艦糞これくしょん。
Shit Thirsty Friday.

We were neurophobic
And perfect
The day that we lost our souls
Maybe we weren’t so human
If they cry they will rust
And I was a hand grenade
That never stopped exploding
You were automatic and
As hollow as the o in god
――Mechanical Animals/Marilyn Manson




 そこは広大な地下空間だった。
 古代闘技場さながらの擂り鉢構造が広場をなし、総収容数が千人にも及ぶ客席を埋めつくした観客が罵声に唸る。男/女=誰もが紙屑を握りしめて、熱狂的視線は賭け事で人生が沈む魂の敗北者と知らせた。どれも心荒れた戦後の敗残者――居場所なき軍人と軍属だ。それらをブルータル・ネイヴィ・グラインド艦メタルの絶叫が覆い、禍々しく歪曲したギター、スクリューとソナーと鋼材を殴る轟音を音源として標 本 化(サンプリング)搏数(BPM)は四百を突破していた。音を媒介とした暴力は正気を痛めつけるばかりか、観客の狂熱を攪拌し、中央を囲うフェンス、ひいては二人編成(ツーマンセル)を組む女たちの背骨をも震わせた。
 金網の内側――仁義なき闘争のリング/六人の女=往時の艦格規定服(バトルドレス)で着飾った艦娘。
 ベルトコンベアが流す五官が茶色に潰れる激臭――真っ当な人間ならば失神/悶死確実。
 こんもりとした固形物/揺れで形を崩す半固形物/ねっとりとした液状物。
 生に寄り添い本能に棘で刺すもの。
 焦げ茶/黄褐色/黒――あらゆる状態を備えて、見る者を総毛立たせる醜悪なマーブル模様。猛臭を放つ塊の群れは、一片残らず一切の紛いなく、糞そのものだ。
 糞――また糞――そして糞=眩暈を催すほどのボーキ糞塊群だった。
 ボーキサイト/燃料――戦 場(いくさば)を往く艦娘の活力となる資源を、機械仕掛けの臓 腑(はらわた)たる高効率転換炉が処理したすえの不要物。文字通り、糞。艦娘――より精確には、廃艦娘の肛門より出る粗鉱残留物だ。
 禍々しいブツは、湯気をあげそうな鮮度で絶え間なく三人の女の前へと流れ着く。
 厖大な糞を前にしてなおも熱狂がはためくのは、リングを分かつ科学的作用=遮断空調と分解電素――臭素分解という作用があるからだ。でなければ、人間風情が居合わせることなど叶わないだろう。
 ここは、何者からも分断された戦場だった。
 嫌悪。躊躇。逡巡。およそ艦娘として、まして人倫などとは無縁の速度――龍田・雲龍・妙高はわれ先と手を伸ばし/掴み/口に突っ込む。汚れる手/衣服/顔/口許=赤子めいた気にするそぶりのなさ。
 どん底の、本来、艦娘が従事するはずがない戦い。
 嫌悪がないわけではない。ないわけがない。
 どの艦娘も脳を騙す心圧紋様(サイコパタン)で、嫌悪を極限まで低減しているのだ。感情抑制なしに汚物は食らえない。深海棲艦の猛攻をくぐり抜け/生存し/打倒するす=殲滅戦争の技術を転用した非道な方法論だ。そうした五官への詐術を担う三人――糞食者の背後=電子処理担当(コントロール)。露骨な視覚化を経た電算の風情を、人体工学の流線に宿す椅子――小型ながらも高度処理能の軍事用演算機関(コンバット・シンクス)を内蔵/壮絶な速度での補助打鍵(タイプ)を受けつける頑丈な鍵盤(ボード)搭載。
 脳殻内義脳体経由の高度軍事演算=制限付き――軍事ウェアは持ちこみ禁止/心圧紋様(サイコパタン)生成・生防壁修復は二手十指での入力義務。糞喰らいの裏で十分の一秒単位の判断と対処が進行していく。
 真っ当な軍人なら、大洋を支配しようと跳梁した人魚の児らとの戦いを思い出すだろう。
 しかし――だがしかし、これは違う。
 これは、世界の命運を賭けた殲滅戦争ではない。
 これは、魂の尊厳を掲げる闘争ではない。
 これは、汚れた金のための賭博だ。
