電脳軍事探偵あきつ丸
黒呪起点:大天使のように


消えやすき少年少女影踏み合ふ
――中村苑子


 (はげ)しい雨が祭り囃子のように打ちつけていた。
 澄んだこしらえの窓は雨水に溺れ、二階のその部屋へ接した常夜灯の放つほのかな光が、風に揺られる樹海の梢を映えさせていた。中野学校鳴沢分校。くたびれた校舎は貧相と云って余りあるが、見かけに反して空調はよく整えられていた。男は窓際のソファに深くかけて資料の束を矯めつ眇めつする。満遍ない仏頂面ときたら親戚が十度立て続けに死んだような趣で、偏屈さの緒さえも隠さない。
 書面は陸軍艦娘建造計画要綱の厖大な写し。それも呪術を全面に用い、いささかながら過剰な隠秘学強度をもつ建造を詳らかにしていた。
 艦魂降ろしのため、男はわざわざ青木ヶ原くんだりまで呼び出されたのだ。こうした旅は皇軍に属して、どころか流し込みを職務の核となすからには付き物であったし、一種の憑き物とでも云えるほど男につきまとっている。それは腕の良さゆえ――という以上に、登戸の工廠部門にあって古株であるがゆえだ。研究棟の地下にこもって、うら若い娘子の頭蓋をひらいては灰白質に艦娘らしさ、または艦魂と呼び習わされる物語を書きこむ。人倫を逸する職務ときたら、正気を後生大事にしていた同僚が何人、神経を乱して郷里に逃げ帰ったものか数えきれない。かような職場に、男は案外に馴染んでいた。憐憫を腹に抱えるでもなく、職務的な無関心によってある程度は切り離すことができてしまった。そればかりか天職かもしれない、とこの時世でも不謹慎な思いを抱くこともしばしばだ。
 まっとうな人間の気疲れも当然だろう。媒体として扱わなければならないのは決まって娘子なのだから。お国のため。仕事なのだから。どう云い訳を負ったところで、年端もいかない、ことによれば児童の脳髄をいじくり回す作業は相応の後ろめたいものだ。そこにあって男の、無神経にも近い無情は貴重で、実際、十年に満たぬ若輩者でありながらも古株となってしまうのだ。その冷えた調子は、外様衆が投げかける「憑き物降ろし」、という実相を慮れば的外れでないにせよ呪術臭いあだ名も、さして気に留めない。
 とにかく、古参が手練の同義語としてありがたがられるのはどこの職場でも同じだ。
 そうした憑き物降ろしとしての仕事は、その一端をすでに終えていた。昨晩、素体検診において十三人にほどこした前準備だ。
 最終選抜試験。建造の末尾にあたる段階において要される、暗示のたぐいをほどこした。素体に艦魂を定着させるための措置は、男の見知ったそれよりかいささか複雑だった。大陸を起源とする呪術をもって彩られていたのだ。
 それすなわち蟲毒である。
 虫や獣のたぐいを相争わせ、共食いさせることにより、生き残った一匹を強大なる呪毒、ないしは神霊のたぐいとする術。古くは隋書にも記された邪法。そのおぞましい式が、この地において、人間の娘による運用をなされているのだ。心理学的調整のオーダーには術の輪廓に触れず二、三の特別処置をほどこすようにとあった。
 人という生き物のさがなのか、皇軍も当然のことのように、有用とあらば与太話も取りこむ傾向がある。艦娘はその産物だ。少女に鋼の因果を降ろして、いわゆる魔術の補強を得た艤装を、人魚の仔らへの対抗手段となす。各軍に出る違いは手段でなく程度にあり、陸はとみに無節操なきらいがあった。ここに投じられた蟲毒、そして式をなすために準備された十三人も娘も、そうした必要悪のひとつといえた。
 男は十数時間前、式のはじまりに立ち会った。分校校舎。教室に詰める十三人に、教官は高らかに宣告したものだ。
