応戦するすべは口を尖らせるしかしかなかった。だが、眉間のしわを食指の付け根で伸ばす幸子の眼に、ポジティブな無遠慮がにじむのもたしかだ。
「あんたが思うとこはどうなんだい。ばばあ二人の家だから手狭だが」
「おことばに甘えちゃおっかな。行くあてなんて別にないし、畳って寝心地最高だし。部屋は広からずともお二人の心はマジ広いねェッ」
「年の功ってやつかしらね」
「にこにこ顔で毀誉褒貶まとめて投げんじゃないよ」
 美代と幸子は代わる代わるに云い、所感でもかわすように顔を見あわせた。かたや骨っぽい拳に忍び笑いを隠し、かたや胸の前で尖塔のように手をあわせていた。ジェイは正座を割座(ぺたんこ)に崩して、照れ照れと膝をさすった。
「よろしゅうね。さっちゃん、みっちゃん。いやァ、ジェイちゃんてば愛らしいから放っとんよね。そりゃもう猫ちゃん十匹分に相当するラブリーさではないかと思われます」
 幸子は呆れたように首を傾げ、
「そら盛りのついた猫みたいに騒々しいわけだ」
「にゃんてこと云わはるのッ。否定しても肯定しても癪なんですけどッ」
 ズバス、と全力で指さすくらいには心外だった。

好き勝手書きすぎて、わがことながらワケわかんねェな……。まあ何部かあるうちの第一部はそういう感じのがつづく、変な小説をやりたいみたいです……。わざと混乱させた物語の時制とか、どこまで遊んでいけるものか……。
 Dec.31.2024 / Web clap
年末すべりこみで更新ですよ。お久しゅう。ツイター(この呼び方をする依怙地さよ)ではちょこちょこブツブツ言うとりましたが、まあ生きちゃいます。
調子があまりに悪くて長らく遁走状態でした。書きたいことを書けないと気が下り、気が下るとまた書けなくなり、非数学的なので書けないに書けないを掛けてもただただおしまいになり、延々とダウンワード・スパイラルしまくってたってワケ。月録書く気力以前に、記しときたいことを探す元気がなかった。このところはわりとマシになってきましたね。できれば、精神状態のグラデーションのなかで、マシって程度から大丈夫な程度までは持ってきたい。
 そもそも何が悪いって、睡眠時間の短さと中途覚醒が悪さをして平生からのウツウツに拍車かけてたんでしょうな。いつも意識が混濁して文章をうまく書けん。あんまりにひどいときは小説も読めん。二〇代時点でも離人感とか呆然としてしまう感じに陥りやすく、だいぶ人として終わってたのだが、齢を食ってさらに一個先のヤバコンディションに落ちるようになった。このところは眠れなけりゃ兎に角眼をとじとくのをテーマにしてギリ回復傾向にある。薬の他、キューピーコーワヒーリングや各種サプリを併用。中途覚醒しても身体を起こさず寝たフリを継続。それでどうにかこうにか。
超久々に月録のhimlファイルをチェックしたら一年前の未投稿日記で途方に暮れた。ぼっち・ざ・ろっくのSICKHACKが駄菓子菓子っぽくて良い、とか書きかけのテキストが残ってやんの。当時でさえ周回遅れで単独アルバムでないもんかと望んでおりましたが、いまだその気配はない。
 あと、チバユウスケの回復を祈ってた。その後、亡くなってしまい、当時はこれでしばらく呆然としてた。というか、ここしばらくで本当に沢山の人がこの世を去っていったな。チバの他にも櫻井あっちゃんや、さユり嬢や、アーティストに限らず田中敦子さんさえ。こういうのがわっと押し寄せると、やるせなさで力が抜けてしまう。
 そっかァ、と思って見送れたのは谷川俊太郎くらい。大往生。氏の詩集はいまでも、文字通りの枕頭の書でございます。
 どなたにも、どうか穏やかな眠りがありますように。
サイト上のcssとhtmlが雑にコピペするうちにグチャッてたのでちょっと直した。それにともないお話をいくつか間引き、この月録ページも簡略化した。text-alignで文面を整えつつ不必要なカラムを省いたことで相当すっきり。あれ、たいした意味があるようなものでなし、htmlの記述もダダ長くなって大惨事だったからな……。そもそもtableタグの手直しが面倒くさくて、横着が八割の再利用だったから、そうなって当然っちゃ当然なんだけど。
 つうか、text-alignをjustifyにしたら英字を全角にしなくてもきれいにそろうことおびただしい。ら、楽〜、入力が。なんで小説ページにしか適用してなかったんだろ。謎。組んだ当時はChromeでのフォント表示がMSゴシックみたく等幅だったからかね。もしかすると。