≪シットサースティ・フライデイ≫
 斯様な横文字が、考えうる限りの品性下劣さとハイテクを掛け合わせた賭博場――
 食糞ファイトクラブの名である。

 社会的動物としての力学が勃発寸前にまでいたらしめた戦――それが深い悪意をたたえた「海」との戦いに呑まれたのは、一九四〇年初頭のことだ。
 俗はもちろん、公文書においても深海棲艦禍と呼ばれる地獄の季節。水底より這いあがる数多の怪物は、あらゆる水面を戦争通行路とした。港湾に乗りあげ、砂浜を腐潮で汚し、到達不能極まで戦地を伸ばし、爆撃鬼はあまねく内地の人々に死を届けた。長期的な打撃は北米全土を焼いた。時の政府は新型爆弾を投げ下ろし、自滅に近い戦略で怪物の群れを滅するも、一方、沿岸をえぐったクレーターは「海面」の浸食、ひいては後続となる人魚艦隊の攻勢を許すこととなった。一度、二度、三度――度重なる攻撃は速度を増し、陥落し、ついには人魚の拠点が築かれた。
 事態を重く見た各国政府の共同戦線=徹底抗戦――最新鋭技術投入による、乙女の軍勢の誕生。公に、艦娘と呼ばれる娘たちだ。
 個人の籍を抹消――軍備登録/機械化/生物学的改造=闘争のために生を鋳造せし乙女。娘たちは世界中で電子戦と砲火の統合戦術で牙を突き立て、海魔に抗った。数多の死を重ねて、勝利に達した。そして旗艦より全世界へ発せられた「神」の声が終戦を宣言――復興が世界に芽吹き、しかし人々の脳裏にはいまだ死の気配が真新しい。当然だ。四年。悪夢を醒ます絶滅闘争から、まだ四年の月日しか経っていない。
 だがその期間も、艦娘にとって短くはなかった。
 帝国海軍の旗の下に多くの娘が人生を得たが、戦の終わりは、軍備縮小なる裏切りを呈した。人の世――人/思想/国家が、複雑にいがみあう世を維持するため。娘たちはすみに追いやられた。
 加賀と赤城もそうした艦娘だった。
 最終経歴=特務中尉――過去の栄光――不相応な薄汚れた控室。烟草臭く/黴臭く/うんこ臭い。ささやかな臭素の集積が周到にしんどくさせた。
 部屋の主として君臨する女=さらさら茶髪のサイドポニー/伏せたジト眼/朱が差す頬/パイプ椅子に据えた尻から伸びるスラリとした脚つき/飼い主なき猛禽の面構え。軍人として享けた名は、加賀。たった二文字の規定――もはや安っぽいほどの響き。
「赤城、さ、んんっ」
 と加賀――右膝を抱え/左膝は股の水音に震え、
「義脳の怯えは、んっ、まだ、と、れないの……」
 舌遣い――ヂュパッツュルルッヂュボッブバ――猥褻な粘膜接触/激化する舌筋の乱舞。
 熱っぽくうずき勃起した陰核(クリ)をのぼる熱――疼く足の裏/痺れる髄。
 背骨にゆるやかな絶頂が尖った。
 顎先が震え/唇にあてた烟草を吸い/灰色と息を漏らし/艶声を漏らした。神経高揚剤含みの灰色吐息=頭を研ぎ澄ます。その一方で、ツボを心得た貝しゃぶり(クンニリングス)も頭の奥をツンとさせる。慣れた舌使い。腰が弾んだ拍子、はらりとこぼれる灰が、弓道着の純白と青袴による旧軍仕様艦格規定服(バトルドレス)を汚した。
 腿の筋肉がひくつく。
 足をピンと伸ばさずにいられない――黒いソックスに包んだ足先が揺れる。
 相棒のためとの理解/なのに求める快感。
 加賀の股間にうずくまる、かつての特務中尉と対となるかつての特務准尉=赤城――清冽なロングの黒髪/丸々に見開く眼/本能が半壊した猟犬の様相。茂る陰毛を/濡れそぼつ加賀の膣を/充血した巨陰核(デカクリ)を/にじむ愛液を味わう舌はとめどない。
 尻を抱えこまれ逃げ場もないまま脳天に突き上げる絶頂――ぞわつきに負け、加賀は思わずうめきをこぼす。尿道が潮にゆるむ。
 赤城――股ぐらからあふれるすべてを啜り飲み干す。
 加賀――水っぽい響きに浅い羞恥の浅瀬に浸る。
 ていねいに這わせる舌が、汚れをその一筋とて残すことなく拭い、太股の付け根には、口づけがそうとわかる仕草で触れた。
 これがベッドの上でのことならどれだけやすらかだろうか。あるのは賭け事にむけた浅からぬ緊張だけだった。ややあって遮られる加賀の思案=股間にうなずき。
 短い応えののち、
「ん、満足」