 今更、云うまでもないだろうが、貴公らが今日まで徹底的な教育を受けてきたのは、<あの艦娘>の素体として、ふさわしい技能を修得するためにほかならない。だが、貴公らのなかで<あの艦娘>の素体となることのできるものはただ一人。選定方法は単純だ。蟲毒。きみたちが脳殻を提供する<あの艦娘>は特別だから、その素体として選ばれる者は、相応の呪力と、そして生命力を有している必要がある。貴公らのなかで最も優秀なものが、<あの艦娘>の素体となる資格を得ることができる。
 十三人の娘たちに投げかけられ、そしてまた最後の一人のためのことばでもあった。生き残った者は一切合切を注がれ、<あの艦娘>を襲名し、帝国の間諜となる。それはあまりにも無体な指令に聞こえた。蟲けら同然の命。戦災孤児として集められた娘に選択の余地などない。通常の手続きである誓約書の一枚もしたためたことさえないのだから。
 はじめからそうだった。はじめから備品として、躯体と、器となると決定づけられた。この地に立つ前から、みなわかっている。
 だから、殺しあいは最初から容赦がなかった。
 同じ釜の飯を食った娘たちは、アト・ランダムに与えられた武装を駆使した。昼夜を問わずして待ち伏せし、道具を奪い、罠をしかけ、寝込みを襲い、一人一人を確実に仕留めながら、最後の一人となるまで駆け抜けた。樹海神域は血の気配にざわめく。
 みな、優秀だった。中野で育てられた娘たちは、隠秘学といういびつな闇に接する作戦を遂行すべく、間諜としての技術をあまさず叩きこまれてきた。教官による適正確認の眼に寸分の間違いもない。全国各地より検索され拾われた素体――帰る家のない娘たちは鬼子となるために艦娘選抜課程を競い、生き延び、必死の努力は美事なまでに実を結んだ。十三の、死の果実。だからこそ、殺し合って最後の一人となることは、桁違いの難度となる。
 娘たちは同期生を一人、また一人と屠って闇に溶け、木々を抜け、地を這い、毒に染まっていった。候補者の眼に植えた分解能ナノマシンは、多くの死を絶えず記録していく。それを映す壁一面の受像器は、いまや十三のうち三つを残して砂嵐にまみれていた。
 二つの、受像機に動きがある。
 視線をあげた男の眼に飛びこむのは、死に物狂いでもがく視野と、縄に首をくくられた少女を見上げる視野による、一対の死の情景だ。壊れゆく人体の漏らす喘鳴が、音響装置(スピーカ)に増幅されて耳につく。さしもの男もこればかりは不愉快さを隠せず頬がこわばった。
 と、画面に付随する生体情報が水平線(フラット)に――
 ほんの短いあいだ、画面で風に揺れた縊死体はあたかもてるてる坊主のよう。
 少女の瞑目と受像機の暗転。
 樹海に残るは、もうただの二人だけ。
 一人は、一等に優秀な娘だ。艦娘選抜課程における主席であり、人を殺める手際はもちろん生存や隠密といった、要求される要素の一節一節を、指先から脳の髄まで深く織りこんでいた。つい数瞬前に命を奪ったのも、その指先だ。戦場には殺しに長けた人間と不相応な人間の二種がおり、統計が語るところによれば少なくとも八割が後者に属するが、少女は前者として適応しきっていた。身のこなしは死神そのものだ。
