偽製Bloodborne.
騙欺、或いは断片的事実としての語群
▼狩人 Hunter.
 人は安寧を求め、刃で他を討ち、掲げた火で夜を払っては生存圏を押し広げてきた。それはいかなる外敵を相手取るにせよ、なんら変わらず、強い意志こそがなせるおこないだ。狩人とは、その純粋を現代にまで残すものたちである。
 敵愾心だけを交わすけものなる怪物。
 彼方より訪う魔の先触れ。
 血に狂った狩人。
 人の世を乱しては血に染める斯様な異物を斥けることに、近代的殺害者の役目はある。

▼仕掛け武器 Trick Weapon.
 狩人に特有のあつらえを、人はこう呼ぶ。もっとも、手にするもの自身はただその銘を記憶のひだへ忍ばせるにすぎないが。
 仕掛けの意味するところは作動機構を繰り、機能を変えることで、一なる形より転じて異形の殺意をさらすことにある。それはただならぬ死を湛え、強靭なけものへと相対するにふさわしいものだ。大部分は「工房」なる専門職のこしらえからなる。それ故、職工の呪物崇拝めいた異常性が覗くことも多いのも、また特色となろう。
 代表格はノコギリ鉈を筆頭とした、切り、刻み、血を垂れ流させるその一意にすべてを注いだまがまがしい具えだろう。
 伝統的な武具は挙げればきりがない。
 シモンの弓剣……慈悲の刃……トニトルス……レイテルパラシュ……。
 ゆめゆめ、その鋭さに魅入られることなきよう。

▼水銀弾 Quicksilver Bullets
 鉛弾のたぐいは疾病がなす人ならぬ躍動の壁に阻まれる。だからこそ、けもの狩りの銃に用いられる弾丸はきわめて特殊なこしらえとなるのだ。斯様な利はどこに起源を見いだせよう――医術か、そこに根差す錬金術か、はたまた人狼殺しの信仰か。一義的といえぬこの狩り道具の製法は、市井の眼で見下ろせば、往々にして常軌を逸したものと映るはずだ。なにせ水銀を触媒とし、狩人自身の人血を混ぜることで生みだす。
 しかし畢竟、異様さこそが価値をなす。狩人とは、禍々しき病との境界面にたち、化生の彼岸に接するものなのだから。
 もっとも、けものへむけた霊験は血の質に依存する。
 持たざるものに過信は禁物だろう。

▼聖杯 Grail.
 この世には信仰にあたいした神の、あるいは逆に、多くのものより呪われた神の、その信奉者たちの禁域が数多く残されている。
 故に、人は潜らずにいられない。
 聖杯は、そうした埋もれし神の墳墓、残骸へ眼がけて通廊をなす儀式の器だ。
 深みは絶対のルールとして悪手に死をつきまとわせる。闊歩する怪物。いにしえの罠。ミアズマでもって汚すけものの病もまた、不用意にさまようものを侵すだろう。だが、対価として秘められ、神代にすれ違う秘宝の数々は、困難を乗り越えてその手にする価値に富む。秘密めかした宝物は窖の奥で一層に輝き、眼を惹きつけるのだ。

▼輸血液 Blood Vial.
 人が抱く健康という名の充足。その欲深さは、人が命を運び、次の世代に託すための本能に基づくと云って間違いないだろう。輸血液と呼び習わされる医療製剤ほど、その貪欲に応じて肉を満たす道具はない。都市の底に埋もれた墳墓より発掘された技術は、奇跡と呼べるような、およそ神がかりめいたその媒介を生み出した。
 身体を満たしては傷を癒やし、病の毒を退ける。
 まさに万病を癒す血だ。
 これを身に含むのは市井の人々だけではない。狩人が敵対者に対峙するためには必須となる。なにせ、傷つくことへの恐れすら遠のかせるのだ。
 しかし、過信してはいけない。
 血に酔った狩人は、けものとなんら変わりない面構えとなってしまうのだから。

▼血晶石 Blood Gem.
 武具へねじこみ害意を強めさせる備えにして、けもの狩りにおいてはもっとも身近なまじない。禍々しくつやめく、血に生ずる小片を、狩人は血晶石と呼び重用してきた。これを捧げようものならば、血濡れの武具はなおのこと狩りに特化されるだろう。
 形は放射や雫などとさまざまなように、霊験もまたさまざま。
 切れ味を増すことがあろう。刺突のみを増すことがあろう。苦痛を埋めあわすまじないを施すだろう。火炎や雷光を纏わすことも叶おう。リツは出自を軍人にもち、故に腕っ節に直結する強化の濡血晶を好む。まこと、脳筋とはよく言ったものだ。
 兎角、血晶石とは流された血の種によって異なる様相を呈するもの。
 身にはらむ「血」。
 それ自体が、生あるモノの道筋をさだめるように。

▼Yの都 Yharnam.
 山間の陰鬱な色彩に沈み、かの医療教会が頂点に座したその街は、いまなお忌み名でありつづける。神秘を空の彼方に追い求め、月が天頂に笑う夜へと手を伸ばした愚者の街。降りた神々の謀で繰り返される夜。蔓延する病また病。その運命は「遺産」を見つけ、血の医療を興したときより決定づけられていた。
 アルビオンに渦なす隠秘学者、どころか女王陛下のスパイマスターたるウォルシンガムの遺児たちとて、その地を手に入れることは諦めた。
 当然だ、あのようなおぞましさだけが横たわる地など。
 ああ、どうかYの都にかけられた呪いが汚れた聖堂の底にだけわだかまり、永劫の堂堂巡りをつづけるように。さもなくば今日のわれわれにこそ、それは訪れるだろう。

▼ビェルゲンヴェアト学舎 Byrgenwerth.
 英国の語をとりて呼べばビルゲンワースとなろうか。Yの都のふち――湖畔に座するあの小さな学舎こそ、隠秘学の尖峰となった語りの宝庫。
 かつてYの都に血の医療を興したものたちは地底の墳墓から、学び舎まで、必死になって駈けずり、その果てに身を滅ぼした。学徒の血脈は絶えて久しい。いま居残るのは「瞳」の意を誤解して生みだされた異形。あるいは遺物の価値を探る探求者。どちらにしたところで、はらむのは害意であろう。
 あるいは、月照る湖の奥底に飛びこめば異なる位相も覗けようか。
 厖大な水は彼方の狂気を鎖すのだから。

▼瞳 Eye
 人は貪婪なる知への欲求をもって、その眼に見えぬものまで執拗に求める。神秘、ひいては神秘を礎とした知恵はまさしく不可視であり、見出すには瞳が必要となるのだ。故に、多くの学究、狂人、異常者は、古くよりあらゆる意味における「瞳」を理性のふるいにかけ、意味をあてはめ、追い求めてきた。
 啓蒙を享けよ。
 さすれば頭蓋の奥に、血走った瞳は一対だけならず見ひらかれるはずだ。その瞳は人なら次元を覗きみる権能をあたえるだろう。
 しかし、そこに見えるものは人心が耐えうるものだろうか……。

▼上位者 Gods.
 想像できるものはまた存在もできる。
 人ならぬモノ。
 人より達したモノ。
 星を往き、次元を超えてやってきた何か。
 外なる世界より降りたって人智を遥かに超越した混沌を、人は伝統的に、畏れをこめて、憎しみをこめて、斯様に呼び習わすのだ。
 上位者、と。
 それはときとして階梯の上にある地平、楽園の知恵をあたえるが故に。
其ノ壹へ目次へアーカイヴへ