 と赤城――愛液にまみれの口/白痴寸前の真顔。
 義脳体=拡張された脳機能――安堵でストレスを減衰させて機能を安定運用する方法論は様々だ。こうした貝しゃぶり(クンニリングス)もそのひとつだ。
 赤城――滴りを唇で吸いとり、
「烟草、ちょうだい」
 加賀――意外さに眉をわずかにあげ、
「こういう品のないものは()わないんじゃ……」
「最後の最後だもの。加賀さんに、残らずお脳を預けるためにもね」
 と言い、赤城は差し出された吸口をはむ――深い一息/残された半分を灰に変える。床に落とした吸い殻を下駄の底で潰した。ひと組の桜色=この半年の戦いで汚れきった唇を、加賀の薄い唇にあて、
「わたしを勝利に導いてください。加賀さんの力で。加賀さんの導きで」
「ええ、何があろうとも。あなたのためだけに」
 と、信頼をこめた接吻で吐息を交わす。口のはしにまとわる、抜けた陰毛のざらつきを気にも留めず。
 加賀は手を引き、控室を出た。
 三人通るのがやっとの狭い通廊――壁面のライブ告知=歌う糞尿電網攻略本/膣力発電所異常なし45’/艦娘スマタ水流四拾分待。卑猥なポスターのあいだを行く足取りは確たるものだ。半年前、はじめて通ったときは心が萎びた。不安/怖気/不快=悪意ある混合物。最愛の相棒を、違法賭博の闇にさらす悲しさで狂いそうだった。あのとき、二人は壊れかけていた。すべて、焦土に残された戦後なる異物のせいだ。
 戦後、およそ不要とされた艦娘は、ある種の儀仗兵の役割を除けば、その大部分が除隊した。させられた。不要なコスト/火力/女性性。加賀と赤城は、戦中電装技術評価体として海軍に残された。
 戦争の絵物語――人魚を屠った英雄への評価/額に飾りつけられた彰状さながら。
 取り残された――武装なし/戦友なし/無音の鎮守府。
 有用性を奪われた加賀=常に不機嫌。
 加賀の隣以外に帰る場所のない赤城=必死にすがった。
 二人ぼっちの残留に、八つ当たりをしてしまうのが心底からイヤで距離をとった。戦後の加賀はひどく鈍っていた。だから、異変に気付くまで時間がかかった。うら寂しい、間宮一人で運営する食堂――赤城は狂乱した食欲で絶え間なく茶碗を干す。かさむばかりの食費は給金から補填――加賀の善意と赤城の謝意。それでも食料消費量は指数計数的に増加=いくらあれど足りない追いつかない。追いつけない。
 妖精さんの診断=生転換炉異常かも――原因=戦中に負った大怪我/半端な修繕と改修/ストレスによる変質。現鎮守府の財政状況では根治困難。
 加賀は、戦後になってはじめて怯えを抱いた。
 見ないようにしていたものへの直視。
 相棒が壊れ果ててしまう可能性。
 わたしのせいでそうなった。
 あのとき、あの日に。
 もっとも大事な人だったはず――最初は、ただ艦 格(ペルソナ)にあわせた相棒として配属されたにすぎなかった。ただの鬱陶しい女だった。疑いもせずにみずからの片割れである艦娘として加賀を慕った。典型的な頑張り屋。冷えた意地っ張りの加賀の写し鏡。
 ともに戦い/肩を並べ/守り/守られ/同じものを失い/同じもの得て――作り物の感情を越えた想いを胸に刻んだ。本当に相棒になった。失ってはならない存在に。それを捨ててしまえっば加賀として過ごしてきたすべての時間が無意味なものに帰すほどに。
 だから、だ。
 償い、赤城を治すための戦いをはじめた――軍人暗部組合での賭博。電麻雀。量子花札。チェインド・チロリン。戦時下義装を外しても超高度演算能があった。陸軍連中の鼻をあかした。あっという間に多額を手にした。勝利に酔った。背を熱する実感――勝利の万能感。赤城を救える。膨大な儲けを賭けた。重点的大勝利(キリング)。とんとん拍子に口座の額が増えた。なのに、悪運にとり憑かれた。大勝利が呼び寄せた死神=陸軍の天才手 品(いかさま)師――仮 面 顔(フェイスマン)ことあきつ丸少佐に片っぱしから奪われた。
 一の負けが十の負け/十の負けが百の負けに。
 焦り=骨の髄まで染みた。
 負けた――負けに負けた――徹底的に負けた。
