ぶん投げクロスオーバー小ネタ。
屍の歯車:ネクロギア
 招集を受けたとき、ウィリアムズは相棒と映画を見ている真っ最中だった。それも平日の昼間から。いい年をして妻子持ち。なのにこのざまなのは顧みれば阿呆らしいが、これこそが日常だからしかたない。ストリーミング配信によるプライベートライアンの一時停止。作戦中から私生活まで付き合いのある三十男の、退屈そうな顔。ティーンエイジャーがキャンプの終わりに見せるのと大差ない表情に、ウィリアムズは思わず吹き出しかけた。
「呼び出しだ」
 ウィリアムズは言い、ピザの油でぬらつく指を舐めた。
 シェパードは車椅子の肘掛けを頼りにほおづえをついたまま、バドワイザーを含む。本人は気づいているのかいないのか、露骨な不満で面持ちは平坦の極みもいいところだ。ウィリアムズに眼を据えたまま、玄関口に小さく首を傾げ、
「わかってるよ。行ってくればいいじゃないか」
「そうすねた顔をしなさんな。作戦が終わったら、また付き合ってやるよ」
「期待せず、暇を持て余して待ってるとするよ」
 ウィリアムズは大袈裟に肩をすくめて見せ、
「冷たいお言葉。じゃ、いっちょ行ってくる。変に運動するなよ、医者に怒られる」
「ご心配どうも」
 とシェパードがバドワイザー片手に手を振る。ウィリアムズは残ったハラペーニョを一切れつまみ、リビングルームを出た。東ヨーロッパでターゲットの的確な殺害と引き換えに、大怪我をしてから二週間。相棒はあの地で何を見聞きしたのか、すぐにおむずかりになる。あるいは作戦に参画できないのがよっぽど退屈なのか。どっちにせよ、とウィリアムズは思った。
 ウィリアムズもシェパードにしても、そろって生まれついての殺し屋(ナチュラルボーン・キラー)でこそなくっても、訓練でそれらしさを手に入れたプロフェッショナルだ。教官が奇跡とともに尻の穴に突っこんでくれた御業(ギフト)。その使い道も自分のあり方も理解してる。そういう人間だから、東ヨーロッパへの物理検索作戦も無事に完遂できた。巨人のボールペンめかした降下鞘(ポッド)で降り立ってから、敵陣の中心へと密やかに突っ切り、虐殺の指導者を処理できた。そいつに知的傭兵として寄り添っていた、なんとも恥知らずなアメリカ人もろともに、だ。
 しかしそこで怪我を負ったのが運の尽き。
 シェパードは短いとはいえないだけの療養をしいられていた。最低でも三週間。いささか心に毒だ。困った男だな、おれもあいつも。ウィリアムズは鼻を鳴らし、三角形にカットされたパン生地を噛みしだく。と、ウィリアムズは一旦振り返り、帰ってきたら別の映画を見ようぜ、と告げて笑った。返ってくるのは、モンティパイソンはお断りという一言。先手を取られ、浮かんでくるのは苦笑だけだった。まあ、帰ってきてから決めようじゃないの。
 そして、司令部からの呼び出しに応えて一路、ヴァージニアに飛んだ。行き先は国防省(ペンタゴン)だ。
 大事なのはI D ら れ(アイディーイング)ないようにすること。この仕事筋の面倒臭さだった。それというのはつまり、自分が誰か、どこ所属かを識別されないことであり、例えばウィリアムズが私服で訪れたのもそのためだ。勲章でピカピカのお召し物などもってのほか。旅客機で空港に降り立ち、地下鉄で駅に滑りこむ。観光客と同じ手順で向かった。秘密めかして気を使わなくていい分、楽といえば楽だ。ゲートで生体認証を通し、口笛混じりに指示された区画へと足を運ぶ。
 会議室がまとめて押しこまれたような重ったるいブロックに入ると、とたんにドアの表記がいかがわしくなってきた。
 ひとつ、対テロ情報集約会議。
 ふたつ、特定尋問技術規定委員会。
 みっつ、危険生物抑止準備計画。
 そして、南アメリカMG拡散情報解析会議。
 スクラブルなら、どれも高得点を弾きだしてくれそうな字面だ。ひとつひとつドアを飾っている字面ときたら見方によっては陰謀論的というか、変質狂的というか、すさまじい字面だ。そして、いくつもの馬鹿げた字のなかに、ウィリアムズの目的地が見つかった。
 立入禁止。
 そう、シンプルにタグが貼ってあるだけの部屋だ。
「立入禁止、立入禁止、立入禁止……カフカっぽいな」