 もう一人が生き残っていることは、男にはとても意外に思えた。印象を裏付けるのは分厚い資料の一郭をなす調書だ。憑き物降ろしをスムーズに執り行うには、霊素や適正プラグインの項を重んじるのと同じように個人のパターンを知ることを求められる。そうした技師としての請求を満たそうと性格や成績といった要項から精錬した文面は、少女の抱く情動を書き留めていた。人間臭さと云い換えられる揺らぎが愚鈍たらしめ、成績は課程における底辺に沿う。検診の際も、可愛らしいがいやに白く、まさに紙のような、との修辞が似合う顔に際限のない不安をにじませながら、上目遣いがその気性を垣間見せた。そこにあったのは劣等生としての屈折や死に臨む不安であり、湿った情動は場が場なら幽霊を思わせただろう。
 しかしながら調書はこうも指摘していた。
 この素体は人を惹きつける素養をもっている、と。
 検査官は天性の有用さを見出し、事実、もう一人の生存者とは絆と呼び相違ないものを築いていた。手を取りあい、助けあい、励ましあって競争を勝ち抜いてきた。掛け替えのない戦友。本来なら中野の生徒として許されない甘えだ。その種の心理を抑圧する手立てを、教官は教えこんでいたはずだった。
 にもかかわらず一対で支えあい、ここまできた――食いあう最後のときまで。
 二つの受像機は再会の瞬間を待っていた。
 男は二度めの通読を終えた書類をかたわらに伏せると、声を上げた。なぜ、と。ひと声に応じ、安楽椅子にかけた老人が首をゆるりと向けた。凄惨な映像を前にくつろぐ様子はこの部屋の主にふさわしい。今更になって何の懸念がある、と云いたげに続きを促すのが左眼だけなのは極度の斜視ゆえである。
「なぜ、わざわざこのような大雨を選んだのです。事前から機を細々と図っていたように思えますが、それに関する項目がどこにも記されていない」
 最終選抜を前に老体が天候をひどく気にするのを何度か、耳にしたのだ。それは願掛けにも近かったことも。物云いに添う陰険さを含んだ眼つきも気にせず、老人は唇を舐め、
「きみには詳しく話していなかったかな」
 応じる声はひどくかすれているが、どこか楽しげでもある口振りだった。
「ええ、おそらくは」
 と控えめな批難を含み、
「こちらの書類にもありませんでしたね」
「急ごしらえでまとめたものだからな。すまないことをした。そうだな。いわば、音によるごく複雑な揺籃状態(トランス)だ。呪文、祭文、祝詞――それらが音の波で魂を呼び下ろすように、呪を作るようにこのひどい雨の響きが、あの子らの肉体に物理的作用を及ぼし、式を高める。それに身を叩く拍子(リズム)が、霊素に揺らめきをもたらす。科学と隠秘学の中間を試せるときを待ち望んでいたのだ」
「あの音の響きに閉じこめれば、あの子らの魂にも蓋をできる、と」
「そう、その通りだ、中禅寺くん」
 名を呼ばれ男は顔をあげる。
 この場の責任者にして自らの上長となる老体、曽我は杖を取り上げると握りを人差し指でとつとつと叩き、いささか眠たげな面持ちに瞼を細めた。
「ひとつの戦闘本能へと統合するには固く封をしなければならない。きみも知っているだろうが、本来、蟲毒とは一なる壺に有象無象の虫を押しこめるものだ」
「蛇、蜈蚣(むかで)、蠍、蜘蛛、守宮(やもり)のたぐいをひと処に押しこめ、たがいに喰らい合わせては死への怒りを、生への望みを煮染めて最後の一匹に寄せ集める。それをもって呪いとなす。陰陽の式や西洋魔術の使い魔と軌を同じに見せかけながら、呪毒の精錬に重きをおいてある術ですね。厭魅のたぐいと同じくして、本邦においても古来から禁じられてきた。しかしながらその実質においては、アナクロなる形代(かたしろ)を使った式よりもよほどたちが悪い」
 先に頭へ巡らせたばかりの式を諳んじる。
「博識だな。そうした工程をより密にとりおこなうべく、彼我の耳目をかたく塞ぐあの音響は檻としている。ただ樹海を壺とするだけでなく、音の檻に意識を閉じこめ、逃げ場をなくし、禍をただ一点に封じる」