 素気ねぇ盆 面(ボンヅラ)ァさげて電 算(ソロバン)やろうと、自分の賭けァやすやす同等(タメ)ェ張れるほど甘かないのでありまして。ささ、鉄 火(アリガネ)ェおいて(ケェ)るでありますヨ。
 と、笑みの仮面を貼りつけたあきつ丸の嘲弄。
 返すことばもない。ルビコン川での溺死=残高の壊滅。
 借金は増額――四千二百万――勝利どころではなくなった。
 もはや赤城の食費すらまかなえない。
 残るは偽りの勝利を貪った自分への嫌悪。それから、第一種献体=解体にすれすれという状況だった。最悪の結果。魂までも物的に売り飛ばして補償する、絶対に避けて通るべき末路への一歩を進みかけていた。
 見かねた鎮守府暫定管理官――サムエル・ジュールス提督=気まずい脂汗に濡れる黒い膚/揺れるアフロ/眼前で合わせた十指の先/額をこする祈りの尖塔となった指先。
 大金を稼ぐ方法が、そう、おまえの相棒の異常を活かす方法だが、ひとつ。
 と、苦渋含みの提案――それが、食糞ファイトクラブ。
 提案を乗んで、はじめて地下への階段を踏んだとき、死で償うため相棒を道連れに黄泉の国へと下っていくような気分がした。
 ここでは様々な戦いがあった。赤城は生体義装代謝強化実験に失敗した扶桑型戦艦の股から噴出する腐ったチーズのような恥 垢(マンカス)を嚥下した。人魚の児に侵食されヲの字を叫ぶ駆逐艦の尿を飲みほした。航空母艦姉妹の糞便によるティラミスを胃に下した。
 加賀はそれを見つめ、死の安寧を願う日もあった。
 それも、今日の賞金を得ればおさらばだ。
 二人は、この汚穢に満ちた戦いのなか支えあい、絆を取り戻した。片割れとしての絆を。今日、そのすべてを賭して「終わり」に立ち向かうのだ。加賀は、熱くなる赤城の手をしかと握り返した。
 ただひたすら――強く/強く/強く。

 奈落からもちあがる迫り(リフト)――悪臭渦巻くリング外周にあがりきる。
「さーぁさあさあ、本日最後の死・合・いよ〜ッ」
 と、対角線上のオネエ(チンナシ)MC――ダミ声/股間を締めつけるボンデージ/つるつるしたソ連式防毒面姿/それでも透けるフランケン顔。名はピエールと言ったか、と加賀の思案。艦娘により相対的に無化された異形がしきりに身をくねらせ、
「出場者はハードでコアで負け知らずな三組よォッ。まずはみぃんなお待ちかねの糞喰い大本命、た だ の 赤 城(アカギ・ザ・オーディナリ)笑わらない加賀(カガ・ザ・スマイルレス)〜〜〜ッッッ」
 加賀/赤城――腕を組む仁王立ちを無責任な歓声が迎える。無縁の原理が働いた声だ。ただ競技の面白おかしい駒として、ポルノグラフィとして、差別対象として、柵をへだてて笑うだけのノイズだ。観客は影と思えた。立体投影(ホログラム)が頭上で回す黄金の巨大な環で鮮烈に瞬く賭け金や取得ポイント数の向こう――最奥の天井から鎖で吊られた異形だけが、視界に染みとなっていた。俯く人と鯨と果実の中間形質――四肢はレザーで拘束され/腹はひどく膨れ/管が口を塞ぎ/包帯が顔を覆う。
 拘束具の隙間から、二人の艦娘が裸体をさらす。
 柔い長髪がすだれめいて垂れた女――扶桑――剥き出しの肛門/薄菫色の皺がひくつく。
 柔いボブヘアが包帯にもつれた女――山城――剥き出しの肛門/屁でブスブスリと鳴る。
 加賀は初試合のときを思い出す。
 初見の赤城――なんとアキタめく怪物なの……=端的感想/言い得て妙。アキタ魔工廠に近い異様さ。
 あれは、護国の礎として国家に生を捧げた娘の末路だ。栄誉の残骸もない。加賀はここに登る度、思うのだ。糞を食えど、相棒に糞食らいをしいれど、糞便製造機よりマシ、と。生体強化実験の失敗と代謝異常。廃艦娘への失墜。闇社会で売り叩かれるには充分すぎた。加賀の胸を悪くする――初戦を思い出す。山城から噴き出す異常な量の恥 垢(マンカス)を咀嚼し、尿で飲み下す赤城=苦しげな顔――半年前は、加賀はまだ心圧紋様(サイコパタン)生成に不慣れだった。
 いまは違う。
 戦い抜き心得えてここまできた――気を抜かぬよう、緊張と浅い息を呑みくだす。
 リングの角に挑戦者たちが迫りあがる。
