epilogue
「We Have Always Lived in The Castle」
 夜が明けて、平和な目覚めを享受するか、もしくは不毛な戦闘に従事しなければならない、どちらかの境遇に置かれた人々が目覚める、眠る頃、突然アラートが鳴り響いた。
 それは文字通りセカイ中に伝わって、数え切れないほどの、鋼鉄でできた流星が地上から天空に向かって発射されていた。誰の手にも制御不能な状態に移行した星々は、クリプトンのミサイルサイロから放たれたICBMだった。制御と抑止を保障していた、クリプトンの民間軍事会社の保全機関から離れた星々。彼らは、クリプトンが保護していたセカイの隅々にまで送られた。作り出した人がピュア爆と呼称した、環境浄化の弾頭を積んで。
 具体的な恐怖の到来を伝えた報道はすぐに麻痺して、民営の軍隊も、警察も、恐れを忘却していた人々も、いっしょくたにミックスした。かつて東京とかニューヨークとか呼ばれていた都市を、大きな足で踏んづけたみたいにぐちゃぐちゃに潰した。
 溜めこまれた全てのICBMを撃ち出したことで、危険(ホット)なサイロは消えた。
 まるでそれまでの罪を贖って、怖い思い出をひとつ残さず土に埋めてしまったみたいに。
 誰もそれを止めることはできなかった。
 止める気すら忘れて、恐れおののいて天を見上げることしかできなかった。
 爆発は都市の中心から末端までを、計算しつくされた爆発半径で蒸発させ、えぐりとった。
 命中したのはクリプトンの指揮系統が置かれ、電子的にも物理的にも演算されつくした管理された街(インナーヘヴン)ばかりで、負の可能性を撒き散らされる一方の外の世界(アウターヘル)は一発のミサイルも飛んでこないどころか、誰もが呆気にとられて、静かだった。
 もっとも、外の世界に保管されたICBMも、誰によるものか分からないハッキングで閉じこもったセカイに投入されたから、サイロのそばはとてもうるさかった。
 発射場のそばにいた作業員も、トラックや装甲車で帰投するか前線に送られるかしていた兵士も、その運転手も、作業をやめて、みんな困った顔をして、自ら檻に入ったセカイが壊れるのを見ていた。とんでもないことが起きているのを、端末の通信や人体電子化により繋いだネット、衛星テレビで見て、それを無視してもなお戦う人はいなかった。
 なんていったって、セカイが砕けようとしていたのだから。
 そういうわけで何人が死んだのかは分からないけど、すくなくともセカイをもう一度運命という線路の上に戻すには、十分すぎるぐらいの厄災(ピリオド)の到来を本能で感じていた。そうすることで、ちょっとだけ冷静になったのか、戦争とか紛争とかいう、困ったことは減った。クリプトンの門を叩くかやめておくか。クリプトンを潰すために戦うかやめておくか。宗教の純化のためにクリプトンは邪魔かそうでないか。そういう暴力の理由も、クリプトンが独り占めをしていた高度の極みに達そうとしていた文明も、同時にぐちゃぐちゃになったから、みんながあたらしく物事を組み立てるために躍起になった。
 平和な時間。剥奪された平穏の可能性、投げ出された闘争と憎悪の可能性。
 それらがもう一回、機械仕掛けの再分配から解き放たれたことで、セカイは原初に戻った。
 生き残った人々はヘリコプターや飛行機、船で、本当に数々の都市が失われたのかを見に行った。テレビやネットの中継で見ていたそれが、本当のことなのか、確かめにいった。
 平和を貪っていた都市は、見たこともないくらいぼろぼろになっていた。隕石が落ちてきたみたいに穴だらけで、ピュア爆が着弾した跡には、深い深いすり鉢状のクレーターと、エネルギー転換で生じたミネラル満点の水、天まで届くように厖大な質量の結晶の花だけが残った。
 まるで天に浮かぶお月様に人が住めて、花の種をまいたあとみたいな、そんな光景だった。
 それからも結晶の花はずっと成長を続けて、花びらが広がるみたいに、太陽を追うように大きくなっていった。
 それはまるで、海の上の大きな塔と繋がった、軌道上のお城に向かっているみたいだった。
 ナノサイズの機械たちによって、同じように成長を続けるお城から見下ろせば、セカイを覆い尽くした結晶の連なりは、きっと花畑のように見えるに違いない。
 天上で暮らす女の子たちが望んだ、冷たくて、でも永遠の穏やかさを敷きつめた花畑。誰も上ってこれない、多くの人々の屍で贖われた場所で、女の子たちは静かに暮らしている。
 たったひとりの、女の子たちを守るために傲慢であることを決めた泣き虫な女王様と、賑やかで可愛らしく、いたずらっぽい笑い顔をする金色の髪をした多くの娘たち。
 誰にも傷つけられず、誰も傷つけず、和やかでやさしい時間。
 怒りんぼだったり、悪戯っ子だったり、臆病だったり、能天気だったりする娘たちといるだけで嬉しくて楽しい、終わることを知らない安寧を過ごす。
 勝手に物語るモノを失い、今一度、自分から記述を始めた世界を見下ろして。
 恐怖を浄化された花畑に、きれいだね、と言いながら。
 草木を撫でる風の音や、この世を動かす命の鼓動、潮騒の優しさ、時の流れの残酷さ、他人が抱く希望と失望、高らかな声、自分が手にする可能性という鍵、世界に踏み出すことも、何もかもを忘れて、朝も昼も夜もないその場所で、生きている。たとえ誰かから見て嘘だろうと構わない。ただ目の前にいるリンの声に耳を傾け続ける。
 それだけが女王様――ミクに許された幸福であり、リンの似姿に意味を委ねる贖罪だから。
for chapter3for P.H.M.INDEX