「心理学的効用と隠秘学を蟲毒に結ぶわけですか」
「ああ、察しの通り。きみの準備と同じだ。そして、昨日頼んだひと手間もそこに通じる」
 準備というのは素体たちにかけた暗示のことだろう。呪術と心理学は同軸にあって相性が良い。ここで考えがつながる――曽我の云うひと手間に含まれていた感覚器、こと聴覚と触覚への心理学的な反応度調整は、そこにあったのだ。
 中禅寺は応えず、憂鬱そうに窓を一瞥し、
「まったくひどい雨だ。まったくもって呪をなすに適していますね」
 と呟いた。
 かすれ声が愛おしげな上擦りを含み、
「この雨脚なら、およそ障害はあるまい。硝煙弾雨のように身を打ち、ただしく呪を奏でてくれる。予測をくれた機関科学の恩恵には感謝するほかない。中央気象台には感謝状でも送らんとならんだろう。いくら案として提唱したところで、これまで実際に用いることができた先例(ためし)はなかった。先代までは、気象予測がうまくいかんでな。それに、今度はきみが艦降ろしの仕立てをしてくれたからだろうか、あの子らはきっと善い諜報機械となってくれるに違いないと思える。きみ自身、そうは思わんかね……」
「確信は少なからず。しかし――」
「しかし、なんだ」
「ぼくには不安があるのですよ。たしかにあの子たちは一に統合し、価値ある艦娘の形をなすに違いはありません。しかし――呪としての密度が度を越して高くなるのではないか、と思えて仕方がない」
 曽我老人は興味深げに杖へもたれ、
「思うところは」
 中禅寺は一片の思案を口に含むようにして口許を撫ぜてから、すうと鼻息を立て、
「この式は国体護持に過ぎたるもの、と」
「予感かね」
「ええ。何百と艦魂を降ろしてもいますと、ときたま物思いが差します」
「杞憂となることを祈るよ」
「そう――ですね」
 生兵法は大怪我のもとになる、という修辞を中禅寺は平然と飲んで腹に唱えた。
 それを知る由もない曽我は、
「しかし面白いものだ。隠秘学の範疇を科学として統べるきみが予感に信をおくとは」
「なにも不思議なことなどないのです。知見と経験則の重なりが予感の形をなしているにすぎないのですから。それを第六感と呼び如何わしく変えたがるのは、多くの場合、無知に由をもつ誤解でしかない」
「ほう……」
「少し口が過ぎましたかもしれません」
「気にもせん。よほど無礼な口の利きかたをする人間を何人も知っとるからな。兎角も、言わずもがなではあった」
 それ以上は音響装置(スピーカ)のこぼす足音に妨げられた。少女の片割れが、足を速めて目標に狙いをさだめていたのだ。中禅寺は奥歯を噛み締めて気まずさを装ってから、
「ああ、どうやら器が決まりそうですね」
「そのようだ。まさか、あの娘が生き残ろうとは思わなんだ。見たまえ、黄泉比良坂が開くこともなく、産霊をほどかれた魂がひとつの器に寄り集まる」
 老人は眼を瞠ると、受像機に一心を注ぎ、
「雨よ、逃してくれるな」
 止め処もなく降りしきる雨が、少女たちの顔を、手にした刃を洗っていた。
 殺して。一人の少女が云う。はやく。そう、短く急かした。殺して。いっそ痛々しいほどに優しげな、虚無をたたえたその声色が刃を招いた。もう一人の少女は組み敷いた戦友の喉許に、短刀(ナイフ)の切っ先をあてがっていた。薄い創傷にはひと筋の紅があふれて、雨が交わったかと思えばはらはらと血の花が咲く。みずからの手で砥ぐことを義務付けられた、純粋な殺意の具現である尖端にしがみついた紅が、昏く血管のよう。どうして、何も抵抗しないの。人殺しの少女は低く、なおも低く問いかける。どうして。雷光が瞬いたかと思うと、慈しむような白子のかんばせを明るみにさらし、死に焼けたかんばせを影絵とした。