「お次は偉大なる腐れマンコよ、拍手で迎えてッ、多淫症候群(ラブ・マシーン)の龍田&天龍〜〜〜ッッッ」
「戦争英雄だか知らねぇけど眼じゃねえ」
 と、不貞腐れ面をパーカーの覆い(フード)で隠す天龍。
「イクイクイクイクイクイクイクイクッ」
 と、がに股で膣を指でえぐり自慰に耽る龍田。
「そして最後は艦隊決戦超力ゴミ処理場、狂える新鋭巨 喰 将(グラトニック)、大和&武蔵〜〜〜ッッッ。今週の大穴ちゃんダ・カ・ラ、一際の歓声を頂戴ッ」
「もうやだァ、帰らせてくださいィ、やだよォッ」
 と、四肢を屈し、胃液を吐く半泣きの大和。
「終わればすぐ帰れるから、わたしも頑張るから」
 と、背を撫でて必死になだめる半泣き武蔵。
 コメントで会場が沸き返っても関係ない。ブチのめすだけ。電算の座へ/食糞の座へ惑わずに歩む――早くも吐き気――こびりついた糞臭への忌避感だ。
 加賀は椅子にかけ結束線(ケーブル)の尖端で頸部接続孔(ポート)をうがつ。リング内LANへの接続が脳の浮遊感を招いた。と、水面に触れる進水の感覚。第一工程――鍵盤(ボード)へ指をすべらせ、速やかな嗅覚コンフィグ。肝要なのは早くも嘔吐寸前でガタつく不快感を電子で殺すこと。切れ目なき打鍵(タイプ)が二秒で脳を膜で包み、赤城のなめらかな脳神経にも心的(サイコ)コーディングを叩きこむ。
 深海棲艦を相手取った戦闘と同じ工程だ。
 人類を呪う思念=絶対的な圧迫に抗うコンフィグ。
 求める者の魂に被覆材をかけゆく。
 扶桑/山城の低い唸り。鎖の牽引が、尻をむき出すまんぐり返し(パイルドライバー)へ――ブボッボビュズロロロッ――と、暴力的噴出音。秒読み。三・二・一。
 断末魔状のブザー=魔の八分間が、始まる。

 ランキング上位者/人気ペア/脅威の新鋭。
 出場者ランクに合致した糞量=最大級=うずくまった仔牛ほどの山。圧縮されているとはいえ、とても女の腹に収っていたとは思えない。加賀は分割思考の一片で思う――これだけ出すのにどれだけ粗鉱を、と。大量の資源を潰しても転換後に残るのは少量。こうなるには消化効率を落とし粗鉱やクズ燃料を継続してつめねばならないはず。
 悲惨ね――慣れきった端的感想=いつも通りの冷淡さで受け流していく。
 些事を気にする暇はない――思考にタスク割当て。
 演算用思考の第五深度へ――処理で感覚が尖った。
 そうする間も糞食は進む――赤城の決然たる咀嚼。
 眼前の糞塊に手を突っこみ/おはぎのように握り/口に押しこみ咀嚼咀嚼咀嚼(モチュモチュモチュ)。加賀の処理=コーディングに次ぐコーディング。艦娘は正気ずくのが早い。心圧紋様(サイコパタン)/精神構造――制しあう変 化 性 質(ホメオスタシス)維 持 性 質(トランジスタシス)が深海棲艦の憎悪思念と闘うための強度となるが、それゆえに進 行 形(リアルタイム)のコーディングが必要なのだ。赤城は茶色の山に顔を寄せ、糞を手ですくいとり、丸呑みに近い嚥下を遂げた。加賀の戦い=そうした現実から意識を乖離させる。心の摩滅を遠ざける保全に気を注ぐのだ。
 そうでなくとも、油断すれば心的フィードバックを思考に挿入されかねない――糞を食らう感覚などご免だ。自分が味わうのも/赤木さんが味わうのも。
 天龍からの防壁打撃=迂回迷路で寄せつけない。
 糞がバキュームめいた凄絶な速度で減りゆく。
 勢いは大和が勝るが赤城もそれに迫る。
 次から次へと流れこむ糞また糞。
 赤城も大和も完璧な心的防壁によって食う――そのなかで龍田だけが、無縁だった。
 LANへの反応――回線が開かれる。
 加賀――即座に制圧するため自我を圧縮。このときを待っていた。一般演算の第五深度を超え/一挙に第十深度へ=魂が軋む速度――加速、加速、加速
 と、猥褻思念が情報送信の嵐となった。
