ギャル系暗殺アレ: Blood Stain Prologue. |
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Strung out with wings of the dawn
Hole in the black soul in the storm Torn down through the cracks in the dark We're miles adrift we're inches apart ――broken/UNKLE いわく、静岡の某山中に麻薬農園がある。 いわく、“ギャル”のなりをした殺し屋がいる。 この二つを耳にして、どちらかでも真実と認められる人間は多くない。単に都市伝説と思うはずだ。裏社会に伝わる凶兆めいた都市伝説、と。実体があると知るのは当事者か、うっかりと踏みこんで葬り去られる人間のみだ。 午前三時。 初冬の山裾は眠りについていた。 風の音が冴える闇から、満月の落とす光が茶畑の列をえぐりだしていた。底冷えと無縁で青々と波打つそれらの内実は、コカの木だった。茶の木と似通いながらもふちにはより丸みを帯び、法を逸する幻覚成分を含んだ葉は、単に不法と呼べる域を越す罪を茂らせていた。それも週に一度の採葉ペースで――コカの葉が成分の抽出に適するまで、通常、半年を要することを慮れば、頻度は異常としか言いようがない。小ぎれいな剪定に組織ぐるみの管理を隠しもせず、恐るべき速度で大金が生みだされているのだ。 だが無法を抱いた葉は、それを守っているべき歩哨の鮮血で濡れていた。畝には男が事切れる。太い咽喉は刃物によるなめらかな断面をさらし、 死のドミノとなった破線の果て、小さな工場に、すべての殺しをとりおこなった侵入者の姿があった。壁に張りつく大柄な少女の影。パーカーは頭にかぶる ニット帽からこぼれるゆるふわな髪は亜麻色に淡いピンクを帯び、浅黒い膚も、ホットパンツから伸びたむっちりした脚を包むストッキングも、いわゆるギャルの風体に近い。しかしチェストリグや頬まで包む 豊かな胸を持ちあげる鈴なりのポーチから、スプレーをとって壁面に吹きつけていく。人一人分の四辺となったジェルに信管を刺し、わきに避けると 「準備おっけ」 場と不釣り合いなのんびりした声だった。 少女は案じる。携帯基地局の通信トラフィックと付近の交通量、ドローンの得た航空写真から、敵性目標の数には細かな推定が出されていた。そこから導かれる突入から制圧への所要時間は、およそ五秒。腕時計のストップウォッチを起動する。 心臓付近か頭。 最小の動きと最大の効果が的確に命を奪いとる。カメラの連続撮影じみた音階にあわせて飛ぶ薬莢が、 制圧目標はあと一人いるはず。 と、白い視野に背の高い輪郭が揺れた。 直後、経験則任せに伏せた少女の頭上を火線の出迎えがかすめ、パック詰めされたコカインの山に命中して幻覚性の紗幕をなす。白けた視野の先――モスバーグ散弾銃の ストップウォッチを 散弾銃を蹴って遠ざけると両肩と膝を撃って潰し、狭い室内を点検した。クリアだ。顔色が褪せる面に銃口を差し出す。 「とりま、なんか言いたいことある……」 「てめ、こんなこと、して、どうな、か」 「ちょい何言ってるかわかんないってか、それ、今わの際に言うことじゃないっしょ」 と少女は呆れつつもiPhoneで写メり、 「他に言うことは」 「こんな無茶苦茶やらかしてどうなるか」 言い終える前に、発砲で高熱を帯びた 「 「知る、か」 「んとねえ、話してくれたら楽にイかせたげるよ。