そうそう、先だって明治本朝獣異草子が完売したのでした。イベント頒布時の勢いを見越して多めに刷ってもらった直後、コロナ禍でとうのイベントが吹っ飛び、わたしのツイ垢も謎の凍結で吹っ飛び、初速まで吹っ飛び、初手から大変なことになった向こう側での完売御礼にございます。
 落ち着いて振り返ってみれば、はじめての個人誌としてはだいいいいぶ多めの部数だったと思う。誰からの支持があるわけでもない。ネタ元は発売から数年経ってるゲーム。しかも長編小説って、ねェ? 書き上げたのは自分の執着によるものなれど、それがちゃんと売り切れるような本になったのは、ひとえに鄭重な編集・装丁・頒布をしてくれた大戸ニキと、最高の装画を描いてくれたハルヨさんのおかげですな。それはもうありがたい話で、いつものことながら善意依存型すぎて恐縮です。
 と、直截には言いがたいのでここに書いておく(いや言えよ)。
 ちなみにいまだから書くけど、本の内容には多少、忸怩たるアレがある。あれの作業やってたのは、小説に関しての懊悩でいま以上にアタマ狂ってた時期で、助詞の使いかたやそこからくる視点の距離の制御とかいろいろどうにかしようとドッタンバッタンなっていた。文章的に狂いのある部分がある。一箇所、致命的なコピペの修正ミスをやってるところもある。なのでウギャーッてな内容だけど、それを込みにしてもお気に入りの本です。ヘボい部分があっても書けてよかった。
 そんな本が、同じく主人公がビアンで特殊エージェントな超オモロ伝奇的スチパン小説――精霊を統べる者(後述)が刊行されて間もなく完売ってのは、なんか伝奇運命を感じちゃったよね。オホホ。これはまあ単に奇遇って話。
工合悪くてときどき前後不覚になったりもしつつ、本を読むペースはなるべく変わらんようにしてた。といってせいぜい月十冊がいいとこ。読むものの射程範囲を広げる努力もしてたが、いろいろ読んでも大当たりではしゃぐ小説となると、いつも読んでるような本になっちゃう。それも数はそんな多くない。
 まあそれはそれとして、今年は以下の九冊が魂の糧になってくれたのでした。
 魂に秩序を/マット・ラフ
 精霊を統べる者/P・ジェリ・クラーク
 タイタン・ノワール/ニック・ハーカウェイ
 彼女が生きてる世界線/乙一
 ワニの町へ来たスパイ/ジャナ・デリオン
 バビロンに行きて歌え/池澤夏樹
 ボクは再生数、ボクは死/石川博品
 読者は読むな(笑)/藤田和日郎
 そぞろ各地探訪/panpannya
 ふと十年ぶりくらいにバビロンに行きて歌えを再読してみたら刺さったり、乙一が転生モノ書いてると知って読んだ彼女が生きてる世界線で泣いちゃったり、そぞろ各地探訪でしばらくやってなかった長距離散歩をしたくなったり。
 そんなかで、精霊を統べる者タイタン・ノワールの二作品はもうこれ読めただけで今年は大勝利ってな本だった。かつてゴーストマン鋼鉄の黙示録エンジェルメイカーが一年のあいだに刊行された個人的に驚くべき時期があったけど、あの時期に匹敵する。
 精霊を統べる者は歴史改変隠秘学スチパン特務エージェント百合大活劇小説。オカルト技術によって革新を経て精霊(ジン)が隣人となった一九一二年のエジプトを舞台に、錬金術・魔術・超自然的存在省の筆頭エージェントであるファトマ嬢がカノジョや相棒とともに、グールを引き連れて都市に跋扈する黄金仮面の魔を追跡する話。
 スチームパンクって、日本で言うと伝奇小説なのだよな……。その事実を噛み締めながら読める嬉しさに尽きる本で、批評性とエンタメ性の歯車がめちゃくちゃに気持ちいいラインで噛み合ってるから、読んでるあいだはめっちゃ幸せだった。ファトマ嬢が仕込み杖を使う褐色ヒロインなのも激萌え(褐色ヒロイン大好き)。お話のバックボーンとなる陰謀劇も伝奇的魅力にあふれてる。もうね、異能バトルあり、捜査機関本部襲撃あり、百合もシスターフッドもあり、差別問題、歴史改変小ネタもあり、とてんこ盛り加減が心地よすぎ。終盤における、強制力で縛りつけようとする敵に対して民衆の力で抗するシーンも、いまを生きる人をエンパワメントするような現代的楽しさがある。そこに加えて鍛治靖子氏の訳が格調とラブリーさを兼ね備えているのが素晴らしい。
 惜しむらくは三九六〇円という定価か……。でもいざ読むと全然払えるわそんぐらいの金額、となること間違いなし。できれば過去に執筆された同シリーズの短編、ノヴェラをSF叢書でまとめてほしいな。絶対買うから。