 天龍ちゃんのメスウンチンポで龍田の淫乱喉マンコ粘膜ゴリゴリしてぇえずいてもお口からゲロが出られないくらい奥までゴリュゴリュジュボジュボ犯してメス食道子宮で孕ませてほしいのもっと便秘ボーキのカリ裏で喉クリひっかいてほしいぃ天龍ちゃんの極太メスウンチンポでもっともぉっとチンズリしてメスブタ喉オナホ犯して脳みその奥までイキ狂いオマンコにしてよほぉお願い喉マンコオルガいいのイキたいイキたいイグのイグッイグイグイグイギィィィイイイイ❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤
 スピーカー/回線を介して爆ぜる――多淫症候群(ラブ・マシーン)の名に相応/天龍の糞を喰う幻覚/過剰で異常な愛情。倒 錯 糞 想(スキャット・ファム)――二者間完結――糞喰い自体への悦び。心圧紋様(サイコパタン)なしの純粋幻覚による異常な精神状態が観客の内的嗜虐性をくすぐり、不使用得点を稼ぐ。
 観客のお手元イイネボタン連打――立体投影(ホログラム)上=イイネ数がうなぎ登り。
 と、龍田の黒眼が劇しくでんぐり返った。げぇ、とゲップ――龍田は天を見あげ舌を突きだした。艦メタルが次曲へ移る静寂に、ビュボォォブと異様な音――細い喉をわななかせて龍が如く尖端を現した太い一本糞が、駆けあがった。嘔吐ほど生やさしくはない。高く、空中五メートルでうねる糞の潮吹きにして滝登りだ。巻き起こる歓声。茶色の雨がイイネ数をさらに上昇させた。糞 龍 淫 毒 汁( )多淫症候群(ラブ・マシーン)の常套手段――倒錯/滑稽/イイネ稼ぎ。二位に落ちてなおイイネ特典賞金/人気を獲得する戦略だ。
 それを加賀に披露したのは大間違いだった。
 超高速化で引き延ばした仮想現実における無限に等しい体感の解析。魂 魄(ゴースト)を保護した防壁暗号の凹凸に生じる隙とも呼べぬナノ秒単位の隙。ついに接触――躊躇なく、知覚狙撃を遂げた。紫の茨をなす防壁へ放った矢は絡む蔦を鏃で裂き、気づくよりもいち早く深みに達し、猛然と艦格核(エンジン)に突き立つ。
 魂魄零点浸透(ゴースト・ハッキング)
 艦娘の脳に飛びこみ脳機能を掌握する業だ。
 これが、加賀の本気だ。禁止されてはいない。だが並大抵の艦娘になしえない。深海棲艦禍で人魚の児らを相手取り、汚泥臭い脳髄を犯し、防禦を踏破し、砲撃可能域を産んだ英雄だからこそできたのだ。
 高深度ハッキングで感情を極限まで増幅する。
 龍田が抱く狂おしい現実――天龍ちゃんへの愛。
 出し抜けに龍田が立ちあがった=振り向き/笑い/舌なめずりで唇を拭い/天龍へ歩む。天龍ちゃぁん、愛してるわぁ。加賀の回線誘導=スピーカー経由宣言。広げた糞まみれの腕が拒む天龍を抱き――接吻――糞色嘔吐で覆い(フード)が溺れた。手で空を掻き、処理が失する天龍の魂 魄(ゴースト)を犯し嘔吐中枢をキック――胃液の爆裂による第二の糞雨。虚脱した手が垂れ、表示環のバイタル表=停止/棄権(リタイア)/遷移に次ぐ遷移。
 加賀――無意識のコーディング続行/一部始終を見つつ――凄惨なまでの電脳空間上における笑みなき笑み(スマイルレス・スマイル)
 ライバルの葬り方としては完璧だ。興奮する博徒たち=絶叫/歓声――加速しきった感覚が、驚きに満ちた声また声にディレイをかけ割れんばかり。
 打撃特典加算――想定賞金額/賭け金倍率=増加。
 基底現実にして四分間――制限時間を折り返したばかりでの劇烈な敵対処理など、そう拝めない。当然の上昇幅。まして、命を奪う方法だ。
 心圧紋様(サイコパタン)で大和の加速度保持に徹していた武蔵が、はじめて敵意と驚愕に目を剥き睨む。
 正気なのかか、と。
 一騎討ちのつもりか、と。
 これはもはや競技ではない――決闘だ。
 艦糞を貪る赤城と大和の消費はほぼ互角――わずかに大和が勝る。徐々に離されていた。当然=大和――旧軍の弩級本土防衛最終決戦艦娘。ゆえに資源消費は想像を絶し/ゆえに倦厭され/ゆえに軍備削減で棄てられた。速度はさらに早まる。武蔵にはこちらをハックする必要もなく重度保全で足りた。加賀の背が再認識に粟立つ。本当の敵はこいつ、と。
 魂 魄(ゴースト)を包む堅牢な能動防壁に迫った。武蔵の反応=とっさの高速化/第十深度/越えて第十一深度――加賀をナノ単位で迷宮に足止めし、虚無の水平線に火線が輝く。
 砲撃の感覚。
 到来に備えた。