どする……お好みなら止血して痛いとこ切り刻んだげるケドさ」 軽々しい脅迫にも男は唇を結んだ。しかたない、と言いたげに少女は首を傾げてみせ、ナイフを抜くと腹の傷口をこじった。炭素鋼の尖端による浮き沈み。血のあぶくを散らす叫びは 「どこにあるの」 「やめえぐえ、意味がわか」 二度目の殴打で犬歯を殴り潰し、 「どこにあるの」 「意味、わがん、やめ」 手をゆるめず二本めの犬歯を殴り潰し、 「 「おれあ、な、にも」 情けないほど切れ切れだった。仕事柄を含めてすらこうした率直さには慣れていないと丸わかりだ。暴力の味を知らない者は、知る者より限りなく劣る。 手は引かず、今度は前髪を掴んで床に叩きつけ、 「どこに、あるのって、言ってるんだケド。ね、もっとごっちんこする……」 「わが、やめで」 「はいごちーん」 と今度は高さをつけて頭を落とす。血の粒が膝に跳ね、骨のいかれる手触りが伝った。 「れい、冷蔵庫、なかで、冷凍庫、れい、れ、れ、なか、下」 「はいどーも、おつかれさまでーす」 ナイフで顎下にあててゆっくりと脳天までうがてば、激しい痙攣を残して息絶えた。 無残な死にふさわしい男だった。金欲しさにこの工場、ホワイト・ライン4に身売りした身汚い 刃にしがみつく汚れを男の服でぬぐいつつ、写メった画像をメールで送る――と、数秒の間もおかずにインカムが鳴った。確認がとれたとの連絡だ。 外回りの五人と内部の四人。想定警備体制は、これでひと通り潰した計算になる。少女は判じつつも油断なく、薬品棚の陰からところ狭しと並ぶ機材の裏を探した。すみっこで見つけた家庭用冷蔵庫も慎重にあけた。罠はなし。耐熱パックで包まれたフラッシュメモリの束を掴み、空の弾薬ポーチに押しこむ。よどみなく足取りを戻すと部屋から部屋、通路から通路へずかずか進み、確認しきると最終目的である奥の扉を目指した。走りながらの発砲で扉の錠前を粉砕してブーツの底で蹴破り、すみやかに銃口を巡らす。 裸電球の落とす鈍い明りにぶよついた空気は、どんよりと重く膿臭さを含み、少女は思わず鼻の頭にしわを刻んで、 「うっわガチやばたん」 部屋のなかはひどい有り様だった。奥では吐瀉物に汚れたベッドが監禁のための部屋だと示し、小柄な娘が、ひどく不吉な影を横たわらせていた。情報によれば中学生。半年前に捜索願が出た娘子だ。針金のような手脚にまとわりつく、無数の鋭い線形は棘そのもので、乾きながらも赤々とした唇は、薔薇の色合いを添えて眼差しの虚ろさを際立たせていた。これこそ農園の根だった。少女が現場単位での裁定を委ねられた 幼い身には、 ヒトの範疇にそぐわぬ奇蹟――そのなかで園丁と呼ばれるカテゴリだ。 体内に根付く「機密」が生成する精気の外部出力により植物に活力を与え、成長を操るもの。少女の属する組織はC群と指定するささやかな部類だった。それがおぞましいとしか表現のしようがない、汚らしい転用で条理のない大金を生む道具とされていた。短機関銃を伏せるとかたわらに膝を突き、棘のざらつく頬に触れ、目を覗いた。開ききった瞳孔が催眠誘導の痕跡を知らせる。人体を装置として運用する措置が、生の能動性を奪っているのだ。掌で瞼を伏せさせてやると、唇が声をなそうとうごめく。 たすけて、と。 必死に喉をこする、なけなしの乞い。 「無理に喋っちゃだめ」 余計に苦しくなる、とは言わなかった。 寄せる眉根に虚ろな哀しみが挟まりこむ。人の身を取り戻して世に送り返すには、遅すぎた。見えないと知りながら首を振り、太腿のホルスタを手繰る。 「間に合わなくってごめんね。こうするのが一番、苦しくないやり方なんだ」 と、マカロフ自動拳銃を掴んだ。 