 えらくシュールな字面に笑いをこらえきれなくなる――にやける頬を揉んでから、ドミノの駒ほどの生体認証パッドに手をおいた。開いたドアの向こうには、スクリーンに資料でも投影しているのか、薄闇が広がっていた。ウェルカムトゥアンダーグラウンド、と耳許で囁かれるような気分。いかんともしがたい沈黙のなかへ、ウィリアムズは足を踏み入れた。
 政治屋のお歴々がおりなす、こまっしゃくれた闇の奥へ。

「Tウィルス、という名を耳にしたことはありますか」
 と言ったのは、疾病予防管理センター(CDC)の女だった。ブルネットにパンツスーツ。ジャケットを押し上げる胸はなかなかそそるが、健全な風采には違和感が絶えなかった。なにせ回りにいる人間ときたら、情報機関群のオフィサーや、防諜活動への政策調整でストレスを抱えているだろう議員連ばかり。つまり、ひとり残らず汚れ仕事を知っている人間だ。
 未知のウィルス、感染症、疾病。
 CDCもまた、そういった一種の汚れに触れていく仕事だ。
 十数年前、中西部の都市でアンブレラ騒乱が起きてからこっち、その価値は増している。職務も複雑化はしているだろう。なにせ国連直轄による対生物兵器テロ部隊――BSAAやそれと連携する世界保健機構(WHO)の螺旋監察官事務局との連携や情報交換、騙し合いをやっている。健全な国土、健全な国民生活を保つために。どいつもこいつも、健全さを求めてコン・ゲームをする。そうした仕事や、真面目な目つきを含めてもなお、周囲との対比でやたらと幼稚に見えた。あるいは、まともすぎる、とも表現できるくらい。
「アンブレラの遺物でしょう。人間をゾンビに変える、とかそういう」
「ええ。それだけではなく、アメリカ本土で唯一使用され、人の手には余るような、都市を壊滅させるレベルの破壊力を見せつけたものでも」
「ラクーン、トールオークス。そんなところでしたっけ……」
 と、ウィリアムズの脳裏に一昔前のニュース映像が浮かび、
「あとはハーバードヴィルもだ。それがなにか」
「今回の件に関係しています」
 CDCの静かな、自分に言い聞かせるようなうなずき。
 ウィリアムズは口を半開きにしてしまった。さっきまで聞いてた話――特殊検索群から対敵活動ディタッチメントとして選出され、請け負わされた仕事は、聞いた限りもっと単純な様相を呈していた。中南米に位置する小国、バル・ベルデで確認された、二足歩行戦車(メタルギア)の亜種を対象とした偵察。あるいは破壊。世にも有名なシャドーモセス事件で拡散した、金属の歯車という技術思想に引きずられながら、次から次へと生み出されていく怪物への対応としては珍しくもない処置だったはずだ。どうしてそれにウィルス兵器が結びつくのやら。
 困惑に応じて、CDCが問いかける。ウィリアムズさん、あなたはTウィルスのもつ特異なエフェクトをごぞんじですか、と。
 知らないでもない。でも知悉しているわけでもない。ウィリアムズが知っているのはゾンビを生み、遺伝子を改築した化物も生む、という神をも恐れぬ代物だということくらい。
「Tウィルスの特性としては、あなたが言及した、ゾンビ、というものが基本です。これは大脳新皮質の壊死、代謝の促進からくるもので」
「見たことがあります。この手で殺したこともね」
「では、ことさら細かい説明はいりませんね。問題は、これが死体にも影響するということなのです。死者を、その」
 CDCは冒涜的なためらいを喉につまらせ、
「蘇生させる効果があるのです」
 女の整った目鼻立ちが、四角四面に貼りつく精神性さが、“蘇生”という不気味な言い回しを冗談めかす。こりゃ幼稚とかいうあれじゃねぇな、とウィリアムズは思った。単に自分が何を言ってるのか把握しきれてないから、ふわついて見えるだけだ。馬鹿げた話をされると笑いを堪えるのも大変だった。周りが笑っていない分、余計につらい。
 ゾンビ。このぶっ飛んだ概念も、ウィルスが人体に影響を及ぼした結果、という科学的な前提が用意されているから実態としてつかめる。危機として認識できる。