 タイタン・ノワールは待ちに待ったハーカウェイの最新作で、珍奇設定テック・ノワール小説。不老不死をあたえる巨人化薬で神のごとく強靭、巨大になっていく貴族階級「タイタン」に支配された近未来都市の闇を、すっとぼけた私立探偵が歩んでいく話。
 ハーカウェイの作品は毎度毎度、どんな話なのかあらすじからは予測をつけがたい設定が滋味深いけど、またしても変なことこの上なかった。でも基調となるのはちゃんとハードボイルド&ノワールだからかなりとっつきやすい。陰謀を追っていくうちに泥沼にハマり、ウィットで窮地を脱し、たまに敵対者とボコりあう図はアドベンチャーゲーム的だから、そういう意味でもとっついやすいかもしれないな。それらを描く酒井昭伸御大とコラボレートしたソリッド文体も恰好良い。たまらん。そして、おなじみの過剰な語りや奇橋でイカした人々、真顔で変なこと言うシーンも実装されているから嬉しくなっちゃう。ヒロインなんて、今回は日本のトレンドに衝突するような巨女(二メートル超)だし。
 ハーカウェイ作品おなじみの要素として、「変なセックス」もきっちり引き継がれてたのは笑った。今回は直接的なシーンではないのだけど、ヒロインのほうが膂力強いから事後は体が痣だらけという。なんか妙にフェチくて笑ってしまった。いやはや、前作の訳出から五年が経つ間に重ねた期待はまったく裏切られない。ハッピーです。しかし一度読み終わると他のも読ませてくれとは強く願ってしまうもんで、いまは是非タイガーマン辺りを訳出してくれー……の気持ち。頼む……。
 そんなマジ面白くて人に薦めたくなる二冊に対して、面白かったけど全然人に薦められないのが魂に秩序を。超長い。超ゆったり。そして超つかみどころがない。解離性同一性障害を抱えた子、アンドルーの遍歴に一〇八八ページが費やされている。浜野アキオ氏による訳はかなり性に合うから楽々読めてしまうし、登場人物たちもヘンテコで好きなんだけど、まあ、本当に長い。アンドルーを取り巻く現実。アンドルーの内面にある多数の人格がひとつの家に住まう世界。ふたつを行き来する混乱気味のお話に付き合って楽しかった、と言いきれる人がどれだけいんのか、と思わなくもないのですな。波長があえば本当に楽しいのだが。いやしかし、のちにバッド・モンキーズやラヴクラフト・カントリーをほどほどの長さで書いたのって、ここで無茶苦茶な尺構成を楽しんだあとだからなのかね。そんなことを考えつつ、フラフラした子とメンヘラちゃんがおたがいをささえあう青春小説としての感触はかなり良かったのでわたしは大好きです。あまりに長いけどな!
 ……この三冊だけで七千円超えるんだから、本当に高価くなりましたな。翻訳モノは。それでも値段以上の価値はある。国内作品で強い興奮を得られることって、そうそうないからな。
Mother2リリース三〇周年イベント「Mother2のひみつ。」の図録も良かった。実イベントは夏場開催とあって、猛暑に耐えらそうもないのを理由にスルーしちゃったのを若干後悔しつつ、図録なり資料集形が刊行されんかな、と思ってた矢先に刊行情報を見て、つい予約しちゃった。矢も盾もたまらずというやつです。それでいて入荷遅延をかまされ、落手したのは発売約一週間後だったが……。
 ともあれ、RPG史はもちろん自分史に残る最高のゲームだから、もう嬉しくてしゃーなしな本なのでした。定価六千円と設定資料集のなかでも値の張る部類ながら、非常に力の入った仕様なので満足度は高い。というか糸井重里による旧シナリオ案や、九二年時点での全体的なシナリオの流れ(この時点でほぼ完成形)、スタッフの手書きによるマップ構築だけでもとはとれるんじゃないかしら。
 個人的には話が固まる前の段階――プレMother2の資料がありがたかった。これがまた完成版よりも、より時代感覚をむきだしにしてて面白いのですな。背景設定のオカルト色がえらい強くて、八〇年代の現代日本オカルト観を引きずっている。冒頭の作りもまったくの別物が想定されていて、未来の使者が電報を届けにネスのもとを訪ね、受領したとたんに忽然と姿を消す……というふうになっており、ジュブナイルSFと都市伝説的な色彩の混在にときめく。他にも直截にエスパーとの表現を用い、実作の最低国にあたるステージをムー大陸にしてるのも露骨だったり。
 それから、「ファイバレン(Fiverent)」の正体がわかったのも楽しかった。フォーサイド以降の次に訪れる街として想定されていた、ケープケネディ(いまでいうケープ・カナベラル)風の街。ちょっとしたメモによって風聞のボツネタに肉付けされた瞬間には得も言われぬものがあった。実際のケープ・カナベラル自体、航空写真で見るとかなりゲームのフィールドっぽい風景だから、ドット上で再構築されてたら見栄えしたろうな。