耳に届く小さな吐息は、苦痛に浸った肉体が奏でる死の覚悟と解放への予感だ。眉間にやるせない照準を据えた。数秒間の沈黙。祈りを銃弾にこめ、銃爪をきりりと鳴らす。ひと思いに絞ると、冷たい銃声と唇からほどけた最後のひと息、薬莢の転じる音、最後には寂しげな残響が、冷たい床に降り積もる。 少女がしているのは、本来なら人を救うはずの仕事だ。「番号」に導かれて 胸を締めつける罪の感触をひた隠し、銃のグリップを強く握りしめる。 数分後、最後のひと仕事を終えた少女は畑のまっただなかを一直線に歩んでいた。 「もおガン萎えなんだけど。班長さあ、こういうのマジ勘弁だよぉ……」 かしましいぼやきは夜闇を貫く。 インカムからは低く気遣わしげな謝罪が伝うが、少女はとりあいもせずに唇を尖らせた。畑の小径を行くうちに、みずから始末したヤクザの屍が目についた。 もっと苦しませながら殺せばよかった。 少女の胸にサディスティックな思いが火をつける。あの子が味わった苦しみに足りる苦痛を、男たちは味わっただろうか。想像もつかぬことを想像しようとすると頭がむかついた。いつものことだ。少女は思い切り死体を蹴飛ばして足を速めた。 来たときから一転して気配を隠すこともない。歩みが工場から二百メートルをへだてたとき、手許に目を落とした。 二つ用意した 花でも手折るように、しかし固く握りしめた。 一拍の静寂――夜空の天幕を破くように、爆轟が工場を高く突きあげた。C4と燃料による圧力は簡易建築を倒壊させるどころか、細片に変えて巻きあげ、散らしていく。完膚なき破砕を、少女は振り返りもしない。熱風に顔をしかめて歩む背後では、火の舌が音を立ててコカの木を舐め、撒いたガソリンを動線とし、司法の穴となった暗黒領域を食いつぶしていた。罪のない命を壊してまで茂らせた闇の葉は、残らず無価値に帰すだろう。 まっすぐに帰り道を行く少女の眼差しは、追い続けてきた「大状況の根」を呪っていた。それを追うための情報がいま、手のうちにある。 少女は班長にむけ、 「このファイル、今度こそ追いかけっこの足しになんでしょ」 「御託宣がただしくより分ければな」 「ちぇー、前と同じじゃん」 「そうぼやくな。もうひと踏ん張りで核心に追いつくはずだ。それと、迎えがすぐそちらにつくはずだ。火に巻かれんよう気をつけて待ってろ」 「待つもなにも見えてるし」 と、少女の視線のむこうには、夜を掻いて降りる さっきまでの熱量が嘘のように芯が凍えた。 仕事のあとには、他人が恋しくなる。 大事な人の腕に抱かれたくなる。 物思いも億劫で体が震えた。 やり遂げたあとの一服でもあれば違うだろうか。考え、すぐに否定した。カレは体にしがみつく烟草のにおいが好きじゃないし、カレが好きじゃないものは自分も好きじゃない――だから、代わりにiPhoneからのリンクでインカムに音楽を飛ばした。 座席に片膝を抱え、耳を傾ける。 骨伝導が伝える西野カナの甘い歌声が、きしむ胸を癒やすように深くまで染みわたった。 夜が明けたらカレに電話をしよう。 少女は思い、ぽっかりひらいた穴を押さえるように胸へ手を据える。いますぐに声を聴きたいキモチは全力で押しつぶした。心配をかけるのが一番、嫌いだった。鈍い暗夜の速度をポップソングでしのぎ、疲れた涙を呼ばぬようにぎゅっと目をつむる。 心細げな横顔は、一七歳のそれでしかなかった。 少女の名は 暗号名、スプーク・パピー。 防衛省情報本部の特例要撃オプションだ。 実里の駆除活動によって特例要撃策定第五九二号、 |
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