 だが、死体を蘇らせる、とは――死とは不可逆で、ウィリアムズは業務上の感覚としてそれを理解していた。銃爪を絞りこみ、運動エネルギーによって回転を得た銃弾が、目標の頭蓋骨に吸いこまれる。力をこめて腕を引き、喉にあてたナイフが頸動脈をざっくりと断ち切る。中枢を壊したり、血流を断ってしまう運動が肉体に伝達され、命を奪い切ることで発生する死体という肉の塊は、当然、生命活動を再開しようがない。常識だ。だのに蘇生とはこれまた、とウィリアムズは眉をひくつかせた。蘇生という言葉は、生物界のパターンを超越した異様さは、科学的な根拠を超えたどうしようもない不条理と、嘘っぱちのにおいにまみれていた。なんと言われたところで、お笑い種としか感じようがない。
「冗談でしょう」
 と言うウィリアムズの頬は引きつる。訪れるのは沈黙で、同席しているロックウェル大佐ですら黙ったままだ。静観していたCIAが咳払いで間を継ぎ、口を開いた。
「お膳立てはその辺にしておいて、本題に入ろう。今作戦における偵察目標は、Tウィルスによって作成されたメタルギア亜種なのだよ。確認されたのは一週間前だ。ウィリアムズくんといったか、きみは、バル・ベルデに虐殺行為の可能性が指摘されているのは……」
「ええまあ、CNNで見た気はしますが。詳細は知りません」
「充分だ。亜種は、その調査のため大統領が派遣したエージェントによって確認された」
「メタルギアによる虐殺ですか」
「いいや。虐殺は連中の、その手と銃、それからナタによって執り行われた。実にシンプルなものだ。問題は、死んだ人間の数ではない」
 いとも簡単に言ってのけた言葉の重みに、薄闇のなかでざわめきが爆ぜた。誰もが理解しているのだ。遠くの地で死んでいった人々の存在は、いま立っている場所の土台になっていた。その死は分析用の情報となり、統計となり、命から切り離された断片でしかない。
「命を奪われた人々の行き先です」
 と、CDCが顔を伏せてつぶやいた。
 CIAはため息をつくと、枯れ木に似た細い指で額をこすり、
「われわれは、あの怪物をメタルギアと呼んでいいのか、いまだに決めかねている。最初にアウターヘブン――あの要塞国家で確認されてからというもの、タイプDや、シャドーモセスの機龍が開発されてきた。それだけじゃない。海兵隊のもとで開発されたRAYや、アーヴィング。さまざまな形式があり、いくつもの亜種も確認されてきた。だが、これは……」
 ためらいがちに言葉を切ると、テーブルに表示されたコマンドバーを指先でなぞり、
「アンブレラや、その後釜に座ろうとした企業の生んだ生体兵器(B.O.W.)と何が違うのか」
 スクリーンとなった壁面に映しだされたのは、決して解像度が高いとは言いがたい画像だった。被写体は全高が四メートルほどのアーヴィングタイプシルエットだ。平べったい頭と、逆関節による二本足のしなやかな線。あらゆる戦場に現れ、いまやPMSCsですら運用している、グリーンワーカーならば誰もが見慣れた怪物。
 勝手知ったる怪物のはずだ。しかし機体表面に張りつく膚色のテクスチャだけが、奇妙に生っぽい。特殊検索群の同僚にもいるヒスパニック系の、その膚を、いくつも重ねあわせたような濃淡だ。一般には迷彩やタンカラー、そうでなくともODで塗装されているだろう機体は、“命が宿っているかのよう”だった。それだけではない。二本の脚には、いや、その他、機体の各所には、工業製品では得られない柔らかな曲線の集合をなす丸みがあった。有蹄類のES細胞から作られたパッケージング済みの人工筋肉――本来、脚部に使われているはずの生体素材とは致命的に違う、いやらしいまでの生き物っぽさが絡みつく。
 節々や表面には、赤い亀裂がランダムに走っていた。まるで、縫合された傷口じゃないか。画素の限界で滲む赤を見たウィリアムズは、そんな印象を抱いた。一種の残酷なフェティッシュに似た忌々しさを縫いこむ色合いだった。
「これは、虐殺された民間人のパッチワークだ」
 CIAの厳かな宣言には、だからこそ現実味がなかった。
「Tウィルス、屍を操作するナノマシンプラグイン。その二点によって死肉をこねあわせた、われわれがいまだその全容を認知しえない、化け物だ」
屍の歯車(ネクロギア)……」
 ウィリアムズのつぶやきが、闇のなかに波紋となって伝っていく。どこからそんな気の利いた言葉が出てきたのかは、ウィリアムズ自身にもわからなかった。
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