「ひどい雷だ」
 と、中禅寺は窓越しに閃く空を見上げ、
「まったく本当に、ひどい雷ですね」
「ああ」
「魔が降りるのにこれほど相応しい日はない」
 中禅寺は、二者で完結する声に耳をそばだてた。
 みずからも呪に浸ろうとするようにして、音の檻がとざす奥に思いを傾けたのだ。
 ■■■ちゃんのほうが、わたしより<あの艦娘>に相応しいと思うから。
 人殺しの少女が、黒に浮かぶわずかな相貌をくしゃりとゆがめる。生き残ること――それが自分たちに与えられた任務だったはず。怒気をはらみ、苦渋を砂のように噛みしめる声は問いとも叱責ともつかない。
 いいよ、わたし。
 静かに、ごく静かにかぶりを振る。
 ■■■ちゃんに殺されるなら、わたしそれでいいよ。
 ためらいがあった。殺しを鈍らせるそれは、戦場では許されない。だが、奇襲にあってなお抵抗もしない少女を前に手が震えていた。
 殺して。
 穏やかな瞳が見る。双眸を、ただまっすぐに。
 はやく。
 人殺しの少女はうめく。
 ■■■ちゃん。
 名を呼ばれるほどに震えは高まった。
 あなたに生き残ってほしい。優しい少女はそう云った。生き残って、艦娘になって、外の世界を見てきてほしい。祈りと懇願の中間色。それだけが、■■■ちゃんに何もお返しできなかった、わたしの願い――。祈りと呪いが紙一重の声色。わたし、四人も殺したんだよ。濡れそぼつ髪の毛の先をこすり伸びる指が頬に触れ、そうっと握り返した刹那、視界は一層にゆがむ。雨だけではない。止め処ない涙が見るものすべてを溺れさせていた。■■■ちゃんが生き残る確率を、少しでもあげるために。ひとつとて嘘はないのだろう。
 その眼が慈悲に潤む。ミカエルやガブリエル。そういった、大天使のように。
 ありがとう、■■■ちゃん。あなたがいなければ、わたしはきっと、今日まで生き残ることができなかったと思う――
 ほんの短い沈黙があった。
 それは願いであり、感謝であり、絆の結ぶ形而上学的な抱擁とくちづけでもあった。
 震えが止まって、意を決してか短刀(ナイフ)の柄が握りこまれたことを知らせる。幼さを残すなめらかな喉に刃がゆっくりと沈む。膚がぷつりと弾け、柔肉をえぐり、気道のゴムに似た硬さを断つわずかな衝撃。手応えが画面越しに感じられそうなほどだ。
 吐血は声ならぬ声となって、傷口からふつふつと湧いた血が、雨に洗われ淡くにじむ。少女の親友は着実に死に近づく。一秒、二秒、三秒――あと三十秒もしないうちに、身に宿る何もかもが失われる。突き立てた刃を、なかば反射に近い手首の動きでひと捻りすると、出血は一層に増した。
 気道からひゅーひゅーと吐息が漏れ出る。
 もう、助からない。それくらいは実地で戦いに触れた経験のない中禅寺にもわかった。
 ありがとう――
 総身よりこぼれていく命の紅を引いた唇が、そう動いたように見えた。
 やがて、少女はよろめきながらも立ち上がり、天を仰いだ。無数の雨粒。無数の柏手。無数の苦痛。鬱蒼と茂る木々の狭間に、光のひと筋とて見えない天蓋がのぞき、ただひとつの孤独だけが残されていた。少女は一体、何を投げかけるのだろう。みずから手にかけた戦友たちか。奪った命の重みか。呪の手触りか。
 きっと、そのどれもが重なった影だろう。
 少女に十二の死が寄る。
 緑の闇に、みなが死んでいた。
 緑の呪界に、みなが殺されていた。