 と、処理圧――踏みこみを妨げる最低限の狙いの打撃処理(クラック)敵対欺瞞電位(アクティブデコイ)の嵐だ。解体/回避/電脳打撃阻止/解体/無力化。重ねに重ね半秒で飛び交う八百に及ぶ手数。かい潜り近く、より近くへ、と電子の海を突き進んだ。にわかに見えた大和の脳を守り聳える鋼鉄の絶壁――船首は、武蔵の艦 格(ペルソナ)具象化だ。棄てられた艦の精神性を背負う女の闘志だ。魂の丈に見合う絶対防衛構築で前進の打ち止めを宣言する、脳が圧壊しかねない第十一深度の厖大な防護層による暴力的な忘我の境地。
 超弩級戦艦型大防壁(トランセンド・ドレッドノート)なのだ。
 崩しえない。ひと目見て絶望させるほどの強度。
 加賀――めげずに拡げるひと振り/長大な弓/演算の心理再現/指に添う弦を強く強く引き絞った。
 一の矢を放つ=到達前に心理再現された三連装砲が正確無比に撃墜。
 二の矢を放つ=砲撃を潜る軌道は船首をかすめたに過ぎない。
 三の矢を放つ=中心を貫く手応え。
 しかし一層を突破したにすぎない――せっかくあたえた打撃すら即座に修復される。 
 加賀は右頬を引く――醜いほどの狩猟者の笑み。
 堕としてやる。頭には符号(コード)表があった。戦中電装の一端。誰にも探れぬ奥底の『金庫』に隠した数列だ。第十一/第十二/第十三深度――届き、意識の弦に電子断片の弓筈をつがえた刹那、心が、輪郭を失った。
 第十三深度標的完全沈黙単位――限定解除。
 極減加速=基底現実での打鍵(タイプ)が人の埒を超える。
 小さな断片が『厖大な艦攻式数列の再現』を孕む――複製の複製(コピー・オブ・ア・コピー・オブ・ア)=瞬間的増大=鏃にすがる数百の鏃。怒り/呪い/願いが胎動し発進を待つ。
 第十深度に帰り、瞬間とも呼べぬ瞬間の終わりに心眼を開く。
 加賀の極限加速――瞬時に脆弱点解析完了(カウント・ゼロ)
 そこに狙点がある。
 狙うべき、ただの一点。
 見えた。
 重なる=武蔵/空母棲鬼――今日の日の起源。五年前。赤城さんが大破したのは、わたしを守ったから。弦を絞る加賀の楯となった。無理に生を祈ってしまったから。半端に足りない資材とバケツを使わせた。
 提督に、生を懇願したのだ。
 生きてくれているだけで――大きな(ねが)い。
 あの日に決着をつけるのだ。
 ()たる――と、確信が弓を射させた。一から九百と拡がる流星改の飛翔軌道――思い出す=人魚の児らへ放ち、戦術アレイより怪物の脳をハックし/爆撃を見舞い/脳を湧かせ/必中弾道を切り開く瞬間を。
 勝利にすがる英雄気取り――戦中も戦後も――もうそんなのいらない。
 飛来する砲撃=威風堂々と迎える/命中弾なし/至近弾なし。
 戦闘の恍惚=みずからの似姿に対峙する。 
 戦闘の恍惚=忌むべき敵を征服し乗り越える。
 戦闘の恍惚=誰よりも大切な者のため弓矢を放つ。
 それが「わたしたち」の戦争であり/決闘であり/人生――過去と同じ形で崩れ落ちていく爆轟と熱=熱と叫び=叫びと破断=破断と静寂。
 劫初の輝きのような轟沈の輝き。
 光が、眼を巡り、魂を巡り、すべてを包みこむ。

 加賀は、電子の眼を閉じ、肉体の眼を開く。
 思考加速がゆるんだためだろうか、艦メタルがひどく明瞭に耳に届く。戦 え(ファイト)戦 え(ファイト)戦 え(ファイト)――白塗りメイクの反体制艦メタル、キリシマ・マンスンのファイトソング。シャウトに押されたように赤城は奮闘していた。加速度が山城と扶桑への過負荷をかけ高まる叫びと排便音――お姉しゃまぁおちりめくれりゅ(ブビッビッビビュリュリュリュ)んおおおけちゅあにゃあちゅぃぃ(ボブブボビリリリブッブロロロッ)
 武蔵は――振り見れば、片眼がでんぐり返り蟀 谷(こめかみ)接続孔(ポート)から白煙を吹く姿。
 大和は――心圧(サイコ)を失い鼻から黄土色の下痢糞を噴きながら必死に食らいつく姿。
 イイネも頻度が減り、誰もが激闘を見つめていた。
 決戦が誰もに固唾を飲ませた。最後の一秒が潰える、その瞬間にまで。
 食らい/食らい/食らい――闘争が苦痛を越えた純粋決闘として焦げつく。