 もっとも、もし実装されてたらいまなお抱く愛着も存在しなかったのかもしれんのだけど。ファイバレンから宇宙へ旅立つと思しき展開は、資料内で「スペースオペラ」とさえ表現されている。地球の内奥にむかった実作とは真逆の展開。大宇宙からの侵略者と戦うために宇宙へ行く、というのは実にストレートな想像力だよな。あえて強いことばを選んでしまえば凡庸でさえある。そうして当たり前のように外側へと押し広げた地図を、一旦は閉じて、むしろ地球空洞説を採ることの大胆さたるや。もし原型を保って宇宙の広漠としたフィールドが広がっていたら、「探検」としてのワクワクは生じなかったんじゃないかな。エジプト風、アマゾン〜コンゴ風、失われた世界風――ストーリー後半に用意されたそれらのステージは、地球の深みをめざす秘境探検の色彩を備えればこそ厚みを増し、幼い頃のわたしは、どこかにあるかもしれない(と思いこめる)景色へのワクワクを抱けたから。現実のかけらがはめこまれつづけていくことによるフィクションの補強。子どもの頃はそこまで具体的に考えていなかったけど、いまだと強く感じることです。わたしが幼少期をすごした九〇年代は、まだ水曜スペシャル的な地球上の未知領域が多く残されていた印象があって、もしかすると、それらとうまく重なってたところもあるのかな。世界ふしぎ発見とか、世界まる見えとか、たけしの万物創世記とか、なんかそういう番組と相通ずるもの。
 あとは、発売直前まで記述されていたゲーム内容の修正リストもだいぶ面白かった。完成品のMother2には大きな特性として、進行上、次はどうすればいいかの判断でつまりにくい構造がある。ヒント屋による次手への案内もそうだけど、ことばや演出による動線が、あの時代のゲームとしてはかなりていねいに作られている。それに関わる過不足がキワキワのタイミングまでいじられ、そこでやっと均された処理も多いことに驚かされた。ちょっとした動線の処理がほとんどながら、それらがなかったらプレイ感覚がデコボコしてただろうなー。ナラティブに障る部分をがんばって削ってた証拠の塊。面白いけど緊張感もある。
 ゲームのナラティブについて考えることが多い昨今なので、そこら辺の資料はだいぶ読み応えがあった。惜しむらくは、除外された資料もあるという序文の記述か。完成したMother2に通じるものだけが残され、アナザーMother2を仮構する余地が減らされているのは残念無念。いや邪念を切り落としておく編集方針もわかんなくはないんだけどね。
 ともあれ、ずっと触れてきたゲームの、いままで触れえなかった部分に触れられる感覚が楽しい本でございました。
という喜びとはまた別で、糸井重里には言いたいことが多々ある。特に政治への態度に関しては本当に多々ある。外面的には冷笑としてしか作用しない振る舞いも、武器としてのことばで他人を抑圧するおこないも、あまりにもよろしくないし、本気で顔面グーパンチしてもいいくらい。普遍的な部分の祈りや愛情がこめられたものとして、いまなおMotherシリーズを信じればこそ、抱かなければいけない怒りが常にある。
 たぶん、本人には冷笑のつもりなんてないのだよな。御上の眼をやりすごして、のらりくらり楽しくやろうという思想。時の政体にコミットすることなく、インフラとして乗りこなしていく感覚。左からの転向者として、それらしくはある。恐らく、インフラを変えられないなら賢く利用しようとさとす感覚もあるのだろうけど、言うまでもなくそれが絶対的な利として成立する時代はすでに過去のものなのだ。その実状を無視して、大昔のサブカル人らしいよそを指さして笑ってみる態度も残したままだから、ものすごいヤな歪みが生じる。昔から雑文とかで使ってる、言い捨てる語調(ソフトなことば選びに見えて口汚いやつ)もちょっとね。
 まあ、進歩的では決してないのだ。いまさら何を言われたところで本人の態度は変えようがない。後期高齢者だし。むこうに見えてる範囲で価値や意味が後退していても、それは外側にある価値や意味より、ずっとゆるやかな速度なのだろうし。実感なんてないのだろう。でも、だからこそこちらは怒っていなければらならないんだよな。冷笑として機能する言い分を、当たり前のものにしないように。
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