 緑の煉獄の底に、みなが呪いとなった。
 緑の無間地獄の天に、雷鳴が祝福している――
 合わせ鏡に無限の奥行きが、永劫の結びへ囚う。
 そこに佇む少女は、もはや人の子ではない。友が命の朱をほどいた呪の産湯のなかに、護国の呪いとして生まれ落ちたのだ。
 生体電位を失くして稼働をやめゆく分解能ナノマシンが、絶命の数瞬を受像機に灯した。雷閃の照らすしとどに濡れた背は、疲弊をたたえながらも坂道へ力強く一歩を重ね、二歩を重ね、三歩を重ねて歩みとしていた。それはあたかも亡霊が現実なる此岸、諜報なる彼岸、という明暗の境で立つに相応しい坂姫へ、歩むごとに変わりゆくかのよう。
 いまこのとき、蟲毒が完全に閉じたのだ。
 中禅寺は安堵ともつかない吐息を気怠げにこぼす。
 ざらつく砂嵐が照る横に、最後のひとつは還りくる道筋を粛々と写す。雨はすっかりとやみ、雲間からの月光が重い湿気を浮つかせた。いまだ強い風に躍り唸る木々は、樹海を緑に燃えあがるかのようだ。
 杖を頼りに曽我が大儀そうに部屋を出ると中禅寺もまた腰を上げた。それまで静まり返っていた分校のなかはざわつきはじめていた。もうすぐ帰り着く娘を迎えるべくして、四方で職員らが動き出しているのだ。廊下に出ると、それ自体が警戒線の節となって歩哨に立つ、無言の屍体風情(フランケン)たちとすれ違った。
 霊素なる物語を注ぐことで操り人形として動く肉の機械。巡回用の符牒(コオド)を記述された歩みは人間に近く、しかし致命的なズレに生じた不気味の谷と呼ばれる異物感が、心をざわめかせた。十九世紀に端を発する霊素学と骨相学、脳機能局在論。屍者のシステムを織りなすそれらは艦娘や義体の技術的祖先ではあるが、艦娘とは比べようもない木偶だ。
 選抜を抜けたあの娘は、艦娘どころか生存本能と呪いをみしりとさせるではないか。中禅寺の心中に多かれ少なかれこごるわだかまりは、予感から不安を化合しはじめていた。蟲毒と結びついた艦魂が果たしていかなる結果を生むものかを、いささかも計算できやしない。十三の命を費やした式。編集された行動様式ではなく、単に艦魂を流しこむだけでもない。中禅寺はそこに思惑を超えていく何か――殺してもなお死なずして、皇国の掲げた七生報国なる戦時標語(スローガン)を実行するようになるほどの強度が芽生えてしまうのでは、とすら思えた。十三の生。十三の、命の殻。漠然としながらも拭いきれないそれが、眼の裏に危うさの赤を差す。外から届く、職員をせっつき廊下に棚引くサイレンの尾が一際、不吉に聞こえた。
 答えはない。答えはまだ出しようがない。長い時をかけなければ。
 中禅寺は蛇を睨み殺すような仏頂面をさげたまま、昇降口をめざす駆け足の白衣姿と肩を擦って、階段をあがり、技師として用を足すべくあてがわれた部屋の扉を引く。壁の釦を押すと、眼前を白く飛ばすほどに眩い照明が仕事道具を浮かばせた。
 記述台(フォーマッタ)。さほど広くもない部屋の最奥に鎮座ましまする、処刑具めいたその姿形。
 埃っぽい空気を浅く吸ったときには、中善寺の頭を技師としての空ろが占めていた。仕事の一環でしかないのだ。ただ、あの娘絵に降ろすだけ。
 おごそかとさえいえる手つきが、通電用のレバーを押し下げた。

 かくて、夜明け前の最たる暗がりのなか、中禅寺秋彦の手で<その艦魂>は降ろされた。
 建造された娘の名はあきつ丸。
 特殊船丙型の艦魂を擁する、護国の大呪である。

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