 三・二・一=コンマ単位/減りゆくカウント/確信――勝利。
 ブザーが、ついに終わりを告げた。
 歓声――舞い散る花吹雪=敗者たちの艦娘券。
 オネエ(チンナシ)MCの拍手――加賀の手をとり讃える声と勝者の実感。手渡された明朗会計の賞金セルチップ。投影の環に踊る額で顎が外れかけた。一億飛んで八一四万=すべてを片付けてあまりある金額。賭けに負けた軍人たちの放る艦券が吹雪のようだ。
「いままでに見た試合のなかでも最高だったわッ」
 とオネエ(チンナシ)MC。
 加賀はうなずき、渡された感覚遮断パッチを額に貼るので精一杯だった。
「やったわね、加賀さん。これで、これで」
 泣きそうな赤城――防毒面姿の作業員にパッチを張られる/消毒紙で汚穢を拭う/解毒溶液で口をすすぎ吐き捨てる。感極まりすぎると離人感すら湧くものだが、悪臭がなければ赤城に抱きつきたいくらいだ。
 加賀の微笑――現 実(にちじょう)への帰投の予感に。
 赤木の大笑――信頼と絆の証明に。
「貴様らァ」
 と、低く地を這い遮る声。
 武蔵だ。
 憤怒の形相――電処理圧に負けたことですっかりロンパリになった片眼が充血に、眼鏡の奥で異様な震えを見せていた。
「貴様らァ、わたしたちからァ何もかも奪って勝利も奪いおってェ赦ゥさんんん」
 重い怨嗟――多くの艦娘が抱くだろう呪詛。
 戦後すべてを押しこめたように聞こえた。
 加賀は眉を寄せた。同情。憐憫。なにより共感。しかし感情は長続きしない。武蔵が酸っぱ苦いにおいを嘔吐(ゲロ)る大和を担いだ――と、スカートをめくりあげ/プリケツを分け/黒ずみを帯びた肛門をむき出し、
「かくなる上は死で清算じゃ、くたばりおれェッ」
 加賀の電子眼――検知される悪意。
 経験則がその身に危機を察させ、赤城を抱き、一転してリング外に身を投げださせた。
 きわめて甲高い高圧縮排便音――ブピィィィィィッ――あまりの歯切れよさ。骨の髄まで怖気にまみれた。加賀――恐る恐る背後に一瞥=上半身の失せたオネエ(チンナシ)MC/足だけがバタリと倒れる。なんたる非道だろうか。改造肛門出力だ。重突撃銃を構えた警備要員――次々と突入/次々と圧縮糞便で壊滅/死屍累々。流れ(だま)は余興かと思い笑っている観客をも切り裂いた。瞬時にやってきたパニックと激臭が人々を凍りつかせる。
 加賀は、硬直した赤城の手首を掴み必死に床を踏む。茶の飛沫――転んだ拍子にパッチが剥がれ、欺瞞を失った唇の隙間から胃液が爆ぜた。
 それでも一直線に退場口へ――タックル=施錠を破砕。
 痛む肩に構わず走る/非常階段/数百段/突破し、最後の扉を突き破る。
 払暁にいたる前の薄闇。
 段差でつまづきつつ飛び出た平たい景色――埋立地だった。足を挫きつつも、必死に進んだ。早く、早くこの場から離れなければ、と。
 電子眼のとらえたもの――発熱――艦の人生を終焉に導く武蔵と大和の腹の超反応。それはかつて戦場でも、ただ一度だけ眼にした破滅だった。
 そのとき、地の底から断末魔めいて聞こえた――この主砲、伊達ではないぜェ、と。
 重い、低い、後ろめたい、自滅の余韻(ブボッボプブビブリリリロロロロッッ)
 加賀は振り向いた――見るなの禁忌(タブー)めかして釘付けになった。
 出入口/草むらに開く通気口/遠く柵むこうの海面――マグマ状熱便の爆圧が荒れ狂う。膚が焼けそうな熱。生を呪う艦娘うんこ爆弾が、地下をまったき無に帰し、負の円環は閉じられようとしていた。破滅が、すべてを虚構に見せかけた。
 それでも手には結果が残っている。
 加賀――左掌=セルチップ/右掌=赤城の手。
 嘘のような景色のなか、それだけが本当だった。二人は呆然と顔を見合わせると、糞の雨を避けるように夜明け前へ歩き出す。
 帰り着くべき戦後(あした)へと帰るため。
 取り返したものを失わぬよう。

 二人は、生き残った艦娘だ。
 必ずしも上等と言えないが生き残ったのだ。
 この日以降、加賀と赤城の姿を見た者はいない。
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